第110話 最悪の仮説
「恵那斗はこっちで座ってようね」
「……」
“感情”を自ら眠らせたことによって、半ば放心状態となっている恵那斗を壁際に寄せて、配置されているベンチへと座らせました。
右手にはしっかりとポーションが握られています。後で飲ませないと。
黙っていればイケメンです。女の子を口説き落とすのも容易いという訳ですね。
……私は許してませんよ。私という彼女がいるのに他の子を口説かないでください。
“睡眠魔法”はちょっとした振動でも解除することが出来ます。なので、頭をひっぱたけばすぐに覚醒するのでしょうが……少し解剖の続きをやりたいのでそのままにしておきましょう。
特殊個体ゴーレムは琴ちゃんのステータス不足により解剖することは不可能です。
ですが合体レッドスライムなら、私でも調査することは出来ます。
私も気になっていたんですよね。
麻衣ちゃんの“時間魔法”が思うように作用しなかった理由。
「麻衣ちゃん。このまま合体レッドスライムも解剖しちゃおう。“時間魔法”の効きが悪かった理由も確認してみよ?」
「あっ、そうだねぇ」
私の提案に、麻衣ちゃんは強く頷きました。
ここで私は、“アイテムボックス”を発動させました。その中から、解剖に必要なディスポーザブル手袋に加え、お手製の「魔物ガイドブック(特殊個体)」を取り出します。
最近、特殊個体の発生が散見されるようになったので改めて作りました。以前邂逅した雷ゴブリンの情報もこちらに纏めています。
魔物ガイドブック(特殊個体)の白紙のページを開き、まずは自分の仮説を纏めてみることにします。
「まず、麻衣ちゃんの”時間魔法”が効かなかった理由。私は、核がマトリョーシカみたいに重なったからじゃないか、って考えてる」
「うん?どうしてそう思ったの?」
麻衣ちゃんはきょとんとした表情で首を傾げています。
年齢は考えません。可愛いので問題ないと思います。
全日本冒険者協会の職員と言うことで知識面に関してはわざわざ確認するまでも無いと思いますが、前提の確認と言うことを踏まえて改めて話を振ってみます。
「スライムの生態は分かるよね」
「うん。核を中心として、ジェル状の粘液が排泄される。それがスライムを守る緩衝材になる」
「そう、衝撃を吸収するクッションにもなるんだよね。その要領で、核が何重にも覆いかぶさって魔法を防いでるんじゃないかなって」
「なるほどねぇ……」
改めてスライムの生態について説明します。スライムというのは単細胞生物のような生態をしているんですね。
ジェル状の身体で被われた身体の中心に核を形成しています。
しかしここで少しだけ話しておきたいのは、スライムという生き物の正体はジェル状のバイオフィルムではありません。そのバイオフィルムを吐き出す核単体のことを言います。
つまり、スライムとは核そのものを示しているんですね。
ジェルはおまけです。名前負けしてる。
核単体で移動することが困難である為、移動手段、かつ外界から受ける衝撃を防ぐ目的でジェル状のバイオフィルムを形成します。
弾性に富んだバイオフィルムで身を包むことによって、外部からの攻撃を防ぐことが出来ることに加え、起伏の激しい通路をスムーズに移動することも出来ます。
そんなスライムから排泄されるジェル状のバイオフィルムというのは、案外市民の生活にも役立っています。
一定以上の耐衝撃性・耐熱性・耐冷性を兼ね備えていることから産業関係の仕事には重宝していますね。シリコンに変わる代用品として重宝されているようです。ゴブリンとはまた違う用途で市民の生活に役立っていますね。
ダンジョンからドロップする素材というのは、冒険者よりも一般市民の生活へと活用されることが多いです。
さて。
そんな市民の生活に有用となるバイオフィルムを生み出すスライムですが、肝心の核というのは主に2重構造となっています。
外殻に被われた部分を割ることによって、中から石ころサイズの魔石が出てきます。ゴブリンのそれよりも小さいです。
市場に流通する魔石の大半がゴブリンサイズのものというのはそう言う理由からです。スライムの魔石は、ダンジョン外で用いるにはあまりにも小さすぎるんですよね。
熟練度を高めた魔法を1発撃てるかどうか、という程度しか魔素を取り込むことが出来ません。
ちなみにスライムの魔石というのは市場で1000円程度です。
安いと言えば安いですが……一般市民向けの「生活魔法講習」で会得した魔法を使う時くらいですね。
年末近くなると、"浮遊"を会得した人達が大掃除目的で買っていくのを見かけます。油汚れとか、こびりついた汚れを浮かすことが出来るのは便利みたいですね。手間賃を考えると効率は良いと思います。
そんな魔石が存在する箇所というのが、魔物における心臓の役割をしています。
前置きが長くなりましたね。まずは合体レッドスライムの核を取り出してみましょう。
まずは両手の清潔を保つ為、ディスポーザブル式のニトリル手袋を装着します。
ポリエチレン手袋は基本的に使いません。手袋が破損しやすいので、粘液が入り込んで手がベチョベチョになるんですよね。何回かやって嫌になりました。
