第109話 省略
あの、改めてものすごく当たり前のことを言います。
ダンジョン攻略を終えたら、「納品」というプロセスを踏むんですよね。
魔物から獲得した魔石は、ダンジョンを管理している職員さんへ手渡すことによって業務が完了する、というのが一連の流れになっています。
その魔石は、魔物を倒した後、心臓があった場所をくり抜くことによって手に入ります。
ここで改めて、魔石が魔物の体内で生成されるメカニズムについても解説します。
魔物というのは、そもそも活動エネルギーとして“魔素”を用いています。酸素と同様に、呼気によってダンジョン内に存在する魔素を取り込んでいるんですね。
ダンジョン内に漂う魔素を取り込み、肺胞を介して血液へと溶け込む。そこから各細胞へと魔素が届けられ、魔物の活力となるという訳です。
そんな体内を循環する魔素ですが、大ダメージを受けて生命の危機に陥った時。身体が「心臓に魔素を届けて、生命を維持しないと!」という指令を送ります。その為、心臓には抹消まで巡っていた魔素が一度に凝縮します。
心臓へと凝縮した魔素が、心臓停止と共に固体化。そうすることによって、高濃度の魔素を含有した魔石が出来上がるという訳ですね。
ちなみに同じく体内に魔素を取り込むことができる私達人間には、心臓が停止しても魔石が生成されることはありません。
……この話は止めましょうか。なんだか、生々しいですし。
魔物が死亡して、ダンジョン内に取り込まれたとしても魔石だけは消えることなく残ります。
心臓から直接魔石をくり抜く人も多いですが、臓物を引き抜くことに抵抗がある人は、死骸がダンジョンに取り込まれるのを待つのも一つの手ですね。
私がダンジョンの職員から異常者扱いされるのは、そんな魔石をくり抜いた死骸をお持ち帰りしているからです。
だって、案外死骸だって重要ですもん。私は間違ってないっ。
あの、良いですか。
前にも語ったんですけど、ゴブリンの死骸というのは、医学生の解剖実習でも用いられるほど貴重なんですよ。
元々ダンジョン内に放っておかれることの多いゴブリンの死骸を持って帰ってくる冒険者というのは、それだけで貴重なんです。”アイテムボックス”を会得している冒険者、かつ律義に倒した魔物の死骸を持ち帰ってくるような冒険者はそれだけで、重宝されるべき存在なんですよっ。
え?なんですか。
お前そんなこと言って、ゴブリンを色々な方向からいじめたいだけだろって?
……えーっと。
そんなことないですよ。
こんな開拓しがいのある魔物ですよ?いじめるだなんてそんな。そこにゴブリンがあるのが悪いのです。私に見つかったのが運の尽きです。
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「はーいゴブリンの死骸だして」
「……はぁい」
麻衣ちゃんにそう言われて、ゴブリンの死骸を“アイテムボックス”から取り出します。念の為、レジャーシートを敷くのを忘れません。いくらダンジョンに自浄作用があると言っても、汚すのは見た目的に悪いですし。
律儀にレジャーシートに広げた範囲内にゴブリンの死骸を並べていると、恵那斗がため息をついてきました。
「……その丁寧さを、普段の生活でもやって欲しいものだわ」
「……」
琴ちゃんは何も聞こえません。
恵那斗の皮肉をガン無視して、同じ方向にゴブリンの死骸を並べていきます。レジャーシートに並ぶゴブリンの死骸。絵面がちょっと嫌ですね。
こうして死骸を並べていると、どのような方法で倒したのか分かりやすい気がします。
ゆあちーの大槌でぶん殴られて、四肢がもげたゴブリン。
琴ちゃんウェポン(仮名称)のロングソードで喉元を突かれたゴブリン。
“炎弾”で全身黒焦げになったゴブリン。
などなど、色んな倒され方をしていますね。
ちょっと記録として思い出す為に、業務用のスマホに写真として残しておきましょう。
趣味じゃないですよ。……疑わしそうな目を向けないでくださいね?
