第128話 【おまけ】琴男と恵那
「ん、奇遇ね。こんなところで会うなんて」
「……あー……お、おう!そうだな」
……あー……すまん。名前が分からん。
いや、俺——田中 琴男が根城にしている、一切使われることのない準備室に立ち寄ることが増えた女子生徒だってのは、何となく分かってんだよ。長い黒髪、整った顔立ち。まあ、どこぞのヒロインか?ってくらい優れたルックスしてるなーってのは客観的にも思う。
けどぶっちゃけ、最近よく見るようになった顔……ってことくらいしか知らん。
最初は俺を追い出そうとしているのかと思ったが、別にそうではないらしい。ただ黙って本を読んだり、勉強したりしてる。なんでだよ。自習室行けよ。
1人で過ごす時間だっただけに、正直落ち着かない。
という訳で、ヘッドホンでも買いに家電量販店に来たのだが……。
まさか、その件の女子生徒と顔を合わせるとは思わなかった。
「田中君もここで買い物しているのかしら?」
「……ん。まあ」
「奇遇ね。私は加湿器を見に来たの。ほら、最近乾燥が強くなってきたでしょ?」
「……はあ」
どうしてこの女子生徒は一方的に自分の話をぶつけてくるのだろうか。つーか友達と行けよ。
会話する利点など一切思いつかない俺は、率直な疑問を投げかける。
「友達と来てんだろ。そっち行けよ」
「私1人よ。そもそもそんなに他人と行動するのは得意じゃないもの」
「あー……ああ、そう」
そんだけルックスに恵まれてりゃ、色んな人が付いてきそうな気がするもんだがな。
まあ、色々あるんだろうか。俺の知ったことではないが。
「他人と行動すんの得意じゃねーんだろ。自分の買い物に集中しろよ」
「相変わらず冷たいのね。田中君は」
「あ?俺名前言った記憶ねえぞ」
そう言えば、この女子生徒は俺のことを当たり前かのように「田中君」とか呼んでやがんな。苗字ランキング全国4位のありふれた苗字だから、あてずっぽうでもワンチャン当たるっちゃ当たるけどよ。
なんとなく、こいつはいい加減なこととか好きそうなタイプにゃ見えねえ。一体どこで知りやがった?
「……そ、そう……ね……」
あ?なんか急にしどろもどろしやがった。
視線を右往左往させやがったかと思えば、何やらばつが悪そうに口ごもりやがった。明らかに動揺してる、って感じだ。
しばらく間を置いてから、この女子生徒は大きく深呼吸した。それから、俺の問いに曖昧な口調のまま、言葉を返す。
「っ、えっと……先生と、話してるの聞いたー……かな?」
「げっ」
「え?」
「……そういう経緯かよ」
あー……やっぱそういう悪名か。なんだか分かってはいたが、少なくとも顔見知りのやつに言われるとげんなりするな。
何度も教師から授業やら課題やらサボってることに対して、目くじらを立てられてるもんだからな。もう何回呼び出しくらったか覚えてない。
テストで点を取ってくるもんだから、何にも言い返せないらしいがな。
「ロクな大人になれないぞ」じゃねーんだよ。
感情論で説教すんな。理屈で説明できねえ説教に興味なんか湧くかよ。
「……っ」
あ、別に目の前のこいつに怒ってる訳じゃねーんだがな。
なんだか申し訳なさそうにしてきやがった。
「な、なにか……悪かった、かしら。ごめんなさい……」
「あー……お前は悪くねーから気にすんな。俺の話」
「そ、そう……?嫌な気分になったらいつでも言ってくれても、いいのに……」
「気にすんなって」
つーか、しおらしく項垂れた姿も結構映えるな。
ルックスに優れているとこういう仕草すらドラマのワンシーンのようになっちまうのか。世界って不平等だな。
まあ、こういう時間はお互いにとって毒か。
そもそもの目的は、こいつから距離を取る為のヘッドホン探しだ。
「ま、自分の買い物に専念しろよ。じゃ」
「……田中君は何を買いに来たの?」
「ヘッドホンだよ。ちょっと欲しくなったからな」
さすがに理由までは言わなくていいか。
最低限の分別くらいは、俺だって分かるからな。
この女を無視して、とっととその場を離れようとした時だ。
「せっかく会えたんだから、一緒に買い物でも」
「要らねえって。自由に買い物させろ」
「っ……」
一体何をどうして、こいつは俺の隣に付いてきたがるのか。1人が嫌なら、そもそも友達を誘って来ればいいって話だろうが。
半ば突き放す形でそう言い放ち、俺はさっさとこいつから距離を取った。
んで、しばらく時間をおいてから、件の女子生徒が後ろを追ってきていないことを確認する。
「……諦めたか?」
そう思いながら辺りに視線を送ると、あいつが他の女子生徒と談笑しているのが見えた。
彼女は友達と思われる連中に囲まれて、嬉しそうに笑っている。
「ま、やっぱ声かけられるよな。俺なんか掛けられたことねーってのによ」
ほらな?やっぱりアイツは俺とは違う。
「……違う隠れ場所、探すか」
逃げるようで嫌な気分にはなるが、俺なんかとつるむのはアイツの為にもならねーだろ。
友達が多いんなら、それに越したことはない。
……なんでだろうな。
やるせない怒りが込み上げるの。
「はぁ……体育館の倉庫にでも逃げるか」
「……何。隠れ場所変えるの?」
「なっ、はぁ!?お前なんでいんだよ!」
「わざとらしいくらいの独り言ね。自分に言い聞かせようとしてるみたい」
離れたと思った女子生徒が、いつの間にかこっちに来ていやがった。まさか独り言を聞かれるとは思っておらず、飛びのいた形となった。
その拍子に、ドン、と誰かに肩をぶつけた。
ぶつかった先に視線を向ければ、そこに居たのは中年男性だった。
大体年齢にして3~40代だろうか。人当たりの良さそうな男性、と言った風貌だ。学校の教師なら一定の人気を集めそうなタイプだ。
「あっ、すまん!」
「周りは良く見てね。君こそ大丈夫かい?」
「あ、ああ。平気だ」
「そう。それなら良かった……おーい、叶夜。パパを置いて行くな!」
どうやら、このオッサンは娘を連れて来ていたようだ。俺に一礼した後、さっさと叶夜という名前らしき娘の元に小走りで駆け寄った。
何だか、微笑ましい光景だな。
俺の視界から遠ざかっていくオッサンを見ている最中。隣に立っていた女子生徒は、ぽんと私の肩を叩いた。
「どうせなら私もイヤホンとか見てみようかしら。おすすめはある?」
「……あー……まあ、一応あるが」
「良かった。たまにはこういう時間も悪くないわ」
「お前、さっき友達に話しかけられてただろ。そっち行けば良かったじゃん」
「……鈍いわね。本当に」
「あ?」
「何でもないわ」
なんというか、女性の考え方ってよく分かんねーな。
まあ別についてくるのは気にしねーし、いいけどさ。
----
---
--
-
「恵那斗ぉー……乾燥して喉痛い……」
「はいはい、加湿器付けるわよ……あら?買ったヘッドホン使ってないの?」
「んー……だって、恵那斗の声聞こえなくなるし……」
「……ふふ」
「ん?なにー?」
「何にもないわよ」




