第113話 内勤
今回は金山 米治さんが、ソロでダンジョン攻略を行うということが決定しました。
しかし、田中夫妻という前例と違うのは「大がかりな準備が必要となった」ということですね。
まず、金山さんとゆあちーは、これまでお世話になっていたギルドを離れ、私達と同じギルドに移籍しました。
引き抜きみたいになってすみません。
どちらにせよゆあちーは、夏休みが終わるということで学業に専念しなければいけないのですが……土日祝や、長期休暇のタイミングで冒険者として業務は手伝ってくれるようです。
まあ、給料も結構貰えますからね。税金でそこそこ持っていかれるとは言え。
高レベルの冒険者という観点でも、パーティに入ってくれるというのは非常に助かりますね。
あ、ゆあちーの装備であるボールペンはロッカー室に片付けているようです。大槌に変化するやつです。
「私がいない時は使っていいよ」と言ってくれましたが、正直無くすのが怖いので私は使いません。普通のボールペンと混ざって分からなくなっても困りますし。
逆に普通のボールペンと間違えてうっかり大槌化させようものなら、インシデントまっしぐらです。扱うの怖すぎる。
そんなゆあちーはしつこく引き留められたそうですが、「私の好きにさせてください」とはっきり言い切ったそうです。ちょっとカッコいい。
まあ稼ぎ頭となりうる可能性がある女の子ですもんね。手放したくない気持ちは分かります。
ちなみに金山さんは引き止められなかったそうです。まあ、プロジェクトの話はしていませんし……データがまとまった時点で共有するので許してください。揉めそう〜。
あ、ギルド間で揉めたとしても私は取り上げませんよ。私の仕事じゃありません。大人の話は嫌いです。
47歳男性?今の私は16歳の女の子なので。都合の良い時だけ女の子になります。悪いか。
……といういざこざがあった後ですが、今。
金山さんはソロで大規模の塔型ダンジョン攻略を行っている最中です。パーティメンバーのゆあちーの要望もあり、休日での攻略となっています。
最近は特殊個体が発生しているということもあり、定時連絡を行うことを金山さんに要請しています。万が一連絡が届かなくなれば、そのタイミングで捜索作業に取り掛かるという算段ですね。
ぶっちゃけ「戦闘補助のドローン使えばいいのに」と思いましたが。
まあ、ドローンが仲間基準に含まれるか微妙なところですし、あんまりケチはつけません。琴ちゃんは賢いのです。
ダンジョンの近くにある控室には、麻衣ちゃん含めた全日本冒険者協会の職員が揃っています。
大規模なプロジェクトとも言えるので、準備を念入りに行っていますね。
私は金山さんに関して、正直心配はしていません。
彼ほどの実力であれば、ソロでのダンジョン踏破は容易でしょう。
私と恵那斗のケースでは、ワープゲートは一切使わずに全階層を踏破した結果、“女性化(男性化)の呪い”に掛かりました。
その前例を参照し、金山さんも同様にワープゲートの使用を禁止。全階層の踏破を行っていただくという手筈です。
だいたい50階層くらいありますが……まあ土日で攻略は出来るでしょうね。
予期せぬ事態があれば緊急呼び出しが出来るようにもしています。
攻略中の定時連絡の際には、ステータスの変動についても報告を依頼しているようです。
金山さんの安全を確保しつつ、ステータスが段階的に変化していくのか、それとも“呪い”に掛かった時点で急速に変化するのか、確かめる目的もあるのでしょう。
三上パパも、今回のプロジェクトには参加しているようです。今頃控室でゆあちーと共に、金山さんの状況報告を受け取っているでしょう。
……え?私ですか?
