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第131話 琴ちゃんプレス

「ふむ、この身体は避けやすくて良いのぅ。腰も痛くならんし」


 なんというか、さすがイナリちゃんですね。自然体だというのに、その立ち振る舞いには一切の隙を見出すことが出来ません。

 ただ自然に立っている、だからこそ全ての予備動作を予測することが出来ない。それがイナリちゃん——金山 米治という冒険者の末恐ろしい部分であると私は考えています。


 意図せずに作る自然体と、意図して作る自然体とでは、練度が全然違います。

 そしてイナリちゃんは後者に該当する存在です。


 前線に立つ彼女が対峙するのは、5体のゴブリンです。

 連戦を経て、レベルは現在5まで上がりました。ですがそれでも、引き下がった方が本来なら正しい状態にあります。


 それでも私達が彼女を止めないのは、金山 米治という冒険者の末恐ろしさを知っているからです。


「ギッ」「ギィッ」


 などと、ゴブリンの鳴き声が合唱して響きます。

 うーん録音してmp3で聴きたいです。


 正直、もう少し膠着していて欲しいのですが、生憎ながら今はお仕事中なので。

 ゴブリン達は互いに顔を見合わせながら、小柄な狐耳幼女を前に警戒した動きを取っています。


 イナリちゃんが一歩前に進むたびに、ゴブリン達は一歩後ろに引きます。

 まるでふざけた光景ですが、これもイナリちゃんから発せられるすさまじい殺気が原因ですね。


「情けないのぅ。こんな幼子一人に怯えるなど、魔物が聞いてあきれるわい」


 ですが当の殺気を放っているイナリちゃんは余裕の表情を崩しません。やれやれ、と呆れたようにため息をつきました。それから、小太刀の柄に触れながら、恵那斗へと視線を送ります。


「すまんの、恵那斗君。何体か相手を頼めるかの?」

「ええ、勿論よ。……“炎弾”」


 そう指示を受けた恵那斗は静かに左手を正面にかざしました。素早く構築された魔法陣を障壁として、鋭く唸る炎の弾丸が射出されました。

 私の大雑把な火力を伴ったそれではなく、極力無駄の殺がれたお手本のような“炎弾”がゴブリンのうち1体へと襲い掛かります。


 恵那斗が狙ったのは、並んでいるゴブリンのうち私達から見て左端に居た1体でした。

 

「ギッ……!」


 “炎弾”を受けたゴブリンは、炎から逃れようとして思いっきり蹴躓けつまずきました。足をもつれさせ、そのまま後方へと転倒。ゴンっという鈍い音と同時に、頭を打ったみたいです。

 「ギャゥ」とかいう情けない悲鳴と共に、地面をのたうち回っています。あーあ、可哀想に。


 ゴブリン達からすれば意識の外からの攻撃だったのでしょうね。恵那斗が放った“炎弾”は予想外だったらしく、動揺が広がっていきます。

 その隙を縫うように、恵那斗は蛇腹剣を構えてゴブリンの群れに斬りかかりました。


 今回は、“魔素放出”を使わず、そのまま長剣として使用するようです。まあ、MPを使わないに越したことは無いですもんね。


「はあっ!」

「ギ……」


 恵那斗の体重を重ね合わせた斬撃によって、胴を切り裂かれたゴブリン。真紅の血液を撒き散らしながら、後方へと倒れ込みます。まあ、本来は血液は撒き散らさない方が良いんですが……琴ちゃんのこだわりは、一旦置いておきましょう。

 動揺が収まらない内に、返す刃と共に恵那斗さらに踏み込みます。

 

 切り裂く刃が、次から次にゴブリンを薙いでいきます。


「もう、一般のゴブリンじゃ私達の敵ではないわね」


 恵那斗はそんな言葉を漏らしました。油断こそしてはいけませんが、まあ正直事実ではありますね。

 元々ベテランの冒険者であることに加えて、連戦を経て私達のレベルもそれなりに上がってきています。

 私に関しては今で23レベルです。物理耐性は皆無ですが、魔法攻撃に関しては高レベル冒険者にも引けを取りません。火力お化け琴ちゃんが生まれました。


 今回はあえて、イナリちゃんは敵の注意を引き付ける役割を担ってくれています。

 そんな中、ゴブリンは後衛として控えている私へとターゲットを絞ったようですね。

 このゴブリン、なかなかに賢いです。琴ちゃんポイントを差し上げましょう。


「ギッ!」

「おっ、待ってましたよ」


 ですがゴブリンとなれば私の領域です。

 相も変わらず単調な攻撃ですね。ダッシュと同時に、突きの攻撃を狙っているようです。

 正直、防刃耐性のあるワンピースなので、ダメージはさほど受けないのでしょうが……食らわないに越したことはありませんね。防具の修理費用とかあんまり負担したくありませんし。


