第130話 幻惑魔法
「うう、進みたくない。恵那斗、ごめん。お願い前に立って」
「言われなくても、琴は後衛でしょう」
「前に立つの無理……やっぱ怖いぃ……」
「調子狂うわね……」
ごめんなさい。琴ちゃんは今回あんまり戦力になれそうもありません。
なんで塔型ダンジョンなのに、洞窟型ダンジョンみたいに鬱蒼としているんですか。
伸びきった蔦が天井からだらりと垂れていて、陰を生み出しています。生い茂る草木が複雑に絡み合い、1本道を生み出していました。
塔型ダンジョンとは思えないです。洞窟型ダンジョンはそういうものだって割り切れたんですけど、今回は話が違います。いかにもって感じですもん!!
ところで現在の配置としては、ですが。
一番前に立つのが恵那斗。
恵那斗にぴったりとしがみつくのが私。
その後ろをとてとてと歩くのがイナリちゃん。
最後に保護者としてパパが付いてきています。
恵那斗はボソっと「滾るわ……」とか呟いていましたけど、私は知りません。頑張って理性と戦っててください。
イナリちゃんは周囲を見渡しながら、「ふむ」と物思いに耽るように顎に手を当てていました。幼くなっても、その仕草にはどこか年季を感じます。一周回って似合ってます。
「攻略需要がないのも分かるわい。いつ、どこで魔物が現れるか分からんからのぅ……琴ちゃんや」
「ひゃ、は、はい。なんですか……」
「……昔の虚勢張ってた名残は何処に消えたんじゃ……っと、そんな話をしたいのではないわ。“ダンジョン調査書”はもちろん確認しているのぅ?」
「読みましたよぅ……うう……出るんですもんね、ここ」
“出る”という動詞だけで伝わったのでしょうね。イナリちゃんは「そうじゃ」と頷きました。それから、辺り一帯を覆いつくす蔦を引っ張りました。
「このダンジョンはゴブリンやスライムという魔物よりも、ゴーストやスケルトンと言った魔物の方が多い。気を抜く出ないぞ」
「気なんか抜けませんよぅ……だって、あちこちにいるじゃないですかぁ……」
探知したくなくても、もはや癖で周囲に魔物がいるかどうかは探ってしまいます。物陰の奥とかにね、居るのが分かるんですよ。
いるのはもう分かってますよぅ……はあ……。
正直、姿も見たくないです。
私の反応にイナリちゃんは苦笑を漏らしつつも、辺り一帯に鬱蒼と伸びきった草木を触ります。
まるで好奇心に満ちた子供みたいです。……人のこと言えないとか言うのは無しですよ。
「先ほどから、ガサガサとこちらを伺っておるの。どうせ場所は分かっておるのじゃろ、ほれ。はよ倒せい」
「……私を何だと思ってるんですか」
「優秀な魔法使いじゃろ」
「……んふふ」
「こういうところは扱いやすくて助かるわい」
……えへ。
そうですかそうですか~~!
