第132話 血肉
「今回のボスモンスターは……スカベンジャースライムか」
私は改めて“ダンジョン調査書”を開き、ボスモンスターの確認をします。
スカベンジャースライム。
スカベンジャーとは、要は腐肉を喰らう生態のことを指し示します。
つまり、今回のボスモンスターは死骸を喰らうことを主とするスライムのことですね。なんだか、文面だけでテンションが上がりません。
人が寄り付かない理由が分かりますね。腐肉というドロップアイテムの時点で、市場に出回るには需要が無さすぎます。腐肉なんか市場に回しても何の利益にもなりませんし。
一応、農場の肥料程度には役立つみたいですが、それだったら市販の肥料で事足りるって話です。
無理に役立てようとせず、そのままダンジョンに取り込ませることが多いですね。こういう腐肉系のドロップアイテムは。
たまーにミイラ系モンスターの包帯は、保存状態が良いものは市場に回すことがあるみたいです。医療系では衛生的な問題から絶対に使いませんが。
ほとんど魔石の類でしか需要が無いというので、まあギルドとしても派遣する意味合いが薄れるというものですね。
改めて言語化すると、非常に納得できるものです。
別に攻略したところでなんの名誉にならないの、悲しすぎますね。うーん……。
しかし、とことん薄気味悪いダンジョンですね。
今、私達はボス部屋へと繋がる大扉の前に立っています。ですがその扉さえ、蔦が這い巡っており、不気味さを演出しています。
開門するには何の問題もないのでしょうが……あんまり、乗り気になりません。うう。
「……とりあえず、さっさと仕事を終わらせましょう。開けますよ」
渋々覚悟した私は、静かに左手を前にかざしました。最近無詠唱で唱えられることが分かった“魔素放出”を放ちます。
すると、高濃度の魔素が空間を歪ませつつ、大扉に接触しました。
大扉は魔素を検知。
やがて鈍色の光を放ちながら、私達を迎え入れるようにゆっくりと軋む音を奏でつつも開いていきます。
薄暗い空間は、ボス部屋まで浸食していました。
壁面を蔦が覆いつくし、隙間から零れた光だけが薄暗くダンジョンを演出します。地面まで伸びきった蔦はとぐろを作っていました。
そして、ボス部屋に存在するのはスカベンジャースライム、ではなく。
……ええと、何と言うのでしょうか。これ。
「……気持ち悪いわね。不快だわ」
恵那斗が率直な感想を漏らしました。眉を顰め、不快を露わにしています。
恐らく、スライムと言えばスライムなのでしょう。
ですがそれは、私達の知るスライムとは全く違いました。
「……ァ、ァ……」
いくつもの不気味な声が重なっています。
その体躯は、私達の身長をゆうに上回っていました。高さで言えば3m程でしょうか。ですが横幅は広く、ぶよぶよとした肉体が存在感を如実に示しています。
そんな肉体を構築するのは、赤黒い血肉のようなものでした。
血肉の隙間からは、まるで人間の顔のようなものが浮き出ています。
……というか、人間そのものに見えました。
「……これがスライムじゃと言うのか?あまりにも命を冒涜した見た目をしておるのぅ……」
さすがのイナリちゃんも、頬を引き攣らせて警戒態勢を取っていました。尻尾が垂直にぴんと張っています。態度が分かりやすいですね。
恐らくイナリちゃんの言う通り、今回のボスモンスターはスカベンジャースライムの特殊個体でしょう。
記録にあったスカベンジャースライムというのは、真紅の肉体こそ持つものの、複数の個体で構築されたボスモンスターだったはずでした。数の利で押してくるようなボスだったはずです。
ですが今回のボスモンスターは1体のみ。明らかに事前に知らされていた情報とは違います。
スライムを構築する肉体は、不規則に収縮を繰り返しています。巨大な心臓のように、形を変え、歪み、そしてまた肥大化。
このような歪なスライムなど、見たことがありません。
「……さっさと、倒してしまいましょう。さすがにこれは、見ているだけ不快です」
うーん。今回は気持ち悪いという感想が勝ってしまいます。
早く倒してしまいたいので、大人しく琴ちゃんウェポンを構えて戦闘態勢を取りました。
私の動きに見習うように、イナリちゃんと恵那斗も戦闘態勢を取ります。
まあ、特殊個体案件ならパパも戦闘に参加しない訳には行きませんよね。
パパの表情も露骨に引きつっていますが。
「うっわ、グロ……っと。早く倒すぞ」
「パパ、陽動を頼んでも良いですかっ」
「任せ……とけッ!!」
身体加速に長けたパパは、私の期待に応えるように先陣を切ってくれました。戦いの火ぶたが切って落とされた瞬間です。
パパは両腕に力を籠めると同時に、魔力を両腕にはめたブレスレットに込めたようですね。ギルドから借りてきたダンジョンアイテムに魔力が宿り、やがてそれは手甲鉤を生み出していました。いわゆるクローです。
