第111話 win-win-win
「……琴ちゃん。落ち着いた?」
「あ……うん」
気づけば、麻衣ちゃんが私の隣で心配そうな顔を浮かべていました。
……私としたことが、つい取り乱してしまいましたね。
冷静に考えれば、何の核心もない話です。
何の根拠も確信もない、机上の空論です。
もう一度、邪念を振り切るように首を横に振りました。長い銀髪が軽く揺れます。
それから軽く、髪を両手でぐしゃぐしゃに乱してみます。ですが細い髪質では重力に逆らえず、すとんと元の髪型に戻りました。
男性の頃は割と癖っ毛だったので、すぐに髪型が乱れたんですがね。
なんとなく、心がざわついて落ち着きません。
そんな中改めて、自分の手を見下ろしてみます。
細く、しなやかな女性の身体でした。
「……ダンジョンって、何なんだろう」
「琴ちゃん?」
麻衣ちゃんは不思議そうにじっと私の続く言葉を待ちます。
私だって、自分自身の思考に整理がついていません。
ですがもう一度、“女性化の呪い”の意味を考え直さないといけないかもしれません。
「うん。やっぱりおかしいよ、特殊個体の出現もそう。喋るゴーレムもそう。死んだ命がダンジョンに取り込まれることだってそう。おかしいことだらけなんだ」
「……」
「その“おかしい”を当たり前だって受け入れている、私が一番おかしい……」
頭の中がぐちゃぐちゃになりそうです。
当たり前じゃないことなのに、自然と受け入れてしまっていたんです。
……考えないと。
ぐるぐると巡る思考に飲まれそうになっていた時でした。
「琴ちゃん」
麻衣ちゃんは、優しく私に手を重ね合わせてきました。
その手は温かく、どこか安心感を与えるものでした。
彼女はそのまま、私に優しく抱き着いてきます。
「……っ」
「琴ちゃん。何に気付いたの?何を今度は、抱え込もうとしているの?」
「……」
吐き出してしまいたいという思いに駆られます。
ですが、どう言葉に伝えればいいのか分かりません。
脳裏に巡ってしまった、嫌な推測が脳裏にへばりついて離れないんです。
ダンジョンは。
魔物は。
……私は。
一体、何なんでしょう。
「……分からないんだ」
「うん」
「分からないことが、怖いんだ」
「そっか」
少しずつ、感情を言葉として零していきます。
麻衣ちゃんはその言葉の真意を聞こうともせず、優しく私の髪を撫でてくれました。
独りぼっちになろうとしていた私へと、麻衣ちゃんの心が寄り添います。
「琴ちゃんは、色んなことに気付いちゃうもんね。誰よりも……発想力に富んでる」
「……」
「だから、皆を置いて先に行っちゃう。すぐに独りぼっちになっちゃう」
「私……は……」
麻衣ちゃんの言葉は、優しく私の心に染み込んでいきます。
本当に、よく私のことを理解していますね。
それから、もう一度強くぎゅっと抱きしめてくれました。
「ねえ、琴ちゃん。研修の最後に言ったよね?琴ちゃんには、道しるべが必要……って」
「……うん」
「1人だと、すぐに迷走しちゃうから。好奇心で突っ走って、迷って、苦しんで。私はそんな琴ちゃん……ううん、田中大先生をずっと見てきた」
「……麻衣ちゃん」
「私は琴ちゃんの発想に、付いていくことは出来ない。けど、戻ってくる場所になることなら……出来る」
「……ん」
ああ、思い出してきました。
こうやって男性時代の私は、私を救ってくれようとする人たちの手を拒んできたんでした。
本当は助けてほしくて、辛くて、苦しくて。
でも、ちっぽけなプライドがそれを許さなくて。
麻衣ちゃんに抱きしめられている私の背後に、いつの間にか目が覚めた恵那斗が立っていました。
「……さっきから、様子を伺っていたけど。琴、どうしたのかしら?」
「恵那斗……」
振り返った先に居た恵那斗は、呆れたようにため息をつきます。
「感情を眠らせてただけで、五感は働いているのよ?話くらい、さっきから聞いていたわよ」
「……そう、だよね」
「琴、聞いて」
恵那斗はそう改まって、私へと顔を近づけてきます。
場の空気を読んだ麻衣ちゃんは、静かに抱擁を解きました。代わりに恵那斗が、私の眼前で屈みこみます。
「琴。あなたと私の関係は何?」
「……夫婦」
「そう、夫婦。“共に老いていこう”……そう約束したわね」
「でも……夫婦だとしても。私は、恵那斗に何もしなかったよ。何も……」
私は弱々しく、そう言葉を返します。
ですが恵那斗は苦笑いを浮かべた後、強く首を横に振りました。
「まあ、私の責任でもあるもの。琴……あなたを完全に理解していなかった、ね」
「……」
