第133話 笑顔
「っしゃあ!!裏ボスノーダメ撃破っ!!」
私の知る、”彼”はいつだって笑顔だった。
強大な困難を目の前にしたとしても、その笑みを絶やすことは無かった。
むしろ、困難を楽しむ人物。それが、私の知る田中 琴男という少年だった。
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「はっ。ドラゴンとかいかにもじゃん。おもしれぇ、サクッとぶっ倒してやるよ」
異災の中で冒険者になった彼の精神は、大きく荒んでしまった。
けれど、強敵の前ではいつだって笑顔。
変化を全力で楽しむ、恐れ知らずの冒険者。
それが、田中 琴男という人物だ。
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いつだって、彼は笑っていた。
だけど、いつからだろうか。
「……行ってきますよ。今日も、遅くなるかも知れません」
冒険者としてある程度の極地まで辿りついた彼から、笑顔は消えた。
ただ日々の業務を淡々とこなすだけ。
築き上げた技術の前では、いかなる魔物だって無力だった。
変化するのは、己の身体ただひとつ。
田中 琴男の表情から、笑顔が消えていく。
無力な愛想笑いしか、私の瞳には映らなくなっていた。
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自分の命だって二の次で、優先すべきは変化していく環境のみ。
彼が次に笑顔を取り戻したのは、"彼女"となってからだ。
「恵那斗っ、見て、見てっ!ゴブリン!ゴブリン居た!倒そう、ね、ねっ?」
まるで無邪気な子供のように、目の前の環境を全力で楽しむようになった。
眩しい笑顔を辺りに振りまく彼女に、どこか救われる気持ちだった。
そんな日々の中で、忘れていた。
冒険者という職業の本質を。
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「……三上」
ダンジョンのボス部屋の一角に横たわるのは、三上 健吾……だった、亡骸だ。
イナリちゃん――金山 米治は懸命に呼びかけながら、亡骸へと“治癒魔法”を掛け続けている。欠けた心臓の代わりに、魔法で構築した疑似臓器を生み出そうとしているようだ。
まるでこの世の理をひっくり返すような、無茶苦茶な行動とも言えるだろう。
この世界に、蘇生魔法は存在しない。
死んだ命は、二度と戻らない。
二度と——。
“パパ”と親しみを込めて呼び続けていた、私の夫——いいえ、彼女である田中 琴は、今の状況に何を思っているのだろう。
「……邪念を、眠らせる」
私は“睡眠魔法”の応用によって、邪念を強制的に眠らせた。
いつの間にか、魔法に頼らざるを得なくなっていた私に、つい自嘲の笑みがこぼれる。このような行動を取らなければ、私は自らの感情さえコントロールできないのだ。
強制的に感情を封じ込めると同時に、どこか心が軽くなる気分だった。
……罪悪感が、微かに過ぎった。
「……あはっ」
そんな中で、笑い声が聞こえた。
流れるような銀髪の隙間から、不敵な笑みがこぼれるのが見えた。
小さな肩が、微かに揺れる。
ゆらりと、まるで陽炎のように身体が揺れる。
「あはっ、は……っ、あははっ」
笑っていた。
田中 琴は、このような状況でさえ、笑みを絶やさない。
傍から見れば、狂気にも映るだろう。
現に、その状況にイナリちゃんは琴に対し、畏怖するような視線を送っていた。
「……琴ちゃんや……?」
「ふふっ、あはっ。あはは……」
だが、私は知っている。
……いや、完全に彼女の本質を理解している訳ではない。だが、30年の付き合いだ。
おおよそ、彼女の思考回路なら理解できる。
彼女は、このような状況でさえ“楽しもう”と思っているのだろう。
逆境に直面した自分自身を、俯瞰的に捉えているのだ。
自分自身を実験装置のように解釈する。
残酷で、冷酷で、それでいて、どこか投げやり。
——それが、田中 琴という冒険者だ。
☆
……そうですよっ。
まだ、何も分かっていないんです。
つまりそれは、変化する余地があるということです。
心の余白は、まだ残っている。
立てる、動ける、頭を回せる。
たったそれだけが、私が冒険者である理由となるんです。
「あはっ、あはははっ……はあ。恵那斗、フォローをお願いっ」
「……わかったわ」
強く、頭を振って思考を切り替えます。
大丈夫です。戦えます。
琴ちゃんは強いんですよ?
