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第12話 解釈違い

 上位の冒険者になればなるほど、特注の鎧を発注するのが基本である。

 そうでなければ、より最深部に住まう魔物の猛攻には耐えられないからだ。


 そんな中で革の鎧という軽装に身を包む田中先輩は、ハッキリ言って異端だった。


----

 

 俺が田中先輩と出会ったのは、塔型ダンジョンの上層に潜っている時である。


「グルルル……」


 空を舞う強力なドラゴンが放つ火球を前に、パーティは壊滅寸前。


「……リーダー、もうこれ以上は持ちこたえられません。撤退しましょう」

「っ……クソっ!」


 仲間であるヒーラーも既に魔力切れを起こしていた。これ以上深追いすることは、彼女を死に追いやることに他ならない。


(……しかし、俺達が背中を見せれば、ドラゴンは必ず追ってくる)


 背中を見せて逃げるということは、ドラゴンにとって格好の餌となることでもある。

 リーダーとしての責務が問われる中、彼は飄々とした立ち振る舞いで俺達の前に現れた。


「……苦戦していますね。少し手伝いましょうか」


 田中 琴男先輩は……「一緒に荷物を持つ」くらいの気分で、のんびりとその場に現れたのだ。

 

 5mはゆうに越えるドラゴンと対峙してなお、田中先輩はその立ち姿を崩さない。オリエンテーションでも行うかのように、ドラゴンへと向き直って話を続けた。


「ドラゴンですね。5mは超えている……なるほどなるほど、遠距離から火球を放ってくるタイプのようですね」


 田中先輩の武器は、いつだって卓越した知識と技術にあった。

 無精ひげを触りながら、のんびりとドラゴンについて分析している。


「……やめろ、危険だ。命が惜しくないのか?」

「惜しくなんて……ないですよ。私が倒すことが出来れば良し、そうでなくても将来ある若者が生き残る方が最優先……そう思いますがね?」

「下がれ、軽装のオッサンに何が出来る」

「私にだって勝算はあります。だから……この場は、任せてもらえませんか……()() ()()()


 そう言うが否や、田中先輩は”アイテムボックス”から魔物討伐キットと書き記されたバッグを取り出す。

 バッグの中から更に、レーザーポインターと一丁の麻酔銃、そして潤滑油が入った瓶を引っ張り出した。


「ドラゴンは基本的に……強烈な光に弱いです。なので、こうしてレーザーポインターの光を当てると……ほら、嫌がるでしょう?」


 レーザーポインターの光に当てられたドラゴンは「ガアッ」と不快そうに空中で身体をよじらせた。

 まるで研修を行うかのような落ち着きようで、巧みにドラゴンの動きを誘導する。


 レーザーポインターの光から逃れることに精一杯だったドラゴンは、ダンジョンを支える石膏の柱に衝突。

 灰色の土煙の中「グルアッ」と悲鳴を散らしながら、地面に墜落する。轟音とともに、再び激しく土煙が舞い上がった。


「それで、ですね……翼を動かす筋肉は、大胸筋です。なので、こう胸元に麻酔銃を撃つとですね……飛べなくなるんですよ。よっと」


 地面に這いつくばったドラゴンに、麻酔銃を打ち込む田中先輩。

 すると彼の言った通り。ドラゴンは上手く翼を動かすことが出来ず、苦悶の声を漏らしていた。


「グルゥゥゥ……」

「おっと、これは火球攻撃の予兆ですねぇ……?なのでここで、潤滑油が役に立ちます。これを……こうして、ドラゴンの口の中に放り投げます」


 彼が投擲した潤滑油の入った瓶は、ドラゴンの口元で割れてこぼれ出る。

 口の中に侵入した潤滑油を前に、驚愕を隠せないようだ。


「ガゥッ!?……ガッ……」

「何も火だって、無から生まれる訳じゃないんですよ」


 どういう訳だろうか。

 ドラゴンは口から火を吐くことも出来ず、悶え苦しんでいるように見えた。


「……何をした、アンタ」


 飛翔能力を奪われ、火球攻撃も阻止され。いくつもの手段を奪われたドラゴンを見据えながら、田中先輩は淡々と解説する。


「体内で溜め込んだガスを吐き出し、それを火花で点火させることによって……火を噴き出すことが出来るんです。ガスコンロと同じですね。だから、摩擦を失えば火花は散らなくなる……火を噴けなくなるんですね」

「……アンタ、何者だ……」

「ただのしがない……オッサン冒険者、ですよ?」


 どうにも食えない男だった。

 傍から見れば冴えない中年にしか見えない田中 琴男と名乗る冒険者に、強敵であるはずのドラゴンはいとも容易く翻弄されたのだ。


「さて、私がとどめを刺しても良いのですが……若者に成功体験を積ませるのも一つですね。鈴田君、任せても良いですか?」

「……分かった。前田、魔力は足りるか。バフを頼む」


 前田と呼んだヒーラーの女性も呆けた表情をしていたが、俺の言葉にハッとしたようだ。

 「はいっ」と上擦る声を上げた後、両手に持った杖を構えて詠唱を開始。


「……”加速(ブースト)”!」


 その魔法が発動すると共に、俺の全身に心地良い風がまとわりつく。今なら何でも出来そうなほどに高揚感が身を包む。


「”エンチャント:氷”っ!!」


 駆け出した勢いのまま、俺はドラゴンへと凍結の刃を振るった——。


----

 