「よっと」
私はバケツ型のゴミ箱から合体レッドスライムの核だけを取り出しました。ジェル状のバイオフィルムが付着しますが、重力に沿って再びバケツの中へと戻りました。
見た目の上では青みがかかった灰色の巨大な核です。核は融合したまま、分離していません。
この核を割れば、恐らく魔石が確認できるでしょうね。
ですが、今回は実験という要素も兼ね備えています。
「ちょっと落としてみるよ」
私はレジャーシートの上で、合体レッドスライムの核を持った右手を高く掲げました。左手はキャッチする為に、その真下に据え置きます。
そして、そのまま右手を離して核を自然落下させてみました。
「うん。普通の速さだね」
麻衣ちゃんがそんな感想を漏らしました。確かに、テニスボール大の核は自然な速度で落下するのが見えました。
実験に移る前に、もう一度落下速度を記録として残しておきましょう。
”アイテムボックス”からスマホを取り付けることのできる三脚を取り出し、映像として記録に残します。比較データは保存しておきましょう。
「じゃあ、次は“時間魔法”を付与してもらっていい?」
「うん。分かった」
ここで麻衣ちゃんの“時間魔法”を、合体レッドスライムの核へと付与してもらいました。
淡く、青い光が核を覆っていきます。“時間魔法”が正しく付与されていることの証明ですね。
では、このまま改めて落としてみましょう。
「……うん。やっぱりゆっくり落ちていくね。“停止”の効果かけてるんだよね?」
「そうだよ~。やっぱり効き目悪いね」
「ん、ちょっとデータ比較しよっか」
一度核をレジャーシートの上に置き、核が転がらないようにゴブリンの頭部で固定しました。
合体レッドスライムの核がうっかり修練場の地面に転がり、ダンジョンに取り込まれるのを防ぐ為です。別にゴブリンの頭部ならいくらでもそこにあるので。
それからスマホに保存した映像を確認します。
……なんとなく、自分が写っている映像は気恥ずかしいですね。私のやや高めの声と、小柄な体が映像に入っています。
「大体落下速度で言えば、半分くらいになってる?」
「そうだねぇ。ちょっと砕いてみる?」
「うん」
私は短剣を構え、軽く核に傷を入れてみました。それから改めて、あらゆる方向から観察してみます。
外見上はあまり通常個体と変化が無いように見えますね。
念の為、通常個体のスライムと比較してみましょう。雑に“アイテムボックス”から排出した死骸の山の中にスライムがあったはずです。
「んー……スライムスライム……」
「改めて見ても、ワンピース着た女の子がさ、死骸の山漁る光景って酷いね……」
「んんー……どこだっけ……恵那斗と倒したんだけどな……」
麻衣ちゃんがぼそりと突っ込んできましたが、正直今はそれどころじゃありません。
マーダーラビットとか、ミミックとか、いろんな死骸を掻き分けます。……あっ、ビール缶は戻しとこ。私の精神安定剤です。
その中から、ようやく該当する死骸を見つけ出しました。バイオフィルムがどろどろに溶けていて、核だけになっていたので気付きにくかったです。
ピンポン玉サイズの核を見つけ出したので、ゴブリンの眼球をほじくり出した後、空いた眼窩のところに嵌め込みました。ジャストサイズです。
……嵌め込んじゃ駄目か。やっぱり引っ張り出しました。
何はともあれ、スライムの核も同様に短剣で傷を入れました。それから、傷に違いは無いか、2つの核を並べて比較してみます。
「見た目に変化なし……もうちょっと深く傷をつけてみよっか」
「うん、琴ちゃんに任せる」
正直、見よう見まねです。私はあんまり研究に詳しくないので、どこから違いが現れるのか念入りに確かめることしかできません。
浅く入れるだけだと、あまり差異は見られないですね。
なので、魔石が露出する深さまで一気に傷を入れてみることにしましょう。
「“魔素放出”」
やっぱり深く斬るなら、この方が効率良いですね。
一瞬金山さんを呼び寄せて手伝ってもらおうと思いましたが、“治癒魔法”だと想定していない部位まで傷が入りそうなので止めました。
短剣の刃面に銀色のオーラを纏わせます。それから、そのまま静かに核へと切り込みを入れました。
一応魔石が露出するまで切り込みを入れてみたのですが……。
「麻衣ちゃん。何か違いあるように見える?」
「……ううん」
「だよね。層があるように見えないな……とりあえず、もう1回落としてみよっか」
「分かった~」
正直、思ったような変化は見られませんでした。しかし、核が損傷したということから、何かしらの変化が生じた可能性はありますよね。
ということで、再度同じように高所から落下させてみます。
高く持ち上げた後、麻衣ちゃんに“時間魔法”を付与してもらい、2つの核が空中で滞留するかを確認します。
まず、通常個体のスライム——ピンポン玉サイズの核は、“時間魔法”がばっちりと効いていますね。空中でピタッと滞留しました。
それから比較対象の合体レッドスライムの核ですが……。
