第140話 スーパー銭湯
翌日、俺――三上 健吾は田中 琴率いる呪い三人衆を引き連れて、ダンジョンへと連れて行った。
琴きゅんは「誰が呪い三人衆ですか!パパも呪いに掛かっちゃえば良いんですっ。べーっ」と舌を出して不貞腐れていたが。
……日に日に、クソガキになってきていないか?あいつ。
なんで30年経って精神年齢が逆行していくんだ。逆だろ。普通。
”女性化の呪い”に掛かった当初は随分と落ち着いた雰囲気だったもんだがな。まァ、良くも悪くも社会人だったと思う。
だが最近の琴きゅんは……なんというのだろうか。16歳どころか、下手すりゃ小学生レベルの精神年齢にしか見えないんだよな。47歳男性の要素どこ行ったよ。
元々隠れていた好奇心が、日に日に取り戻されつつあるんだろうな。
琴きゅん、実際男性時代から魔物の研究には熱心だったし。
ぶっちゃけ言って"魔法使い研修"に向かわせたのはやらかしたと思ってる。
琴きゅんの戸籍上の年齢と同い年である神童、土屋 由愛ちゃんと出会ったこと。
それに加えて、全日本冒険者協会で働く花宮 麻衣との再開とまで来た。花宮も見た目年齢で言えば、18歳の女の子だからなァ……。実年齢の話に触れたら、イナリちゃんばりの殺気を放たれるからあんまり触れねーが。
そんな女性陣と1週間まるまる関わったことで、琴きゅんの価値観まで女性寄りになっちまったんだろう。
挙句、恵那ちゃんの男性化と来た。
夫婦間の関係性の変化という点でも、琴きゅんが男性に戻る為の理由が無くなっちまったんだよな。
余談だがよ、一回花宮にも冗談交じりで「お前も呪いに掛かりに行ったらどうだ?」って提案してみたことはある。
花宮は俺の問いに真面目に悩んでたがな。
最終的に「レベルが下がると仕事に支障がでるのでちょっと……」と、ごもっともな理由で断られた。
確かにそりゃそうだと言わんばかりの返答だ。一体、呪い以前のレベルに戻そうとしたらどれくらいの月日が掛かるのかわかんねェ。
琴きゅんの場合は不慮の事故に近いもんだが、残り2人よ。イナリちゃんはまぁ、情報収集という意味合いもあったし良いよ。
問題は恵那ちゃん。あいつマジで駄目だろ。
俺としちゃあ過去に惚れた身だから複雑な心境だわ。
昨日よ、恵那斗君と同じ部屋だったから、“男性化の呪い”に掛かりに行った時の心境聞いてみたんだわ。
あいつ何て言ったと思う?
——これしかなかったもの。対等になれるのなら何だってするわ。
……ってよ。曇りひとつない目してやがった。
常識人みたいな面しやがって、恵那斗君も大概狂ってやがる。
思い返せば俺が冒険者やってる頃からよ、恵那ちゃんは琴男のレベルに付いていこうと死に物狂いだったなァ。
あいつがダンジョンに籠りっきりって知ってからは、真似するように恵那ちゃんもダンジョンに籠る時間を増やすようになったし。
魔物が頻繁に出現するポイントを探っては、躍起になって次から次に現れる魔物を倒し続けてた。
その美貌すら道具にして、色んな冒険者から情報を探ってやがったな。えげつねぇ女だ。
今になって冷静に考えりゃ、相当に狂った行動してるって思えンだがよ。
その魔物を倒すさまが鮮やかなもんだから、“剣聖”なんてご立派な二つ名を得やがった。
見た目で本質を隠してたのは、琴男だけじゃなかったってこった。
恵那ちゃんの行動のベースにゃ、常に琴きゅんが居やがんだ。恵那斗君の人生が琴きゅんの采配ひとつで変化するって、相当怖いからな?
