第104話 天才
私達は今。
ダンジョン攻略業務における、最低限のノルマである5階層へと続く階段を上っています。
ボスモンスターはだいたい週1回の感覚でリポップしますからね。
倒せませんでした、という事態に陥ればシフト調整という手間が増えます。最上階以外のボスからドロップする素材は、それなりに市場価値があるので、なるべく倒すことが推奨されます。
まあそれよりも人命の方が優先されますが。
前回、私が特殊個体ゴブリンにぼこぼこにされた時は、シフト調整してもらいました。お手数をおかけしました。
……こほん。
塔型ダンジョンというのは、やはり神聖な雰囲気を纏っていますね。以前、同じギルドの冒険者である鈴田君と攻略した際にも登りましたが……塔型ダンジョンが、なんだかんだ言って一番ファンタジー感を漂わせた場所だと思います。魔物のいないダンジョンが観光名所になるのも納得というものです。
魔物のいない、通称“無害ダンジョン”ですが。結構観光名所としては需要が高いんですよ。
低階層は自然が生い茂っているので、手軽なピクニックの場所としては最適です。ファミリー層がよく遊びに訪れている印象ですね。
上階層となると、まるで人口建造物のように神聖な雰囲気となるのは従来通りです。なので、“冒険者の歴史”などを展示した博物館としての役割を兼ねていることが多いです。
塔型ダンジョンは、外から見える景色も絶景ということで様々な需要がありますね。戦国時代とかだったらお偉い様のお城になってそう。魔窟城……なんちて。
ちなみに洞窟型の無害ダンジョンは、鉱石採掘所みたいな役割を担っていることが多いです。扱いの差よ。
土埃に汚れた作業場のおじさん達が懸命に汗水たらして、洞窟型ダンジョンを行き来しています。今日も家族を養う為。
先導していた麻衣ちゃんは、手に持った「ダンジョン調査書」をこちらへと見せつけてきました。
事前にダンジョン攻略する際に配布される資料ですね。安定した魔石を供給する為に、ダンジョンを攻略する際には必ず、このダンジョン調査書に目を通すことが義務付けられています。
なので私達は当然、5階層のボスモンスターが何なのかは理解しています。
「まあ、皆分かってると思うけどねぇ。ここのダンジョンボスは“ゴーレム”だからねぇ。物理攻撃は通りにくいから気を付けるんだよ~」
間延びした声音で、麻衣ちゃんはそう念押ししました。
ゴーレム。
神話などでは「自立して動く泥人形」とも表現されることが多い存在ですね。私は神話について詳しくないので、あまり深堀しませんが。
ゲームでよく聞く名前ですよね、ゴーレムって。岩のような身体で構築された、頑強な存在というイメージが強いのではないでしょうか。
ダンジョンで登場するゴーレムも、おおよそそのような類です。
体格にして3~5mほど。重さにして5~6トンくらいの石で覆われた頑丈な身体を持っています。
その巨大な肉体をもって、大振りの一撃を放ってくるような、物理特化のモンスターですね。
ですが、その分魔法耐性は脆いです。
そんな物理耐性も、魔法耐性も両立されていようものなら、成す術なんてありませんから。
……前振りじゃありませんよ?
たまったもんじゃないです、そんな化け物なんて出られたら。
そんなボスモンスターを相手にするのは、私達6人の冒険者です。
改めて、レベルも含めて状況を確認しておきましょう。
あっ、皆このダンジョン攻略の中でレベルも上がっているんですよ。特殊個体との戦いも経験したので、当然と言えば当然ですが。
田中 琴:レベル16
田中 恵那斗:レベル10
土屋 由愛:レベル46
花宮 麻衣:レベル75
三上 健吾:レベル42
金山 米治:レベル85
……と、上記のとおりです。
金山さんがダントツでレベルが高いですね。私も恵那斗も、今の姿になるまではそれくらいあったんですよ?
