第112話 いなくなる
これは、ほとんど経験則によるものですが。
活発な界隈というのは、日々何かしらで諍いあっていることの方が多いです。
例えば私が持つ専用武器に付随する属性石ですが。
これが、黎明期のように活発な状態であったなら、何とかして奪い取ろうとしたり、お金で買収したりしようとする輩が多かったでしょう。
そのような略奪を図る人物がいないことが、冒険者界隈の衰退を指し示しています。
世界各地にダンジョンが形成される大災害——“異災”が起こるまで、私は普通の高校生でした。
学生の頃は、人並みにオンラインゲームにはまっていました。インターネットで攻略情報を収集したり、SNSでユーザー間の交流を行う、どこにでもいる一人の高校生でした。
ところでSNSというのは、何かしらの話題で炎上しているのをよく見かけます。
ですが、ほとんど炎上しない界隈というのも存在するんですよ。
私の主観ですが……最盛期を終えてしまった、今となっては衰退した界隈。そう言ったところは、大抵穏やかな空気が流れていますね。
かつての最盛期を懐かしみながら、穏やかに流れる日々を過ごすだけ。
争いごとが無く、平和と言えるでしょうね。
変化が無いからこそ、平和なんです。
……活発であることと、そうでないこと。
どちらが理想の世界なのか、私には上手く答えられそうもありません。
冒険者という世界も、そのような末路を辿ったひとつですね。
かつての隆盛を懐かしみながら、現状を生きることしかできないのです。
だから、今。
ダンジョンという不可解な存在に立ち向かうことの出来る存在は、もはや私達しかいません。
特殊個体の発生に続き、喋る魔物の出現。
そして、私達の身に起きた“女性化の呪い”、”男性化の呪い”。
これらの異変は、ほとんど地続きに起きています。
きっと、まだ。
異変は続くでしょうね。
----
麻衣ちゃんはローブを軽くはたいた後、ダンジョンを後にする私達を見送ります。
どうやら彼女はまだ仕事が残っているのでしょうね。もうしばらくダンジョン内で業務を行うようです。
「とりあえず、一旦情報を持ち帰らせてもらうねぇ。琴ちゃんから受け取った“特殊個体ゴーレムの死骸”も調査したいし」
「……お願いするね」
「うん。また何か分かったら連絡するからねぇ……それと」
麻衣ちゃんはそこで言葉を送った後、柔らかい笑みを向けてきました。
「まだ、仮説にすぎないってこと、忘れちゃダメだよ?アテが外れてる可能性だってあるんだから」
「……うん」
私を気遣っての言葉だったでしょう。
確かに麻衣ちゃんの言う通りです。あくまで現時点では、何の根拠もない憶測にすぎません。
このまま、根拠が出てこなければ、仮説として話を終えることが出来るんです。
しかし話はこれで終わりではありません。
私は、金山さんに視線を送ります。
「……金山さん。先ほど、“女性化の呪い”を受け入れてくれると、そう言ってくれましたね」
「うむ。今後の展望を考えると、それが望ましいんじゃろ?」
「は、はいっ」
金山さんは、私達が口にしている“女性化の呪い”を受け入れるという旨の話をしてくれました。
ですが、それは今までとは大きく意味が異なります。
私の場合は、何の心構えもないまま今の姿になりました。
恵那斗だって、推測で確信のないままこの姿になりました。
田中夫妻という前例がある以上、ほとんどこの事象は確定と言っても良いでしょう。
なので、「はい、お好きにどうぞ」という訳にはいかないんですよね。
ここでも面倒が残っています。
そんな問題に関しては、三上パパが私達の前に立ち、意見を代弁してくれました。
ちょっとややこしい大人の話なので。
「金山さん、これは俺らで解決できるような話じゃないんですよ。俺と金山さんとはギルドが違う。んで、花宮っつう全日本冒険者協会も絡んでいる話だ」
「……なるほど。想像以上に面倒な話……ということかの?」
「まあ、そういうことです。恵那斗君のケースだって、ぶっちゃけ褒められたもんじゃないですよ。実質琴きゅん含めて、ギルド内の冒険者を2人も失ったようなもんですから」
「……ふむ。レベルがリセットされたから……か」
