第124話 魔物が減ったダンジョン
「ぬぅ、どこに出かけていたんじゃ。未成年が夜遅くまで出かけるでない!」
「私達47歳なんですが……」
「そういうことを言っとるのではないわい!お前さんらは全く、周囲からどう見られるのかというのをだな……」
どうやら検査から戻って来ていたらしいイナリちゃんは、不貞腐れたように頬を膨らませていました。座椅子にちょこんと座りつつも、その尻尾は大きく左右に揺れています。尻尾で感情が分かります、怒っていますねこれは。
ショッピングモールで時間を使いすぎました。私と恵那斗がイナリちゃん宅に着いたのは20時頃です。
見た目も相まって、不良カップルされました。
途中、警察の方に「何も怪しいことしてないよね?」みたいな感じで職務質問されましたし。不本意です。
「ごめんなさい、イナリちゃん」
「ぬぅ、テーブルの上に食事なら作っておるぞ。話ならご飯を食べてからにせい。あ、手を洗うのを忘れるでないぞ」
「は、はいっ」
「リビングに戻ったら儂を椅子に乗せるのを手伝ってくれんかのぅ。もうコケかけるのは嫌じゃ」
あっ、さすがのイナリちゃんも反省したようですね。
何回もバランスを崩して椅子ごと倒れようとしているのは、見ていて危なっかしいですもん。心無しかイナリちゃんの尻尾がしおれている気がします。
イナリちゃんも日に日に学習していますね、偉い。可愛い。
ちなみに明日は外勤の日です。待ちに待ったダンジョン攻略日和ですね。
手を洗った私と恵那斗は、再びリビングへと戻りました。
恵那斗がイナリちゃんの背後に回り、小さな肉付きのある脇に手を差し込みました。
「持ち上げるわよ、イナリちゃん」
そう言ってぐっと身体を抱き寄せようとした時でした。
「んひゃっ!?ま、待ていっ。恵那斗君や、くすぐったいぞ」
「わ、ごめんなさいっ!」
イナリちゃんが女の子らしい悲鳴を上げるものですから、恵那斗はびくりとして仰け反ってしまいました。
すぐに降ろされたイナリちゃんは、くるりと恵那斗へと向き直って不服を露わにします。
「ぬ、ぬぅ。びっくりしたわい」
「正面からならいけるかしら?」
「う、うむ。頼む」
結局、イナリちゃんは抱っこされる形で恵那斗に持ち上げられました。まるで兄妹です。狐耳幼女ということを除けば。
なんだかイナリちゃんって自分の身体に馴染むのが早いですね。
椅子に座らされたイナリちゃんは、私達が椅子に座るのを待ってから今日の出来事を話し始めました。
「ちょうどなあ、麻衣ちゃんのところで検査をやってきたんじゃ。採血やレントゲンなぞ、盲腸の手術以来じゃったから懐かしい気分じゃったわい」
「入院していたことあるんですか?」
「うむ。今となれば懐かしいがの……と、そういう話をしたいのではないわい。前々から話しておった、“レベルアップ研修”があるじゃろ」
「あー……そう言えば時期近いんでしたっけ」
“レベルアップ研修”。
定期的に話題に上がっていましたが、そう言えば開催時期が近いんですよね。
魔法使い研修などの、いわゆる“キャリアアップ転職”とは異なります。“レベルアップ研修”とはその名の通り、いわばレベリング作業です。
ん?それならただダンジョンに籠り続けるだけでいいのでは、と思うじゃないですか。
確かにそこら辺の魔物を倒し続けるだけでも、経験値は手に入りますし。様々な類の魔物を倒して、ギルドの収益を向上させることも出来ます。
ところがどっこい。
レベルアップ研修というのは、冒険者が効率よく業務を遂行する為に通っておいた方が良いとされる研修なのです。
黎明期では高難易度ダンジョンとされた“大規模ダンジョン”でさえも、とっくに踏破し終えてしまいました。
なので現代において、ダンジョン攻略というのはもはやエンドコンテンツと化しています。どれだけダンジョン内で素材を収集し、効率よくアイテムを持ち帰ることができるか。
私達が競い合う理由は、今や名誉ではなく目先の利益の為です。社会人過ぎる。
ちなみに“アイテムボックス”の会得は冒険者の憧れとされていますね。覚える難易度がめちゃくちゃ高い分、業務での重要度が違います。言うなれば一人だけ持ち運び自由なトラックを持っているようなものです。
