第135話 琴ちゃんキャノン
イナリちゃんは一度ため息をついた後、ちらりとある方向へと視線を向けました。
「琴ちゃんのことじゃから、どうせ色々考えを巡らせとるんじゃろ。じゃが、それは後にせんか?」
「……よくお見通しで」
「儂もMPを使い切ったものじゃから、とっとと帰りたいわい。じゃから、はよこの不快な見た目したやつを格納してくれんか?」
イナリちゃんが視線を向けたのは、私達が討伐した血肉スライムの死骸です。
なるほど、やはり改めてみれば不気味な身体ですね。一つの生命体というには、なんというか……継ぎ接ぎです。
遠目から見れば、巨大な臓器のようにも見えます。ですが近づいてみれば、微妙に肌の色が違いますね。青みがかっていたり、逆に赤みがかっていたり。
多種多様な肌の色が継ぎ接ぎに繋げられていて、その合間に人の顔がぼんやりと映し出されています。
その皮膚を繋げているのは……血管、でしょうか。私達が傷をつけたので、あちこちから血液が流れ出ていますね。
ゴブリンを解剖した時の光景と比較して思い出してみますが……うーん。
「ゴブリンとはやっぱり違う……?人間、だよね。やっぱり」
「じゃから早くせんかっ!」
「むきゃっ!」
色々と考え事をしている私に対して、イナリちゃんは勢いよく後頭部をひっぱたいてきました。
イナリちゃんのMPは底を尽きているので、ステータスの恩恵はありません。単純な子供の力で引っ叩かれたものですから、可愛らしいくらいの威力でした。
「ちょっと、なにするんですかっ!」
それでも驚くのには十分だったので、私は不服を訴えます。
けれどイナリちゃんは「つーん」とどこ吹く風です。そっぽを向きながら反論してきました。
「お前さんの考えごとに付き合っておったら、ボスモンスターなぞすぐにリポップしてしまうわい」
「うぐっ」
「ほれ、早く格納せんか。切り刻んだ方が早いかの?」
そう言ってイナリちゃんは小太刀の刃をちらりと覗かせました。
うう、ステータスの恩恵なんてとっくに消えているはずなのに「イナリちゃんなら出来そう」と思わせられるのはさすがですね。
さすがに睨まれるのは居心地が悪いので、大人しく格納しましょう。
にしても、ここ最近は特に“アイテムボックス”が活躍していますね。私が動かないと、特殊個体の研究が進まないのはすごくめんどくさいですが。
「……ぶー。やりますよぅ、やればいいんでしょぉー」
「不貞腐れるでない」
「ぶー……」
しぶしぶ琴ちゃんウェポンを杖モードにして、魔玉を媒体として“アイテムボックス”を発動させます。こうしないと、“アイテムボックス”が大きくなってくれないので。
拡張した“アイテムボックス”を慎重に血肉スライムの死骸へと近づけます。
「えいっ」
サイズの調整を終えた後、“アイテムボックス”をぶつけて血肉スライムを格納。
とりあえず、これでボスモンスターの攻略は終了です。
という訳で、5階層ごとに設置されているワープゲートを潜って帰りましょう!