田中夫妻も、プロジェクトにお邪魔したかったんですけどね。正直できることが皆無なのと、シフトの都合でどちらにせよ無理でした。
なんで、土曜日なのに仕事しているんでしょう。
という訳で私たちがいるのはギルドの冒険者部署です。と言っても見た目上はただのオフィスです。
「働きたくない働きたくない……」
「ほら、琴。記録するわよ」
「うぇーーーー……なんでなんで……」
私はキャスター付き椅子の背もたれに体重を預けながら駄々をこねます。そんな私に対し、恵那斗に呆れかえったようなため息をつかれました。
今現在、ギルドの冒険者部署には私と恵那斗の2人しかいません。
他の冒険者達は、外勤でダンジョン攻略を行っているか、はたまた休みでしょうね。
ちなみに本日は内勤ですが、ダンジョン攻略の記録——通称:冒険の書——を記載し終えた後は、自由に帰宅して良いということになっています。
ですがやる気になりません。
私はスーツが皺になるのも気にせず、デスクへと頭だけを乗せました。
「うう。私も金山さんとこに行きたいよぅ……」
「それなら早く、手を動かしなさい」
「脳内で思い浮かんだ文面がそのままパソコンに転写される魔法が欲しい……ねえー、恵那斗ーーーー……“感情”を眠らせて私をお仕事ロボットにして……」
「諦めなさい。魔石だって高いんだから」
「んぇぇ……」
魔法だって万能じゃないんですよね。
レベルが上がったら自動的に魔法も覚えられるよ!みたいな感じだったら良かったのですが……魔法は自分達で勉強して覚えていかなければ、扱うことが出来ません。
やっぱりゲームとは違います。
「ダンジョン行きたい……全MP使って“琴ちゃんキャノン”ぶっ放したい……恵那斗、ダンジョン行こ」
「ダンジョンが壊れるかもしれないからやめなさい」
「ううー……でもポーション嫌いだからあんまり魔法使いたくない……」
「めんどくさい子ね……」
「恵那斗は良いじゃんー!!“味覚を眠らせる”でポーションの味を誤魔化せるんだから!!」
「悔しかったら琴も“睡眠魔法”を覚えたら良いじゃない」
「ううう……もう“アイテムボックス”だけで良い……」
恵那斗と駄弁りながら、鉛のように重い身体をもたげました。それから業務用パソコンを開き、自身のIDとパスワードを入力。記録用サーバーにログインします。
それから“冒険の書をつくる”の項目をクリックし、日時、場所、攻略人数を入力。
この間は私、恵那斗、三上パパの3人で攻略したので、メンバーリストの中から該当する氏名を選択し、チェックを入れていきます。
次に記録用テンプレートを選択し、おおよその接敵時刻、戦闘に用いた魔法、どのようにして魔物を倒したか、ダメージを受けたかどうか、などの記録を残していきます。
冒険の書に関する記録は、最初こそ「何を書けばいいのか分からない」という感じでしたが……さすがに30年以上冒険者をやっていると慣れるものです。
ただ、記録をする上で問題となるのは……。
「“琴ちゃん魔法”説明しづらい……」
「それに関してはどうしようもないわよ」
「“琴ちゃんサテライト”って書きたい……」
そうなんですよね。
“琴ちゃん魔法”という呼称は私独自の呼び名なので、以前も話した通り記録として残すには不適切なんです。
なので渋々、自分なりの言い回しで“琴ちゃんサテライト”の表現を書き換えます。
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【日時】
20××年9月×日(土)
時刻 9:45頃
【パーティメンバー】
田中 琴・田中 恵那斗・三上 健吾
【遭遇した魔物】
・ゴブリン×4
・ダークゴブリン×1
特殊個体:なし
【使用した武器・魔法】
田中 琴
・魔法杖/長剣(備考あり)
・炎弾/アイテムボックス
田中 恵那斗
・長剣(備考あり)
・睡眠魔法
三上 健吾
・手甲鉤(備考あり)
・エンチャント(雷)
【戦闘状況】
田中(琴)がアイテムボックスにて炎弾を転送。ゴブリンの死角から奇襲を仕掛け、対象へと着弾させる。2体のゴブリンを撃破。
田中(恵)がゴブリンの体勢を立て直す前に、リーダー格と推測されるダークゴブリンの喉頭へと長剣を突き立てて撃破。
残ったゴブリンに対しては三上が手甲鉤を用いて撃破する。
【受傷状況】
激昂したゴブリンが投擲した短剣が、田中(琴)の左上腕に被弾。3㎝ほどの切創を形成。
田中(恵)の治癒魔法により、創傷部は治癒。感染兆候無し。
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と、まあこんな形で、逐一邂逅した魔物との戦闘状況に関しては、適切に残さなければいけません。
一部のめんどくさがりな人は結構ダメージを受けたという内容を隠したがるんですけどね。“受傷状況”の欄を「受傷なし」という形にして提出したい気持ちはすごく分かります。
私も一時期そうしていたのですが……、この間麻衣ちゃんと食事に行った時、凄く怒られました。
——ちゃんと、記録して?
