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第123話 立ち入り禁止の準備室

「恵那斗っ、今度こそ降りるよ」

「はいはい。急かさなくても分かってるわよ」

「もう乗り過ごしたくないもん」


 目的地で降りれなかった私と恵那斗は、結局無駄に1駅分通り過ぎました。

 ですがここで終わらないのは琴ちゃんです。

 「時間を無駄にした」というだけの結末にしたくなかったので、本来のショッピングモールへと向かう最寄り駅で降りることを諦めました。


 たまには違う駅で降りて、その周りの景色を堪能するというのもまた一つの楽しみ方です。

 トラブルをトラブルだと思わず、そういう特別なイベントだと捉える、琴ちゃん流の楽しみ方ですっ。


 という訳で、ショッピングモールから1駅離れた場所で降りたのですが……。


「……何もないなあ」

「閑散としているわね」


 うーん。

 どうしてこうも、1駅離れただけで空気感ががらりと変わってしまうのでしょう。

 ショッピングモールからたった1駅離れただけだというのに、私達が降り立った場所は閑散とした住宅街でした。

 店舗が無いわけではありませんが、シャッターが下りていたり、開いているのか開いていないのかさえ分からないような店ばかりですね。

 恐らくショッピングモールに顧客を奪われ、人気が無くなってしまったのでしょう。世知辛い話です。

 やはり汎用性には勝てません。魔法と同じですね。


 ですがこういう場所だって、ただ通り過ぎるだけでは面白みに欠けます。

 面白さとは外部から与えられるものではありません、存在するものから生み出すものです。


 琴ちゃん魔法の基本でもあります。

 


 とりあえずは、あちこち歩きまわってみましょう。


 大通りがあって、その両脇に並ぶように住居やら店舗やらが並んでいますね。自動車1台が通るのがやっとと言うような通路ですが、アスファルトは経年劣化によってひび割れてしまっています。


「恵那斗、ここのアスファルトだけ色が違うね」

「あら、ほんとね。補強し直したのかしら」

「かもね。ほら、ここも。なんでアスファルトってひび割れるんだろう?」

「ちょっと調べてみようかしら……ええと、経年劣化とか、車の重みに耐えきれなくなったりとか、色んな原因があるみたいよ」

「へぇーっ。にしてもよくこんな細い道で工事できるよねー」

「琴、本当に何でも興味持つわね……」

「ん……だって気にならない?1つ知らないことを知ったら、今度は10も知らないことが増えるんだよ?それって楽しくないかな」


 だって、1つ勉強したと思ったら次の知らないことが増えるんですよ!知らないことを勉強する度に、また次の知らないことが増えていくんです。その繰り返しって、なんだか奥が深くないでしょうか。


 私立大学の魔窟科を1年で卒業した時だって、天才とかいっぱい言われましたけど、実のところ私だって知らないことばかりです。知っている風に語っていますが、実のところは何にもわかんないんですよ。知っている風に見せたいだけです。


 琴ちゃんは知りたいことばかりです。おーっ!

 という訳で、何もない場所を歩くのだって苦痛じゃないんですよ。


「全く……琴と居ると、本当に飽きないわね」

「んふふー、褒めてる?それ」

「褒めてるわよ。琴はなんでも楽しそうにするもの、私だって元気を貰えるわ」

「やったー!」

「……47歳男性の名残、どこに消えたのかしら……」


 恵那斗が呆れたようにため息をついちゃいました。そういう恵那斗だって、47歳女性とは思えないほどにピュアな振る舞いになっちゃってるからね?