「そこしか狙えないんですか?」

「ギッ……!?」


 うーん、やっぱり腹部を狙ってきていますね。攻撃の予測が立てやすいのは、正直面白みに欠けますね。

 私はひらりと左方向に身を翻しつつ回避します。スカートがふくらはぎを叩く感覚を覚えつつ、“アイテムボックス”を作動させました。


 そう言えば、この得意技は命名してなかったですね。


「琴ちゃん魔法、第0弾……」

「それは命名しなくて良いじゃろ……」


 あっ、イナリちゃんが冷静にツッコミを入れてきました。

 ですが、どうせなので名付けちゃいましょう。


 琴ちゃんオリジナルの必殺技です。

 行きますよっ。


「“琴ちゃんプレス”!!」

「ギギャッ……!!」


 “アイテムボックス”を構えた左手で、勢いよくゴブリンを叩きつけました。蔦の張り巡らされた薄暗い地面へと、ゴブリンが勢いよく叩きつけられます。“アイテムボックス”の生きている対象を弾く作用が問題なく機能している証拠ですね。

 琴ちゃんはその“仕様”を利用します。


「さて、格納されるまで一緒ですよっ」

「ギ、ハ……ッ」


 ゴブリンの肺から空気が漏れる音が聞こえました。ひゅう、とか細い音が漏れると同時に、血液が辺り一帯に飛散します。

 基本的には痕跡は残さない方が良いんですけどね。恵那斗も普通に血液を飛び散らせていますし、今更かなーって。


「……うん。格納されましたね」

「相も変わらずえげつねェなあ、琴きゅん……」


 後方で見守っていたパパは見慣れているのでしょう。呆れた表情を作りながらも、その口角には笑みが滲んでいました。

 恐らく、“アイテムボックス”の中にはぺったんこになったゴブリンが格納されているでしょう。ゴブリンフリスビーの完成です。


 私は“アイテムボックス”を開きっぱなしにして、残ったゴブリンの死骸を回収していきます。

 さすがに解剖しきれないので、今度死骸ごと提供してしまいましょう。また医学生の解剖実習にでも役立ててもらいましょうか。


 あのですね、ゴブリンの死骸を持って帰ってくる冒険者というのは貴重なんですよ。

 変人扱いは止めて欲しいですね。琴ちゃんはすごいんですよ?えっへん。


 最後に残ったゴブリンは、イナリちゃんがサクッと喉元を切り裂いて戦闘終了です。


「よし、今回も無事に魔物を倒せましたね。MP消費も少なくて済みました」

「次は5階層かしら。特殊個体には極力会いたくないわね」


 私と恵那斗は、そう短く言葉を交わしました。

 特殊個体に出会いたくないのは同意です。

 

 今回は奇跡的に、特殊個体に出会うことがなく攻略を進めています。

 まあ、以前の特殊個体ゴーレム以降から、邂逅せずに済んでいるんですけどね。記録内容が増えるのもあって、極力出会いたくないです。


 ダンジョン攻略は好きですが、その後の記録まで考えると戦いたくありませんね。琴ちゃんは事務作業が嫌いです。


 正直、私達であれば通常個体のボスモンスターなら楽勝でしょう。

 ですが念のため、現状の整理としてステータスを確認します。



 あ、確認の流れは省略しますね。

 どうせ冒険者証をもっていつもの合言葉である「ステータス・オープン」って言うだけなので。

 

 結果だけ書きます。

 

 田中 琴

 MP260/350


 田中 恵那斗

 MP95/110


 イナリ

 MP36/36


 という状況ですね。イナリちゃんには魔法を封印してもらっています。元々低いステータスなのに、MPを使い切ってステータスの恩恵を失われては困りますし。

 

「うん、これなら問題なく戦えそうですね」

「うむ。無理は禁物じゃがの。5階層まで登ったら、終わり……という形で良いのかの?」


 イナリちゃんはちらりと三上パパへと視線を送りました。

 その問いかけに、パパは「まぁな」とポリポリと頭を掻きました。


「ん、まァな。お前らのことは別に心配してねェがよ。一応ギルドの方針があンだよ」

「ぬぅ、規則というのは面倒じゃの」

「つー訳で頼むわ。さっさとボスモンスター倒して帰んぞ。納品もまた別のとこでやんなきゃなんねーんだからよ」

「分かったわい。では、向かうとするかのぅ」


 パパからそう確認を受けた私達は、そう目配せし合いました。

 そして5階層へと続く階段へと、私達は歩みを進めていきます。


 光輝く半透明の階段にも、ものの見事に蔦が侵食してしまっていますね。まとわりつく蔦が光を奪ってしまっているので、薄気味悪い階段が出来上がっています。


「……なんだか、不気味な雰囲気。苦手だなあ……」


 私はそう、ぽつりと呟きました。

 どうしてこうも、ダンジョンごとに特色が違うんでしょうね。あんまりテンションが上がらないです。



 ——く……た。


 

「ん?」

「琴。何か言った?」

「ん、私は何にも。恵那斗は何か言った?」

「え?私?私は何も言ってないけれど……」

「そっか。じゃあ気のせいかな」


 ん、一瞬何か聞こえた気がしたんですけどね。

 どこかで聞いたことのある声音だったような気がしないでもないです。気のせいかな?下駄の声かな?


 もう一度意識を研ぎ澄ませて、先ほど聞こえた声の正体を探ろうとしてみました。

 ですが、何も聞こえませんでした。


(……気のせいか)


 聞こえないものにどれだけ縋っても仕方ないですよね。

 私はそう意識を切り替え、5階層のボス部屋へと歩みを進めます。






 この時、予想もしていませんでした。


 パパとダンジョン攻略をするのが、今回で最後になるなんて。

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