「……言い方は悪いがなァ。アンタにゃ、田中夫妻と同じようになるっつーならよ。高レベルの冒険者を失う、って責任も背負ってもらわにゃなんねーんだ」
もはや、最後の方は吐き捨てるような言葉でした。パパは責任ある大人として、この話をしたのでしょうね。
パパの話に上がった恵那斗は、ばつが悪そうに明後日の方向を向いていました。
ほとんど推測に過ぎなかったとはいえ……勝手にソロでダンジョン攻略して、“男性化の呪い”に掛かりに行ったようなものですもんね。ギルドとしては精鋭を失うようなものなので、痛手も良いところです。
そして、私だって同様です。
ギルド内のエース級として活躍していた私も、“女性化の呪い”によって大幅にレベルダウン。単独で業務を行うことが禁止されてしまいました。
大人の事情が絡むとどうにも面倒ですね。
私としてはダンジョン攻略した、魔石が手に入った、ゴブリンも手に入った!で全部解決してしまいたいんですが。
一番苦手な話です。
田中夫妻という2例がある以上、ベテラン冒険者のソロダンジョン攻略は……大きな意味を持ってしまいました。
金山さんは顎髭を触りながら「ふぅむ」と思案するように黙りこくりました。
それから、ちらりと三上パパではなく、私に視線を送ります。
「琴ちゃんや。昔、儂が“死にたがり”だったのを覚えているかいのぅ?」
「ん?なんですかいきなり?……まあ……覚えてますけど」
「うむ、それなら話は早いのぅ」
「でも、今は死に場所を探していないって……」
私がそう言葉を返すと、金山さんは静かに首を横に振りました。
なんですか、意見を二転三転させて。駄目ですよそう言うの。
そう思いましたが、金山さんの答えは違ったようです。
「正確に言えば、“死に場所が見つからなかった”というのかの。ダンジョンで戦って散らすはずだった命が、この年になるまで生き残ってしもうた」
「……なるほど」
言いたいことが理解できてきました。
彼は、理想を叶えることが出来なかったのでしょうね。
金山さんは、ダンジョン内で命を散らす為に戦ってきた冒険者でした。
ですが、そのような理想を叶えるには、彼は“あまりにも強すぎた”んです。
常に最善となるリソースを注ぎ続け、技術を磨き続け、その上で強敵に挑み続けた。
彼が得意とする“治癒魔法”も、その一環で鍛錬を積んだものでしょう。攻撃として転換できるまで磨いた技術をもってすれば、彼の前に脅威となりえるものは存在しません。
今となっては“治癒魔法”をシップ代わりに使っているようですが。
何で皆、熟練度を高めた魔法を変な方向に使うんですかね。
“アイテムボックス”?や、まあ、あれも便利ですよ。ゴミ箱として。
……こほん。本題に戻ります。
そのような話を語る上で、金山さんは自嘲じみた笑みを零しました。
「儂はずっと“死”について考えておった。人生とは作品。死とは、人生を仕上げる作業に過ぎん……とな」
「金山さん……」
「じゃが、変化のない人生も、また“死”と言えるのではないか。儂は、金山 米治は……とっくのとっくに、死んでおったのかもしれん」
「……」
「現にお主ら……田中夫妻は、今の方が活き活きとしておる。変化を楽しんでおる。対して儂は、ギルドの中でも浮いてしもうたからのぅ……」
どうやら、金山さんも金山さんで色々と抱えている問題があるようです。
私の“女性化の呪い”という事故から、安全管理に関しては周知徹底されるようになりました。その余波は私のギルドだけに留まらず、他のギルドにも伝播しているでしょう。
そして金山さんは64歳という前期高齢者に差し掛かろうという年齢です。
金山さんに万が一のことがあれば、ギルドとしてもトラブルは避けられません。
実力があるからこそ、なおのこと腫れ物扱いとなっているのでしょうね。
……あくまで、これは私の推測に過ぎません。
ですが、完全に間違っている訳でもないでしょう。
私がそのような憶測を脳裏で描いている最中、金山さんはハッキリと明言しました。
「儂が“女性化の呪い”に掛かりに行く前に……今いるギルドは抜けようと思うがの」
「なっ……それは、どうして……ですか?」