 ふふ、ちょっとそれを証明してみましょうか。


「えーなとっ」

「ん?どうしたのかしら、琴」

「えいっ」

「っ……こ、琴っ!?」


 ちょっと悪戯心(いたずらごころ)が沸き起こったので、恵那斗にいつものように飛びついてみました。

 恵那斗の表情がピタリと石像のように固まったかと思うと、慌てたように後ずさりします。顔は真っ赤になり、必死に私から逃げようとしています。うーんピュア。


 ですが、最終的には私を抱きとめる形となりました。


「……もう、琴。危ないじゃない」

「んー、恵那斗は受け止めてくれるでしょ?」

「琴から目を離すと危ないもの」

「……まるで子供みたいに。イナリちゃんもそうだったけど、皆して私を子ども扱いしすぎだよ」


 私、こう見えてもしっかり者の大人なんですよ。ベテランの技術を持った凄い冒険者なんですよ。

 それをまるで子ども扱いだなんて、許せないと思いませんか?ねー。

 ……あの、もう今更だから諦めろ、みたいなこと言うのはやめてくださいね。琴ちゃんは打たれ弱いんです。ほら、低耐久ですよ低耐久。


 恵那斗が私を受け止めてくれたことに満足したので、ぴょんと軽く飛び跳ねるようにして距離を取りました。それからうんと両手を組んで背伸びします。


「んん……これから、どうなっていくんだろうねー……私達」

「琴の言葉を借りる訳じゃないけど……日に日に、分からないことが増えていくわね」

「ねー、正直、この姿になるまで……ダンジョンのことは大抵知り尽くしたって思ってたのに」

「ダンジョンに籠りっきりだった頃が懐かしいわね」

「……まあね」


 うーん、昔の私、という話を掘り下げられると胃が痛くなります。キリキリ……。

 ですが……どうせショッピングモールに到着するまでしばらくかかりそうですし、過去の話に花を咲かせるのも悪くはないですね。

 

「懐かしいよ。恵那斗と私が初めて出会ったのも、ダンジョンの中だっけ」

「いいえ。私は異災の前から琴を知っていたわよ」

「へ?」

「違うクラスだったけどね、同じ高校だったわ」

「ほへ?」

 

 ん?

 それ私も今初めて知ったんですけど!?

 30年経って“女性化の呪い”に掛かって、今更ですか!?

 

 いつものことなんですけど、さらりと重要な情報を流さないでほしいものですね!

 琴ちゃんは困ってしまいます。

 ……にしても、私は“柊 恵那”という学生と接点を持ったことは無いですよ?


「恵那斗、ごめん。私、高校の頃に知り合った記憶ない……」

「ふふ、仕方ないわよ。だって琴は“関わった”とさえ思っていなかったのだから」

「うん?何の話?」

「昔、掃除を手伝ってくれたこと、あったでしょう?ほら、埃まみれの準備室」

「……んー、なんか覚えてるような覚えてないような……」

「そんなことだろうと思ったわ……」


 恵那斗は呆れたようにげんなりとしちゃいました。ごめんなさい、覚えてないです。

 むしろ学生時代の私を認知している恵那斗の方がすごいですよ。

 女子生徒と接点を持つことなんて、あんまり興味が無かったので……。


 ……ん?



 ——別に、手伝ってくれなんて思っていない。あわよくば、なんて不純なこと……考えていないでしょうね?


 ふと、ものすごく私を睨んでくる女子生徒の面影が脳裏をよぎりました。

 

 -

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 あー、なんとなくおぼろげながら思い出してきました。


 高校時代の私は、最低限の勉強だけこなして、後はぐうたらサボるようなダメ人間でした。今もだろって?うるさいな。琴ちゃんキックするぞ。

 

 無駄に要領だけは良かったので、先生方も扱いに困っていたようですね。常に粗探しをされていました。

 そんな周囲の目に嫌気が差したので、私は学校内の誰も使っていない埃をかぶりまくった準備室を避難所として利用するようになりました。鍵は説教で呼ばれたついでにこっそりと拝借しました。案外バレないものですね。


 扉さえ開けてしまえばこっちのものです。後はもう一度説教される理由を作って、そのタイミングで鍵を返却するだけでした。琴ちゃんは昔から頭が回るのです。……なんですか、文句ありますか。


 ぶっちゃけ埃だらけでしたが、別に気にはなりませんでした。いっそ心地よいくらいでしたね。

 なので休み時間は頻繁に準備室を利用するようになっていたのですが……ある日、私にとっては最悪の事件が起きたんです。


 

「……ちょっと。ここは立ち入り禁止のはずですが」

「げっ」


 箒とちり取りを持った女子生徒が、準備室の扉を開けて入ってきたんですよね。長い黒髪を揺らす彼女は、まさか人がいるとは思わなかったのでしょう。驚愕と軽蔑の入り混じった視線をこちらに向けてきました。

