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第11話 親戚の子

 それは今では「異災」と呼ばれています。

 

 おおよそ、30年ほど前に世界各地にダンジョンが生まれました。

 地中を突き破って、高い塔が聳え立ち。大地が抉れ、大穴が生まれました。

 世間一般においては、現在でこそダンジョンに現れる魔物と言う存在が危険視されていますが。

 私達の世代においては、そもそも「ダンジョンが生まれたこと」自体が、大災害のひとつでした。


 住宅街を抉る形で伸びたダンジョンが、そこに住んでいた人達を飲み込みました。

 都心に突如として生み出された大穴が、人々を奈落の底に落としました。


 観測できる範囲だけで、生み出されたダンジョンの数は5000を超えると言われています。

 

 死者5万7564人。

 行方不明者3万1502人。

 重軽傷者41万9567人。


 それが「ダンジョンが生まれたこと」そのものが生み出した被害でした。

 

 長年人類が育んできた景観だって、大きく損なわれました。

 私達の生活は、ダンジョンを中心に変更せざるを得なくなったのです。


 この世界の支配者は、人間ではなく自然です。

 自然こそが、この世界の上位存在と言えるでしょう。

 

 ----


 一応、両親の墓参りには毎年欠かさずに来ています。

 今となっては二度と会うことの出来ない両親。彼らにとっては、今の私は親不幸なのでしょうか?


「親父、お袋……来たよ。琴男です、こんな姿になってしまったけど、気付いてくれますか?」


 私は静かに花立てに持ってきた花束を飾りました。干からびてしまった古い花束は、新聞紙にくるんでビニール袋に片付けました。

 並べた茶碗を洗い、続いて墓石も綺麗に洗います。

 墓石とは、故人の身体に該当するものです。私達が身だしなみを綺麗にするのと同等に、墓石も綺麗に整えなければなりません。

 その為、丁寧にスポンジを使って墓石を磨きます。


「これでいいかな。最近さ、ようやく……新人冒険者が入ってくれたんだ。園部君って言うんだけどね、真っすぐで良い子だよ。ぜひ、良いパーティメンバーを見つけて欲しいところだけど、ねぇ」


 墓石を磨き終えた私は、一方的に最近の状況について語ります。特に返事が返ってくることを期待している訳ではありません。

 ですが、毎年恒例のように、自分の身の回りに起きたことを報告するようにしています。


 ……そうですね、一番報告しなければならないことがありますね。


「私……3か月くらい前かな。”女性化の呪い”に掛かっちゃったよ。今はこの見た目だけど、紛れもない二人の子供……田中 琴男です……でも」


 自分の身の内の話をしていると、込み上げてくるものがありました。

 周りに誰も居ないのを良いことに、嗚咽を漏らし涙が溢れます。


「っ、う……遺伝子が……全くの別人だって、言われた……っ。私、それでも……親父とお袋の息子、だよね……?」


 病院での検査で伝えられた事実です。

 「田中 琴男」という存在だと思われる、全くの別人となった私。

 今は亡き両親と、私を繋ぎ止めていたはずの唯一の遺伝子さえも喪ってしまいました。

 

 7年間。この呪いが解けなければ「田中 琴男」は行方不明者として、事実上の死亡扱いとなるらしいです。

 ですが、現時点でも私は「田中 琴男」と同一人物であると、胸を張って言えないかもしれません。


「私、時々……自分が、わからなくなる。もう、二人の息子……琴男は死んでるのかもしれないって。とっくに本当の私は、二人と同じ墓石の中に……入ってるんじゃないかって……」


 そっと優しく、墓石を撫でてみます。

 しかし、墓石に反射して映る私のシルエット、そして視界に見える私の掌は女性そのものです。

 何度見ても、その現実は変わりません。

 一度涙を拭ってから、私は静かに立ち上がりました。


「……うん、ごめん。また来るね」


 静かに辺りを見渡せば、同じように並ぶ墓石。そして遠くには地中を突き破って空高く伸びた、塔型のダンジョンが見えています。

 もはや、この世界にダンジョンのない世界はあり得ません。

 それらは瞬く間に、私達の生活に入り込んでいったのですから。


 ダンジョンが形成された世界の中に、どれほどの犠牲があったとしても。


----


 墓地を後にしようとした、その時です。


「田中せんぱ……琴ちゃん」

「あっ」


 私はそこで、予想外の人物と出会いました。

 履歴書の見本写真に乗っていそうな顔こと、見本太郎君です。

 嘘です。鈴田 竜弥君です。相も変わらず整った顔立ちをしています。


 すらりと伸びた背筋とスタイルも良く、スマートな雰囲気が出ています。ファッション誌でよく見るタイプのイケメンです。ファッション誌読まないから知らないけど。


 彼の隣には、これまた美人が並んでいました。早川さんのようなゆるふわ系ではなく、知的な雰囲気を感じさせる立ち姿です。偏見ですが「怒らせると怖いタイプ」の美人といった雰囲気です。