そのまま低く身を屈めたパパは、勢いよく地面を蹴り上げました。“身体強化”を使っていないというのに、己のステータス1つだけで爆発的な速度を生み出します。
「ッらああッ!!」
そのまま、迅雷の如き勢いでボスモンスターの血肉スライムへと肉薄。身体を捻った勢いで、素早く手甲鉤を用いた連撃を繰り出します。
右手で突きを繰り出し、腕を引いた勢いで左手で切り裂き、そして返す勢いで斬り上げ——。
とめどなく繰り広げる連撃は、まるで流星の如く、と言ったところでしょう。
ですが血肉スライムはそんな連撃など意に介した様子もありません。
「ァ……ァ……!」
「っ、パパ!引いてっ!!」
ほとんど直感ですが、私は咄嗟にそう叫びました。血肉スライムの重心が、パパの方へと微かに傾くのを感じ取ったからです。
その叫び声に反応するようにパパは回避態勢を取りました。
パパと入れ替わるように、恵那斗が蛇腹剣を構えて前に躍り出ます。
「ァ……!!」
「っ!!“障壁魔法”!!」
恵那斗はパパを庇うようにして、そう叫びました。
それと、血肉スライムの肉体が変容したのはほぼ同時。細胞分裂を繰り返しながら、やがてそれは巨大は1本の腕を作り出したのです。
巨大な腕はなんの躊躇もなく、恵那斗が作り出した障壁を叩きつけました。
「——くっ!!」
「ッ……!」
“障壁魔法”は、血肉スライムの振り下ろす一撃を奇跡的に防御することに成功。しかし、たったその一撃でいとも容易く“障壁魔法”は粉砕されてしまいました。
ガラスの欠片のように割れた“障壁魔法”が、恵那斗とパパの周囲へと降り注ぎます。
「……なんつー火力だよッ」
パパは思わず悪態を吐きました。
パパの高ステータスを駆使した連撃をもってしても、ダメージを与えられた様子はありません。
ということは、十分に弱点である核までダメージが浸透していないということでもあります。
これは徹底的に情報収集に努める必要がありますね。
「皆っ、回避に専念してください!私は情報を探りますっ」
私はそう指示を出し、ステータスを駆使して血肉スライムの周辺を駆けまわることにしました。
まず外見で言えば、巨大な心臓と言わざるを得ません。
しかし、ところどころから浮き出る顔は、まるで断末魔を上げる人間のようにも見えます。
(……人間の、顔……?)
人間の顔。
それに関連して思い出すのは、以前戦った特殊個体ゴーレムの記憶です。
特殊個体ゴーレムは、私達と同じく日本語を話していました。つまり、日本語という文化を知っていたということです。
同時に、連鎖して思い出すのはイナリちゃんが“異形化の呪い”に掛かった時の記憶。金山さんがイナリちゃんになる直前に訪れたのは、神社のような光景でした。まるで日本文化を取り入れたような光景でしたね。
様々な情報が、脳裏をよぎります。
冒険者の死骸は、ネームタグを残してダンジョンに取り込まれます。
消えた冒険者の死骸は、どこへ向かうのでしょう。
以前戦った特殊個体である合体スライムは、複数の核から成り立つ存在でした。
それに連なって、恐らく特殊個体ゴーレムも、複数の核から成り立っていたようですね。
連想は、徐々に推測を加速させていきます。
目の前に存在するのは、人間の顔を浮かび上がらせた、まるで巨大な心臓の如き血肉で構築されたスライム。
「——まさか……」
考えてはいけない、最悪の答えが閃きました。
今、私達が戦っているのは——。
……人間の。
「余計なことを考えるでない!今、儂らが戦っているのはなんじゃと思う!魔物じゃろ!!」
私の思考を遮ったのは、イナリちゃんでした。
彼女は小太刀を構え、素早く連撃を浴びせます。
ですがそのいずれも浅く、血肉スライムの核に届いた様子はありません。
彼女は素早く後退し、私の隣へと着地しました。
それから、真剣な顔で諭します。
「優先順位を違えるでない!お前さんの連想力は最大の武器じゃが、弱点ともなりえる!!」
「……イナリちゃん……」
「ならば絞れ!目の前のスライムは、どのように構築されているかをっ!!」
「……っ、分かりました!」
そう、ですね。
邪念はひとまず除けておくとしましょう。
私が行うべきは、情報収集からの考察。そして、適切な対処方法についてです。
魔法使いという後衛だからこそ、私が行わなくてはなりません。
「……うむ。それで良い、儂は2人と共に近接に回るからのぅ!」
「お願いしますっ!」
私がそう叫ぶと、イナリちゃんは「うむ!」と気持ちいい返事をしてから前線に戻っていきました。
基本的に低ステータスということもあり、イナリちゃんは一撃でも喰らえばひとたまりもないでしょう。ですがそれでも任せられるのは、イナリちゃんが熟練の冒険者だからです。
ならば私も、ベテランの冒険者たる所以をしっかりと見せなければなりません。
「……どのように構築されているか」
人間の顔。
そして、全身を構築する血肉。
最後に、ここは死骸を取り込むダンジョンであるということ。
