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第120話 琴と大違い

 金山 米治さん、改めイナリちゃん宅へと引っ越しが決まった私達。

 本来であれば引っ越し業者に介入してもらって荷物を運搬してもらうところですが、イナリちゃん宅にもそれなりに家具が揃っていること。

 また、狐耳幼女であるイナリちゃんを、事情の知らない人達が目撃すると混乱を招く可能性があると考えた私達は、業者を介入させないことにしました。


 まあ、私には“あれ”がありますから。冒険者特権は使えるところで使っていきましょう。

 引っ越し前に、イナリちゃんに連絡を取っておきます。

 スマホを開き、連絡先一覧から「金山 米治」の名前を選択。しばらく間が開いた後、「なんじゃ」と幼い女の子の声が響きました。


 恵那斗の時はすごく困惑したのですが、イナリちゃんのケースでは変化を目の当たりにしたこと。そして、単純に見た目が口調にマッチしていることから、比較的あっさりと受け入れることが出来ました。

 イナリちゃんは不服そうですが。

 

「田中 琴です。イナリちゃん、もうすぐ行きますね」


 そう端的に用件だけ伝えます。しばらく間を置いてから、イナリちゃんの怒ったような声が響きました。

 

『……誰がイナリちゃんじゃ!』

「んふっ」

『何を笑っておる!儂はまだ納得いっておらんからな!』

 

 まあ私は、本気で怒ったイナリちゃんを知っているので……それと比べれば可愛いものです。文字通り可愛い。

 通話の向こうで、ぷんすか不貞腐れて尻尾を振り回しているイナリちゃんの図が思い浮かびます。


 ですが、一息ついてからイナリちゃんは真剣なトーンを作りました。

 

『全く……にしても、田中夫妻は良かったんか?』

「ん?何がです?」

『長年過ごしてきたマンションを引き払うことに抵抗はないのか、と思ってのぅ』

「……あー……」


 ほとんど、私の一方的な提案で決まりましたもんね。事情が事情とは言え、かなりあっさりと話が進んだものです。


 ちらりと、家の実質管理者である恵那斗に視線を送ります。

 支度を終えた彼は、のんびりとまっさらになったフローリングの上でくつろいでいました。


 彼はにこりと微笑みながら、手をひらひらとさせてきます。


「通話は聞こえているわよ。むしろ遅いくらいだわ」

「遅いくらい?」

「せっかく高い給料だって貰っているのに、いつまで安いマンションに留まってるのか……ってずっと思っていたわよ」

「う、うー……ごめん。踏ん切りつかなくて」


 基本的に私のせいですね、これは。

 だってダンジョンに籠りっきりだったし、最低限住所だけ確保できたらいいかなって思っていたんですよ……。


 そんな私の胸中を悟ってか、恵那斗は優しく私の頭を撫でました。


「んぇ?」

「ふふっ、本当に遠回りしたわね。じゃあ、行こうかしら」

「ん、んー……うん」

「ここから始めればいいもの、それぐらいで良いわよ。私達は」

「んー……くすぐったい……」


 なんだか恵那斗がめちゃくちゃ撫でてくるので、くすぐったいです。

 でも、思いのほか心地いいのですんなり受け入れてしまっている私がいます。落ち着く……。


 

 今となってはほとんど、女性であることを受け入れてしまっている気がします。


 ……そう言えば、「男性としての田中 琴男が消えかけている時に現れる」という夢を、もう見ることが無くなりましたね。

 田中 琴男は、もう……完全に消えてしまったのでしょうか?


 ……でも私は、そう思いません。


(過去と現在は地続きなんだよ。消える訳ないじゃん)


 確かに、様々な傷を抱えた過去です。

 ですけど、そのどれか1つでも欠けていたら、今の田中 琴はいない。それは、紛れもない事実です。



「……ちょうど良い機会でしたからね」

『ぬぅ、そうか。お前さんらが気にしてないのなら、儂はなんも言わんよ。気を付けてのぅ』

「分かりました、じゃあまた後で」

『また近くに来たら連絡をくれるかのぅ。鍵は儂が開けるわい』

「あっ、はい」


 簡単に到着後のやり取りをした後、イナリちゃんとの通話を終了させました。

 私はパーカーに付属したポケットにスマホを差し込み、恵那斗へと話しかけます。


「恵那斗、私はいつでも出れるよ」

「分かったわ。イナリちゃんの家に行く前に、食材でも買っていこうかしら」

「やった!お酒、お酒っ!イナリちゃんの家お酒あるかな!!」


 金山さんの家に、男性時代の名残としてお酒が残っていたりしませんかね!

 1口……いや、1杯くらい、よろしければ拝借したいのですが!!駄目ですか!!