どう?私の凄さが伝わるでしょ、えっへん。
……話がやっぱり逸れちゃいましたね。ごめんなさい。
そんな日々の業務の効率化を図る為にも、やはりレベリングというのは非常に重要となってくるわけです。
そもそも、この世界におけるレベルというのは、要は“魔素が身体細胞とどれだけ強く結合しているか”というのを数値化したものです。私が奥の手として用いる“魔素放出”は、疑似的に高レベル状態へと持っていく手法とも表現することが出来ます。
つまりレベルというのは私達が勝手にそう言っているだけで、理の外から設定づけられたわけではありません。他人の物差しに従って、それっぽく表現されているだけです。
以前話したとは思いますが、低レベルであっても優れた技術があれば、相応の戦いだって行えるんですね。レベルが全てではありません。
魔物を倒せば、心臓に凝縮することが出来なかった魔素が大気中に舞い散ります。
そんな魔素を知らず知らずのうちに体内へと取り入れることによって、全身の細胞が高濃度の魔素に曝される。
高濃度の魔素に曝された細胞が、「この環境に適応しないと!」と自己修復作用を働かせることによって、魔素に適応した細胞が作られていく……これが、ダンジョンでステータスが強化されるメカニズムです。
この細胞強化がどの段階まで進んでいるか、というのを明確に表現するのがレベルということですね。
冒険者証というのは、優れた技術の結晶体です。体組成計扱いしてるけど。
レベルが高ければ高いほど、魔物を倒す効率だって上がります。強い魔物を倒せば倒すほど、より優れた魔石を納品することだってできます。
ここ最近なら“特殊個体”から手に入る素材だって納品できますね。まあ、素材収集に関してはしばらく難航しそうな気がしますが。
しばらくの間、特殊個体の納品は琴ちゃんの専売特許になりそうです。私が何かしらの研究成果を回さないと、他のギルドに情報を流すことさえ出来ません。
皆も解剖をやりましょう。楽しいよ。ゴブリンを[ピ――――]して[ピ――――]するの、案外飽きないんですよ。
ダンジョンを管理する職員がドン引きするのに慣れてしまえば、怖いことなんてありません。ほらほら。
……さて。
レベルアップ研修の重要度を解説する為には、長ったらしい前置きが必要になるの……嫌になりますね。
まるでシラバスでも作っているような気分です。
実際……琴男時代、私立大学の魔窟科教員に誘われたことがあり、一度だけやってみましたが……まあ、骨の折れる作業でしたね。少なくとも私の肌には合いませんでした。
本題となる“レベルアップ研修”ですが、この研修で利用されるダンジョンというのは他のそれと、大きく性質が異なります。
そのダンジョンではね、出るんですよ。
お化け?
違います。お化けは嫌いなので。
いるんですよね、“メタルスライム”が。
なんだか、名前を出すと某国民的RPGを思い出してしまいますね。ですけど、実際そう命名されているんだから仕方ないじゃないですか。
粘性を持った金属性のジェルで構成された肉体に、不規則に動く核。更に自分自身でさえ身体のコントロールが効かないほどに、微かな膂力で大きなスピードを発揮する瞬発力。
そんなスペックを持つのが、メタルスライムと呼ばれる魔物です。
懸命に追いかけたとしても、そのバネのような瞬発力で気付けばその場から消え去っている。かと言って、生半可な攻撃では金属性のジェルに攻撃を阻まれ、ダメージを与えることすら叶わない。しかし、そのメタルスライムを倒すことによって、私達はいわゆる膨大な経験値を獲得できます。
確かに、含有する魔素量も多いことから、効率よくレベルアップすることが出来ます。ですがそれよりも重要なのは、パーティ間で十分な連携を取る必要があるという点なんですね。
どのように動き回ればメタルスライムを逃さず撃破できるか、その試行錯誤こそが冒険者にとって最も重要な経験となる訳です。
“レベルアップ研修”というのは、そのようなメタルスライムが頻繁に出るダンジョンで、経験値とパーティ連携のコツを獲得する為に最適な場という訳なんですね。