私は“琴ちゃんウェポン”を握り直し、深呼吸して態勢を整えます。
琴ちゃんウェポンに視線を落とせば、そこにはギラリと黄色の属性石が光っていました。
うん、答えなら……見える。
そう決意したところまでは良かったんです。
——ですが。
隙だらけだったようです。
「っ、避けて!琴!!」
「えっ、え……?」
突然、恵那斗の声が響きました。
しかし周囲を見渡しても、攻撃の予兆などどこにも見当たりません。
何をどうすればいいのか分からず、呆けたままきょろきょろと辺りを見渡します。
右にも左にも、攻撃の予兆などありませんでした。
予兆が起きていたのは、真上から——。
「……あ」
私の周囲に影が落ちたことによって、気付きました。
無理矢理引き延ばされたであろう、巨大な腕が私の真上から襲い掛かっていることに。
まるでそれは、頭上から降り注ぐ槍のような形でした。
咄嗟に避けようと身を捻りますが、間に合わないことが直感的に分かってしまいました。
——間に合わなかった、はずなんです。
「はッ、琴きゅんよォ。俺がいねェと、マジでダメだな」
「……え?」
私の身体は、不意に突き飛ばされました。
「……パパ……?」
視界が、スローモーションになっていきます。
私の身体を突き飛ばしたパパは、そのまま。
血肉スライムが振り下ろした腕の一撃によって。
「——がっ……」
「……え、あ……?」
胸元を深々と貫かれました。
……。
パパの装備していた手甲鉤が光を失い、元のブレスレットへと姿を変えていきます。
糸の切れた人形のように、パパの身体が地面に投げ出されました。
まるで、麻衣ちゃんの“時間魔法”でも食らったような気分です。
何もかもが、止まって見えました。
先ほどまで健気に喋っていたパパは、ピクリとも動きません。その色彩を奪われていく四肢が、明確に体温の低下を知らせます。
心臓を貫かれ、ポンプの機能を奪われたことによって、血液が循環しなくなったのでしょう。
「な、なん……え?」
分かりたくないのに、妙に冴え渡った思考が、その事実だけを淡々と伝えていきます。
ずるりと血肉スライムが腕を引き抜くと、そこには巨大な空洞が出来ていました。
ステータスなんて、確認する必要もありません。
確認、なんて……。
「っっっ……!!諦めるでない!儂が“治癒魔法”で心臓の再現を試みるっっっ!!!!」
「……イナリちゃん……?」
「儂に任せいっ!!」
イナリちゃんは状況を鑑みて、瞬時にパパの元へと駆け寄りました。
彼女は自らの衣服が血で汚れるのも厭わず、パパの身体へと“治癒魔法”を掛けていきます。
亡骸と化したパパへと、必死に叫びます。
「お前さんが居なくなったら誰が車を運転するんじゃ!誰が琴ちゃんの相手をしてやれるんじゃ!!戻ってこい、阿呆がっっっっ!!!!」
「……っ」
「すまん、田中夫妻!!お前さんらでボスモンスターの対処を頼む!!!!」
イナリちゃんの叫び声を受けて、ようやく止まっていた時間が戻ってきました。
まだ、立てる。
私は頭を大きく横に振って、意識を保ちます。その際、瞳から温かい涙が零れ落ちた気がしました。
それから、私と同様に茫然としていた恵那斗の隣へと駆け付けます。
「……恵那斗!」
「あ、琴……琴……」
恵那斗は声を震わせ、弱々しくも私の名前を呼んでいました。
……私は、夫として。恵那斗を落ち着かせなければいけません。
なるべく落ち着いた声音を作り、それから静かに語りかけます。
血肉スライムは、一人屠ったことに満足しているのでしょうか。私達の動きを観察するようにこちらに重心を寄せていました。
……許せません。
「恵那斗、聞いて。あのスライムはね、恐らく人間の身体から作られてる」
「……人間の?」
「後で私の考えについて説明するから。だから、お願い。手伝って」
「……っ、分かったわ」
私の言葉にハッとしたのでしょう。恵那斗は蛇腹剣を構え直し、戦闘態勢を取ります。
ボソッと「邪念を眠らせる」と呟いたのが聞こえましたが、あえて何も聞いていないふりをしました。
そこまで首を突っ込むほど野暮じゃないです。琴ちゃんは偉いので。
ひとまず私は琴ちゃんウェポンを構え直し、大きく息を吸い込みます。
(……知らないと。まだ、始まったばかりなんですよ)
大丈夫。笑える。
私はまだ、笑ってる。
好奇心まで失ってしまったら、私は完全に終わってしまうから。
「……行くよ、恵那斗。あの血肉スライム……徹底的に、解剖するよ!!」
「ええ!」
戦えるのは、私達。田中夫妻だけです。
夫婦そろっての共同作業。相対するは巨大なウェディングケーキ、と言ったところでしょうか。
「私達からは、もう何も奪わせはしませんよっ!!」
「そうね。私達は、もう何も奪わせないっ!」
私達は誓いの言葉と共に、血肉スライムへと駆け出しました。
どこか。遠い意識の底から。
『私——身体——を、継ぎし——よ——光を……』
謎の声が、響いてきたのは……きっと、気のせいでしょう。




