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第142話 アイデンティティの喪失

 はっきり言って、パパが居ようが居まいが関係ないですねっ。

 そもそもパパは戦闘要員にカウントしていませんでしたし、特殊個体を除外すれば私達でも十分戦えるんですよっ。

 というかそもそも、後ろで普通にたばこ吸ってましたからね?パパ。冒険者が肺にダメージを与えるようなことしちゃダメですよ。そりゃあ戦力外通告にもなるってもんです。パパには悪いですが。


 うーん、パパに対してはつい辛辣な言い回しになってしまいますね。

 冒険者時代は犬猿の仲でしたもん。

 「三上なんか適当な扱いで大丈夫だろ」という感覚で対応していたのが琴ちゃんにも引き継がれちゃいました。えへへ。


 ……という愚痴はさておきましょう。

 私としては、今回のダンジョン攻略で色々と試したいんですよ。


 私達は今、1階層の安全地帯で準備をしています。

 魔物だって全ての場所からまんべんなく出現する訳じゃないんですよ。ダンジョン内には魔物がリポップせず、立ち入ることのない安全地帯が存在します。

 調査結果によると、他の場所と比較しても魔素濃度が低いことから、魔物が好んで入ろうとしないそうです。

 私達で言うところの酸素が薄い場所、という解釈で良さそうですね。息苦しいのは勘弁ですから。

 

 なのでまあ、ステータスの恩恵も弱まるのですが、どうせそこでは戦わないので大丈夫です。

 

 

 私はいつものクラシカルロリータという装いのワンピースに身を包んだ上で、今や愛武器と化した仕込み杖――琴ちゃんウェポンを手に持ちました。

 ここ最近の琴ちゃん装備ですね。安物のカッターシャツから遂に卒業しました。

 

 さすがに専用で発注して貰った武器なので、雑に扱えないですね。結構お金も掛かっていますし。貴重な”属性石”だって使っているので、無駄には出来ないです。

 経緯を考えると、結構愛着も湧くものですね。この黄色の属性石だって、私とゆあちー、麻衣ちゃんの3人で手に入れたようなものですもんっ。


 そんな琴ちゃんウェポンを正面に構えて、魔玉を媒体として"アイテムボックス"を顕現させました。いつもの如く、真っ暗な亜空間が広がっています。

 とりあえずいつものように、“アイテムボックス”の中に腕を突っ込み、ゴブリンの死骸を取り出してみます。血抜きして臓器だって取り出しているので、鉄の匂いが漂うことはありません。


 イナリちゃんはゴブリンの死骸を小太刀の鞘で突きながら、私に質問を投げかけてきます。


「のぅ、琴ちゃんや。ゴブリンの死骸なぞ取り出して、どうしたのじゃ?」

「んー、ちょっと気になることがあってですね」

「ふむ?」


 イナリちゃんは不思議そうに首を傾げました。尻尾がふわふわと揺れています。

 そんな仕草さえ可愛いのはズルいと思うんですよ。中身が金山 米治というおじいちゃんなことは忘れてしまいたいです。

 どうやら彼女もゴブリンの死骸には興味津々なようです。マジマジと色んな方向から確かめては、その造形をじっくりと観察していますね。


「ぬ、案外近距離から魔物を見るというのは、貴重な機会じゃの」

「んふふ、そうでしょうっ。イナリちゃんも1個いりますか?」

「まるで煎餅みたいに言うでない……」


 多分昨日のホテルを思い出していますね、イナリちゃん。

 ゴブリンと煎餅を同一に扱っていることに違和感を抱かなくなった辺り、着実にこちら側に近づいてきていますね。


 興味があるならいつでも琴ちゃん流のゴブリン解剖だって教えるので、言ってくださいね?


 文字通り隅から隅まで解剖させてあげますのでっ。他じゃそうできないことですよっ!

 ゴブリン解剖体験とか開催させてほしいものですねっ。貴重な体験をプレゼントできますよ?

