第117話 捉えようによってはベテランに見られる冒険者
「君は、1人かい?」
「……んだよ、誰だアンタ」
大規模ダンジョンの攻略を行う為、複数のギルド間で共同し、作戦会議を行っていた時だ。
場の空気に馴染むことが出来なかった俺——田中 琴男は、安全地帯ギリギリの壁面のところでレーションを貪っていた。
そんな俺に話しかけてきた中年のオッサン。こいつを一瞥した後、合同会議を行っている光景を見やる。
当然と言えば当然だが、見ない顔ぶればかりだ。
そして、俺に話しかけてきたこのオッサンだって、記憶にねえ顔だった。
……まあ、そもそも同じギルドの顔ぶれさえ、ロクに記憶してないがな。
合同会議の中心にいるのは、腰ほどまで伸びた艶のある黒髪を伸ばした冒険者である柊 恵那だ。
モダンカラーを基調とした、落ち着いた色合いのドレスの上から真紅のマントに身を包む彼女は、まさにファンタジー世界からそのまま出てきたような風貌をしている。
そんな美しい風貌の彼女に想いを寄せる冒険者も多い。ファンクラブなんてふざけた存在も出来たほどだ。
仕事しろよこいつら。
「……彼女のことが気になるかい?」
「さあな」
「人気者だね、彼女」
俺の視線に気づいたのか、オッサンが温かい笑みを浮かべてきた。
なんだこいつ、気持ち悪いな。
そもそも、若年層が多い冒険者という世界だ。40代のオッサンというのは非常に珍しい存在だった。
だが、俺はそもそも冒険者という世界に首を突っ込む中年にあまり良い印象を抱いてはいない。
というのも、ダンジョンビジネスっていう金の成る木に群がる連中が、アホほどいやがったからだ。
冒険者を匿い、金を稼ぐ奴隷としてこき使おうとしている経営者も多くない。実際、魔石を市場に回す連中は儲かっているからな。
俺もそんな連中から、何度も声をかけられた。ひと睨みしたらどっか行ったがな。
殺意に慣れてねえ連中が、容易くダンジョンに関わろうとするんじゃねえよ。
政府としては正式な手順を踏んで、魔石を市場に回したいらしい。
だが、正規の手段を踏まずに市場へと魔石を流通させる奴らだって当然いる。反社会的勢力に所属する連中なんかは、そういう嗅覚が鋭いな。
ダンジョンビジネスの傍らじゃあ、違法にダンジョン外へと持ち込んだ魔石を原因とした“魔法犯罪”が横行しているザマだ。
“解除魔法”という情報さえ普及していない状況下では、連中の対処に手を焼いているみたいだな。
……社会よりも、ダンジョンの方がいっそ安全なんじゃないか?
そう思わずにはいられない。
別に、このオッサンがそいつらと同類だと言っている訳ではない。
まあ正直言えば、俺の偏見だ。
そんな偏見の滲んだ態度を隠そうともせず、俺は冷ややかにオッサンを睨んだ。
「なんだよ、茶化す気で来たんならどっか行けよ。自分のパーティあんだろ」
「生憎ながらね、僕はソロなんだ」
「じゃあ尚更慣れ合う必要ねーだろうが。俺に関わんな」
先ほどから含みを持った笑みを向けてくるところに、底知れぬものを感じる。どこかいたたまれなくなり、俺は目の前のオッサンに対して「しっしっ」と邪険に扱い、追い払おうとした。
だが、このオッサンは一向にどこかへ行こうとしない。
オッサンはにこりと微笑みながら、合同会議にお熱な連中に視線を向けた。
「どこも情報が欲しいんだろうね。違うギルド間でパーティを組んで欲しい、って話していたよ」
「……他人を組めって?」
「他のギルドから知識を吸収するのは、至極当然だと思うけれどね?」
「……じゃあ俺は降りるわ。足手まといと組む気はねえ」
内心、このオッサンには感謝した。会議が終わって、ダンジョン攻略直前にそんな話を伝えられてからでは、逃げるものも逃げられなくなっていただろう。
特にここ最近、柊とかいう女がやたらと俺を気にかけているのが癪に障る。
今回の合同攻略だって、半ば柊に無理矢理連れてこられた形だった。
そもそも他人と関わるつもりなどない。俺はさっさとダンジョンから出て行こうとした。
だが。
「……何のつもりだ」
「まあ、頼まれたんでね。どうせ君は出て行こうとするだろうって」
