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第105話 仕事の時間

 5階層のボス部屋へと繋がる扉の前に、私達は立っています。

 扉に向けて“魔素放出”を発動させることによって、扉は解錠されます。その先にボスモンスターが待ち構えている、という流れですね。



 この“魔素放出”によって扉が解錠するというシステムが判明する以前の黎明期においては、高レベル冒険者が直接手を触れて解錠していました。


 レベルが高くなれば高くなるほど、体内を循環する魔素量も増えるのです。

 そのメカニズムが判明する前は「ボスと戦う資格があるもののみが対峙できる」みたいな、いかにもファンタジーと言った空気感が作られていたんですよね。


 ……高レベル冒険者のみがボスモンスターと対峙する資格を持つ、みたいな雰囲気。ちょっとロマンありますけどね。

 なんならそのメカニズムに関しては周知されなくて良かった気がします。 


 

 という話はさておいて。


 実はですね、ゴーレムってあんまり得意な相手じゃなかったんですよ。

 全身は強固な石で出来ていますし、ごり押しでぶん殴ってきますし。小手先の戦い方が通用しない、真っ向勝負を強いられる場面が多かったので。


 なので、より一層ゴーレムみたいな、頑丈な魔物に関しては対策は練りましたね。

 大振りの攻撃を喰らえば大ダメージは避けられません。ですがその分隙は生まれやすく、攻撃のチャンスが生まれます。


 大抵の冒険者の間では、メインのタンク役の冒険者が攻撃を受け止める。ヘイトを集めている間に、他の冒険者が徹底して攻撃を行う……というのがセオリーでした。

 ですが、かつての私はソロ冒険者。たった1人で、破壊力抜群の猛攻を潜り抜けた上で、頑丈な防御力をぶち破らなければいけませんでした。


 もちろん、それに対する対処法だってばっちりです。

 ゴーレムの石をぶち破る手段としては、黎明期では“発破石”という、専用の爆発属性の魔法を放つことができるアイテムを使用していました。

 これは大気中に魔素を含有するダンジョンでしか使用することが出来ないということもあり、冒険者の間では重宝されているアイテムですね。たまに秘密の通路を見つけるのにも使われます。

 

 ですが、発破石を用いて爆発する際には、“穿孔”というプロセスが重要になります。

 爆発というのは、そのままだと四方八方に飛び散ります。そうなると、肝心の最も威力を当てたい箇所へダメージを充分に加えることができません。

 ……あの、“琴ちゃんキャノン”を引き合いに出すのは止めてくださいね。


 その課題を達成する為に、ゴーレムの身体に穴を開ける——つまり“穿孔”を行う必要があります。


 穴を開けるのはドリルだったり、お得意の“魔素放出”を使った一撃で解決するのですが。

 問題は、そこに至るまでの隙を生み出すことなんですよね。


 という訳で、買ってきました。


 成人ショップで。

 つまり、“大人のお店”で、です。

 店員さんが「やべぇヤツがいる」みたいな視線でこっちを見ていましたが。



「ゴーレムの隙を作るには、これを使おうと思います」

「……わ、わー……」


 ゆあちーが顔を真っ赤にして、明後日の方向を見ていました。

 でも、これ……私も本来の使い方を知らないんですよね。バラエティ番組で芸人が使っていたイメージしかありません。

 どうして成人ショップで売っているのか、私も分かっていません。


 恵那斗もなぜか、引きつった笑みを浮かべながら私を見ていました。


「……買ってきたの?それ……」

「?うん。店員さんも変な目で見てたけど、なんで?」

「次から、何か買う時は私に言ってくれるかしら……」

「どうして?ローションって、そんなに買っちゃダメな」

「琴は知らなくていいわ」


 恵那斗は私の言葉を遮ってそう言い放ちました。

 なんで!?


 ゴーレムの足場を奪う為に買ってきただけなのに、何がダメだったのか分かりません。

 

 私がゴーレム対策用として買ってきたのはローションです。

 だいたい10本くらい。


 ですが、皆してどうしてそんな微妙な顔をしているのでしょう。


「こ、ことちー……それは……ちょっと……」

 ゆあちーは両手で顔を覆っています。耳が真っ赤です。


「……琴ちゃん、周りからどう自分が見られるか、意識して行動してね」

 麻衣ちゃんがやんわりと諭してきました。えっ……?


「っ……は、はー駄目だクソおもろい……さすが琴きゅんだわ」

 三上パパがお腹を抱えて笑っています。何故か分かりませんがムカつきます。


「……若いのぅ」

 金山さんが遠い目をして、そう呟きました。おじいちゃんまで……?