 美男美女ですね、眩しい。サングラスでも付ければ良かったです。


 彼女と思われる人物は、不思議そうに鈴田君に質問を投げかけます。


「知り合いなの?」

「ちょっと……親戚の子、かな。田中 琴ちゃんって名前の子」


 さすがに職場の先輩という説明は通用しないと瞬時に理解したのでしょう。鈴田君は口を濁して、彼女さんと思われる人物にそう説明しました。

 ”琴ちゃん”と呼び方を直していましたし、その設定で話を進めようとしているようです。


「……どうも」


 私としても、ここでボロを出すのは避けたいところです。

 無難に会釈して、その場を後にしようとしました。しかし。


 「ちょっと待って、琴ちゃん……だっけ。泣いてるけど、大丈夫?」


 鈴田君の彼女さんに肩を掴まれ、優しくそう問いかけられました。

 水晶体のように引き込まれるつぶらな瞳が、私を捉えて離しません。


 「っ、大丈夫……です」


 私は首を横に振って、気丈に振る舞いました。揺れる銀髪が自らの頬を叩きます。


 なんというか、情けないところを見られて早々に逃げ出したい気分です。

 なので適当にはぐらかして、その場を後にしようとしたのですが……。


「竜弥君、ちょっとこの子、放っておけない。親戚の子なんだよね、任せていい?」

「えっ、あー……いいけどさ」


 私の正体を知っている鈴田君はおろおろと困惑した表情で、私と彼女さんを交互に見やりました。

 その姿が、彼女さんからすれば煮えきらない態度に見えたのでしょう。「はぁー」とわざとらしいため息をついて、私の隣に立ちました。


「あーもう!こんな可愛い女の子をね、放っておくのはダメでしょ!」

「あっ、可愛い女の子……?あっそう、か」


 鈴田君が私を「可愛い女の子」と呼ばれたことに困惑しているようです。

 見た目で私を評価しないのは鈴田君の良いところですが、この場においては仇となっています。前に「パパ活」扱いしてきたことは置いといて。

 どこからどう見ても失礼のオンパレードです。

 彼女さんの鈴田君を見る目が氷点下になってます。誤解です、誤解。

 

「……こほん」


 恥ずかしさが勝りますが……ここは二人の場を取り持つことにしましょう。

 上目づかいで、潤んだ瞳で鈴田君に訴えかけます。


「……竜弥お兄ちゃんは来て、くれないの……?」

「ぶっ」

 おい、鈴田お前。笑うな。


 ですが、少しくらいは私の意図を理解してくれたのでしょう。吹き出し笑いしたのを誤魔化すように、わざとらしく「くしゅっ」とくしゃみを重ねました。

 それから怪訝な表情をしている彼女さんに向けて頷きました。


「そうだね。琴ちゃん、一緒にご飯でも食べにいこっか」

「うんっ」


 親戚の女の子を演じる為、健気な返事をしますが……恥ずかしいですね。


「先に車寄せてくる。二人は待ってて」


 と、彼女は早々に私達を置いて駆け出していきました。

 改めて鈴田君と二人きりになったので、ようやく冒険者同士の会話が出来ます。


「……田中先輩は今年も墓参りに来ていたんですね」


 毎年恒例の行事となっているのは、鈴田君も知っているところです。鈴田君一家の墓石もここにあるらしく、時々顔を合わせることはありました。


「うん。情けないところ見られたけど……今年は彼女さんと一緒だったんだねぇ」

「まさかこんな展開になると思ってなかったですがね……何で泣いていたんですか?」

「それ聞くー?」

「一応知っとかないと……話合わせづらいですし」

「確かに」


 まあ、それもそうですね。

 私の事情も理解している彼であれば、話しても問題はないでしょう。


「私ってさ、田中 琴男って証明できるものが何一つないでしょ?遺伝子だって全くの別人って言われちゃったし」

「あー、そうですね。正直、今でこそ納得してますけど、俺達だって信じられなかったですし」

「うん。なんか、”異災”で死んだ親父とお袋との接点無くなっちゃったな、って思ったら思うところがあってねぇ……」

「……そういえば田中先輩って、異災の当事者ですもんね」

「そ、親父もお袋も、大穴に落ちてね……死んじゃったよ。で、あの見た目だけがさ、肉親の名残だったんだなーって思うとね……」


 そうなんですよね、なんだかんだ47年間生きてきた姿だったので。

 特別愛着があるという訳ではないですが、いざ失うと寂しいものです。

 その姿で世間から評価されたり、認められていたりしたので尚更ですね。

 

 私の言葉に、鈴田君は思うところがあるようで「ふぅ」と静かに空を仰ぎました。

 そんな姿でさえ映えるのはズルいと思います。


「田中先輩は……見た目が変わっても、尊敬する冒険者なのは変わりませんよ。知恵も技術もダントツで、ステータスだけで生きていない……俺だって、そんな生き様に憧れたんですから」


 ステータスだけで生きていない、か。確かにそうかもしれないですね。

 見た目は変わっても、冒険者として積み重ねてきたものは消えません。


「……そういってくれると、少しだけ救われるよ」


 鈴田君は、冒険者としての私を相も変わらず高く評価してくれます。

 そんな彼の言葉はどこか救われる気がしますね。


 ただそれはそれとして……鈴田君の彼女に、涙の理由をどう説明しましょうか。

 元々40代男性だって説明出来たら話が早いんですけどねー。

 鈴田君は親戚の子って話で通してますし。どうしたものか。無難に誤魔化そうかな。

ローファン20位←???????????

ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
>元々40代男性だって説明出来たら話が早いんですけどねー。 ダンジョンなんてものがありますし、女性化の呪っていう説明をしちゃった方が変に疑われない世界なのではないでしょうか?
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