オッサンはニコニコとした表情のまま、静かに俺の前に立ちはだかる。その右手は、腰に携えた刀の柄を触れていた。
「……っ」
別に俺を斬ろうとしている訳ではないはずだ。
だが、オッサンから滲み出る、殺意にも似た鋭い気迫が、俺の精神を蝕む。
「君のギルドにいる柊さん……かい?彼女からのお願いなんだ。大人しくここは、彼女の顔を立ててやってくれないかな」
「……あいつの差し金かよ」
「どうにも君は他人を信頼していないようだからね。僕と手を組んでくれると、全て丸く収まるんだけどね」
「くそ……。ちっ、わーったよ」
刃を交えたわけでもないのに、本能的に「こいつには勝てない」と分かってしまった。
……仕方がない。
どうせ、今回きりの共闘だ。
この攻略さえ乗り切れば、俺は再びソロの冒険者へと戻ることができる。
もう、二度と会うことはないだろう。
「聞き分けが良くて助かるよ。僕は金山 米治。君は……」
「冒険者Aだ。覚えてもらう気なんてねえよ」
「うん。そう言うと思って、先に柊さんから聞いておいた。よろしくね、田中 琴男君」
「——っ、どこまでも抜け目のねぇ……!!」
正直、俺はこいつのことを好きになれそうはない。
どこまでも心の内を見透かしてくるような冒険者、それが金山 米治という冒険者だった。
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長く伸びた、先端のみ黒く染められた金色の尻尾が、その動きと共に左右に揺れています。
黒と金のグラデーションで作り上げられたセミロングの髪が、その動きと共にふわりとなびきます。
身長で言えば、130㎝くらい。私が147㎝なので、少し見下ろす形となっています。
くりくりとした大きな眼は、私の相貌をしっかりと捉えていました。
彼女——金山 米治は、至って冷静な表情を作って語り掛けてきます。
「信じてくれるかのぅ。儂はな、紛れもなく金山 米治じゃよ」
「うん、うん。私は分かっていますよ」
「本当じゃよ。のぅ、琴ちゃんや。儂のことを信じてくれるかのぅ」
「……ぷっ」
「何で笑うんじゃ……?」
見た目が狐耳幼女となってしまったのですが、色男と化した恵那斗と違って見事に口調がマッチしていますね。
私が笑う度、金山さんは心配そうに表情を曇らせます。その感情の動きに伴って、へにゃりと尻尾がしおれます。感情の動きにマッチしているのがどうにも愛らしいです。
現状としては、本人の状況説明が優先だろうということで、金山さんを連れて私達はプレハブ小屋へと戻りました。
私達の視線は、狐耳幼女と化した金山さんへと注がれます。
視線を一同に受けた彼女は居たたまれなさそうに、そわそわと周囲を見渡していました。
私達は各々、神妙な表情を浮かべてじっと狐耳幼女を見つめます。
ですが、それに該当しないのが1人だけ。
「可愛い……永遠にもふもふできる……」
「由愛ちゃんや。儂を撫でまわすのは止めんか。儂をなんじゃと思っとるんじゃ」
「ん~~……最高……これが64歳男性……?ないな……」
「ぬぅ……皆して失礼じゃぞ……」
ゆあちーは金山さんの背後から抱き着くようにして、執拗に尻尾やら頭やらを撫でまわしていました。
金山さんを名乗る狐耳幼女はあからさまに嫌そうな表情をしています。ですが、抵抗する気力もないのかされるがままになっていますね。まるでマスコットです。
“女性化の呪い”とか、“男性化の呪い”とか、そんな次元はとっくに超えていますね。ハッキリ言ってカオスです。
ひとまず、私は気になった質問を金山さんに投げかけることにしました。
「金山さん」
「なんじゃの?」
「息が苦しいとか、ないですか?」
私の質問の意図が理解できていないのでしょうね。「はて?」みたいな感じで首を傾げたかと思うと、ふるふると首を横に振りました。
可愛い。
「ぬぅ。喘息なら持っておらんが」
「違いますよ?」
「ぬ?誤嚥性肺炎とか、そんな心配かのぅ?」
「違いますって」
明らかに天然なのが面白いですね。
そういう話をしているのではありませんが!!