 ……駄目か。ゆあちーも気分悪そうにしてたもんなー……。


「えいっ」

 

 とりあえず“アイテムボックス”から取り出したゴブリンの死骸の腰辺りを掴み、それから勢いよく放り投げました。

 放物線を描いたゴブリンの死骸は、当然“アイテムボックス”の中に格納されます。


 そんな一連の動作を見ていた恵那斗は、顎に手を当てて不思議そうにしていました。


「琴。一体、何がしたいのかしら」

「ねー、恵那斗。“アイテムボックス”の格納機能って消したらどうなるんだろう?」

「ついに“アイテムボックス”の存在否定に入ったわね」


 恵那斗が冷静なツッコミを入れてきました。

 まあ、確かに言われてみればそうなんですけどねっ。“アイテムボックス”は沢山のアイテムを保存、持ち運びできる便利な魔法だからこそ“アイテムボックス”なんて高尚な名前が付けられているんです。

 ですが、私は消費MP1でぽんぽん使いまくれるので、ふと疑問に感じちゃうんですよね。


 さて、おさらいですが“アイテムボックス”というのは構造上、3つの機能に分けることが出来ます。

 

 ①格納:物体として認識できるものを取り込む。

 ②保持:空間内に物体を保管する。

 ③排出:空間内から物体を取り出す。


 大まかに説明するとこうなりますね。

 以前特殊個体ゴーレム戦で発動した“琴ちゃんリフレクション”は、②保持の機能を取り除いたことによって発動させたスキルでした。

 

 つまり、“アイテムボックス”の機能を一部消去することによって、新たな使い方だって生み出せるんですよ。

 ということはですよ?

 格納、保持、排出の機能を取り除けばまた新しい使い方が出来るのではないでしょうか!?

 早速やってみましょう。


 その前に1つのゴブリンの死骸を取り出しておきます。べしゃりと四肢の投げ出された死骸が転がりました。あ、首切り落としたやつだ。


「……」


 恵那斗が明後日の方向を向いてしまいました。ツッコみ疲れたようです。


 まあ、そんなことはさておきましょう。

 改めてもう一度、“アイテムボックス”を発動させてみます。

 

「んー……まずは“格納”の機能を消去して……っと。これで行けるはず!」

「お前さんは一体何を生み出しておるんじゃ……」


 という訳で、“格納”の機能を消し去った“アイテムボックス”を生み出してみました。……これ、“アイテムボックス”という名称で良いんですかね?アイデンティティを根本から否定した気がしないでもないです。

 一旦ゴブリンの死骸を床において、私自身がその“アイテムボックスもどき”に飛び込んでみます。


「どーんっ!」

「お前さんは楽しそうよのぅ……」


 両手を広げて“アイテムボックス”に飛び込んでみましたが、当然生きている私は拒絶されますね。まるでバランスボールに弾かれたみたいな勢いで、私は外の世界へと投げ出されました。

 勢い良く弾かれるのが楽しかったので、もう1回飛び込んでみます。


「わーっ、楽しい!これ何回でも出来る!!」

「今からでも三上を呼び戻そうかの……やっぱり要るじゃろ、あの男は……」


 イナリちゃんがさっきから冷静にツッコミを入れてきます。

 うぐっ、パパが居ないのをいいことに好き放題やっているのがバレましたね。楽しくて、つい……。


 さて、本題はここからです。

 首無しデュラハンと化したゴブリンをとりあえず持ち上げてみます。うーん、切り落とした首に“魔素放出”を掛けて、首元から零れだすオーラとか演出させたいものです。駄目か。

 