 ……という、そんな淡い期待はいとも容易く打ち砕かれました。

 

「三上に没収してもらったからないわよ」

「そんなあ……パパのいじわる……」

「“あのクソチビは隙あらば酒を飲もうとする”から……って言っていたわ。イナリちゃんも定期健診で肝機能を指摘されてから、酒を控えていたらしいわね」

「うう、今の私。健康な身体だよ、お酒飲めるよ」

「酔っぱらった琴のお世話するの私なんだけど?」

「ご、ごめん……」


 むぅ、なかなか世知辛いですね。

 長らくお酒は飲んでいません。その代わりに休日はスイーツを堪能していたのですが……恵那斗に「太るわよ」と言われてしまいました。

 ダンジョンで身体動かしてるもん!カロリー消費してるもん!


 なので、スイーツも週1回という制約が付けられました。

 私の健康は恵那斗の元に管理されています。

 彼氏さん厳しい~。



 ----



 イナリちゃんの一軒家は郊外の方にあるそうです。駅近くにあり、私達が勤務しているギルドへのアクセスも良く、条件としてはばっちりですね。

 部屋の数もしっかり確保されており、3人で暮らすには十分な敷地面積です。

 


 余談ですが。一緒に住むにあたって、どうしてイナリちゃんは一軒屋を購入したのか、経緯を聞きました。

 どうやら全世界にダンジョンが出現した大災害——“異災”が起きる前に建てたらしいんですね。


 

 金山さんは当日、サラリーマンとして職場で仕事している最中だったそうです。

 奥さんは「娘と遊園地に行ってくる」と言って、出かけていたとのことです。


 異災が起きたのは、奥さんと娘さんが電車で待っている時でした。駅を飲み込む形でダンジョンが出現。奥さんと娘さんは、瞬く間に突然生み出された洞窟型ダンジョンに飲み込まれる形で、奈落の底に落ちていったそうです。

 異災が起きた当初は「遊園地に2人はいるはず、だから大丈夫だ」と信じ切っていたのですが、待てど暮らせど帰ってこない。不安に心を苛まれながらも、家族を待ち続けた末に、調査を行っていた警察からそのような事実を告げられたとのことでした。

 

 ダンジョンというのは、亡骸となった人を飲み込みます。

 その死に目すら見ることも叶わないまま、金山さんは孤独の身となったそうです。


 一連の事情を聞かされた後、イナリちゃんは静かに語ってくれました。


『良いか、琴ちゃんよ。もう、重々分かっているとは思うが……同じ明日が来る保証なんて、どこにもないんじゃ。明日の自分が楽しくなるのか、苦しくなるのか……誰も予想がつかんからの』


 そう語るイナリちゃんは、幼い様相ながらも……どこか、人生を悟ったような目つきをしていました。

 彼女もまた、波乱万丈の人生を送ってきた冒険者だったのでしょう。



 ……という、しんみりとした話はひとまずよけておきましょう。

 

 私達は無事、イナリちゃん宅の前に到着しました。

 “女性化の呪い”……というのでしょうか、これ。私と似通った状況になる前の金山さんは、どうやらしっかりとした性格だったようですね。

 一人暮らしであるにも関わらず、中庭には雑草ひとつ残っていません。中庭に生えた庭木は、綺麗に剪定がされています。


 なんというか……。

 

「琴と大違いね」

「うるさいなあ!?」


 恵那斗があまりにも容赦ない感想を告げてきました。私が黙っていたことをこの彼氏は容赦がないです。

 そんなやり取りをしている最中、玄関の鍵が開く音がしました。


 扉越しに、くぐもったイナリちゃんの声が響きます。


「のぅ、うるさいわ。近所迷惑になるからさっさと入ってくれんか……?」

「すみませんっ。お邪魔しますね」

「うむ。大して何もない部屋じゃがな……魔石は置いてもらっておるからの」

「助かります」


 ここが新しい拠点になるのだと思うと、少しだけ感慨深いですね。

 田中夫妻は新しい住み家となるイナリちゃん宅へ「お邪魔します」と声をかけてから足を踏み入れました。


 玄関で待っていたのは、やはり金髪狐耳幼女と化した金山 米治――現:イナリちゃんです。

 小柄な身体に纏うのは、紅白の和装束。


 おしりの部分だけ切れ込みを入れて、自由に尻尾を動かせるようにしていました。いかにもな狐幼女ですね。


「のぅ、待っておったぞ。こっちじゃ」


 イナリちゃんはぺこりと一礼したあと、私達を迎え入れます。和ファンタジーみたいです。


 部屋全体にはほんのりと金木犀(きんもくせい)の香りが漂っています。

 どことなく懐かしい香りをさせる家ですね。




 さて、私達が引っ越し業者を仲介しなくても問題ない理由はこれです。

 広々としたリビングに足を踏み入れた私達。家具はイナリちゃんが避けてくれていました。小柄な身体なのに、ホントに偉いです。撫でまわしたい。

 ……ですが、撫でまわすのは後にしましょう。


「じゃあ、魔石使いますね」

「のぅ、頼んだぞ」


 私と恵那斗はそれぞれ、ダイニングテーブルへと近づきました。テーブルの上には、竹編みのカゴが置かれています。

 カゴの中には、どうやらたくわえとして置いていたらしい魔石が山積みになっています。

 