ですが、この研修は年に1度しか開催されません。
理由は単純で、メタルスライムのリポップする頻度が他の魔物と比較しても、ダントツで遅いからなんです。大体1年スパンくらいでしか復活しませんね。
……ふう、解説長いですね。
琴ちゃんは疲れました。
お話に戻りましょう。
私も恵那斗も、そして最近姿が変わったイナリちゃんも揃いに揃って低レベルなので、今回の“レベルアップ研修”では十分にレベルを上げないといけません。
そうしないと、いつまでたってもパパが私達の御守りから離れられないんですよね。そろそろ部下から「三上さん戻ってきてください」と催促されているそうです。いつまでもお借りしてて、ごめんなさい。
日々のダンジョン攻略で、私はだいたいレベルが20くらいまで上がりました。ですが、まだ1人立ちを許可できるレベルには早いです。技術持ってるのに。
“レベルアップ研修”の話を振ったイナリちゃんは、しみじみとした表情で天井を仰ぎました。
「うむ。あと2週間ほど先かのぅ。じゃが、聞いておくに越したことは無いじゃろ」
「ありがとうございます、イナリちゃん。何か気になることでもありましたか?」
わざわざ引っかかることでもない限り、話題には上げないですよね。
直感的にそう感じ取った私は、話を促してみることにします。イナリちゃんは神妙な表情を浮かべながら、こくりと頷きました。
「うむ。本来であれば、レベルアップ研修を行う会場というのは、10か所ほど用意されておったらしいのじゃが……そのうち1つのダンジョンから、魔物が大幅に減ってしまったらしいのじゃ」
「……魔物が減る、ですか?」
“特殊個体”の次は、“魔物が少なくなったダンジョン”ですか。
ダンジョンの無害化という話は聞いたことが無いですし、どうにもきな臭い話ですね。
魔物が居なくなってラッキー!とはいかないのが世知辛いところです。どちらにせよ、魔物が倒せないとギルドの収支にも影響が及びます。
恵那斗も同じことを考えていたようですね。物思いに耽るように、箸を置いて顎に手を当てました。ちゃんと箸をおくの偉い。
彼の仕草を見て、私は箸を持ったまま話していることに気付きました。行儀悪かったですね、えへへ。
「魔物が減ったそのダンジョン……どうにも気になるわね」
「うむ。当然、麻衣ちゃんも気にしておるようでのぅ。今度、協会からそのダンジョンに調査を送るそうじゃ」
あ、ちなみに“協会”とは“全日本冒険者協会”の略称です。わざわざ会話の中でフルネームを呼ぶ必要ないですから。
さすがに、全日本冒険者協会が対応する話となれば、私が関与することは出来ないですね。
「何事もないといいですけどねー……」
「儂はこの呪いと特殊個体だけでお腹いっぱいじゃ」
イナリちゃんは見せつけるように、大きく尻尾を左右に揺らしました。なんだかんだ、尻尾の扱いに適応してきていますねこの子。
さすがは元熟練の冒険者です。順応能力は伊達じゃありません。
そう言えば、特殊個体ゴーレムの調査結果も麻衣ちゃんから、また聞かないといけませんね。
……でも。
正直、知りたくない気持ちもあります。
知ってしまったら、何か取り返しがつかなくなるような、そんなざわつく気持ちもあります。
「……はあ、気が重いなあ」
今まで冒険者業の中でずっと身近に感じていたはずのダンジョンが、得体のしれない化け物として本性を露わにしていくような感覚に、ついげんなりせざるを得ませんでした。
ただそれはそれとして、お腹は空くのでご飯は食べます。
うん、イナリちゃんご飯作るの上手ですね。狐っ娘のご飯、めちゃくちゃ美味しいです。和食なのもイメージに合っています。
「イナリちゃん、おかわりっ」
「うむ、嬉しそうに食べてくれるのが儂にとっては一番うれしいからのぅ!冷蔵庫の中に三上に買うてもろうたおやつもあるから、好きに食べい」
「えっ!ほんと!やったー!!」
「本当に孫を持ったような気分じゃのぅ……」
イナリちゃんがすごくしみじみとした表情を浮かべています。
欠落家族同士、なんだかんだ上手くやって行けそうです。




