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第122話 幸せの時間

「ではの、儂は検査に行ってくるからのぅ。留守番を頼んだぞ」

「んじゃ、イナリちゃん預かるわ」

「ぬぅ、三上。お主まで儂をイナリちゃん扱いか!」

「呼びやすいからなァ」

 

 イナリちゃんはそう言って、迎えに来た三上さんの車に乗り込んでいきました。

 全日本冒険者協会にとって貴重なサンプルであるイナリちゃんは、X-PやらCTやら、一通りの検査を行われています。


 現時点で判明している情報について、先に伝えておきますね。

 どうやら狐耳と尻尾が生えたこと以外、骨格的には小学高学年の女児とほとんど変わらない身体をしているそうです。

 第二次性徴を迎えていても不思議ではない身体年齢らしいです。早く生理を体験してください。お仲間になりましょう。

 

 狐耳と尻尾には律義に神経が通っているらしく、知覚はちゃんとあるそうです。

 ちなみにもともと人間の耳がある場所には髪以外に何もありませんでした。


 ところで昨日、人の姿に戻りたいと言っているイナリちゃんへと、何の気も無しに「じゃあ切り落としたらどうですか」って言ったら……泣いて拒まれました。


「の、のぅ……お前さん……お前さんはなんで、なんで……そんな冷たいことを言えるんじゃあ……えぐっ、えぐっ……」

 

 ……って。

 ほんとごめんなさい。

 

 中身が64歳男性とは言え、小さな女の子に泣きじゃくられると戸惑いますね。

 なので、切除するのは無しという方向で行きたいと思います。さすがに容赦ないか。


 

 ちなみに、狐耳幼女が歩き回っている姿が関係者以外に見られてはいけないので、イナリちゃんが外に出る時にはぶかぶかの雨合羽(あまがっぱ)を身に纏っています。

 どうしても尻尾の部分が不自然に盛り上がってしまいますが、素性がバレるよりはいささかマシでしょう。

 

 どうにかして、イナリちゃんの狐耳と尻尾を隠す方法を見つけないと、一生外に出ることが叶いませんね。

 ダンジョンが開拓されたこの現在でも、変化魔法は見つかっていません。なのでイナリちゃんはかなり肩身の狭い日々を過ごさざるを得ないんですよね。


 という訳で、切り落とす以外でイナリちゃんが問題なく外を歩けるようにする方法を考えなくてはいけません。いつまでも雨合羽を着こむ不審者というのも可哀想ですよね。

 

 恵那斗は人間の姿を保っているので問題ないんですけど、イナリちゃんに関しては狐耳と尻尾が生えていますからね。話が変わってきます。

 うっかり外部に情報が漏れようものなら、混乱を招くこと間違いなしなので。メディアに情報が漏れるのが一番困ります。


 ギルド内にはイナリちゃんの存在こそ知らされていますが、しっかりと箝口令かんこうれいは出されました。


 なので、しばらくイナリちゃんには不便を掛けます。

 


 あ、そう言えば気になるはずなので、最後に言っておきます。


 やっぱりイナリちゃんは戸籍が貰えませんでした。

 田中夫妻は特例としてもらうことが出来たんですけど、イナリちゃんは特殊な例なので……既存の法整備では難しいそうです。なので、元々の金山さんの戸籍は行方不明扱いで残してもらっています。

 現状ではイナリちゃんはやはりペット扱いです。これを本人の前で言うと不貞腐れちゃうので、私は言いませんが。


 ……だから切り落としたらどうかって言ったんですよー。狐耳と尻尾がある限り、完全な人間扱いは無理だと思います。

 まあイナリちゃんのアイデンティティを奪うのも可哀想か。



 ……仕方ないですね。

 琴ちゃんなりに、イナリちゃんが比較的違和感のない外見として外に出られるように考えてあげましょう。

 