まァ、絶対琴きゅんには話すことの出来ねー内容だがよ。あのクソチビにゃ責任を背負わすには、度量が足りねェからな。
30年越しに知る事実ってのも大概だな。
----
「パパ、行ってきますっ。また終わったらメッセージ送りますねっ!」
「はいよー。俺は適当に時間潰しとくわ」
「お願いしますっ。じゃ、行こ!」
ダンジョン前で琴きゅんらバカ三人衆を見送った後、とりあえず車内へと戻ることにした。
ずっと車の中に籠ってるっつうのも退屈だしな、ドライブに最適な場所でもないか調べることにすっか。
正直、ダンジョンはもう懲り懲りだ。
万が一俺が死んじまえば、琴きゅんらはダンジョンへと向かう為の脚を失う訳だしな。そういう意味でも、俺は大人しくしとくのが最善だろう。
まァ、そう自分に言い聞かせてみるが……、なんつーか。
「歳月っつぅのは、残酷だよなァ……」
リクライニングを倒し、背筋を伸ばす。腰の筋肉がぴんと張るのが分かる。
若ェ頃は、いつだって無敵の気分だった。次から次に現れる魔物に対し、ステータスの暴力を仕掛けるのは楽しかった。
まるで俺自身がゲームの主人公となったような爽快感。ありきたりな理由だが、それが冒険者を続ける理由だった。
魔石を手に入れりゃ、それを換金して娯楽費に回す。
俺だって、かつては最前線でバリバリ戦う冒険者だったんだ、今のような社会システムの一環になるまでは、随分と儲けさせてもらったもんだ。
それが今となっては、なんという体たらくだろうか。
ふと、脳裏に琴きゅんらの面影が脳裏をよぎる。
「……俺も、あいつらのように呪いに掛かりてェな」
などと、ふざけた思考が脳裏を渦巻く。
全盛期の肉体を取り戻し、それでいて冒険者として活動が出来る。まぁハッキリ言って、全人類が欲してやまないものだろうな。
だからこそ、世間には“異性化の呪い”について伏せられているのだが。余計な死を招くことがあっちゃならねーからな。
この前聞いた話だと、琴きゅんは同じ冒険者ギルドで働く鈴田君の彼女と交流があるらしい。まぁ、元冒険者だから無関係者でもねーが。
その鈴田君の彼女さんには、「鈴田の親戚」という設定で通しているらしいな。無茶苦茶なことしやがんな、いっつもあいつは。
結果的に言えば、“女性化の呪い”を伏せたのは正解だ。
今やギルド内のトップシークレット。あいつも重々理解しているだろうな。
“異性化の呪い”は、ダンジョンの本質を示す強烈なヒントとなっている。
それはもはや、間違いないだろう。
呪い三人衆がダンジョンに入っている間、時間ばかりは有り余っている。
そんな時間を埋めるように、様々な考えに想いを馳せていた時だ。
「へい、タクシー」
いきなり助手席に、誰かが乗り込んできた。
あまりにも突然の出来事に、一瞬呆気にとられた。
「……は?」
俺はリクライニングシートを起こし、いきなり乗り込んできた野郎を睨む。
「おい、ここはタクシーじゃねェ。降りろ」
「おいおい、連れないこと言うなよ」
「つーかお前一体なん……だ……え?」
唐突に現れた不届き者を追い返そうとした時、気付いてしまった。
そいつは、存在自体が有り得ない存在だったからだ。
目元が隠れるほどにぼさぼさに伸びた髪の毛。その隙間から覗くのは気だるげな、眼光の鋭い瞳。
着込んだカッターシャツとスーツパンツは土煙を被り、ボロボロになっている。つーか車内を汚すな。
唐突に現れた無礼な男。
そいつは——。
「お前、誰だよ、なァ……?」
「おいおい、お前もうジジィに片足突っ込んでるのかよ。見て分かんねーのか?田中 琴男だ」
そいつは、自らを田中 琴男だと名乗った。
だが、それはあり得ない話だ。
だって、琴きゅんは——。
「なわけねーだろうが。琴きゅんなら、今ダンジョンに居ンだろ」
「琴きゅん、か。ずいぶんと肩入れしてんじゃねーか」
田中 琴男と名乗る人物は嘲るような目を向けて、「はっ」とほくそ笑む。
頬が引き攣るのが分かる。額から冷や汗が滴るのが分かる。
思考が追い付かない、とはこのことだろうか。
田中 琴男は、“女性化の呪い”に掛かって、田中 琴になった。
田中 琴男は……田中 琴へと肉体が変化した。
俺は今まで、そう解釈していた。
だとしたら、目の前にいる人物はなんだ?
10代後半と思しき気だるげな雰囲気を被った少年。こいつは車内が汚れるのも気にせず、助手席の引き出し(グローブボックスというらしい)に足を掛けている。
もちろん土足だ。無礼にも程があんだろコイツ。
そんな、これまでの推測を全てひっくり返すような存在が、今目の前に居やがる。
「……っ」
何か発しなければと思い口を開くが、思いつかずにそのまま閉ざしてしまう。
何から話しかければいいのか分かんねェ。
そもそも俺は琴きゅんのように頭が回る訳ではない。あのクソチビの思考速度がおかしいだけだ。
だが、それでも言葉を掛けなければ。
「……おい。琴男」
「あ?なんだよ三上」
間違いない。
まるで周囲に無関心な冒険者、田中 琴男本人だ。
その態度の機微全てが、その事象を肯定していく。
俺が出来るのは、“それを事実として受け入れること”だけだ。
ならば。
「なァ、ちょっとドライブしようぜ」
「……いいね。俺も出かけたい気分だったんだ」
「はっ、気が合うじゃねェか」
「で?三上先輩はどこに連れてってくれんだ?」
「決まってンだろ」
俺はそこで話を切り、車を発進させた。
当然琴男にもシートベルトはさせたがな。こんなしょうもねェ理由で警察のお世話になりたくない。
----
到着したのは、少し古臭いスーパー銭湯だ。広大な駐車場の先には、大量に靴ロッカーが設置されている。
俺は一足先に券売機で入浴券を購入。
それから、明らかに表情の引き攣った琴男をむりやりスーパー銭湯の店内へと引きずっていく。
「とりあえず風呂に入れお前は」
「……やっぱ帰るわ」
「お前と言い琴きゅんといい、いい加減にしろよクソガキがァ!!」
「ざけんなクソっ!ハメやがって!!」
「妥当な理由だわ汚ェんだよお前はよォ!!!!」
ほんとロクでもねェな田中 琴男!!
どうしてこうもお風呂嫌いが多いのだろうか。恵那斗君を見習え。いやマジで。
周りの子供が「ママ―、あのお兄ちゃん汚いよー」とか言ってるのが聞こえた。
あ、琴男の表情が固まったな。
ほら、周り見ろクソガキ。観念して風呂入れ。