 本来であれば早々に逃げ出すのが正解ですが、私としても貴重な隠れ場を奪われるのは困ります。


「なー、悪いけど見逃してくれねーかな」

「駄目に決まっているでしょう。先生に報告しますよ」

「掃除手伝うからさ、お願い!こんなゆっくりできる場所もそうないんだって!」

「……はあ」


 私の懇願に、女子生徒は呆れたようにため息をつきました。

 正直、勝ち目の低い取引だと思っていました。ですが、奇跡的にその女子生徒は私の提案を受け入れてくれたんですよね。


「分かりました」

「っしゃ!で、で、俺は何を手伝えば良い?」


 追い出されては困るので、従順な駒であることをアピールしてみます。

 ですが、彼女はどこか寂しそうな顔を浮かべて俯いてしまいました。

 

「……おい?」

「別に、手伝ってくれなんて思っていない」

「ん?」

「あわよくば、なんて不純なこと……考えていないでしょうね?」


 当時の私からすれば、彼女が何を言っているのか分かりません。ですがぶっちゃけそんなことはどうでも良かったので、女子生徒の言葉は途中から無視していました。

 私からすれば、どうせなら女子生徒も追い出したいくらいだったのですから。


 というか実際、私は彼女を追いだしました。


「あーもう……なんだよお前、邪魔。掃除なら俺がやるから」

「はっ、え?」

「俺はこの場所が維持できるなら何でもいいの。あ、掃除道具さんきゅ」


 そう言って、女子生徒を突き返そうとしたのですが。彼女は慌てた様子で反論してきたんですよね。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!私が頼まれた用事なのよ!」

「いや知らんし。あ、体裁があるんだったな、すまんすまん。入れよ」

「……まるで自分の部屋みたいに言わないでください」

「実際、俺しか使ってないからな。あ、そこのゲームは触んなよ、まだストーリーの途中で止めてんだから」

「校則違反だわ……」

「知らね」


 とか、そんなやり取りをしていました。

 別に私は女子生徒の名前に対して、興味も関心も示しませんでした。彼女はその日以降、時折準備室に顔を出すようになりましたが……ほとんど、話すこともなかったですね。

 ただそこにいるだけ、と言った日々でした。


 異災が起きる、その日まで。


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 -


「……あー!!あの準備室に来てた!!」

「私にとっては結構大事な思い出なのだけれど……」

「ご、ごめん……名前覚えてなかったから」

「覚えようともしなかった、の間違いね。まるで空気扱いだったもの」


 恵那斗はじろりと私を睨んできます。ですが本気で怒っていないというのは明白でした。どちらかというと不貞腐れたような顔、と言った感じでしょうか。


「私は部屋がきれいになってラッキー!としか思ってなかったなあ……」

「昔から琴は変わらないわね……私にとっても、ちょうどいい避難場所だったのよ?あそこは」

「ん?なんで?」

「期待され続ける、というのも結構疲れるものよ」

「ふーん?」


 だとしても、他に人気の付かない場所ならあるんじゃないでしょうか。

 ……あ、でも案外みんな同じこと考えますもんね。校舎裏とか、屋上前階段とか、典型的な隠れ蓑となる場所はだいたい誰かいる印象です。


 当時の恵那斗の心境が分かりません。


「まあ、琴は鈍いから、仕方ないわね」

「んー、鈍くないよ?」

「普通……自分の素性すら名乗らない、琴を知ろうとも思わないわよ」

「……そうなの?」


 恵那斗が何を言いたいのか、私にはわかりません。

 ですが、なんとなく大事なことを言っているのは分かりました。


 きっと、同じ高校で出会ったからこそ、ここまで付いてきてくれたんでしょうね。


「……私は後悔していないわ。喋らなくても心地良い時間だったもの」

「私、ずっとゲームしかしてなかった記憶ないや……」

「ふふ。琴はそれで良いわよ」

「恵那斗が良いなら……いっか」


 正直、あんまり理解できなかったので私は話をそこで切り上げることにしました。

 ところで、目的のショッピングモールが見えてくる頃合いですね。意識を切り替えていきましょう。


 寄り道する形となりましたが、こういう時間でしか話せないことも多いですね。案外、充実した時間になりました。


 琴ちゃんは満足です。


 ……。

 ……。

 ……。

 ……ん?


「えっ?」


 恵那斗、めちゃくちゃ愛が重たくないですか??

 もしかして、恵那斗が冒険者になろうと思ったきっかけも、まさか……ですよね??


 自意識過剰であることを祈ります。

 琴ちゃんはそこまでの責任を背負いきれないです。

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