ちなみにゆあちーは「ごめん、ちょっと気持ち悪くなってきた」と言って、修練場から離れていきました。
さすがに罪悪感が込み上げました。ごめんね。
ゆあちーに付き添うように、金山のおじいちゃんもその場を離れています。
なので、今この場に居るのは。
私。
恵那斗。
三上パパ。
麻衣ちゃん。
……の4人なんですよね。
ダンジョン職員の佐々木さんも「終わりましたらお声がけください」といって逃げるようにその場を立ち去りました。ちょっと。
レジャーシートの脇には、ゴブリン以外の死骸を雑に重ねています。
マーダーラビットとか、ミミックとか、デーモンイーグルとか、その他諸々。
合体レッドスライムの死骸はドロドロに溶けているので、生ごみ処理用として使われる大きなバケツに入れました。古びた商店街に配置されているようなサイズのバケツ型のゴミ箱です。
ゴミ箱として扱われる“アイテムボックス”の中に入っているゴミ箱……マトリョーシカみたいですね、ぷぷっ。
あ、今更なんですけど。レジャーシートはちゃんとダンジョン仕様のもの使ってますよ。昔、解剖途中に死骸が取り込まれちゃって凹んだ過去があるので。
5分経つと死骸がダンジョンに取り込まれる仕様はクソです。私にとっては。
私はワンピースの裾が死骸に当たらないように気を付けながら、ぺたりと地面に座りました。防汚加工がされているワンピースなので、大丈夫だとは思いますが。
仮にもダンジョンで使うことのできる装備なので、防汚・防刃加工はしっかりしていますね。
確かにダンジョン専用の装備というのは、市販品よりも優秀です。
その分100万くらい飛びましたが。
専用の武器作って貰うのにも、200万くらい掛かっているんですよね。これが全額経費で落ちないのはおかしいです。
……まあ、私がけちけちしすぎているだけですが。皆、経費外だというのに装備を整えてきているんですよね。100万円までならギルドからの補填が得られるとは言え、焼け石に水です。
今になって三上パパの「ちゃんと装備にもお金使え」の話にムカついてきたぞ。むう。
そんな胸中などつゆ知らず。三上パパは手慣れた動作で、短剣を手にゴブリンの心臓から魔石をくり抜いていきます。
「魔石は抜いていくぞ。死骸は好きにしろよォ」
「あっ。ありがとうございます。パパ」
「あの特殊個体レッドスライムか、なァ?アイツはどうするよ」
「あー。レッドスライムの魔石は置いといてもらって良いですか。ちょっと調査したいので」
「うい。まァ、お前に任せるわ」
軽くパパとやり取りしながら、私はゴブリンの死骸をそれぞれ確認していきます。
ダークゴブリンも含めれば、ゴブリン系の死骸だけでおおよそ20体くらい並んでいます。
……今、私はすごく困っています。
「どれが、水ゴブリンの死骸でしたっけ」
「琴ちゃん……」
「ごめん。ゴブリン格納しすぎて分からなくなった」
麻衣ちゃんが困った表情を浮かべちゃいました。
うーん。さすがに特殊個体の死骸だけは早々に解剖してしまいたいのですが、分からなくなっちゃいました。
さて、どう特定したものか。
……と言いたいですが、おおよそ目的の個体を見つけ出す方法は分かっています。
ですがあえて知らないふりをしてみます。
どっちに転んでも私にとっては楽しいので。
「よし!もう全部解剖してしまいましょう!ゴブリン解剖ガチャ開幕っ!!」
「琴。知らんぷりは止めなさい」
「うっ」
そう短剣を構えながら叫んだところ、恵那斗にツッコミを入れられてしまいました。
恵那斗もダンジョン攻略の中でMPを使い切ってしまったのでしょうか。ポーションを片手に持っています。まあ、私と同様に低レベルですもんね。
そのまま恵那斗は、ゴブリンの死骸が並んでいるところへと空いている左手をかざしました。
「“魔素放出”」
「あー!!」
「全く、琴は油断も隙もならないわね」
恵那斗がそう詠唱すると同時に、高濃度の魔素が各ゴブリンの死骸へと纏い始めます。恵那斗はゆっくりとゴブリンの死骸の間を歩きながら、答え合わせを始めました。
うう、バレないと思っていたのに。私と同じような武器の扱い方をする恵那斗の前では、成す術もありません。
やがて、恵那斗はある地点でピタリと足を止めました。
それから、凄みのある笑みをこちらに向けてきます。
彼の足元には、身体からふわりと水滴の浮かび上がったゴブリンの死骸がありました。
「琴なら分かっていたわよね。“属性石”を使った武器を持っているもの」
「……い、いや。分からなかった、よ?」
「琴」
「ごめんなさい何となく予想は付いていました」
恵那斗が何でもお見通し過ぎて勝てないんですけど!せっかく知らんぷりして解剖の時間増やそうと思ったのにー。
それから私は渋々と立ち上がり、私は恵那斗が探し当てた水ゴブリンの死骸へと歩み寄ります。歩みを進める度、スカートの裾がふくらはぎをぺしぺしと叩きます。普段スカートを履くことがないので、変な感じです。
