第134話 バカ親子
「おい、スーツに鼻水付けんな琴きゅん……」
「ごめん、パパ」
「まあ、もう着ることねェから良いけどよ」
三上パパは涙と鼻水で汚れたスーツを見て、苦笑を漏らしました。
ちなみにスーツは胸元のところがぽっかりと空いてしまっていました。中年ボディが姿を現しています。恵那斗だったらドキッとするんですけど、パパのを見ても「だらしない身体だな」としか思いませんね。
「……へへ」
ひとしきり泣きじゃくった私は、熱を孕んだ目をこすりながらも微笑みかけます。
それから、パパはもう一度私の頭をポンと叩きました。
「むきゅっ」
「はッ、心配かけて悪かったなァ……つかよ」
「ん?」
そこで言葉を区切ったパパは、恵那斗とイナリちゃんに視線を向けました。
……さっきから、この2人は微妙な表情をしていますね。パパが蘇ったという事実よりも、何か気になることがあるのでしょうか。
「恵那斗君、イナリちゃん。お前ら、何があったか説明できっか?」
「……ええ」
「琴きゅんは何にも分かってねェようだからよォ」
むっ、生き返って早々に失礼ですねこのパパは!私自らが引導を渡してあげましょうか!
……と、茶々を入れたい気分でしたがなんだかしんみりとした空気が続いていますね。琴ちゃんとしては面白くありません。
しんみりモードとか、私には不向きなんですよ。シリアスなんて私には求めないで欲しいですね。
という訳で私は再び茶々入れモードに戻ります。パパが死ななくて良かったです。
にしても、「もう着ることねェ」ってダンジョン仕様のスーツのことですよね。買い換えないんですか?
いや自費で買うとすごく高いですけどね。無料支給の皮の鎧が恋しくなるレベルですし。
……まあ、後で聞こうかな。
「琴の纏う雰囲気がね、いきなり変わったの」
恵那斗は神妙な表情でそう切り出しました。
それはまた、とんでもない現象とでも言いたげですね?
雰囲気が変わるとか、壮大なファンタジーでしか聞いたことがありませんよ。
面白そうな話ですね!さあ、続きをお願いしますっ。
「……」
あ、イナリちゃんが私を冷ややかな目で見てきました。
なんででしょう。琴ちゃんは何も悪いことをしていませんよ。
「琴ちゃんは空気を読まんかい」
「えっ?」
「目が爛々と輝いておるぞ……お前さんはどうにも好奇心が絶えんのぅ……」
「えへっ」
「褒めておらんて。というかもうええわい、このくだりは」
そこで言葉を区切ったイナリちゃんは、苦笑を漏らしました。
「雰囲気が変わった、は琴ちゃんの関心を引く為の言葉じゃの」
「ん?どういうことです?」
「明らかに、琴ちゃんに別人が憑依しとったんじゃよ。分かりやすかったわい」
「はえ?」
分かりやすかった、ですか?そんなぱっと見で分かるような変化って有り得ます?
「……私は何も言わないわよ」
あっ、恵那斗が明後日の方向に視線を送ってしまいました。こういう時は大抵何か答えたくない時です。
なんだか、琴ちゃんにとって不快な話を振ってきそうな予感がします。
両耳塞いでも良いですか。
ですがそんな私の胸中などガン無視して、イナリちゃんは話を続けました。
「なにせ、品があったからのぅ。琴ちゃんには絶対出すことの出来ん雰囲気じゃったわい」
「失礼ですよイナリちゃん!?」
ちょっと!
シリアスな雰囲気をぶち壊すようなことを言わないで下さいよ!
私を何だと思っているんですか!
「ぶっ」
「パパぁ!?!?」
イナリちゃんの話を聞いたパパは吹き出してしまいました。ちょっと?
「ぶふっ、はは……そりゃ琴きゅんには無理だわ。はー……腹いてェ……」
「パパまで失礼だと思うんですけど!あのっ、おかしいですよ、それが判別理由になるのすっごく嫌です!!」
「だってよォ、琴きゅん礼儀作法とか知らなさそうじゃんかよォ……」
「はーーーー!?なにふざけたこと言ってるんですかパパはぁっ!!もう一度心臓止めてやりましょうかっ、このっ、このっ」
「おーおーへなちょこパンチだなァ、可愛い可愛い」
「むーーーー!!!!」
死に上がり早々にムカつきますねこのパパ!!