私が確認したいのは、“魔素のない環境で問題なく動けるか”ということです。
「あのですねっ。私はまず、魔物になった訳じゃないか、って聞きたかったんですよっ」
「ぬぅ!?失礼じゃな、琴ちゃんや!ダンジョン攻略を終えた儂を魔物扱いか!魔物みたいに強いってことかのぅ!」
「ものすごく自信満々ですね!?」
私の質問の意図を聞いた金山さんは、心底不本意なのでしょうね。ゆあちーに抱き着かれたまま、むすっとした表情でこっちを睨んできました。
感情に呼応するように、しっぽがブンブンと大きく左右に揺れます。
尻尾に頬を叩かれたゆあちーが「くすぐったい」とびっくりしていました。
しばらく全身……というか、ほとんど尻尾で感情表現した後、金山さんは唐突に元気を失いました。再び尻尾がしおれます。
感情の推移が分かりやすいですね。
「のぅ、信じてくれるかのぅ。儂は金山 米治本人なんじゃよ……」
どうにも感情の起伏が激しいおじいちゃんです。
ダンジョン攻略前は割と理性的だったはずなんですけど。
さて、どうしたものかと悩んでいる最中です。
恵那斗が会話に割り込んできました。
「ええと、金山さん……でいいのかしら」
「さっきから言っておろう、儂は金山 米治じゃと!」
「ぷっ」
「笑うでない!!」
金山さんはむすっと頬を膨らませて、恵那斗に突っかかろうとしました。
ですがゆあちーはぐいっと金山さんを抱き寄せます。
「はーい、おじいちゃん暴れないの」
「儂はボケておらんっ!由愛ちゃんや、手を離しなさいっ」
「おじいちゃんはこっちー」
「ぬぅ……」
最終的に金山さんは、ゆあちーに椅子に座らされてしまいました。
ですが尻尾が嵩張ってしまい、少しだけ座高が高くなっています。何だか本人も落ち着かないみたいでそわそわしていました。
尻尾がクッション代わりになっています。フワフワしてそうなので、私も座ってみたいです。
狐耳幼女と化した金山さん……ゆあちーと髪色が似通っているので、凄く組み合わせがしっくりきますね。
姉妹みたいです。片方は狐耳幼女ですが。
「金山さん、落ち着いて聞いてくれるかしら。“女性化の呪い”に掛かるとね、本人証明が記憶以外で出来なくなるのよ」
「むぅ、世知辛いんじゃの……」
「そうね。だから、先にあなたが“金山 米治”本人だって確認する為に、いくつか質問していくわね」
「……仕方ないのぅ」
金山さんは不服そうでしたが、渋々恵那斗の提案を受け入れました。
恵那斗のケースと同様に、本人確認の質問開始です。
質問担当は恵那斗が担ってくれました。
「名前をフルネームでお願いしてもいいかしら」
「金山 米治じゃよ。どうせ年齢も聞くのじゃろ?64歳じゃよ」
「ありがとう。パーティを組んでいたのは誰かしら」
「そこにいる由愛ちゃんじゃよ。とっても優しい、いい子じゃ」
金山さんはゆあちーを高く評価していますね。「おじいちゃん……!」と目をキラキラさせて、感動していました。
それから、ゆあちーも質問に交じっていきます。まあ同じパーティですもんね。
……ですが、ゆあちーの目は笑っていませんでした。
ちょっとだけ、圧を感じる笑顔です。
「ねー、おじいちゃん。おじいちゃんが得意な魔法なーに?」
「“治癒魔法”じゃよ」
「この間、1人でダンジョン行ったよね?あれ何で?」
「うぐっ」
「ねえ、答えて?」
「腰を痛めたから……その、“治癒魔法”で少し……」
「うんうん」
「……あー……その、のぅ」
「……」
「……すまん」
「うん」
ゆあちーが怖いんですけど!