って。
本当にごめんなさい。
もう怒られるのは嫌なので、渋々記録に残していきます。
私の場合、特に高火力低耐久なので……しっかりと受けたダメージは記録に残さないと、三上パパにも恵那斗にも怒られるんですよね。
ちなみにそんな恵那斗は書類整理を手伝ってくれています。
冒険者と言っても、ダンジョン攻略以外にもやることが多いんですよね。
特に魔法を使った新たな技術であったり、新商品を製造する際のテストには冒険者の同席が義務付けられているので……必然的に、冒険者がギルドから派遣されます。
冒険者監視の元でなければ行えないテストも多いんですよ。
ただダンジョン攻略のみで終わらないのが、冒険者の辛いところです。
私も男性時代にはよくこういった商品の開発試験に派遣されていましたが、現在はほとんど呼び出されることは無くなりました。
その代わりに魔法技術だったり、魔物からのドロップ品を用いた美容品の開発に駆り出される機会が増えました。おかげでお肌がぷるぷるになりました。あの……。
恵那斗が行っているのは、そのような外部企業に向けた資料の作成ですね。
彼も彼で忙しそうです。
そうして内勤業務を進め、ひと段落着いた頃です。
マナーモードに設定していたスマホに通知が届いていることに気が付きました。
「ん?ゆあちーからだ」
「本当?私にも見せてもらえるかしら」
「うん。いいよ」
私は恵那斗を招き寄せ、スマホの通知を開きます。
そこには、メッセージアプリを介したゆあちーからの連絡が届いていました。
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【yua♥】
[ことちー、恵那斗さん
お疲れ様] 11:47
[おじいちゃん、ダンジョン攻略も折り返しに来たところだって]11:49
[ペース早い!!笑笑]11:49
[ゆあちーお疲れ様]11:50
[金山さんは大丈夫そう?]11:51
[うん。今は通話繋ぎっぱなしにしてくれてる
今日中に最上階いけるかもって]11:53
[内勤終わったら来れそう?]11:54
[わかった
もうすぐ記録終わるし行くね]11:55
[待ってる!!笑]11:56
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端的に、ゆあちーとそんなやり取りをしました。
それから私と恵那斗は視線を交わします。
「こっちは記録終わりそう。恵那斗は?」
「私もひと段落着いたわ。じゃあ、タイムカード押してから行くわよ」
「うんっ」
頷き合った私達は、タイムカードを押して退社しました。
それから、片道1時間ほど離れた場所にあるダンジョンへと電車で向かうことにしました。だいたい電車賃で言えば、片道で1500円ほどです。
別に金山おじいちゃんが危篤という訳でも、今生の別れという訳でもないのですが……心が落ち着かないです。
「……金山さん。もう少し顔、見ておけば良かったなあ」
「まるで亡くなったみたいに言わないの」
「や、だってー……どっちにせよ、“女性化の呪い”とかに掛かったら、別人になるんだよ?もう、元の顔見れなくなるんだよ?」
「まあ……それもそうね」
あまり深く意識していませんでしたが、“呪い”に掛かるとはそういうことです。
私も恵那斗も、元の姿に戻ることは出来ません。写真以外で、元の顔を見ることは叶わないんですね。
そんな当たり前の事実に、ちょっとだけ寂しい気持ちになりました。
……まあ。
そんな悲しい気持ちも吹っ飛ぶくらい、とんでもないことが起きるなんて、予想もしていなかったんですけどね。
戸籍を作れただけ、私達はまだ幸せでした。




