第126話 殻の世界
私達のギルド以外には、未だイナリちゃんの存在は極秘となっています。
失礼な話ですが……傍から見たら、どっちが魔物かわかりませんし。
なのでイナリちゃんを連れていくことが出来るダンジョンというのは非常に限られています。
……やっぱり、耳と尻尾……切り落としません?
あ、いえ。なんでもありません。すみません。
イナリちゃんを泣かせるのはさすがに気が引けるので。
狐っ娘イナリちゃんは私達と比較しても、扱いづらい要素が大きすぎますね。攻略に派遣できるダンジョンさえ限られるのは、いささか不便というほかありません。
ただそこで活躍するのが我らがパパこと三上 健吾です。
人事部であるパパは、取引先との納品スケジュールを確認した上で、私達以外のパーティが派遣されていない日程を確認。他の冒険者とのスケジュールの兼ね合いも確認した上で、攻略するダンジョンを選定してくれています。
大規模ダンジョンでは、出現する魔物の幅も広く、色々なギルドから冒険者の派遣されることが多いです。しかし、小~中規模ダンジョンとなると、出現する魔物もやはり見劣りします。
ゴブリンやスライムと言った基本的な魔物は頻繁に出現するのですが、やはりモンスターテーブルの都合から納品の質は落ちる。
そうした大人の事情もあり、冒険者を派遣する意味合いも低い傾向にあります。
どっちかというと新人教育の意味合いが強いですね。小さめのダンジョンは。
新人冒険者の園部君は今日も、鈴田君のパーティに付いていって小規模ダンジョンで指導を受けているそうです。
元々素質に優れていることから、早い段階で大規模ダンジョン攻略の許可が降りるかもしれない、と言っていました。呑み込みが早く、実力だってある。まるで主人公ですね。
……こほん。
近年の冒険者人口が過疎化しつつあるというのも、この局面においてはメリットに働きますね。需要に乏しく、攻略に派遣されることの少ないダンジョンだって当然あります。
まあ、そう言ったダンジョンは大抵攻略するのが面倒、という理由も多いですがね。
罠が多かったり、そもそも他のダンジョンと比較しても通路が狭い、などの事情が絡んできます。
まあ、私達はそう言った環境にも適応できる実力はあるので、一切問題はありません。
攻略するパーティが私達だけというのは非常にありがたいですね。
イナリちゃんが変装せずとも自由に動き回れるので。
ですが当然、ダンジョンを選ぶ都合でやや遠方となりやすいです。
今回は日帰りで帰ることが難しいという判断から、2泊3日の泊まり込み攻略となりました。ちょっとした出張ですね。
という訳で、今回もやっぱり三上パパが迎えに来てくれました。
私達呪い3人衆、全員車が使えないので。
「お願いしますね、パパ」
「いつものことだけど、頼むわよ。三上」
「連日すまんの。世話になる」
私達はそれぞれ三上パパに声を掛けながら、車に乗り込みました。私が助手席、恵那斗とイナリちゃんが後列です。
車に乗り込んだイナリちゃんは、リュックサックから尻尾を引っ張り出したかと思うと胸元で抱きかかえました。ぬいぐるみみたいになってます。
「もう慣れたがよォ……なんで俺がいっつもガキの世話しなきゃなんねーんだろうなァ……」
パパは毎度恒例の私達のお世話に、げんなりとしたようにため息をつきました。
多分、ギルドの中でパパが一番多忙だと思います。人事部としての業務をこなしつつ、私達呪い3人衆の世話も引き受けているのですから、偉いですよね。
「いつも助かってますよ、パパ」
「……はあ。まあ、お前らン世話出来るのが俺くらいしかいねーからよォ、もっと感謝しろよお前ら」
私が言葉を掛けると、パパはどこか嬉しそうに口角を上げながらそう言葉を返しました。やっぱり娘に弱いですね。パパ。
……ん、そう言えば三上パパ、さっき変なこと言ってませんでした?