 善は急げ、です。

 という訳で、今日は久しぶりにショッピングモールへと出発しようと思います。この間ゆあちーと行ったところです。


「恵那斗、イナリちゃん用の服を買いに行こう」

「あら、珍しいわね。琴からそんなこと言うなんて」


 私がそう提案すると、恵那斗は読んでいた本から顔を上げて、こちらを見てきました。

 確かに、衣服の提案となると恵那斗から言ってくれることの方が多かったですね。ですが、今回は私の得意分野です。発想力なら負けませんよ。


「さすがに雨合羽で外に出れないよ。自然な形で、イナリちゃんを外に連れ歩けるアイデアがあるんだ」

「……思いつくのが早いわね」

「んふふっ」


 そう言われて悪い気はしませんよっ。

 という訳で、イナリちゃんが全日本冒険者協会で検査を行っている最中に買い物に行ってしまいましょう!おーっ!


 ……しかし、恵那斗はそこに口を挟んできました。

 

「ついでに琴の服も買いに行きましょう」

「え、私はいいよ。いらない」

「駄目よ。この間土屋さんと買った服、全然着てないじゃない。それ着て行くわよ」

「行きたくなくなった……」

「わがまま言わないの。可愛い顔してるもの、活かさないと損だわ」

「きゃわわ……んふっ……恵那斗が言うなら……見てみようかな」


 んふふ。恵那斗がそう言うなら仕方ないですね~~~~!!!!

 そうですかそうですか、琴ちゃんは可愛いですか。んふふ。

 自尊心が上がりますね。



 ……それはそれとして、恵那斗。「チョロい」って言ったの聞こえてるからね?


 琴ちゃんキック食らわせるよ?


 ----


 という訳でスマホアプリを介した電子マネー決済で駅のホームへと入り、そのままショッピングモールまで電車で向かうことにしました。ここ最近はスマホで何でも解決するので便利ですね。

 ただ車を自由に使えなくなったのは不便かもしれません。まあ私は元々ペーパードライバーでしたが。琴ちゃんに運転をさせてはいけません。

 この間ゆあちーとゲームセンターでレースゲームをした結果、何故か逆走してしまいました。うわっ、前から車が!


 しかし、恵那斗は別に不便している訳ではないようです。


 ちょうど私達が座ることが出来るほどのスペースが開いていたので、並んで座りました。

 それから恵那斗は穏やかな笑みをたたえながら、こちらを向いてきます。


「こうして琴とゆっくり話せるもの。電車だって悪くないわ」

「……ん。そう言えば昔はあんまり、私から話すことってなかったもんね」

「それに気付けただけ、琴は前に進んでいるわよ」

「そう、かなぁ……なんだか、実感ないや」


 恵那斗はそう言ってくれますが、自分ではあんまり理解できないですね。

 それから、何かを思い出したように恵那斗は問いを投げかけてきました。


「琴。少し聞きたいのだけど」

「どうしたの?」

「琴は……まだ、元の姿に戻りたいって、思うかしら?」

「……」


 まさか、この期に及んでそのような問いを投げかけられるとは思いませんでした。

 ふと視線を落とせば、ゆあちーと出かけた際に買った、いわゆる地雷ファッションと呼ばれるような派手な装飾をされたワンピースが目立ちます。今となっては、完全に女の子の装いですね。

 しかし、目を閉じれば思い出すのは男性時代の私です。


 目元が隠れるまでに伸びきった、ぼさぼさの髪の毛。自身が傷つくことすら厭わず、全身のいたるところに傷を作っていた冒険者としての、田中 琴男。

 全く、似ても似つかわない存在となりましたね。


 ……とても、難しい問いです。

 もう、全ての環境は私を女性へと迎え入れる形に変化してしまいました。


 誰も、私を男性時代の田中 琴男として、認知していません。

 あとは私が受け入れる……ただ、その肯定というスイッチを押すだけで、田中 琴男という存在は過去のものとなるでしょう。


 ……もう良いのかもしれません。

 私は、女性として生きても。


 だけど。まだ、終わってないんです。

 