……そう思っていたのですが。
「……蔦が絡みついてるわね」
恵那斗が端的に状況を説明してくれました。
説明は嬉しいですけど嬉しくないです。
ボス部屋を超えた先に配置されている、エレベーターくらいの広さがあるワープゲートですが。
ものの見事に、蔦が絡みついて使えなくなっていました。
その状況から、パパは困ったように笑います。
「仕方ねェ、普通に降りるぞ」
「えーっ!めんどくさいなー……」
「仕方ねェだろうが、ほら。リポップする前に戻んぞ」
「はーい……」
確かにリポップされてはめんどくさいですね。
早いところ戻って、ゆっくりと休みたい気分です。
……そう言えば、今回のダンジョン攻略は2泊3日で行われるんですよね。
厳密に言えば、3日目は帰るだけですが。
つまり、明日もこのダンジョンを攻略しなければいけないんです。
まあ、5階層のボスモンスターに関しては、リポップの都合から明日はいませんが。
イナリちゃんのMPも底を尽いていますし、私も恵那斗もくたくたです。
パパに至っては病み上がりどころか死に上がりです。
早いところ降りてしまいましょう。
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2階層までは順調に降りることが出来ました。リポップする前にさっさと降りることが出来たのは良かったんですよ。
問題は1階層です。さすがに時間を使いすぎましたね。
「うわぁ……魔物いるぅ……」
つい、本音が出ちゃいました。
複雑に蔦が絡み合った通路の先には、スライムやらゴブリンやら、魔物がうじゃうじゃとそこらかしこにいるのが見えます。うーん、完全にリポップしていますね。
なんというか「後は帰るだけ!」と思っていたところに仕事を押し付けられたような気分です。帰宅モードだったので、やる気が上がりません。
そんな私の隣に恵那斗が立って、話しかけてきました。
「琴、手伝うわ。2人は戦わせるわけにはいかないもの、なんとかするわよ」
「……うーん」
「なんで不服そうなの」
なんというか、今日は魔物ともう戦いたくないんですよね。琴ちゃんはワガママです。
残業とかすっぽかして帰りたい気分です。
という訳で今回も“琴ちゃん魔法”のお時間です。
さあ今回も始まりました琴ちゃん魔法。司会は私、天才冒険者の田中 琴が担当させていただきます。
仕事が終わって帰宅するだけだと思っていたのに、急に上司に仕事を押し付けられるの、嫌ですよねぇ。
もう後は帰ってゲームをするだけだったのに、と思ったことは皆さん経験したこともあるでしょう。
そんな嫌な仕事もこれ一本で解決いたします。
「琴。ほら、魔物倒すわよ。何で笑っているの」
恵那斗が私の身体を揺さぶっていますが、琴ちゃんは知りません。
仕事が溜まっているのなら、全て吹き飛ばしてなかったことにしてしまいましょう。
ですが取り扱いに関しては細心の注意が必要です。周りの安全に気を配り、問題が無いことを確認してから扱いようにしましょう。
「恵那斗、パパ、イナリちゃん。下がっといて」
「琴、待って。止めなさい?」
嫌な予感を感じ取った恵那斗が冷静に諭してきました。
ですが私は止める気はありませんよ!!
あ、でも念の為に確認だけしとこ。
「ステータス・オープン」
という訳で冒険者証を手に持って、残りMPをチェックチェックー。
【田中 琴】
Lv:24
HP:178/188
MP:261/364
物理攻撃:63
物理防御:87
魔法攻撃:294
魔法防御:213
身体加速:61
おー、レベルが1上がっていました。
うんうん、それにちゃんとMPは残っていますね。なんかしれっとHP減ってますね。足を酷使したからかな?