また金山さんがしょぼくれちゃいました。感情が分かりやすくて可愛いです。
もうほとんど本人確認は出来たも当然なんですけど、ついでですし私からも本人確認やりたいです!
私だって話に混ざりたいんですよ。置いてけぼりは楽しくないです。
「金山さん」
「……のぅ、なんじゃまた追い打ちか……?」
「違いますよっ?」
「ぬぅ」
ゆあちーに怒られちゃって、露骨にテンションがダダ下がりしてますねこの狐耳幼女。尻尾がしおれてしまいました。
私からすれば……この女の子が金山さんだと証明するには、これが一番手っ取り早いと思います。
という訳で、かなり久々ですが。
「……こほんっ」
昔の口調で、話しかけてみましょう。
最近は女性口調が馴染んじゃってましたからね。逆に違和感ありますが。
「“俺は、足手まといと組む気はねえよ”」
「……ふぅむ」
かつての、他人を拒絶していた時の雰囲気を思い出し、ぶっきらぼうな言葉をぶつけてみます。
「ん、えっ?ことちー?」
ゆあちーがぎょっとした表情でこっちを見てきます。
彼女は私の昔を知らないですもんね。
「琴きゅんよォ……お前……」
三上パパは眉を顰め、じっと私を見てきました。男性時代、何度も衝突していた彼としては複雑な胸中でしょうか。
「……田中大先生」
かつての後輩である麻衣ちゃんも、どこか切なそうに胸元でこぶしを握りました。
「琴……」
恵那斗は真剣な顔を作り、私を見つめてきました。
彼だけでしたね、私が孤独になるのを望まなかった冒険者は。
皆が複雑そうな表情を浮かべるものですから、罪悪感が過ぎりました。
やっぱり過去の私に対して、みんな思うところがあるんでしょうか。
しなきゃよかったな……。
そして、そんな空気を一度に飲み込んでいくのは……狐耳幼女から発せられる、すさまじいほどの殺気でした。
「……のぅ。琴ちゃんや」
「……っ」
「お前さんは、まだそのようなことを言うのかのぅ?」
まるで、場の空気を飲み込まんとする程のすさまじい気迫が、小さな体から発せられます。
その殺気は、説明こそできなくとも……身体が覚えていました。
この場にいる全員が、金山さんから目を離せません。
「……ふむ」
恐怖が場を支配していることに気付いた金山さんは、ふっと笑みを零し殺気を押さえました。
「……すまんのぅ。琴ちゃん、お前さんもなかなか性格が悪いの?」
「すみません、少し試しました」
「柊さん……今は恵那斗君じゃが。お主のことを散々気にかけておったからのぅ。ずいぶんと愛されておるもんじゃわい」
「……」
「もう、お主は1人じゃないんじゃ。恵那斗君を心配させるではないぞ」
「……うん」
少し試すつもりが、逆に諭されてしまいました。
もう、私には疑う余地はありません。
彼女は、紛れもなく……ベテランの冒険者、金山 米治です。
狐耳ということで、捉えようによってはベテランに見られる冒険者です。
……あ。
ちなみにですが。
「……のぅ、儂も田中夫妻と同様に、戸籍を作れるよのぅ?」
「……」
「誰か答えてくれんかのぅ!?」
まず、彼女を市役所に連れていくことが出来るかどうか、という問題がありますね。
明らかに悪目立ちしてしまいます。
さてどうしましょう。