 大体個数にして10個くらいですね。金額にして合計10万くらいかかるものですが、まるでミカンでも置くかのように配置されています。


 ----

 

 ちなみに冒険者が魔物から回収した魔石ですが、当然そのままの形で市場に流通する訳ではありません。

 魔石というのはいわば“魔物の心臓”に該当する部位なので、微妙に個体差が出来たりするんですよね。

 

 そのような魔石の数々を市場に適した形に削り取る。

 そして、魔物の血液を介した病原菌が存在しないか確認する。

 ……等の様々な業者を介して私達市民の元にお届けされます。

 

 冒険者単体で成り立つ仕事ではないのです。


 ----

 

 せっかくイナリちゃんから許可を頂いたので、少しだけ冒険者特権を使用させていただきましょう。

 私と恵那斗は、魔石を取り込む意思を表明。その想いに応えるように、魔石が魔素の粒子となり、体内へと溶け込んでいきます。

 飴玉のように小さくなっていくことが、魔石が私達の身体に取り込まれたことの証明となります。


 

 大体、ゴブリンサイズの魔石1つに付き1時間。MPで言えば50までなら魔法を使うことが出来ます。

 ちなみに、ダンジョン内ではそういう効果は得られません。でなけりゃあんなゲロマズポーション飲んでないです。


 ですが、MP50で使える魔法なんて、たかが知れていますよね。


 まあ……琴ちゃんキャノン1発分なら撃てそうなの、凄く怖いんですけど。普通にテロです。

 冒険者は力を行使する責任を背負わなければいけない仕事です。悪い人の手に渡ってはいけない力ですね。


 是非とも警察や自衛隊の皆さんには、“解除魔法”に加えて“障壁魔法”の体得を頑張っていただきたいものです。


 

 さて、引っ越し業者を介さなくても、私達なら荷物の運搬が可能です。

 私にはこれがありますから。


「恵那斗っ、開けるよ!」

「分かったわ!“リミッター”を眠らせる!」


 私は“アイテムボックス”を。

 恵那斗は”睡眠魔法”を。

 それぞれ発動させました。


 落下の勢いでフローリングに傷をつけてはいけないので、壁面に沿うように“アイテムボックス”を配置させます。

 その中から、私が出来る分だけ“アイテムボックス”の中から冷蔵庫を引っ張りました。魔石によって“ステータス”の恩恵こそ受けていますが……MP50程度じゃあ、正直足りませんね。成人男性に少し劣るくらいの身体能力、と言ったところですね。


「んぐぐ……恵那斗、お願い」

「分かったわ。せーーーのっ……!!」


 “リミッター”を解き放った恵那斗は、全身のエンジンをフル稼働させて勢いよく“アイテムボックス”の中から冷蔵庫やら、洗濯機やらを引きずり出していきます。

 軽々と、とはいきませんが……それでも、かなりスピーディですね。イナリちゃんが指示した場所へと、さっさと運んでいきます。



 そうです。私生活でも魔法は役に立つんですよ。

 “アイテムボックス”はトラックの役割を、“睡眠魔法”は運搬業者の役割を担っています。

 睡眠魔法は本来の用途とは違いますが。まともな魔法使いませんねこの夫婦。

 

 重い荷物に関しては、恵那斗に任せて問題ないでしょう。

 さて、最後には細かい荷物が残っています。


 何なら、大きい荷物よりも面倒かもしれないです。


「のぅ、綺麗に片付けるんじゃぞ」

「う、分かってますって」


 イナリちゃんに睨まれながら、さっさと“アイテムボックス”から本やキッチン用品などの細かい荷物をすべて出しました。

 しばらくは真面目に片づけをしていたのですが……ちょっとだけ、面倒になりました。


「ちょっとだけ休憩~」

「ぬぅ、琴ちゃんや。しっかり動かんかい」

「あ、イナリちゃん漫画持ってるんだ。ちょっと読ませてください」

「待て、それは絶対動かん流れではなかろうか!?」

「んんー……動きますって……」


 さすがに疲れました。

 私は座椅子に寝転がって、イナリちゃんの家にあった漫画をパラパラと開きます。古い漫画なので、いつもは読む気にならないんですけど……サボって読む漫画って、どうしてこんなに面白いんですかね。

 なので、片づけをほっぽり出して、漫画を読みふけっていた時でした。


「……琴ちゃんや」

「ん?イナリちゃん、どうし……ひっ」


 突然、背筋に冷たいものが走るのを覚えました。

 引きつった笑みと共に視線を向ければ、そこには穏やかな笑みを浮かべるイナリちゃんがいました。

 

 ですが、殺気です。

 狐耳幼女からは似ても似つかわぬ、すさまじい殺気が放たれています。


 冷や汗が止まりません。

 私は素早く漫画を閉じて、座椅子から立ち上がりました。それから、急いで片づけを再開します。


「す、すみませんっ。今動きます」

「うむ」


 うう。

 保護者が増えました。

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