 安全地帯で魔素濃度が低いとはいえ、ステータスの恩恵は大きいですね。軽々とゴブリンの死骸を持ち出せるのはありがたいです。

 という訳で、もう一度”アイテムボックス”目掛けて放り投げてみましょう。


「そらっ!」


 再び放物線を描くゴブリンの死骸。

 それが“アイテムボックス”に触れた瞬間でした。


「わっ!予想通りだっ!」


 死骸だというのに、勢いよく弾き返ってきました。私の方向へと跳ね返ってきたので、そのまま抱き止めます。

 そんな一連の流れを見ていたイナリちゃんは「ふむ」と感心したように頷いていました。


「それっ」


 それから私の真似をするように、小太刀を軽く放り投げました。ですが、それも格納されることなくイナリちゃんの手元へと戻ってきます。


「ふむ、どこでも発動可能なトランポリン……と考えれば便利じゃの。琴ちゃんの発想力は底知らずじゃのぅ」

「……うーん……」

「なんで不服そうにしておるんじゃお前さんは」


 確かにイナリちゃんの言う通り「どこでも発動可能なトランポリン」と捉えたら有用なんですよね。

 ですけど、何と言うのでしょう。琴ちゃんは納得してませんよ。


 とりあえず、アイデンティティの否定された“アイテムボックス”を使って、新たな戦い方が出来ないか試してみましょう。

 名称が呼びづらいですね。とりあえず“トランポリン”扱いでもしておきますか。

 

「ちょっと魔物探しましょう!何よりもまずは実戦ですねっ」

「お前さんは自由じゃのう!?のぅ、恵那斗君。恋人の暴走を止めてはくれんか!」


 背後でイナリちゃんが恵那斗をバシバシと叩いているのが見えました。


 ですが私は止まる気はありませんよ!

 何よりもまずは実戦ありきですね!“トランポリン”が実戦でも使えるか試してみましょう。

 という訳で安全地帯を抜け出して、茂みに隠れながら魔物を探していきます。


 今回攻略しているダンジョンは人気が失われた廃墟風ダンジョン。ゴーストやスケルトンと言った亡霊系の魔物は極力出会いたくないです。琴ちゃんとは相性が悪いので。

 なので戦う相手はしっかりと選んでいきますよっ!


 という訳で、私は物陰に潜みながら目的の魔物を発見しました。

 巨大な岩があったので、そこに背中を沿わせて様子を伺います。


「おっ、ゴブリンですね」


 なんと都合が良いんでしょうか!

 そこにはゴブリンが3体群れて過ごしているのが見えました。どこから拾ってきたのか分かりませんが、木の実を持ち寄っては楽しそうに談笑しています。


 「ギィ」「ギィ」と幸せそうです。

 うん、ちょうど良いですね。


 実験対象は君達で決まりです。


「うん。今回は通常個体みたいですし、大丈夫でしょう」

「その観察力は本来、尊敬に値するんじゃがのぅ……」


 群れで行動していること、どうやら深い信頼関係を築いてそうなこと、そして周囲の警戒心が浅いこと。

 以上の点から、特殊個体ではなさそうだと判断しました。


 背後ではイナリちゃんがぼやいていますが、私は知りません。


 まずは実験の時間です。


「よっと」

 

 私は“アイテムボックス”を2つ発動させました。これも普通に常任離れした芸当と言えばそうなんですよね。琴ちゃんはすごいんですよ?えへへ。


 1つは地面と水平の向きに、地上から3mほど離しました。

 もう1つは、最初に発動させた“アイテムボックス”の真下へと45°ほど傾けて、ゴブリン側へ向くように配置します。


 よくある理科の教科書みたいな構図になりましたね。入射角と反射角。


 そんな2つの“アイテムボックス”ですが、機能は分けています。

 まあ、発動させた方が早いでしょう。


「落ちてっ、ゴブリンの死骸っ!」

「……酷い言い回しね」


 私達に追いついた恵那斗がボソッと呟きました。琴ちゃんは知りませんし分かりません。

 3mほど地表から離して落としたゴブリンの死骸は、吸い込まれるように通称“トランポリン”に向かいます。


「おっ」


 そして、そのトランポリンに跳ね返ったゴブリンの死骸は放物線を描きながら、談笑しているゴブリン達のところへと飛んでいきます。


「ギッ?」「ギィッ」「ギィ」


 談笑しているゴブリン達の元に転がったゴブリンの死骸。

 やつらは同じようにその死骸に視線を送りました。


 刹那の硬直。


 しばらく間を置いてから、ゴブリンは混乱したように獲物を構えながら叫びました。


「ギィッ!?」「ギァッ!!」「ギィッ!」


 さすがゴブリン。同族意識が強いですね。

 他のダンジョンで倒したゴブリンなので赤の他人なはずなんですけど、同族の死が許せないみたいです。まるで親の敵と言わんばかりに辺りを見渡して、私達の姿を探っていますね。