「ただのわがままじゃよ。お主らと共に行動する方が、色々と都合がいいじゃろ。それに元々、今のギルドに儂の居場所は無かったんじゃ。由愛ちゃんのパーティメンバーとして拾われるまで、ずっと浮いていたからの」
「……そんな……」
「もう冒険者としての儂は、既に死んでいる身じゃ。大人しく定年を待つだけなら、どっちでも同じじゃろ」
あまりにも自虐じみた言葉を続ける金山さんに、私はどのような言葉を掛けるべきか分かりません。
半ば自暴自棄とも言える発言です。
定年に差し掛かろうというおじいちゃんに対し、私は一体どのような声をかけるべきなのでしょう。
そんな中で、言葉を掛けたのはゆあちーでした。
「……そんなこと、ないよ」
「由愛ちゃん」
「おじいちゃんがギルドを抜けるなら、私もおじいちゃんに付いてく。神童だもん、ギルドとしても需要はあるよね」
「由愛ちゃん。お前さんまで付いてくる必要はないわい。由愛ちゃんは、儂と違ってギルドから大事にされとる」
「私だっておじいちゃんを大事に思ってるよっ!!」
ゆあちーはそう叫んだかと思うと、いきなりおじいちゃんの衣服を強く掴みました。
涙に潤んだ瞳で、歯を食いしばって、声を荒げます。
「さっきから黙って聞いてたら!!死ぬだのなんだのっ!!ねえ、私って何!!私にとってのパーティメンバーはおじいちゃんだけなの!!なんでっ……私を見てくれないのっ!!なんでそうやって、みんな、みんなっ!!自分の殻に閉じこもるのっ!!!!」
「……」
「もう二度と死ぬだのなんだの、言わないでよっ!!いなくならないでよっ!!私は、私は……!!おじいちゃんが、皆が大好きなの!!!!」
「っ……」
「皆……もっと、周りを見てよ……私を、見てよ……」
そう叫んだ後、ゆあちーはいきなり脱力し、金山さんの衣服から手を離しました。力なく項垂れた顔から、涙が伝っています。
静寂が、その場を支配しました。
……私も、つくづく自分のことしか見えていませんでしたね。
大事な友達のゆあちー。彼女がずっとパーティを組んできたのは、金山さんだったんです。
そんな彼がこのような自虐的な言葉を聞いているのを知って、放っておくような薄情な人物じゃないのは……私が一番分かっています。
ずっと、魔法使い研修で隣にいてくれた……私が、一番。
胸の奥に溜まったモヤを押し出すように、大きく息を吐きました。
それから改めて、金山さんに向き直ります。
「……ごめんなさい。金山さん」
「琴ちゃんは悪くないわい。儂も、他人が見えていなかったものよのぅ……」
「ううん、これは私の問題でもあるから。確かに、金山さんが私達と同じような境遇を選んでくれるのなら……助かるのは事実です」
「……ふむ」
私は、もう一度ゆあちーに視線を送りました。
ゆあちーは涙を何度も拭いながら、じっと私を見守っています。
「ですが……無理強いは出来ないですね。私だって、ゆあちーが大事だもん。友達が傷つくような結末になるのは……嫌だ」
「成長、したの。お主も」
「……きっと、皆が助けてくれるからですよ。変わらずには、いられなかっただけです」
「なるほどのぅ……」
金山さんはそこで言葉を切った後、ゆあちーへと向き直りました。
もう、先ほどまでの自嘲の笑みはありません。
どこか垢抜けたような、穏やかな笑みでした。
「由愛ちゃんや。儂だって、お前さんを大事なパーティメンバーだと思っておるよ。孫のように思っておる」
「……おじいちゃん」
「じゃが、今のままでは儂は皆とは対等になれん。由愛ちゃんには、やはり心苦しい選択かも知れんが……」
「ううん。おじいちゃんの中に私がいるのなら、もう何も言わないよ。私は……ヤケクソ気味に選択肢を選んでるおじいちゃんが、嫌だっただけ」
「……こんな、若いおなごに諭されるとはの。儂もつくづく情けないの」
金山さんは「ふぅ」と息を吐いた後、三上パパ、麻衣ちゃんへと視線を向けました。
「三上さん、花宮さん。儂からも、よろしく頼みたい。どちらにせよ、データがいるのじゃろ?」
「……結局、琴きゅんの思惑通りになっちまったなァ……」
「はははっ。また、儂らもお主らのギルドにお邪魔させてもらおうかの」
……これは、しばらく忙しくなりそうですね。