琴ちゃんは優秀な魔法使いですか、んふふ。
仕方ないですね、ちょっと怖いのもありますが、せっかくおだててくれましたもんね。ちょーっとくらい、期待に応えてあげるのが琴ちゃんという冒険者ですっ。
大体、草木の揺れからどの辺りに魔物が潜んでいるのか目星は付いていますよ。
改めて前提を確認します。
“ダンジョン調査書”によると、1階層のモンスターテーブルはスライムやゴブリンに加えて、スケルトンやゴーストと言った霊体型の魔物も出現するそうです。
特殊個体は一旦カウントしないものとします。
スライムやゴブリンは原則として、隠密という行動を取りません。
スライムはそもそも魔素を探知して襲い掛かってくるような魔物です。隠密なんて回りくどいことはせず、すぐに襲い掛かってくるでしょう。近接戦なら恵那斗の領分ですし。
ゴブリンは……説明要りますかね?私の得意分野です。むしろゴブリンなら私の方から探しに行きたいくらいですよ。今回のダンジョンだとあんまり出ませんが。今回のダンジョン攻略のやる気が起こらない理由のひとつです。
そして、草木の揺れ方も特徴的ですね。根元の方は揺れず、先端のみが左右に揺れています。
つまり、木陰に潜んでいる魔物は浮いている、ということが推測できますね。草木の揺れ方ひとつでも、いくつもの予想が立てられます。
私の理論では、冒険者という本質は感性よりも知識の裏付けによるものが大きいと思っています。
ですが大抵の冒険者は、ステータスに身を任せた戦い方しかしないんですよね。根気も大事ですが……私は、極力無茶はしたくないです。知識リソースで上回ることができるのなら、それに越したことは無いですから。
昔に散々無茶しまくりましたからね!琴ちゃんだって学ぶんです。
という訳で、天才魔法使いと化した琴ちゃんをお見せしましょう。え?天才とは言ってない?またまたー。
琴ちゃんウェポンを杖モードで使用しますね。魔玉の先端を、揺れた草木へと向けて。
さーて今回も始めましょう。とりあえずはコスパ重視で行きますよ。最初っから“琴ちゃんキャノン”ぶっ放して怒られるのは嫌なので。
いっせーのーせっ!
「“琴ちゃんレーザーっ”!!」
「その呼び名はどうにかならんか?」
イナリちゃんは間を刺さないでくださいよっ!?
内心そんなツッコミを入れながらも、私が構えた魔法杖の先端から鋭く収束した“炎弾”がレーザーの形となって解き放たれました。大気を穿つ勢いで伸びていくレーザーは、草木に隠れた魔物を狙い打ちます。
草木が焦げる臭いと共に、「ァ……」というか細い悲鳴のような声が聞こえました。この10代女性の聴覚をもってしても聞こえないんですから、モスキート音とかではないですね。
その声を聞くだけでちょっと身震いします。恐らく、声そのものに魔法が宿っているのでしょう。
声の主に対し、イナリちゃんはしかめっ面を浮かべていました。
「ぬぅ……“幻惑魔法”の類かのぅ。どうにもこの感覚だけは慣れんわい」
私達の中で一番低ステータスであるイナリちゃんは、当然ですが“魔法防御”も低いです。“幻惑魔法”に対して理解があるとはいえ、正直気持ちのいいものではないですよね。
がっつり効いちゃってますねこの感じだと。尻尾がしおれてしまっています。
まあ幻惑魔法自体、冒険者証のベースとなった魔法でもあるので、別に悪いことばかりではないですが。
ちなみに魔法防御がパーティの中でもダントツで高い私には、あんまり効いていません。身震いで済むなら可愛いものです。
視界にも干渉してきていますが、まあ正直飛蚊症レベルですね。ちょっと気になるかな?くらいです。
ということで、姿を現してもらいましょう。
見たくないですけどね。
「うん、やっぱりゴーストでしたか」
「……ァ……ァァ……」
草木から姿を現したのは、暗闇の中でうっすらと光を放つ半透明の霊体ことゴーストです。正直、ダンジョン攻略の補助で使うドローンに見えないこともないです。
輪郭は不鮮明で、ところどころに歪みが見えますね。ゆらゆらと陽炎のように揺れる輪郭は、その動きに伴って残像を生み出します。
スライムと似通った生態なので、その球体の体の中に核が内蔵されています。スライムと違うのは、ほとんどが霊体で構築されているというところでしょうか。