ふざけあっていた私とパパですが、唐突にそれは止められました。
「ひっ」
「……悪ィ……」
イナリちゃんが発する殺気によって、です。
「……お前さんらは、儂の話に興味がないと、そう言うんじゃの?うんうん、そうかそうか」
にっこりと笑っていますが、明らかにその笑みには凄みがあります。
やめてくれませんか味方に向けて殺気を発するの。
味方、ほら、味方ですよ。
パーティメンバーです。
話を遮ってばかりですみません。
全然肝心の話題に進んでいませんね。本当にもう、パパが悪いんですよ?
とりあえず話の続きを聞く雰囲気になったことを感じ取ったイナリちゃんは、大人しく殺気を納めてくれました。
そんな軽々しく殺気を「人の関心を向ける手段」にして欲しくないんですけど。
えっ、私が悪いんですか?琴ちゃんは分かりません。
「……この阿呆共は全く。まあ、今のじゃれ合いしてる琴ちゃんとは、全く別人じゃったわい」
なんだか馬鹿にされている気がしますが、殺気を飛ばされるのが嫌なので大人しく話を聞くことにします。
琴ちゃんは偉いので。
「私、途中から意識なかったんですよね。何があったんです?」
「いきなり泣きじゃくるのを止めたかと思ったらのぅ、いきなり三上の死体へと歩み寄っていったんじゃ。品のある動きでの」
「品を強調しないでもらって良いですか……?」
「明確な変化がそこじゃからの。でな、こう……三上の死体に手をかざしたんじゃ」
イナリちゃんは実演するように、三上パパに歩み寄って小柄な右の掌をかざしました。狐耳幼女の仕草という時点で、ちょっとだけ神秘的に見えますね。
その姿勢を維持しながら、イナリちゃんは「でな」と前置きします。
「“少しだけ、手を貸しましょう。この男は生きていなければいけないのでしょう?”……と、そう言っておったわい」
「……うーん。なるほど?」
「その“はて?”みたいな顔やめんか。実際そう言っておったのじゃから仕方ないじゃろうが」
イナリちゃんはそこで咳払いしました。
右手を下ろし、話を続けます。
「でな。急にぴかーっと三上を中心に光ったかと思うとな、急に三上の血色が良くなったんじゃよ。で、今に至るって訳じゃ」
「ぴかーっと光った……」
「そこはスルーせんかい!!仕方ないじゃろ他に分かりやすい説明が思いつかんかったんじゃから!!」
擬音語を使って説明してくるものですから、面白くてつい反芻しちゃいました。
ですがイナリちゃんは不服だったようですね。尻尾をブンブンと振り回しながら、不服を訴えていきます。
「わっ」
あっ、近くに居た恵那斗のほっぺに当たりました。くすぐったそうに尻尾を払いのけています。
一通りの話を聞かされたパパは「ふーん」と顎に手を当てていました。
「何だかよ、現実味のねー話だなァ」
「それは私もです、いきなりメカニズム度外視の話は止めてほしいですよね。死んだ人間が不思議な力で生き返るなんて……馬鹿げた話がある訳ないじゃないですか」
「琴きゅんもそう思うか、なァ」
「ですよ、ねー」
「なー」
なんというか、理屈で説明できない話ばかり続けられたので琴ちゃんからすれば不服です。
治癒魔法は魔法で構築した疑似組織を用いて、損傷した組織を修復するという魔法です。イナリちゃんが全部のMPを使用してまで行おうとしたのはそれですね。
しかし、当然心臓を復元したとしても、勝手に動き始める訳ではありません。
次に心臓を動かすには、電気活動が必要なんですよ。
ですが心静止状態へと陥った心臓というのは、救命率が非常に低いとされています。
人命救助に用いられるAEDだって、心静止状態の心臓は適応外と扱われますからね。AEDの本来の役割は、心臓の筋肉が痙攣した状態から元の状態に戻すことですから。
あ、大雑把にしか琴ちゃんは説明しませんよ。細かく説明しようとしたら長ったらしくなっちゃいますから。
実質麻衣ちゃんしか使えない“時間魔法”だって、基本的には“逆行”は出来ないんですよ。過去の姿へと戻せるのなら、医療機関がこぞって“時間魔法”を開拓しているでしょうし。
そもそも、心臓が止まってからの死亡率はおおよそ50%を超えると言います。
いや、まあ止まるというか……心臓、欠けちゃっていたんですけどね。パパの場合。
むしろ生きてる方がおかしいというか。生き返ったパパに失礼ですが。
論理的に説明しようとすればするほど、今の現実の方がおかしいんですよ。
私達の様子にイナリちゃんは「バカ親子が……」とボソっと呟きました。親子ではないんですけどね。
私が勝手に言っているだけです。