もう、ある程度特殊個体のゴブリンに関しては把握しているので、必要最低限の作業だけ先にやってしまいましょう。
まずはゴブリンの血抜きからです。
私は“アイテムボックス”を発動させ、中から無料支給のロングソードを取り出しました。
三上パパが険しい顔をしています。怒るべきか見守るべきか葛藤していますね。
「お前よォ……」
「必要なことですから」
「……はあ」
それから、近くにもう1つ小型のバケツを用意しました。
人体基準ですが、体内に貯留する血液量は体重の8%程とされています。
ゴブリンの身体スペックで言えば、身長が120㎝、体重が30㎏ほど。なので、計算上は血液量はおおよそ2.4Lとなります。
それほどの血液を抜くのであれば、大型のバケツでなくても大丈夫です。
「“魔素放出”」
金山のおじいちゃんが教えてくれたように、部分的に魔素を纏わせるだけで良いですもんね。良いこと教えてもらいました。
無料支給のロングソードに、白銀のオーラが纏い始めます。
より殺傷能力の増したロングソードを使って、私はゴブリンの首を斬り落とします。
「えいっ」
すると、ゴブリンの首がごろりと転がり落ちました。
私達は慣れているので、今更リアクションはしませんが……まあ、傍から見たら事件性のある構図ですよね。すみません。
とりあえず、頭部の血液だけ抜いてしまいましょう。
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えー……琴ちゃんからのお知らせです。
一連の動作を説明すると、あまりにも生々しすぎるので、ここでは省略します。
魔物の生態を調査する上で必要なことなんです。ですが、客観的に見るとあまりにもグロテスクでした。
つらい。
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という訳で、ゴブリンの血液を抜いたものがこちらになります。
バケツの中には、ゴブリンから抜き取った血液がたまっています。赤黒い粘性のある血液が揺れています。ですが時間経過と共に、ところどころが固まってきていますね。凝固作用が働いている証拠です。
「……俺も気分悪くなってきたわ。後で呼んでくれ」
さすがの三上パパもギブアップのようです。必要な手順とは言え、全身の血液を抜く絵面にはドン引きしていました。
ソロ冒険者としての経験がある恵那斗は、その中でも表情を崩しませんね。真顔で一連の作業を眺めています。
にしてもピクリとも反応しませんね。
「……」
……あれ?
恵那斗?
あっ、これ“睡眠魔法”の応用で、感情を眠らせてますねこれ!?
……恵那斗もリタイアのようです。
まあ、仕方ないですね。
いよいよここから、属性石を回収する作業に取り掛かります。
私はゴブリンの頭部をレジャーシートの上に置き、姿勢を正しました。
まずはゴブリンの耳元に沿って、短剣で切れ目を入れていきます。以前も行った、皮を剥がす作業ですね。
切れ目を入れたら、そこからは力任せで引き抜きます。ステータスの恩恵が得られているので、今回はあまり力を入れなくて良かったです。
ゴブリンの皮がはがれ、眼球と頭蓋骨が露わとなりました。
次に、私は麻衣ちゃんに視線を送ります。
「麻衣ちゃん」
「はい。ノミとハンマー」
「ありがとう」
麻衣ちゃんは前回のことがあるので、慣れていますね。
私はまずノミをあてがい、ハンマーでゴブリンの頭蓋骨を叩いていきます。
ですが、うっかり力加減を間違えました。
「あっ」
「ああっ!!」
私と麻衣ちゃんの悲鳴が重なります。
ステータスの恩恵を受けている加減で、調整を間違えました。
勢いよくハンマーを打ち付けたので、ノミが深々と頭蓋骨にぶっ刺さりました。
なんだか、1回間違うとめんどくさくなりますね。
「……もういいか」
「あっ!?」
再び麻衣ちゃんの悲鳴が上がりました。そんな悲鳴も無視して、私はてこの原理を活用し、ノミを使って頭蓋骨をひっぺ返します。
ぼろぼろと欠片と共に飛び散る頭蓋骨と脳梁。
先ほどまでの丁寧さも放り投げて、雑に脳みそを取り出しました。
じっとあらゆる角度から脳を見渡していると、やっぱりありました。属性石。
今回は青色でした。まあ水属性ですもんね。
「麻衣ちゃん、ピンセット」
「……あー……うん」
「ありがと」
最後に、属性石を取り出して完了です。
所要時間で言えば1時間ほどですね。
やり切りました。ふぅー。
残りのゴブリンは、空いた時間でやりましょう。
何体かのゴブリンの死骸は、医療機関にでも送りましょう。医学生の解剖実習に役立ててもらいたいですね。
という訳で、血抜きだけしておきます。
(絵面がグロテスクなので、描写は省略します)




