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第13話 魔石

「……どうしましょうか」

 

 困りました。まさかこのような展開になるとは、思っても居ませんでした。

 前田さんという女性は、紛れもない聖女のような方です。というよりもヒーラーですね。

 

 聞けば元々、鈴田君のパーティの元でヒーラーとして活躍していた冒険者だったみたいです。正直、人の顔を覚えるのは苦手なので気付きませんでした。


 まあ、女性の顔をじろじろ見て、セクハラとか言われるのが怖かったので覚える機会が無かった……というのが正しいですかね。

 中年男性の虚しい裏事情が垣間見えます。

 

 何が何でも自分の住み家を守りたい私は「部屋の掃除があるので」と執行猶予を作ろうとしました。

 ですが、前田さんは「手伝うよ!任せて」と協力に積極的です。

 どこまで素敵な女性なのでしょうか。鈴田君に相応しい恋人ですね。美男美女に性格まで完璧。もう立つ瀬がありません。

 私の存在が邪魔にはならないのでしょうか?不安です。

 そして、不安なことと言えばもう一つ。

 

「……さすがにこの家に、前田さんを招くことは出来ません」

 

 私が拠点としているのは、マンションの一室。元々妻と住んでいたこともあり、2LDKの広々とした住居を確保しています。

 広々として綺麗な部屋だったんです。過去形です。

 元々妻に家事全般を任せていたので、生活能力は皆無なのです。


 管理人が居なくなるとどうなるか?

 はい。汚部屋です。

 空のビール缶と、コンビニ弁当の箱を集めて作った巣が出来上がりました。どうしてこうなったんでしょうね?


 ちなみにビール缶は男性時代に買い込んでたものです。女の子になって妻が居なくなった後、しばらくそれでヤケ酒してました。


 掃除をしようと何度も試みたのですが、何をどうすればいいのか分からず断念。

 結局……女性の姿になってから瞬く間に、部屋はゴミ屋敷になりました。

 

 あ、余談ですが。

 定期的に元妻からは連絡が届いています。愛想を尽かした、という訳ではないのがありがたいですね。

 

[ちゃんとご飯は作っていますか]

[掃除はちゃんとしていますか]

[職場で皆と仲良くしていますか?上手くやっていますか?]

[きちんと生活が出来ているかが心配です。今度顔を見に行きます] 


 などと頻回に連絡が届いています。

 扱いが一人暮らしを始めた娘を心配するお母さんの構図なんですが、何なんでしょうね。少なくとも元旦那に対する扱いではありません。

 とりあえず、部屋の惨状を見られたらまずいので「仕事が忙しいから」でやり過ごしています。

 

 ですが、前田さんにそれは通用しないでしょう。

 鈴田君という”親戚”がいるのですから、休日を誤魔化せません。ついた嘘が仇となった。

 

「まずは、形だけでも綺麗にするとしましょう」

 

 ヘタクソなりに、掃除を始めてみようと思います。

 大きなゴミ袋を部屋の中心において、空の弁当箱やビール缶を集めていきます。


「……うわぁ、汚い……」

 

 過去の自分のせいではあるのですが、粘りけのあるものが付着した弁当箱に思わず顔をしかめます。

 指先にねちゃっと気持ち悪いものがついて、嫌な気持ちになりました。


 ……アレが指についた時みたいです。具体名は言わないでおきますが。

 不健全な男性が姿を現しました、誠に申し訳ございません。


 思考を切り替えて、再びごみを減らすことに意識を向けます。

 集めてはゴミ袋に入れ、集めてはゴミ袋に入れ……。

 

「……すぐ満タンになってしまいますね」

 

 ううん、人って3か月ちょっとでこんなにゴミを増やせるものなんですねえ。ゴミ袋1枚使ったのに、全然減った感じがしません。

 これは困りました。

 冒険者、田中 琴男の思考が光る時かもしれません。

 

「少し勿体ないですが……”魔石”の出番ですね」

 

 私生活用のリュックサックから、ひとつの”魔石”を取り出しました。

 そうです、ゴブリンやスライムから取り出すことが出来る魔石です。


 ----

 

 「魔素が無いから冒険者はダンジョン外で戦えない」という話はしたと思います。

 魔法だってもちろんそうです、魔素が無いから使えません。

 そんな時に役立つのが、こちらの魔石となります。

 

 魔石を体内に吸収することで、一時的にダンジョンの外でも魔法だって使うことが出来るんです。

 使い方は簡単です。

 「魔素を取り込む」という意識を向ければ、必然的に魔石は応えてくれます。身体がスタンバイ状態に入ったことを魔石が感知し、魔素へと変換されて体内に取り込まれるのです。

 

 でもお高いんでしょう?