「荒唐無稽でもいいわ。机上の空論でもいい、話を聞かせてもらえるかしら。同じ境遇だもの……他人事じゃないわ」
「う、うん」
……そうですね。
頼る、というのはまだ分かっていませんが。
少しだけ、心の中に秘めたモヤを和らげる為に、恵那斗を使わせてもらうとしましょう。
……と、凄くしんみりとした雰囲気になりましたが。
話をする前に、周りを見渡して思い出しました。
「……死骸は、このままでいい?」
はい。
魔物の死骸を山積みにしたままでした。
等間隔に並べられたゴブリンはもとより、その他諸々の魔物の死骸についても、完全に置きっぱなしです。
ちょっとシリアスな雰囲気なんですから、このままの空気感維持したいんですけどね。
「駄目よ。そうやって掃除を後回しにして、すぐめんどくさがるじゃない」
「うぇー……」
「はい、手を動かす。私も手伝うから」
恵那斗はパンと両手を叩きながら、そう片づけを促してきました。
うう。
あ、青色の属性石は麻衣ちゃんにあげました。
私も恵那斗も、専用武器は持っていますので。
「……あー、うん。ありがとねぇ……」
と、麻衣ちゃんは微妙な表情を浮かべていましたが。
空気感が急転直下過ぎてついていけないですよね。
琴ちゃんは悪くありません!ちゃんと空気感の維持に努めました!!
掃除ですか?知りません。
ゴブリンの死骸まみれでもシリアスなお話は出来ますよ。
駄目ですか?
駄目ですか……。
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「っぷ……夏休み明け前なのに……ことちー……」
「話があるから、ってきたんじゃが……どうしたかのぅ?」
「おい、ゴブリンの耳転がってんぞ」
ゆあちー、金山さん、三上パパも話に混ぜた方が良いと思ったので、とりあえず呼び寄せてきました。
そう言えばもうすぐ9月ですね。
夏休み中ということで多めにシフトに入ってくれていたゆあちーですが、もうすぐ冒険者業はお休みになっちゃいます。学業優先。
なので、ゆあちーはこんな話に巻き込まなくても良いと思いますが……仲間外れにするのも何だか可哀想ですし。
ちょっとだけ、私の荒唐無稽なお話に付き合ってください。
「ゆあちー。合体レッドスライムと戦った時……麻衣ちゃんが“時間魔法”を掛けてくれたよね」
「えっ?う、うん。あんまり効き目がなくて困ってたね」
「そう。でね、解剖してみたら……いくつもの核が融合してるから、効果が分散される……って分かったの」
「この短時間でそこまで調べたの!?」
ゆあちーは私の報告に、目を丸くして前のめりになってきました。ちょっと、近い近い。
ですが本題はそこにありません。
一先ずゆあちーを元のポジションに立たせ直し、本題へと入ります。
「そして、私達が戦ったボスモンスター……“特殊個体ゴーレム”に繋がる話だけど、私は2つ気になったことがあった」
「2つ?あのビームかァ?」
「違いますよパパ」
「……」
とりあえず三上パパの意見は一刀両断します。拗ねちゃいました。子供ですか。
その中で金山さんは、ひょいと手を上げていました。おじいちゃんは三上パパと違って聡明なので、私は「どうぞ」と話を促してみます。
「戦闘能力もさることながらのぅ、喋っておったのは気になったわい」
「そう、そこなんです」
金山さんは分かっていますね。
視界の傍らでパパは「俺も気付いていたがなァ」とか負け惜しみしていました。みっともないですよパパ。娘に良い顔出来なかったからって不貞腐れないでください。
さすがに、“時間魔法”の件に関しては答えられなくても仕方ありません。
なので話を進めることを優先します。
「1つ目は“喋った”こと。もう1つは“時間魔法”の効きが浅かったこと」
「ことちー。それがどうしたの?合体レッドスライムの話と何が関係してるの」
「さっきの話を思い出して、ゆあちー。合体レッドスライムに“時間魔法”の効きが弱かったのは、“いくつもの核が融合してた”から」
私の話を聞いたゆあちーは、訝しげに目元を細めます。
何か不穏な予感を感じ取ったようですね。
「……ことちー。まさか、あのボスモンスターに……いくつもの核が融合してるかもって話?」
「うん。で、ここから語る話はあくまで……私の妄想ってことを念頭に置いて欲しい」
そう、しっかりと前置きしておきます。
発言に責任を負いたくないので、徹底的に釘は刺しておきますよ。琴ちゃんは賢いので。
「“ボスモンスターは、私達が理解できる言語を喋ってきた”……つまり、“日本語を理解してた”んだよ。あのゴーレムは。おかしいと思わない?」