「……皆、私を女性だって受け入れてる。女性としての私を迎え入れる場所だって、作られてる」

「うん」

「ここでまた……男性の姿に戻ったら、もう一度全部リセットされちゃう。せっかく新しく作り上げた環境が、またゼロから……」

「琴は、どうしたい?」


 恵那斗は、念を押すように私の意思を確認してきました。

 私は天井に向けて、ふうと息を吐きます。それから、恵那斗へと自分なりの答えを示しました。


「私もね、正直……もう、良いかなって思ってる。恵那斗がいて、ゆあちーもいて、イナリちゃんもいて」

「うん」

「だけど、まだ分かっていないことだってある」


 そこで私は肩にかかった自分の銀髪を触りました。細い髪質を持った銀髪は、まるで絹のように指の間を通り抜けていきます。

 現代日本において、自然とは思えない髪色です。少なくとも、日本人のそれではありません。

 時折、帰国子女かって聞かれますし。


 

「私に与えられたこの身体。イナリちゃんを見てから、ずっと疑問に思ってる……」


 ダンジョンが何の理由も無しに、特別な肉体を付与するでしょうか。

 この身体だって、身体機能面で見れば第二次性徴を終えた少女に過ぎません。

 

 ソロでのダンジョン攻略の恩恵として、大幅なレベルダウンを代償として若い異性の見た目を与える。

 そんな馬鹿げた理屈がまかり通るものでしょうか。


 この身体は。“女性化の呪い”は。


「この身体にはまだ……隠れてる“何か”がある。私は、それを突き止めたい」

「……そう」


 恵那斗は「やっぱりね」みたいな苦笑を漏らしました。


「まあ、琴の好奇心には最後まで付き合うわよ。私だって同じ条件だもの」

「うん、ありがとう……ね、恵那斗」

「ん?」

「大好き」


 私が面と向かってそう言うと、恵那斗は途端に顔と耳を真っ赤にしました。それから、まるで見てはいけないものを見たかのように、素早く明後日の方向へと顔を向けます。


「っ、不意打ちはズルいわ……もう」

「んふふ」

「……私だって、好きよ」

「ふぇっ」

「二度は言わないからね……」


 わ、わーっ。

 想定外のカウンターを喰らいました。

 なんだか私まで顔が熱くなってきました。顔の温度を確かめるために両手で自分の頬を挟んでみます。すごく熱いです。


 何だか恥ずかしいので、長い銀髪で顔を隠そうとしてみます。絹のような髪質なので無理でした。うう。

 長年付き合った妻ですよね、これ。何でこんなにドキドキするんでしょう!?




 

 環境音が遠ざかっていくような気がします。

 周りの音は賑やかなはずなのに、私の鼓動の音しか聞こえません。




 ——そう。


『まもなく電車が出発します。ドア付近のお客様、ご注意ください』




 周りの音が聞こえなかったんです。

 ちなみにここが、降りる予定の駅でした。




「っ、あ!ちょっと、琴!電車が!!」

「あーーーーーー!!!!!!」


 完全に2人の世界に入り込んでいた私達は、電車が目的地の駅で停車していたことに気付きませんでした。

 やばい、閉まっちゃう!!

 

 私達は慌てて乗り降り口まで、乗客を掻き分けながら駆け抜けます。


 ですが、時すでに遅し。

 ぷしゅー、という空気の抜ける音と共に、無常にも扉は目の前で閉まってしまいました。


 再び、電車が揺れ動きます。


「……」

「……」


 とぼとぼと空いていた席へと戻ろうとした時には、既にほかの乗客が座ってしまっていました。

 座ることも出来ず、降りることも出来ず。


「……恵那斗」

「……琴も気付かなかったじゃない」

「……バカ」

「他人のせいにするの、良くないわよ」

「私のせいじゃないもん」


 むう。

 なんだか無駄な時間を使った気がします。

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