 これが、記憶している田中先輩との出会いだ。

 いつしか、田中先輩は俺が目標とする冒険者となっていた。


 だから、まあ。

 なんと言うか。


「……えーっと。竜弥、お兄ちゃん。付いてきてくれて、ありがとう」


 俺の様子を伺うように、何度もこちらを見てくる銀髪の少女が……田中 琴男と同一人物だと思うことは未だに出来ないのだ。

 ハッキリ言えば「解釈違い」である。

 

 「泣いてる女の子を放っておけない」という1000%全開の正義感で、田中先輩をファミレスへと連れ出した俺の恋人。

 元パーティメンバーのヒーラー担当であり、保険会社へと転職した彼女——前田(まえだ) 香住(かすみ)は心配そうに、田中先輩に寄り添っていた。


「琴ちゃん、だよね。私で良かったら話を聞くよ?」

「はい、お、お姉さん……ありがとうございます……」

「ふふっ……お姉さん、じゃないよ?前田 香住って言うんだ。よろしくね?」

「あっ、はい。前田……さん」


 田中先輩は引きつった笑みを浮かべたまま、前田から目を逸らしていた。

 「早々に立ち去りたい」オーラが滲み出ている。

 

 先輩は知識と技術ではどうにもできない……”そこはかとない善意”と言う問題に直面していた。


「それで……どうして泣いてたのか、話を聞かせてもらっても良い、かな?」

「……えっと、ですね」


 田中先輩はしどろもどろとなりながら、困難を乗り越える策を見出しているようだ。

 それから、何か打開案となる方法を閃いたようだ。小さく目を見開き「あっ」と声を漏らす。


「そ、そうです。……お父さんとお母さんが、事故で死んじゃって……」


 両親が他界した(30年以上前)。

 確かに嘘はついていない。時間軸が違うだけだ。


「……竜弥君。私、聞いてないんだけど……」


 田中先輩の出まかせの言葉を信じ切った前田は、冷ややかな目で俺を睨む。


「……ご、ごめん。身内の問題だし、言いづらくて」

「遅かれ早かれ、結婚するんだから……こういう話はちゃんと言うべきだと思う。違う?」

「違わない……な。うん」


 嘘に嘘が重なっていき、前田の俺に対する好感度が下落の一途を辿っていく気がする。

 田中先輩、熟練の発想と機転で何とかしてください。

 

 しかし、田中先輩も「少女」としての自分を演じるので精一杯なようだ。


「……私。お父さんもお母さんも居なくなって、寂しかったんです。お墓を見る度に……悲しくなっちゃって、1人だと生きていくのも大変で……」

「……っ~……!辛いよね、辛かったよね。大丈夫、お姉さんが助けてあげるからっ」

「わぶっ」


 唐突に前田に抱きしめられた田中先輩は、困惑の表情を浮かべて俺に視線を向けてきた。

 口パクで「助けて」と言っていたが……どうすることも出来ない。


(すんません、先輩。無理です)

 諦めを表現する為に、田中先輩から視線を逸らす。

 すると彼(彼女?)は明らかに絶望の滲んだ表情で目を丸くしていた。「ガーン」とか効果音が聞こえてきそうだ。

 田中先輩の事情を知らない前田。彼女は先輩の両肩をがしっと掴んできた。


「女の子1人だと色々大変でしょ!?お姉さんと一緒に来ない!?」

「はい?」「えっ」


 俺と田中先輩は、一瞬目を見合わせた。それから、ほぼ同時に前田へと視線が向く。

 俺達の胸中など知る由のない前田は、自信満々に胸を反らした。


「竜弥君も一緒に居るし、私も琴ちゃんの味方になる!だったら一緒に生活する方が良いかな、って思うんだ……どう?」

「……えー……あ、その……」

「あ、お金のことが気になる?遠慮しなくていいからね。こう見えても竜弥君は冒険者だし、それなりの収入も持ってる。私だってバリバリ働いてるから!」

 

 あの、田中先輩も冒険者です。

 なんなら俺達よりバリバリ働いてます。


 色々と突っ込みたいところはあったが、リアルタイムで状況を追ってなければ理解するのも難しい話だ。

 現に新卒で入った園部君も、田中先輩が元男性であることを知らない。


 しかし、田中先輩もうまく乗り切る言葉を思いつかなかったようだ。

 観念したようにため息を吐き、それから前田に頭を下げた。


「……えっと。それじゃあ……前田さん、よろしく……お願いします」


 その返事を聞いた前田は、嬉しそうに田中先輩の両手を握った。

 より一層、先輩の表情が強張っていく。


「うん、任せて!ね、それでいいよね、竜弥君」

「あ、ああ。もちろんそれで構わないけど」

「よっしゃ決まり!でも琴ちゃんも学校とか色々あるだろうし、ゆっくり来たらいいよ?」


 

 ふと、田中先輩はスマートフォンを取り出し、俺にメッセージを送ってきた。


[助けてください]11:51

 [すみません。無理です]11:51

[そんな]11:52


 改めて田中先輩へと視線を送れば、困り果てた表情を浮かべた銀髪の美少女が目に映った。

 傍から見れば、やはり女子高生にしか見えないのである。 


 地獄への道は善意で舗装されている、という言葉がある。

 明らかに絶望の滲んだ表情を浮かべている田中先輩にとって、今の状況は地獄であるらしい。

おーっ、日間ローファン12位は熱い。現実味無い。

ありがとうございます。

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