「……おいおい。琴きゅんよォ、お前とんでもない話しようとしてねェか?」
三上パパは引きつったような笑みを浮かべています。
そして、隣に立つ麻衣ちゃんも険しい顔をして、顎に手を当てていました。
「……喋る、魔物……確かに、私達の言語を理解してるという解釈も……」
そうボソボソと呟いていました。
例えば私達冒険者は、ゴブリンの言語を理解できません。それと同様に、ゴブリンだって私達の言語は理解できないはずです。
共通言語は、ありえない。
ありえないはずなんです。
ですが、私はその“ありえない”はずの事態に対峙しています。
思い返せば、“女性化の呪い”に掛かったあの日だって。
——その身ひとつで、よくぞここまで訪れました。人の子よ。
——そなたに、契約を授けよう。新たなる生に、幸あらんことを。
謎の声は一方的に、そんな言葉をぶつけてきました。
私が理解できる言語で。
「あの“特殊個体ゴーレム”は、一体……“何の核と融合した存在”……なんだろう。私達の言語を理解する存在って……何?」
「……琴……」
「おかしいことばかりだよ。“女性化の呪い”も“男性化の呪い”もそう。私達田中夫妻は、こうして皆と会話が出来る」
「琴は、何が言いたいの?」
恵那斗は訝しげに、私の続く言葉を待っています。
本当は、同じ状況である恵那斗の前で言いたくありません。
ですが、一度湧き出した疑問は収まることを知りませんでした。
「恵那斗、考えてみてよ。記憶は、人格は……脳に定着するはずなんだ。それが……姿かたちの異なるこの身体で、同じように会話が出来る。おかしくない?」
「……っ」
恵那斗が息を吞むのが分かります。
私だって、こんな考えに至りたくありませんでした。
ですがもう、“ダンジョン”から。
“女性化の呪い”から、目を反らしたくなかったんです。
「私の本来の身体は?田中 琴男は一体……どこに消えたの?今、こうやって皆と話している私は、一体何?」
これは、あくまで。
私の荒唐無稽な妄想です。
ただ……妄想というには、あまりにも否定するのが難しい話題でした。
刹那の静寂が立ち込めます。
ですが、その静寂を打ち破ったのは……金山さんでした。
「のう、琴ちゃんや。難しいことを考えているんじゃのぅ」
「……金山さん?」
「少なくとも、儂らが会話している人物は、紛れもない田中 琴であり、田中 琴男じゃよ」
「……私だって、そう信じたいですよ」
「ふぅむ。強情なのも変わっておらんの。しかし、興味深い話じゃ……恵那斗君からも聞いたが、姿かたちを変えてしまう呪いとはのぅ」
金山さんは顎髭を触りながら、何やら考えごとをするように黙りこくってしまいました。
それから少しの間を置いて、ゆあちーへと視線を送ります。
「のぅ、由愛ちゃんや。もうすぐ学校じゃろ、冒険者はお休みするんじゃな?」
「え、いきなり何。そりゃ冒険者仕事も大事だけど、成績を落とすわけにはいかないし」
いきなり話を振られて、ゆあちーはぎょっとした顔を浮かべます。しかし学校優先なのは偉いですね。
私だったら「給料入るし!」とか言って学校とかすっぽかしてますよ。将来を考え続けるゆあちーはすごく偉いです。
ゆあちーの返事を聞いた金山さんは「うむ」と頷きました。
「由愛ちゃんがパーティを離脱すれば、儂は手持無沙汰となるからの。もうすぐ定年じゃが……このような環境の変化を前に、引退してしまうというのも勿体ないのぅ」
(おっ、この流れは)
内心ちょっぴり期待が込み上げましたが、あえて口には出しません。
ですが。
「琴ちゃん。顔に出とるよ」
「ん?」
「完全に口角が上がっとるよお前さん……」
「……あっ」
にやけているのがバレてしまいました。
そんな中、金山さんは呆れたようにため息をつきます。
「まあ……琴ちゃんの好奇心に乗ってやるかの。その……なんじゃ、“女性化の呪い”について教えてくれるかいのぅ。儂にしか出来ないことなんじゃろ?」
「……良いんですか?」
「どうせギルドでも扱いに困っとった身じゃ。お前さんらの役に立てるなら、重い腰だって上げてやるわい」
おーっ!!
まさか想定外のベクトルからこのような話に繋がると思いませんでした!!
全日本冒険者協会的にも、サンプルデータは増やしておきたいですし。
私だって同類が欲しいところでしたし!
金山さんだってもしかすると若返って、現役で働ける年数が伸びるかもしれませんし!!
win-win-winですよ!!
待ってました!!
win-win-winって副題が111話というぞろ目の話数で出るの、なんとなく面白いね(作者)