魔法性能に特化したゴーストは、MPを抑えた“琴ちゃんレーザー”程度では屠れないようですね。
ですが、まあ正直今更感はあります。
「な、なんだこいつ……!」という予想外の強敵感が無いのは、正直面白みに欠けますね。
どっちかというと「おお、今回はこういうパターンか!」みたいな感想になりがちです。グルメ漫画みたいな感想。
そんな中、恵那斗よりも先に飛び出したのはイナリちゃんでした。
「目に見えるものだけ斬れば良いのじゃろ。幻惑なんぞに惑わされるほど温くはないわい」
「……ァ……!」
小柄な体躯を活かして、イナリちゃんは素早く前に躍り出ました。小太刀を鞘から引き抜いたかと思うと、迅雷の如く横一文字に薙ぎ払います。
重ね、磨き、削り。数多の連戦を乗り越えて築き上げたその技術は、まるで彼女自身が剣そのものと化したかのようです。
「ほっ」
薙いだ一閃はいとも容易く草木を斬り払い、ゴーストの核をいとも容易く真っ二つにしました。
揺れる尻尾だけが、彼女の動きの軌跡を残します。
あっという間に、ゴーストの身体から放たれていた光が奪われていきます。闇に飲まれるように、その身体を黒く染めていきます。
やがて、ガラス玉のような甲高い音を立てながら、地面にゴーストだったものがカランと叩きつけられました。
ガラス玉と化した身体の中には、魔石が内蔵されています。
真っ二つに割れたそれをひょいと私の元へと放り投げました。
私はそれを受取り、そのまま“アイテムボックス”へと格納します。
基本的には嵩張った段階で格納するものなんですけど、文句を言われないのでいっかなーって思って。
「ふむ。身体加速を活かせば、今までと異なる戦いが出来るかもしれんのぅ。何回か、儂に前衛を任せてもらえんか」
「私は良いですけど。恵那斗はそれでもいい?」
一応確認の為、恵那斗にそう質問を投げかけてみます。
ですが、恵那斗は話を聞いていないようでした。どこか上の空と言った様子で、ぼーっとしています。
幻惑魔法から抜け出せていないのでしょうか?
恵那斗も、イナリちゃんと同様に幻惑に惑わされるほど弱くはないはずですが……。
「……恵那斗?」
「あっ、まあ……良いんじゃないかしら」
「どうかした?」
あからさまに歯切れの悪い様子だったので、そう質問を投げかけてみます。
すると、恵那斗はどこか感嘆とした様子で、イナリちゃんに視線を送りました。
「……イナリちゃん、凄いわね……」
「うん。カッコよかった」
「負けてられないわね、これは」
そう語る恵那斗の目には炎が宿っていました。同じ近接戦闘ポジション同士、燃えるものがあるのでしょうね。
私に隠れていますけど、恵那斗も大概好奇心は強い方だと思います。理性という殻を取っ払ってしまえば、恐らく私と同類になるでしょうね。
私達が会話を交わしている間も、イナリちゃんは待ってくれていました。
ちょこんとした身体でこちらを見上げながら、首をかしげています。
相も変わらず仕草が可愛いです。
「ぬ?儂がどうかしたかのぅ?」
「いいえ。なんでもないわ、皆で強くなりましょう」
「うむ!リーチという面では儂は劣るからのぅ。役割分担じゃ」
「ふふ、そうね」
そう言いながら、恵那斗はイナリちゃんを優しく撫でていました。
イナリちゃんは耳を撫でられるたびに「ん……」とくすぐったそうに目を瞑っています。
しばらく撫でられ続けたものですから、ついにイナリちゃんはむくれてしまいました。
「……しつこいぞっ!撫でるでない!」
「あっ、ごめんなさい。つい、可愛くて……」
「儂は64歳じゃぞ。お主らより年上なんじゃ、全く……」
可愛がられてむくれる流れも板についてきましたね。イナリちゃんはブツブツと呟きながら、小太刀を鞘に納めます。
スピードアタッカーとしては、イナリちゃんがダントツですね。
私達はおじいちゃんが上手く戦えるようにサポートする必要がありそうです。
これもある意味おじいちゃんの介護かな。
あ、ちなみに後方で見守っているパパにも、しっかりと“幻惑魔法”は効いていたみたいです。
「……っあ!?さっきまであったタバコ1カートンは!?」
「どんな幻惑見せられてるんですかパパ……」
もうパパは置いて行った方が良いんじゃないですかね。




