第127話 下駄
「私の姉はだな、実に優秀な天使だったんだ。後世に残るような様々な書物を生み出した、優れた書き手だったんだ」
「あ、私も同じことやってます。日々の記録ちゃんと取ってますよ。研究記録だって残して、ギルドに貢献してます。ふふんっ」
「……品のある人物だった。君と違って、だな」
「なんですかっ、私は品が無いみたいな言い方しないで下さいよ!」
「君と話すと調子が乱れる……」
サンダルフォンはついに頭を抱えてしまいました。私は思った意見を返しているだけなのに、どうしてでしょう。私、何かやっちゃいましたか?うーん。
どうやら田中 琴の意識が宿る身体の本来の持ち主は、メタトロンという天使らしいです。
まあ、おおかたそんなところだろうな―とは思っていましたが。
明らかに日本文化にそぐわない見た目していますし。
ショック……うーん、別にショックとかはないですかね。
それよりも、いろいろ聞きたいです。
「あの、サンダルフォン」
「今度はなんだ!」
「えーっと、この身体の持ち主……メタトロンでいいんですかね?その人は、どこに消えたんです?」
やっぱり聞いておきたいですよね、この身体の本来の所有者……メタトロンのこと。
どうしてこの身体へと私の魂が憑依しているのかとか、いろいろ確認したいことばかりです。
正直、この機会にバーッて全部聞いてしまいたいというのは本心です。ですけど、さすがに情報過多になると、今度は一つ一つの情報を確認するのに非常に手間取ります。
私だって、それは不本意です。
なので、必要最低限の部分だけ聞いておくことにしましょう。
「……っ……」
ですがサンダルフォンは悲しそうに、愁いを帯びた表情で顔を伏せました。流れるような銀髪が、彼女の目元を隠します。
私と同じ顔立ちですが、なんというか……仕草の一つ一つがまるでドラマのようです。品があります。
私がサンダルフォンと同じ仕草をしても、全然品が出せないんですけど。
子供っぽいと言われるのがオチです。
しばらく間を置いてから、サンダルフォンは静かに口を開きました。
「……死んだ」
「えっ?」
「死んださ。殺された」
「……そう、ですか……」
……あちゃあ。
思ったより重い答えが返ってきました。
うーん、反応に困りますね。
とりあえず、現時点で得られた情報について要約します。
田中 琴の身体となっている存在——メタトロンは、何者かに殺されて命を落とした。
しかし、その身体に私——田中 琴男の意思が乗り移っている。
乗り移った経緯は、大規模ダンジョンをソロで攻略を終えた時だった。
何となく、話の根幹が見えてきた気がします。
ですがまだ情報が足りません。
ひとまずは、私の仮説をサンダルフォンにぶつけてみます。
「あの、聞きたいんですけど。メタトロンの亡骸に、ダンジョンを介して私の意識を移した……ってことで良いんです?」
「ダンジョン……ああ、君達が“冒険者”として乗り込んでいる構造物のことだな」
「ダンジョンってことで話を合わせてもらって良いですかね」
「まあ、良いだろう」
明らかに、サンダルフォンはダンジョンに別の呼び名があるみたいな言い方でしたが!
これ以上呼び名を増やして情報過多にするのは、琴ちゃんが許しません。というか覚えられません。
不要な情報は極力削るに限りますね。
とりあえず前提を一致させたので、質問をぶつけてみます。
「ダンジョンというのは、何らかの中継地点なんですか?」
「……中継地点、とは?」
「話を聞いているとですね。ダンジョンはどこかと、私達の世界をつなげる存在なのかなーって思いまして」
「なるほど、よく頭の回る……」
「んふふ」
いえーい天使に評価してもらいましたよ!琴ちゃんの偉業です。
とりあえずそのリアクションが貰えたということは、私の仮説はあっているということですね!良かった。
少なくともここでメカニズム度外視の話でもされようものなら、琴ちゃんはキレるところでした。
かなり有益な情報を貰えましたね!