 皆のリアクションの意味が分かりません。


「え?何ですか、怖いんですけど」

「琴」

「え、何?恵那斗」


 恵那斗は私の肩をポンと叩いて、穏やかな笑みを浮かべました。

 ですが、何故かその笑顔には凄みがあります。ちょっとだけ怖いです。


「1本、残さずに置いておきましょう」

「?うん」

「万が一の場合に備えて置いておいた方がいいわ、万が一……ね」


 どうして“万が一”を強調しているのでしょう?意味が分かりません。

 恵那斗がそう言った瞬間、ゆあちーは顔から湯気が出そうなほど真っ赤にして(うずく)っちゃいました。


 そろそろ全員のリアクションの意味が分からなくて不安になってきました。


 恐怖の根元にあるのは“無知”です。

 何が起こっているか分からないからこそ不安になって、怖いんですよ。

 不安を解消するには、“知る”以外でしか解決することは出来ません。


 なので、全員のリアクションの意味を知る為、私はスマホを取り出すことに決めました。業務時間中ですが許してください。

 いつもの要領で“アイテムボックス”を発動させ、破損を防止する為に隠していたスマホを取り出します。


 

「……ちょっと、調べますね」

「す、すとっぷ!!ことちーは知らない方がいいっ」

「なんで!?」


 私がスマホを取り出した瞬間、ゆあちーは素早くスマホを奪い取ってきました。

 ステータスの差で、私はゆあちーからスマホを取り返すことが出来ません。


「か、かえしてっ。なんでっ」

「ことちーの純粋さが壊されるのやだ!ことちーにはそのままでいてほしいってワガママが……!」

「なんでみんな知ってるの!なんでみんな知ってて私だけ知らないの!?」

「や、ま、まあ……うん。とりあえずことちーは、何も知らなくて良いんだよ」

「納得いかないよ!?」


 懸命に飛び跳ねてゆあちーからスマホを取り返そうとしますが、ゆあちーの方が身長が高いので取り返せないんですよね。

 147㎝という身長では敵いません。チビとかいうな。


 あのっ。私なりの言い分があるんですっ。


「だって、恵那斗が“万が一置いといた方がいい”って言うような道具だよっ!?用途について知っておきたいじゃん!」

「……あー……」


 ?ゆあちーの視線が急に冷えたものになってしまいました。

 それから、その冷え切った視線を恵那斗へと送ります。


 恵那斗も何故か、ばつが悪そうに視線をそらしていました。


「……変態彼氏」

「……別に、何が起きるか分からないじゃない」

「次。変なこと言ったら、ことちーと別れさせるからね」

「悪かったわよ……」


 ゆあちーは一体何を言っているのでしょう。

 


 その後、何故か恵那斗は「全部使い切っても問題ないわよ」と、意見を変えてきました。

 私の知らないところで問題が起きて、知らないところで解決したようです。


 私はまだ、色々と知らないことが多いみたいですね。

 



 ……これは、少し未来の話なんですけど。

 あの後、ゴーレム戦に向けて準備したローションの用途、調べてみたんですよ。


 ……まあ、恵那斗ですもんね。

 女性の頃から、積極的でしたし。

 別に私はそれに対して、何も言いません。

 

 ただ、ちょっと……家庭内別居は、継続しようかな。

 堂々とそんなことを言っちゃうところが減点です。


 まあ、うん。

 ……別に、恵那斗なら良いんですけどね。

 ちゃんと段階は踏んでください。

 

 

 あ、ゴーレム戦での琴ちゃんはまだ用途を知りません。

 教えてくれなかったので。


 バカ恵那斗。

 