たしか、「なんで俺がいっつもガキの世話しなきゃなんねーんだろうなァ……」って。
……ちょっと。
「……誰がガキですか!?私達、立派な成人ですよ!?」
「ツッコミおせぇな!つーかお前が何なら一番ガキだわ」
「っはぁー!?私47歳なんですけど!」
「おーおーガキっぷりに磨きがかかってんなァ琴きゅんよォ!高校受験したらどうだよ」
「生意気ですよ加齢臭パパ!」
「かれっ……!!」
さすがに“加齢臭”は容赦なかったですかね。パパが口論を止めたかと思うと、車内に置いていた消臭スプレーを自分に振りかけ始めました。
なんかすいません。
あの。冷静に考えてください。
私、田中 琴が47歳。
私の妻、田中 恵那斗も47歳。
イナリちゃんこと、金山 米治が64歳。
ちなみに三上パパが48歳です。年上です。
見た目だけは非常に若いんです。
実年齢を意識してはいけないです。
改めて考えると冒険者の高齢化がヤバいですね。
駄目ですね、加齢臭がブーメランして帰ってきました。うぐっ。
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遠方への出張ということもあり、電車を使うという選択肢もありました。
ですが、イナリちゃんの変装を自然な形で行える方法がその時には見つかっていなかったことから、結局三上パパの運転でダンジョンへと向かうことになったんですよね。ちょっとした裏事情ってやつです。
まあ、変装方法が確立されたからと言って、わざわざ変更する必要もないかと思って。パパは運転が好きみたいですし、甘えさせてもらいます。
「ガム貰いますね」
「おう」
私はいつものように、車内に配置されたガムをひょいっと口の中に運びました。
最初は私の行動に対し、パパは困ったように苦笑を漏らしていましたが……最近は慣れてしまったようですね。ミント味しかなかったガムでしたが、少し前からフルーツ味に変わりました。
別にどっちの味でもあったら食べるんですけど、やっぱり甘い方が私は好きですね。パパがフルーツ味を選ぶようには思えませんが……。
「もしかして、ガム……私の好みに合わせてくれてます?」
「たまたまだわ」
「そういうことにしておきますねっ」
パパが照れくさそうに苦笑いを浮かべたので、私も曖昧な返事で誤魔化しました。
ちょっとだけ心が温かくなりました。
それから、後部座席に座る恵那斗とイナリちゃんへと座面越しに視線を向けます。
「あ、2人ともガム要ります?」
私が買ったガムじゃなくてパパが買ったガムなんですけど、そこには目を瞑ってください。
恵那斗とイナリちゃんは互いに視線を交わした後、それぞれ手を差し出してきました。
「じゃあ、せっかくだし頂こうかしら」
「うむ。せっかく琴ちゃんが言ってくれたんじゃからのぅ」
なんだか2人とも視線が温かいです。なんなんでしょう?
よく分かりませんが、とりあえず私は2人にガムを渡しました。
全員そろってガムを噛んでいる絵面はシュールですね。ちょっと楽しいです。
「ん~、案外みんなで出かける時間も楽しいですねっ」
私はガムを堪能しながら、そんな言葉を漏らしました。食べ終わったガムはちり紙に包んで車内のゴミ箱にぽいっ、です。
仕事と言われればそうなんですが、こうして皆で出かける機会ってそうないですからね。
ちょっとした一大イベント、という形です。楽しいです。
和気あいあいと過ごせる時間というのは貴重ですねー。
“女性化の呪い”に掛かってから、不便なことも多いですが……こういう時間を生み出してくれたことを考えると、悪いことばかりではありませんね。
しかし、車に乗っている時の振動というのは心地良いです。まるでゆりかごです。
眠くなった時って、どうして手の先まで暖かくなるんでしょうね。手先に血行が巡って、心地良い気分になってきました。
少しだけ、眠らせてください……。
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「うわ、出ましたね真っ白な部屋」
目を覚ましたのは、もはや4回目の登場となった真っ白な部屋です。説明は……要らないか。
夢の中でのみ現れる謎の世界。以前、田中 琴男は「男性としての自分が消えようとしている時に訪れる場所」という風に説明していましたが……。
……うん。
推測するのも良いですが、実際に話を聞いてみるのが早そうですね。
なので、前と同じように召喚してみましょう。
遅かったら琴ちゃんキックするぞ。
「おーいっ!田中 琴男!!出てこーいっ!!」
……。
……。
……。
あれ?
声が聞こえなかったのでしょうか?
「おーいっ!!蹴るぞ!!金的するぞ!!」
そう脅して叫んでみたものの、やはり琴男は現れません。
あれ?琴男が呼んだんじゃないんですか?違うんですか?