数多の修羅場を潜り抜けてきた冒険者、田中 琴男を舐めないでもらいたいものですね。47歳男性は伊達じゃありませんから。ふふんっ。
私達——田中夫妻が対峙するのは、特殊個体ボスである、血肉塗れのスライム。回りくどいので血肉スライムと呼称します。特殊個体は総じて名前が呼びづらいですね。うーんゴミ。
こいつは全身をグズグズの血肉で構築された魔物です。ところどころに、人間の顔のようなものが浮き出た、あまりにもグロテスクな存在ですね。
もう、疑う余地などないでしょう。
ダンジョンは——。
——いえ、後にしましょうか。
まずは、この魔物を倒すことを優先します。
「行くよ。“琴ちゃんブースト”」
私はそう静かに唱えると同時に、“魔素放出”を発動させました。
ですが今までのように、無造作に全身に纏わせた訳ではありません。
両足のみに銀色のオーラが、まとわりついていきます。
イナリちゃんは以前、「全身に纏わせるのは非効率」と教えてくれました。なるほど、全身に纏わせるのは筋肉痛を早期に誘発させる原因となる為、確かに非効率ですね。現に魔法使い研修の時には、使用後にぶっ倒れちゃいましたし。
ですが無詠唱で使えると気づいた今、わざわざ全身に“魔素放出”を纏わりつかせる必要もありません。
無駄を極力殺ぎ、両脚に纏わせるだけでいいんですよ。必要最低限の箇所のみ強化する。それが“琴ちゃんブースト”です。語感良いよね。
両足に白銀のオーラが纏ったことを確認した私は、そのまま地面を蹴り上げました。
土煙が巻き起こると同時に、視界が加速します。
次の瞬間には、私は血肉スライムへと肉薄していました。
「……ァ……ァァ……ッ」
血肉スライムから漏れるうめき声は、どこか驚愕したようにも聞こえます。
ですが私は、一切気にも留めません。
代わりに、琴ちゃんウェポンを剣モードに移行させます。つまり、仕込み杖から鞘を引き抜きました。白銀の刃がギラリと光ります。
身体を捻る動きに合わせ、私は再度琴ちゃん魔法を発動させます。
引き抜いた刃へと、“魔素放出”を放ちました。
属性石に高濃度の魔素が接触することによって、紫電の稲妻が迸ります。
「“琴ちゃんスラッシュ”!!」
「——ァァ……!!」
うめき声がより一層強まります。
ですが、わざわざ手を抜くつもりなんてありません。
紫電を纏わせた刃を、勢いよく薙ぎ払いました。
小柄な体躯なものですから、そのまま“琴ちゃんブースト”を介して勢いよく移動しつつ振り抜きます。
私の非力な物理攻撃力では、ダメージなど大して与えらえれないでしょう。
ですが本命は、纏わせた紫電です。
「——ッ、ァァァァ……!!」
「うるさい、ですっ」
私はそんなうめき声など気にすることもなく、紫電を纏わせた連撃を浴びせます。私の動きに連なって、大気に舞い散る紫電のみが軌跡を残します。
まるでパパの“エンチャント:雷”の再現ですね。
パパの意思は、私が継ぎますよっ!!
「っ……ははっ、どうですかっ!!効くでしょうっ、ねえっ!!」
「ァ……!!」
基本的に無理は禁物なのですが、さすがにそうも言ってられませんから。早期決着を狙ったのですが、さすがに“魔素放出”を使って足を酷使するものじゃありませんね。
両足が悲鳴を上げています。明日は筋肉痛確定です。
まあ、明日のことは明日考えればいいでしょう。
ですが身体を酷使した成果はありました。
血肉スライムは“琴ちゃんスラッシュ”に苦悶の声を上げています。
原因はおおよそ推測できますよ。
今回戦っている血肉スライムの肉体を構成するものは、おおよそ筋肉などの組織でしょう。
そんな筋肉に、高電圧の電流を浴びせれば、不随意運動を強制的に誘発させることができます。
つまり、血肉スライムの行動を制限させることが出来るんです。
「……ァァアア……!!」
「っ、しまっ……」
ですが、想像を上回ってきました。
私の連撃に屈することもなく、血肉スライムは無理矢理身体を動かし、巨大な腕を作り上げてきました。
不届き者である私を叩き潰さんと、その巨大な腕を振り下ろしてきます。
「……っ」
逃げようとしましたが、“琴ちゃんブースト”によって酷使された両脚は、まともにいうことを聞いてくれません。
そんな私を助けてくれたのは恵那斗でした。
「させないわ!”魔素放出”!!」
「——ァ」
恵那斗は素早く伸ばした蛇腹剣で、血肉スライムの腕を縛り付けました。ワイヤーがぴんと引っ張られ、縛り付けられた血肉スライムの重心が傾いていきます。
ぐっと身体を引きながら、恵那斗は更に叫びました。
「っ、“リミッターを眠らせる”っ!!はああああああっ!!」
そう叫ぶと同時に、恵那斗は自身のリミッターを解除。火事場の馬鹿力を介したフルパワーを解き放ちます。
ステータスが加算されていることから、その膂力は想像以上でした。
「ァ……ァ……ッ!」
恵那斗の引く力に押し負けた血肉スライムは、ワイヤーに引っ張られて大きく態勢を崩しました。