なるほど、考えてみればダンジョンというのは階段があったり、明らかに誰かが登ることを意図したような構造をしています。
バリアフリー構造のダンジョンだってありますし。ダンジョンもユニバーサルデザインの時代です。
ダンジョンというのは、私達人間の文化に合わせられたような構造物として、異災の中で世界各地に現れたものでした。
そして、この一連の情報から私は、ある推測に辿り着きました。
私がよく言う“女性化の呪い”の正体は。
「……もしかして、ですけど。私達の世界の中から、実力のある人を探し出そうとしているんですか?」
「ほう、そこまで辿り着くか。伊達に、単独で試練の……じゃない。ダンジョンを踏破した最初の事例というだけはあるな」
「おっ、やっぱり最初のケースだったんですね!」
「心底から嬉しそうだな君は……」
ふふんっ。琴ちゃんは賢いので。馬鹿にしちゃいけませんよ。
やっぱり、ソロでダンジョン攻略を行うのが条件というのは、大きな意味合いがあったんですねー。優れた冒険者を探し出す為の足切りみたいなものだったんでしょう。
だとすると、そんなことをする理由も確認しないといけないですね。
厄災だのなんだの、いろいろと言われていますし!
「やっぱり、何かとんでもないことでも起きるんです?」
「そうだ。そう、遠くない未来に」
「……あんまり、怯えさせるようなこと言わないで下さいよ」
「事実だ」
なんだかそういう話されると怖いんですけど!何年以内に巨大地震が起きる可能性が何%、みたいなこと言ってくるの怖いですこのサンダル。下駄呼ばわりするぞ。
迂闊に注意喚起も出しにくい話をするのは良くないと思います。琴ちゃんは不服です。
「……不服そうだな」
「そりゃそうですっ。危険性を語るだけなら誰だって出来ますよ、この下駄」
「げ、下駄っ……!?私を下駄呼ばわりとな……!?」
「あ」
「あ、じゃないのだが!」
あっ、やばい。
脳内でとどめておくべきだった言葉を出しちゃいました。
……まあいっか。
サンダルフォンなんて贅沢な名前ですよね。
君は今日から下駄です。下駄。下駄携帯。ぷぷっ。
下駄が目を丸くして呆然としちゃいました。見た目だけで言えば品のある美少女なんですけどね。
ですが、しばらく間を置いてから下駄は咳払いをしました。
「……こほん。魔の脅威は近づきつつある。魔王が、来る」
「魔王?」
「魔王は、ダンジョンを介して生命を喰らっている。力を蓄えて、やがてお前達の世界を狙いに来るだろう」
「うーん、なんか……怖がらせようとしている感じがして面白くないです」
「めんどくさい性格だなあ君は!」
あっ、下駄が怒ってしまいました。ほら、足音がうるさいですよ。
推測だけだと反応に困るんです。もっと根拠を提示してください。
「じゃあ、根拠を教えてもらいますか?」
「……根拠?」
「魔王が近づいているという明確な根拠です。それを提示してくれないと、信用に値しないですよ」
「……あー……」
何で黙ってしまうんですか。先ほどまでの威厳はどうしたんですか。
困ったように黙りこくってしまいました。それから、助けを乞うように私を見てきます。
あの、私は下駄のお姉さんじゃないです。……下駄のお姉さんってなんだろう?スニーカー?