 ----



「“魔素放出”」


 私は扉に向けて、そう唱えました。ちょっと雰囲気を出す為に、神妙な顔を作ってみます。キリッ。

 別に麻衣ちゃんとか、魔力の多い人に任せても良いんですけど……何となく、雰囲気を出すのが楽しくて。


 おじいちゃんとか現に、「儂が手を当てた方が早くないかい?」とか言っていましたが。

 ……確かに。


 私が放った“魔素放出”によって、重厚感のある扉が、軋む音を響かせながら開いていきます。

 調査書通りなら、その奥に待ち構えているのはゴーレムで間違いないでしょう。


 やがて、蝶番(ちょうつがい)の叩く音と共に、扉は完全に解錠されました。

 改めて装備のメンテナンスを終えた後、それぞれのフォーメーションを保ちながら私達は中に入ります。


 麻衣ちゃん、そして消耗したゆあちーは後衛のポジションへと移動しました。

 恵那斗、三上パパ、金山さんは前衛に立ちます。男性(1人は違うけど)が女性を守る形ですね。

 ちなみに、私は前衛と後衛に挟まれる形で立っています。

 基本的には魔法使いとしての役割ですが、いざとなれば前衛だって出来るので。“琴ちゃん魔法”は何でもありです。


「じゃあ、行くわよ。仕事の時間ね」


 恵那斗は腰に携えた鞘から、蛇腹剣を引き抜きます。鱗が繋がったようなデザインをした、肉厚の刃がぎらりと光に照らされます。

 石柱の並ぶ、神聖な空間。光のカーテンが差し込む中心部で、ゴーレムは静かに佇んでいました。


 石レンガを組み立てて作られたような、頑丈な肉体をしています。

 そのゴーレムは私達の敵意を感じ取ったのでしょうか。石レンガの隙間から水蒸気で出来た、真っ白な煙を噴出させました。


 ぶぅん、と言ったモーターの稼働するような音と共に、顔面に出来た空洞からモニターで構築されたような眼球が姿を現します。

 どこか機械的な印象を与える様相ですね。


 そんなゴーレムは、石レンガの身体を動かしながら——。

 

「敵、殲滅スル……」


 そう言い放ちました。


「喋ったぁ!?」


 真っ先にリアクションを取ったのは、麻衣ちゃんでした。

 さっきちょうど「言葉を話す魔物」の話したところですもんね。


 まさか前振りとは思わないじゃないですか。

 ですが、警戒するべきは“喋った”ことではありません。



 私、思うんですよ。

 言葉って、聞いていると脳が勝手に情報の処理を始めるじゃないですか。その言葉の意味は何を示すのか、と思考し始めます。

 その思考する時間って、タイムラグになりえるんじゃないかって。



「ダメだっ……!!」



 だから、私は真っ先に駆け抜けました。

 前衛の男性陣を押しのけて、魔法杖をかざします。


「“琴ちゃんバリケード”っ!!」


 魔法杖を触媒として、“アイテムボックス”を咄嗟に発動させました。

 魔玉を介して生み出される“アイテムボックス”は、普段用いているものよりもサイズが大きくなります。それは、私達の視界を完全に覆いつくすほどの巨大な盾となりました。


 直後、その行動は正しかったことが証明されました。


「——っ!!」


 巨大な熱光線が解き放たれました。

 私が瞬時に“アイテムボックス”を発動させていなければ、瞬く間に消し炭となっていたに違いありません。

 “アイテムボックス”の隙間から漏れ出す光が、私達を橙色に照らします。



 

 ゴーレムとは、本来。力でぶん殴って倒してくるような魔物です。

 熱光線をぶっ放してくるような個体など、今までいませんでした。

 

 ということは、あのゴーレムは“特殊個体”ということになるでしょう。


 

 皆が驚愕した表情で、私に視線を送ります。

 困惑とか、恐怖とか、色々な感情が込み上げているでしょう。


 ですが、その中で私は。

 場違いな感情ではありますが……、少し、楽しいと思っていました。

 

「……ははっ。これですよ、これ」

「琴?」

「極太ビームをぶっ放すゴーレム!!ロマンありますよこれはっ!!まるでロボットみたいじゃないですか!!」

「琴……」


 あっ、恵那斗が呆れたようにため息をつきましたね。

 だってロボですよ!ビームを打ってくるようなロボですよ!!ゴーレムとは言え!!


 特殊個体のボスというのはこのような性質を持っているのですかね。

 私は30年以上ダンジョンに籠り続けたこともあって、ある程度ダンジョンに精通していると思っていました。

 ですが、まだまだ知らないことも多いんですね。


 特殊個体のボス。

 そして、“言葉を話す魔物”。


 まだまだ知らないことが多いです。

 知りたいです、その全てを。

 

「ぶっ倒しますよっ。あの特殊個体ゴーレムっ!!そして、ゆっくりと解剖しましょうっ!!」


 私が“琴ちゃんウェポン(仮名称)”を突き出しながらそう宣言するのに応じて、皆はそれぞれの得物を構えました。


 さーて、どんな風に解剖しようかなー♪


 言ったら怒られそうな気がしたので黙っていますが、正直もう一発あのでっかいビーム打ってほしいです。

 さっきのビーム見て閃いたことがあるんですよ。ほら、かかってこいっ。

100話超えてるのに田中夫妻5階層から進まないですね←

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 結論から言うと、なんやかんやでダメ夫婦ってことですね田中夫妻ww そう言えば昔の商業作品で『自分の周りに亜空間に繋がる穴を複数配置→敵の攻撃を吸い込む→相手の真後ろからその攻撃を…
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