 ですが、3体というのはちょうど良いですね。


 恵那斗が物陰からひらりと姿を覗かせました。

 ゴブリン共が彼を見つける前に、恵那斗は鞘から蛇腹剣を引き抜いて叫びます。


「“魔素放出”!」


 そう叫ぶと同時に、恵那斗が持つ蛇腹剣からワイヤーが伸びていきます。そのワイヤーに付属した刃は、いとも容易く中央に居たゴブリンの喉元に絡みつきました。


「ごめんなさいね。私達だって仕事だもの」


 そう静かに告げると同時に、恵那斗はワイヤーを操作。絡みつく蛇腹剣の刃が、ゴブリンの首を切断しました。デュラハン2号の完成です。恵那斗は意図していなかったでしょうけど。

 

 ごろっと転がったゴブリンの首。

 それに視線を落とした仲間のゴブリンは、まるでこの世の終わりと言わんばかりに呆然しています。


「……ギィ?」「ギィッ……!ギィィィッ!」


 やがて、眼前で同胞の死を認識したゴブリンは更に激昂。短剣を構えて私達の方向へと駆け出しました。

 駆け寄ってくるゴブリンを捉えたイナリちゃんは小太刀を鞘から引き抜きます。それから小走りで“トランポリン”へと近づきました。


「琴ちゃんや!“アイテムボックス”借りるぞ!」

「えっ?うん!?」

「そらっ」


 イナリちゃんは小柄な体躯でぴょんと飛び跳ねて“トランポリン”の中に入りました。全ての物質を拒絶する“アイテムボックス”はイナリちゃんを勢いよく弾き飛ばします。

 まるで小さな弾丸と化したイナリちゃんは勢いよく2体のゴブリンへと接敵しました。

 それから地面を滑るように着地。ひらりと和服の袖と尻尾が揺れました。

 

 突然目の前に現れたイナリちゃんに対応できず、目を丸くするゴブリン達。

 やつらが迎撃の構えを取る前に、イナリちゃんは小太刀を振り抜きました。


「来世で出直すが良いわ」


 高い移動速度を駆使した2つの斬撃を、イナリちゃんは生み出しました。

 そのいずれも、的確に2体のゴブリンの喉元を切り刻みます。

 

「カッ……」「……ァ……」


 気道を切り裂かれ、呼吸が出来なくなったゴブリン共。やつらは首を抑え、苦悶の表情と共に地面に倒れ伏しました。

 首元からは静かに血液が流れ出ています。


 イナリちゃんは最後にもう一度周囲を警戒した後、小太刀を鞘へと戻しました。

 それから小走りで私の元へと駆け寄ります。


「“アイテムボックス”を使って跳躍するのは、案外便利じゃのぅ。選択肢の幅が広がるわい」

「まあ、予想外の使い方でしたけど……なんか普通……」

「普通でええじゃろうが。お前さんは何が気に入らんのじゃ」


 うーん。イナリちゃんの機転で有効活用するに至ったんですけど、私としてはそんな使い方をしたいわけじゃないんですよね。

 普通に実用的なのは楽しくないです。


 無駄なことに全力を見出したいんですよ私は!

 実用性は正直どうでも良いです。


 それより、思ったよりもゴブリンが飛びませんでしたね。


「……うーん。もう少し勢いよくばーんっ!って飛ばせないかな……」

「琴、後にしなさい。怒られるわよ」

「うー……納得いかないなあ」

「琴は一体何を目指しているの……」


 恵那斗は静かに諭してきますが、琴ちゃんとしては納得がいかないです。

 急がば回れ、という言葉があるじゃないですか。


 ですが私は急ぐ気はさらさらないんですよ!むしろ迂回路を全力で探し回りたいですね!

 未開拓の通路ってワクワクしませんか!

 琴ちゃんのロマン道はまだまだ終わりませんよ!!


 ……ですから、あのっ。2人とも「どうにかならないかなこの子」みたいな顔は止めましょう。

 仮にも琴ちゃんはリーダーですよ?リーダーの方針には従いましょうっ。

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