「……ちょっとだけ、落ちる速度か遅くなったかな~?」
「待って、比較する」
確かに、滞留出来ていないことに変わりはありません。ですが先ほどよりも速度は緩やかになっています。
念の為、最初の録画データと比較してみますが……わずかに落下速度が減少していました。“時間魔法”の効きが強くなっていますね。
つまり先ほど入れた切れ込みによって、何かしら核に変化が生じたということです。
「……なるほど」
「琴ちゃん。琴ちゃんは今の観測結果からどう考えた?」
「ん、多分私の仮説……間違ってるね」
もしも当初の仮説通り……核がマトリョーシカ構造となっているのであれば、“魔素放出”によって深く入れた切れ込みによって核は完全に破損。“時間魔法”の効果は100%発現するようになっていたはずです。
ですが、実際には滞留せず、落下速度が減少する結果となった。
間違えているところは素直に認める、琴ちゃんの教訓です。
魔物ガイドブック(特殊個体)に書き記した仮説に「×」のマークを付け加えます。
それから矢印を引き、新しい仮説を上げました。
「一側面に傷が入ったことで“時間魔法”の効能が効きやすくなった……でも、完全に効果は発現した訳じゃない。ということは……」
「琴ちゃん?」
「“魔素放出”」
麻衣ちゃんは不思議そうに首をかしげています。ですが、私はそれをスルーして魔法を発動。
再び銀色のオーラが短剣に纏い始めます。
それから、合体レッドスライムの核へとケーキを切るかの如く、十文字に切れ込みを入れました。
私の見込みが正しければ……ですが。
「麻衣ちゃん。これで多分、“時間魔法”は完全に効くようになる」
「ん?うん、分かった」
何度もかけ直して申し訳ないですが、再度麻衣ちゃんに“時間魔法”を付与してもらいました。それから、高く持ち上げた2つの核を空中で離してみました。
すると。
「おおっ!!」
「おっ」
私と麻衣ちゃんはほぼ同時に声を上げました。
通常個体のスライム、合体レッドスライム、2つの核が同じように空中で滞留するようになったのです。
つまりこれで合体レッドスライムの核に対し、“時間魔法”の効きが悪い理由が結論づけられるようになりました。
厳密に言えば、もう少し専用の研究が必要そうですが……個人間ではひとまずこれくらいにしておきましょう。
再現性という問題もありますから。文献に載せるには程遠いです。
ですが、ひとまずの結論を出そうと思います。
何故、“時間魔法”の効きが悪かったのか。
「麻衣ちゃん。特殊個体のスライムの核はね。マトリョーシカみたいに重なってる訳じゃなかった」
「うん」
「8つの核が寄り添い合って、密着して1つのおっきな核になってるんだと思う!!」
「琴ちゃん嬉しそうだね」
「んふ~~~~また魔物のことに詳しくなりましたっ」
え?この研究が何の意味を持つのかって?
わかりませんっ。
ですけど、こうやって分からなかった部分を解明していくのは楽しいですね!!
そして、麻衣ちゃんの“時間魔法”の効きが悪かった理由も推測できるようになりました。
「ってことは。麻衣ちゃんの“時間魔法”も、8つの核に分散して掛かっていたから効果が弱まったんだと思う!」
「……なるほどねぇ」
私の考察に対し、麻衣ちゃんは物思いに耽るように顎に手を当てました。
それから、何か閃いたのでしょうか。目を軽く見開き、私に新たな問いを投げかけてきます。
……出来れば、聞かない方が良かったかもしれない話でした。
「……ん?待って?確か、ボスモンスターだった特殊個体ゴーレムも、“時間魔法”の効きが悪かったよね」
「あっ、ホントだ」
「琴ちゃんの理論を借りるなら、あのゴーレムも複数の核が融合してるってことになるよね?」
「確かに……」
麻衣ちゃんの言葉にハッとしました。
思い返せば、喋るボスモンスターだったゴーレムも麻衣ちゃんの“時間魔法”に対し、効き目が浅かったです。
合体レッドスライムの核から導きだされた結論を応用すると、「複数の核が融合した状態」であったと考えていいでしょう。
複数の。
核。
「……あの、ゴーレム。喋って……」
——つまり。
「……待って」
「琴ちゃん?」
「え、そんな。だって、待って、待って……」
脳内を様々な妄想が駆け巡ります。
特殊個体ゴーレムも同様に“時間魔法”の効きが浅かった。
つまり、複数の核が融合したという状態だったということです。
そして、特殊個体のゴーレムは、私達が理解できる言語を喋っていた。
つまり、日本語という文化を理解した上で、言語化を行っていたということになります。
あのゴーレムは、「日本語を知っている」んです。
そこから導き出される答えは——。
「……待って、待って待って待ってっ……!!」
「琴ちゃん!?どうしたのっ!?」
脳内が激しくスパークします。
ただの好奇心から始まったはずでした。
その好奇心から繋がる連想は、やがて私を最悪の仮説へと導きます。
「……私達……何と、戦ってるの?」
ゴーレムは、一体“何”と融合しているのですか……?