ですが、さすがに可哀想ですね。この身体が「助けてやって」と言っている気がします。
「……ほら、あるじゃないですか。“特殊個体”の出現とか。明らかに、30年の歴史の中で存在しなかった、明確な異変が生じているじゃないですか」
「!!そ、そうだな。それだよっ。さすがはお姉ちゃ……じゃない。田中 琴だな」
「……」
「なんだその目は。私は偉大なるサンダルフォンであるぞ」
「……はあ」
立場が逆です。
なんで私が根拠を提示しているんでしょう。というか、明確な異変という部分では、すでに全日本冒険者協会で調査を開始している段階ですよ。
下駄が言いに来るのは遅いくらいです。
とりあえず、“魔王”という個体名称を出してくれたのは助かります。
イメージがしやすくなりますね。
「なんというか、メタトロンも苦労していたんだろうなーって思いました」
「き、君に一体何が分かるというんだ」
「多分、あれですよね。シスコンですね」
「しす……?何だかわからないが、悪口を言われた気がするぞ」
意味ありげに登場した下駄に言うのも何なんですけど、シリアスな雰囲気の維持って相手方の努力によって成り立つものなんだなって思いました。
相手がポンコツだと、空気感が壊れてしまいますね。
え?私もだろって?知らないです。私は良いんですよ。
しばらく間を置いてから、下駄は大きくため息をつきました。
「……はあああ……私は、ひとまずこれで去らせてもらうよ」
「次はちゃんとしてくださいね」
「お姉ちゃんにもよく怒られたなぁ……あっ、違う違う!違うからな!」
「……」
「暖かい目で見るのはやめてくれないだろうか!ではな、来たる脅威までに、その身体に秘められた本来の力を引き出せるようになりたまえ!では!!じゃ!!」
そう言って、下駄は逃げるように殻の世界から消え去りました。
残されたのは、私ただ一人です。
「……魔王、ですか」
うーん、いよいよゲームらしくなってきましたねー。
ダンジョンがどこかの世界と、私達の住む世界を繋ぐ中継地点。そして、ソロでのダンジョン制覇による対価として与えられた、この身体。
さらに、魔王と来ましたか。
分からないからこそ不安。
ですが、徹底的に対策を行えば、多少の不安など払拭することは出来ます。
まずは、麻衣ちゃんに夢の内容について語っておくとしましょう。荒唐無稽もいいところですが、事実とのすり合わせを行っていけば多少なりとも、危機感を抱くことはできるかもしれません。
そして、最後にしれっと言い残していきましたねあの下駄。
——その身体に秘められた本来の力を引き出せるようになりたまえ!
って。
ということは、この身体には何かしらの隠し仕様があるということですね。
ですが。
「うーん。シリアスな空気感が台無しだなあ」
正直、もう少しシリアスな顔つきで聞きたかったです。なんですかねあの駄目天使。絶対メタトロンに甘えて生活してたでしょ。
お姉さんの気苦労が容易く想像できます。
まあいいか。
そろそろ現実に戻りましょう。
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「……い、おーい、起きろ琴きゅんよォ」
「んにゃ……?」
「猫かよ。パーキングエリアついたぞ」
「んぅ……下駄……」
「は?下駄?琴きゅんどんな夢見てんだ……」
パパに揺り起こされたのを機に、意識が覚醒してきました。
重い瞼を起こせば、いつの間にか車は既にパーキングエリアの駐車場に留まっているのが分かりました。
窓から外の景色に視線を送れば、恵那斗とイナリちゃんが既に車の隣に立って談笑しています。イナリちゃんはキャスケットと大型リュックサックという変装セットに身を包んでいますね。
きょろきょろと辺りを見渡すと、パパは困ったような笑みを零しました。
「ちょっと飯食っていくぞ、ついでになんか土産でも買いたきゃ買ってけよ」
「ん、ご飯ですか」
「これから身体動かすってンだ、ちゃんと栄養は取っとけよ」
「あっ、はい」
意識が完全に覚醒した私は、一応隣に車が居ないことを確認してからドアを開きました。ひょいと車から降りた後、私も2人の元に合流します。
恵那斗は苦笑を漏らしながら、私の頭を撫でました。
「んぅ?」
「寝癖付いてるわよ」
「んー……ありがと」
「ぐっすり眠ってたわね」
「んふふ」
んー、恵那斗に頭撫でてもらうの心地良いですね。安心感があります。
こういう日常を維持する為にも、出来ることはちゃんとしないといけないですね。
ゆあちーも言っていましたね、「他人を“頼る”ではなく、“使う”って考えて見たら良いと思う」って。
頼れるリソースは徹底的に使って、下駄の言っていた魔王とやらに対応できるようにしていきましょう。
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「琴ちゃんや。何故に下駄を見とるのじゃ?」
「ん?あっ、あー……イナリちゃんに要るかなと思ってですね」
「さすがにダンジョン攻略の時は運動靴の方がええわい」
ちょっとだけ、下駄に親近感が湧くようになりました。
ありがとう、サンダルフォン。