隙が生まれたことを悟った恵那斗は、蛇腹剣を一度引き戻してから再度魔法を発動させます。
「エンチャント:光っっっ!!」
すると、蛇腹剣にまばゆい光が纏わりつきます。質量を持った光は、恵那斗が着込むジャケットをはためかせます。
光を介した剣を持って、恵那斗は大地を蹴り上げました。
「琴ばかりに、無茶させてたら……彼氏として、示しがつかない、ものねっ!!」
「……ァァ……ッ!」
そのまま光を纏った一閃を解き放ちます。深々と突き刺した蛇腹剣を介して、恵那斗はもう一度魔法を唱えました。
「内側から解き放てば……どうなるのかしらっ。“魔素放出”っ!」
その詠唱と同時に、どうやら蛇腹剣が血肉スライムの内側から暴走し始めたようです。
あらゆる方向に暴走し始めたワイヤーが、血肉スライムの全身を切り刻んでいきます。
血飛沫が衣服に付着します。ですが、恵那斗は蛇腹剣を手放しませんでした。
ワイヤーが暴れる度に、血肉スライムの皮膚から光が零れていきます。飛び散る光と共に、その身体が徐々に瓦解していきます。
「……もう、これで……終わりね」
恵那斗はそう、ぽつりと呟きました。
やがて、血肉スライムは……ぴくりとも、動かなくなりました。
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「……琴ちゃん。恵那斗君……すまん、すまん……MPが、底を尽きてしもうた……」
イナリちゃんは、力なく項垂れています。まるで懺悔でもするように、ぶつぶつと同じような言葉を繰り返しています。
全てのMPを“治癒魔法”に転換したのでしょう。そのおかげか、パパの胸元にぽかんと出来上がっていた空洞は、完全にふさがっていました。
ですが……辺り一帯に零れた血だまりのみが、残酷な現実を伝えます。
パパは目を覚ましません。
……恐らく、二度と。
「……心臓までは、作り上げることまで出来んかった……儂は……無力じゃ……」
「……ううん。大丈夫、イナリちゃん」
「ぬぅ……お前さん。お前さんは、優しいの……っ、うぇ……う……」
イナリちゃんの頬から、涙がこぼれていきます。
私は、そんなイナリちゃんの言葉を遮るように、強く抱きしめました。
ふわふわと、柔らかい尻尾が顔を覆います。
私は、その尻尾に……微かに、涙をにじませました。
「大丈夫、です。大丈夫です、から……っ、あ……」
分かっていたはずでした。
いつかの日に、パパへと伝えた言葉が、私へと戻ってきます。
冒険者を続ける上で一番、私が怖かったのは。
——仲間の死が、日常だって思うようになったこと……です。
そうなんです。
これが、冒険者の日常。
日常なんです。
……だけど、こんな日常なら、要りません。
奇跡でも、何でもいい。
奇跡が、世界に存在するのなら——。
——奇跡を、ご所望でしょうか。
(……っ!?)
どこからともなく響いた声に、私は目を見開きました。
静かに顔を起こし、辺りを見渡します。ですが、そこには私達以外に誰も居ません。
まるで、自分の思考が勝手に動いているような、そんな不思議な気分です。
茫然としている私へと、再び謎の声は語り掛けてきます。
——少しだけ、身体を返してもらいましょうか。いいえ、どうせ長くは現世に留まれませんから。
(……あなたは……)
——新たなる生に、幸あらんことを。
その言葉を最後に、ぷつんと意識が途絶えました。
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「……あ?俺、一体……何が……?」
次に気が付いたのは、パパが起き上がっていた時でした。
……パパ?
「あー……あ?俺、生きてンのか?なァ、琴きゅん。お前よォ、状況を説明できっか?」
「……パパ。生き返って……?」
「ん?は?お前、何話してンだ?つーかなに。恵那斗も、イナリちゃんもよォ、変な顔して……」
「——っ!!」
何が何だか、よく分かりません。
ですが、私は飛びつかずにはいられませんでした。
「うぉっ、あんだよお前……おいっ」
「……っ」
「……ンだよ、ガキがよ……」
パパが困惑の声を漏らします。ですが、その声音はどこか穏やかでした。
優しく、私の頭をポンポンと撫でてくれます。その暖かさが、どこか嬉しかったんです。
全身で、パパが存在しているのだと実感したかったんだと思います。
私は、私は……!
「パパ……生きてる……っ……」
「あー、おう。生きてンぞ。後で説明しろよお前らァ……」
「っ、う……えうっ、う……」
私が泣き止むまで、パパはずっとあやしてくれていました。
この時、私は気づきませんでしたが。
恵那斗と、イナリちゃんは互いに顔を見合わせていました。
「……琴ちゃんには、一体何が宿っているんじゃ……?」
「……琴……」
左近宗茂様のポストより、本作が紹介されているのを知りました。(3枚目)
本当にありがとうございます!!
https://x.com/shima_sakon08/status/2019712789221343544?s=20