それでは、今回は特別に100発!100発の“炎弾”を重ね掛けしてみましょう。
さあさあ皆さん、ご覧ください。
魔法杖を構えて……。
いきますよっ。せーのっ。
「“琴ちゃんキャノン”っっっっ!!!!」
「やめなさいって本当に!!!!」
恵那斗の悲鳴じみた声が響きました。
そのあと冷静に「障壁魔法」と唱えていました。さすが、私のことを分かっていますね。
しかし、“炎弾”を100発も重ね掛けすると威力が段違いでした。
魔法の余波に耐え切れず、バランスを崩してすっ転びました。姿勢はちゃんと取っていたんですけどね、小柄な身体じゃ耐えられませんでした。
「わっ!?」
「琴、危ないじゃないっ」
「えへへ、ごめん」
恵那斗はそんな私を優しく受け止めてくれました。さすが彼氏、偉い。
そんなやり取りをしている間にも、魔玉の先端から解き放たれた“琴ちゃんキャノン”は轟音を立てながら、ものすごい勢いで遠くに飛んでいきます。
大岩くらいのサイズまで拡大された“炎弾”が、大気を取り込みながら飛んでいく姿は圧巻ですね。
「ギ……」
「ピッ……」
「ォ……」
ゴブリンとか、スライムとか、ゴーストとか、その大火球に触れた魔物があっという間に蒸発しました。可哀想に。R.I.P。
やがて大火球は遠くまで飛んでいったかと思うと——。
まず、始めに1階層の奥から光が煌めきました。
次に、爆炎が辺り一帯を飲み込んでいくのが見えました。
その瞬間に嫌な予感を感じ取ったので、恵那斗が作ってくれた“障壁魔法”の中に逃げ込みます。パパもイナリちゃんも、既に“障壁魔法”の中に避難していました。
巨大な爆炎ですが、留まることを知りません。辺り一帯を飲み込んでいきます。
少し時間をおいてから、耳をつんざくほどの轟音が鳴り響きました。腹の底から震えるような爆音が、鼓膜を激しく震わせます。
「——!!」
私も思わず悲鳴を漏らしたのですが、自分の声さえ聞こえません。
最後に辺り一帯を揺らす衝撃波が解き放たれました。
ダンジョンの壁面を揺らすどころか、天井を震わせ、砕いていきます。天井の欠片が瓦礫となり、1階層へと叩きつけられました。
爆炎と、轟音と、衝撃波。
それだけが、私達の五感を支配してしまいました。
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……。
どれくらい時間が経ったのでしょうね?
はい。
やっちゃいました。
1階層はことごとく破壊されてしまいました。
……どう、説明しましょうか。
一言で伝えるなら「元からこういうダンジョンだった?」と疑問符が浮かぶような形になってしまいました。
何も残っていませんでした。
あるのは黒焦げになった瓦礫とか、むき出しの石畳とか、それくらいです。
伸びきった蔦があちこちに生えていたはずなんですけどね。おかしいですね。
一応……私達は“障壁魔法”の中に退避していたので無事でした。
無事じゃないのはダンジョンだけです。
「……はは、は……」
思わず、乾いた笑いが漏れました。
「……」
恵那斗に関しては放心状態です。「感情を眠らせる」でも使ったのかと思えるほどに、抜け殻になっています。
「お、お前さんは……とんでもない、とんでもないことしおって……」
イナリちゃんは半泣きになっちゃいました。ぷるぷると身体を縮こまらせてしまいました。
さすがに中身が64歳男性とは言え、小さな女の子に泣かれると罪悪感が込み上げます。ごめんなさい。
1階層の魔物はどうやら全滅したようです。魔石すら残っていませんでした。
そんな中、パパは今まで見たことが無いほどに穏やかな顔を浮かべています。
怒っていなかったんですよ。笑っていました。
一周回って、それがものすごく怖く感じました。
「……えへ……」
「琴きゅん。お前、マジでそれやめろ?」
「はい」
やー……あの。
本当にすみませんでした。
あ、ちなみにですが。
MP:1/364
MP、ほぼ全部使っちゃっていました。
調整間違えました。ポーションを飲まなくてはいけなくなりました。嫌だなあ……。
やっぱりね、琴ちゃん思うんですよ。
ファンタジーだとよく、「こんな火力を出せるなんてすごい」って高く評価されることあるじゃないですか。
ですけど、私からすれば「最小まで火力を抑えることの方がすごい」と思わざるを得ないですね。火力調整にこそ、技量が宿る。そんな気がしています。
琴ちゃんには無理です。
正直、大火力をぶっ放す方が楽しいので。
階層の魔物全てを吹っ飛ばすことが出来たので琴ちゃんは満足です。
あ、更衣室はギリギリ無事でした。
「危うくリュックサックまでダメにされるとこじゃったわい……」
とかイナリちゃんはボヤいていましたが。ごめん。
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※ダンジョンの広さはおおよそ小〜中学校のグラウンドくらいです。お前……(作者)