 いえいえ奥さん、ゴブリンサイズのものなら1万円もあれば買うことが出来ますよ。

 たった1万円で、生活に魔法と言う彩りを加えることが出来るんです、素敵だと思いませんか?


 ……という悪ふざけはこれくらいにしておきましょう。

 もちろん、冒険者が魔石を悪用するリスクについて政府が危険視しない訳ないですよね。原則として、一定サイズ以上の魔石は市場に流通しません。

 

 そもそも発現した魔法を強制的に解除する”解除魔法”を、市民の安全に携わる警察は皆、当然の如く会得しています。


 魔法を使った犯罪だって、現代ならば「魔法痕」とかで調査できるみたいですね。魔法を使った場所で”反芻魔法”とか、そんな名前のスキルで現場再現も出来るみたいです。

 魔法犯罪の調査だってお手の者。魔法のある世界でも、きちんと警察が機能しているのは素晴らしいことですね。


 ----


 さて、今回。

 魔石を取り出した理由は何か?

 この私の天才的発想に驚くがいいでしょう。


 ”アイテムボックス”です。

 やはりこれしかありませんね。都合の良いゴミ箱は。

「……ふふ、我ながら機転が利くことに、驚きを隠せませんね」

 最初から魔法を使えば早かったんです。「1万円分が勿体ないから……」という理由で魔石をケチったのが間違いでした。

 

 だって女性化の呪いに掛かった時、服を全部買い替えなければいけなくなって、お金が軽く5万は飛んだし……。あんまり出費は重ねたくなくて。

 この身体になって一番大変だったことは「出費が想像以上にキツイこと」……これだけは切実に伝えたいところです。


「さすが田中 琴男ですね。天才ですっ」

 我ながら天才的アイデアに感動し、くるくるとその場で回ったりしました。

 それから魔石を改めて手に持ち、魔素を身体に取り込もうとした時——。

 

「琴ちゃーん!」

 

 インターホンが鳴ると共に、私の許可を待たずしてパタパタと足音が響きました。

 あっ、カギ閉めてなかった。

 

「わぶ」

 

 私は咄嗟に魔石を隠し、颯爽と現れた前田さんの熱い抱擁を静かに受け入れました。

 

(私は支柱です。そう、支柱です……)

 

 本能が彼女の柔らかな身体部位を意識しようとするのを、必死に押し殺します。中年男性として色々とまずい考え方です。

 喜びよりも罪悪感の方が強いです。たすけて。

 すると前田さんは抱擁を解き、いきなり私の頬を掌でサンドイッチしてきました。

 

「琴ちゃん、鍵はちゃんと閉めるんだよ、悪い人がやってきたらどうするの」

「むきゅ……す、すみませんっ」

「その時は私が守るけどねっ……で」

 前田さんは、ちらりと私が作り出した惨状に視線を送りました。


 ビール缶があちこちに転がっています。

 読み終わった新聞が無造作に散らかり、踏み抜かれて破れています。

 食べかすの残った弁当箱に、ハエがたかっています。


「……あは」

 

 終わった。

 終わりました。

 世間から見れば美少女である田中 琴。

 その謎に包まれた私生活を紐解けば、ゴミ屋敷を生み出すカスです。本当にすみません。


 ……やはり、前田さんも失望したのでしょうか。

 「こんな女の子の面倒なんて見切れるか!」と怒られても仕方ありません。


 しかし、いつまでたっても前田さんはノーリアクションです。


「……あの?」

 いつまで経っても何も言わない前田さんの様子が気になり、私はひょこっと彼女の顔を覗き込みます。ちょっと銀髪が邪魔になったので、さっと寄せました。

 

「……っぐ、っ……えぅ」

 前田さんは泣いていました。

「えっ」

 涙の理由が分かりません。訳も分からず、彼女の涙の意味を問いただそうとしましたが——。

 

「琴ちゃん、辛い生活送ってきたんだね……っ!大丈夫、私が味方になる!味方になる……!」

「……へ?」

 

 前田さんは唐突に、再び私を強く抱きしめてきました。私は支柱です。

 何度も私の銀髪を撫でながら、彼女は私を離そうとしません。

「大丈夫だよ、大丈夫……」

(私は大丈夫じゃないです。助けてください)


「……うわぁ、さすがにこれはないだろ」

 前田さんが私を抱擁している中、鈴田君はドン引きしながら家の中に入ってきました。あまりの惨状に、敬語が抜けています。

 こんな先輩でごめんなさい。


 ちなみに鈴田君から後で話を聞いたんですけど。

 前田さんは私のことを「ろくでもない両親の元で育った可哀想な女の子」と解釈したらしいです。

 つまりあの汚部屋を生み出したのは、私の両親だと解釈したらしいんですね。


 ……天国にいる親父、お袋。

 勝手に罪を被せてごめんなさい。

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