いつものパターンだと思っていただけに、急激に不安になってきました。
「……誰か、いないんですか?」
頼る人がいないというものは、非常に心細いものです。
以前もお話しした通り、不安というのは未知から来るものです。知らないからこそ、怖い。何が起きるか分からないからこそ、怖い。
人が死を恐れる理由も、未知の結晶だからであると私は考えています。
死ぬことによって、どのような影響を及ぼすか分からないから。不確定な事象しか存在しないからこそ、人は死を恐れる。
私がこの部屋に対して、漫然とした不安を感じるのもそういう理由です。
意味があるようで、全く意味を感じ取ることが出来ない部屋なんですよ。ここは。
攻撃してくるでもない、何か変化を与えてくるでもない。
だけど、確かに重要な意味を持たせて来る部屋なんです。
「……一体、この部屋は何なんでしょうね」
何度も訪れている以上、そろそろ何かしらの意味を教えてほしいところではあります。
私はやや影が見える箇所まで歩みを進め、それから壁に手を這わせました。
純白の壁面は、かすかにザラついています。指先に触れる感触は、どこか触ったことがあるようなものでした。
石膏でもない、大理石でもない。ダンジョンの素材でもない。
これは……。
「……君は、違うな。田中 琴……だね」
「っ……!?」
先ほどまで誰も居なかったはずの空間に、その人物は立っていました。
その声に振り返れば、立っていたのは1人の少女。
純白のローブを身にまとった、いかにも天使と言った様相の少女でした。派手過ぎず、かといって質素にも見せない、必要最低限の装飾で飾られています。
身長は私と、ほとんど同じくらい。
髪色は私と同じ銀髪。
くりくりとした大きな瞳は、ひと時も私の目を離そうとしません。
しかし、その立ち姿は——。
「初めまして?いいや、おかえり……と言った方が正しいのかもしれないね」
「……!」
彼女は、今の私と全く同じ顔立ちを、髪色をしていました。
私に双子がいたら、このような雰囲気だったのかもしれません。
ただ、瞳の色のみが違います。私の瞳がコバルトブルーであるのに対し、目の前の少女は、深紅の瞳をしていました。
しかし、初対面だというのに……何故か、他人のように思えません。
身体が、目の前の少女を覚えています。妙な感覚ですが……不思議と、恐怖は感じませんでした。
ひとまず目を閉じて、大きく深呼吸をします。
この身体が生み出す記憶と照合しつつ、田中 琴の自我を手繰り寄せます。
大丈夫、私は……ここにいる。
それを踏まえて、この身体の記憶を引き出すとして見ましょう。
「この身体は、君を“サンダルフォン”だと認識していますね。君は、私の妹……ということで合っていますか?」
「ふふ。実の姉から忘れ去られるなんて、悲しい話もあったものだね。ようこそ、“殻の世界”へ」
まるで私と瓜二つの少女こと、“サンダルフォン”はどこか楽しそうに微笑みました。
なるほど、ここは“殻の世界”という名称がつけられているんですね。
「もうすぐ、田中 琴は本格的に羽化を始める頃合いだ……ってちょっと、なにをしているんだい」
「ん。これ、殻なんですか!あー!確かに言われてみれば卵の殻みたいな素材してる!」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ。叩くのは止めてくれないか、脆いんだこの部屋は」
「あ、ごめんなさいヒビ入ったかもしれないです」
「君は一体何をしてくれているんだあっ!?」
なるほど!卵だったんですね!
だからちょっとざらついた感触はしているし、真っ白な部屋だったんですね!なるほどなるほど、納得しました。
調査意欲がわいたので、サンダルフォンの話を聞く前に色々と調査でもしようと思っていたのですが、止められてしまいました。
サンダルフォン。
聞いたことありますよ。ソシャゲの超激ムズ級でお世話になりました。
メモ帳でも取り出して、この部屋を徹底的に調査したいです。
ですが“アイテムボックス”が出せないので、それは叶いません。というか夢の世界ですもんね。
「サンダルフォン。ここってどうして“アイテムボックス”が出せないんですか?」
「何故って……そりゃあ、魔素が無ければ魔法も使えないだろう」
「じゃあどうしてあの琴男は“アイテムボックス”を使えたんですか!不公平、不平等ですよ!」
「まあ、彼の身体が取り込まれて、ダンジョンそのものと融合したから……ああこらっ、だから叩かないでくれないだろうか!」
「1欠片!1欠片だけ採取させてください!」
「駄目に決まっているだろう!君はなんて自由気ままなんだ!?」
なんかしれっと重要そうな情報を話した気がしますが!
後でその話はゆっくりと聞かせてください、この部屋の調査が先です。せっかく有力そうな情報源が出てくれましたもん、徹底的にこのタイミングで調べ上げますよ!
え?シリアスそうな雰囲気ぶち壊すなって?
いやいやいや、私がそんなシリアスな空気に順応できると思います?
なんというのでしょうか。ロマンあるじゃないですかこういうの!
そう言えば、サンダルフォンは私のことを“姉”って言っていましたね!ってことは、この身体は従来のダンジョンボス通り、メタトロンということになるのでしょうか!
神話は知りませんが!!