それが今となっては低レベル夫妻です。まあ、技術が腐った訳ではないので問題ないですが。
ちなみに、私の考え方ですが……レベルというものに、あまり大きな意味はないと思っています。
確かにステータスが向上すれば、それだけ打撃だって強くなりますし。受けるダメージも少なくなります。
ですが、それよりもっと重要なのは技術です。
私の主観ですが、どれだけ高いステータスを持っていたとしても、技術がダメだったらそれだけで無能扱いになると思っています。
冒険者の実力というのは、ステータス×技術で計算されるもの。
ステータスが100でも、技術が0.1だったらそれだけでダメです。
反対に、ステータスが10でも、技術が100だったら優秀な人材足りえますね。
それを見抜くのが、人事部の仕事という訳です。パパはなんだかんだそこを見抜くのが上手いです。
ちょっと言い訳がましくなりますが……私が元々ギルド支給の安っぽい装備しかしなかったのも、そういう考え方が元にあったからです。
頑丈な鎧は、低階層の魔物相手にはちょっとやりすぎなくらいです。ゴブリンが持つなまくら短剣程度なら、革の鎧でも防ぐことだって出来ます。
逆に、最上階(あるいは最深部)に近い魔物であれば、防御よりも回避を優先する場面が多くなります。なので、防御力が意味を成す場面というのは少ないんですね。
まあ、魔法耐性もろもろを考えれば、意味が無いとも言い切れませんが……そう言う理由もあって、私はこれまで安っぽい装備しか選んでこなかったです。
ただ合体レッドスライムとの戦闘という一件もあり、これまでの考え方を改めた方が良いかもしれません。
これからの時代、低階層でも特殊個体と邂逅する可能性があります。
そうなれば技術だけではなく、元々のレベル・ステータスも同様に重要視されていくことになるでしょう。
これまで疎かにしていたステータスという方向にこそ、意識を向けなければならないでしょうね。
うーん、ちょっと難しいですけど……。
「金山さん……すごくレベル高いわね」
改めてパーティ内のレベルを確認した上で、恵那斗はそう感嘆とした声を上げました。
その恵那斗の反応に対し、金山さんは「ははは」と声を出して笑います。
「なぁに。長いこと冒険者を続けている結果に過ぎん。そもそも、田中夫妻もそれほどのレベルであったであろう?」
「……それは否定しないけれど。まさかこれほどのレベルに戻されるとは思わなかったわ」
「失ってからこそ初めて気付くこともあるというもの。経験を積むには、良い機会ではないかねぇ?」
「そうね。色々と気づくことも多いわ……本当に」
恵那斗はそこで言葉を切って、意味ありげにこっちを見てきました。
なんですか。なんなんですかっ。
あっ、でも目線が合うとちょっと照れくさいな。えへへ。
そんなやり取りを交わしながら、私達は5階層へと続く大理石の階段を上っていきます。
階段を靴底が叩く度、カツンと小気味良い音が響きます。階段から光の粒子がふわりと舞い上がるのが神秘的ですね。
ここを上り切れば、ボスモンスターであるゴーレムとの邂逅です。
これでも高レベルの冒険者なので、戦闘自体は問題ないでしょう。ですが、大人数ということもあり改めて状況を確認しておきましょう。
「ゆあちーは大ダメージ負っちゃった後だから、前線には極力出さない。それでいいかな」
「……仕方ないよね。ごめん、ことちー」
「特殊個体は想定外だったし。私も管理不足だったから」
「お互い様だね。私は今回、あんまり無理しないでおくよ」
ゆあちーは、普段のような明るさがありません。天真爛漫な笑顔を振りまいてくれないと、私だってちょっとテンションが下がっちゃいます。
なので、不本意ですが。
いつぞやに麻衣ちゃんへと繰り出した、女の子モードで対応しようかな。
踊り場に差し掛かったところで、私は勢いよくゆあちーへと飛びつきました。
「えいっ!」
「わあっ、な、なにっ!?ことちーどうしたの!?ご乱心!?」
「ゆあちーが暗いと私まで暗くなっちゃうよっ。だからほら、元気出してっ」
「……47歳男性がこれやってると思うと犯罪案件」
「ふぐぅっ!!」
思い出せないで下さいよ!
……あっ、思い出すというか意識してるのが正常なんでしょうか?
……まあいっか。
この話を意識しちゃうとシリアス一直線です。琴ちゃんの扱いは繊細です。割れ物注意。
唐突にゆあちーから言葉のカウンターを喰らい、殴られたわけでもないのについ仰け反ってしまいました。
そうなんですよね、見た目という条件を完全に取っ払ってしまえば中年男性が女子高生に抱き着いちゃったという事案です。
おまわりさーん!!こっちですこっち!!私を捕まえてくださいっ!!
そんな胸中のまま、バタバタと忙しなく離れた私を見て、ゆあちーは「ぷっ」と笑みを零しました。
「ぷぷっ、うそうそ。ことちーを47歳男性って見てないよ別に」
「そ、それも複雑なんだけどっ」
う、うーん……どっちに転んでも複雑な心境です。
琴ちゃんメンタルの扱いは難しいです。許せんぞ“女性化の呪い”。
おい三上パパ、失笑すんな。琴ちゃんキックかますぞ。
そうこうしている間に、ゆあちーは「んー」っと大きく背筋を伸ばしました。
「あははっ。ことちー見てたらなんか調子戻ってきたっ。ありがとね」
「ん?え、えっ?」
「うじうじするのはことちーだけで良いもんねっ、心配かけてごめんね?」
「私うじうじしてないよ!?」
「お返しっ」
「むきゅっ」
ゆあちー、私の反論聞いてくれないんですけど!!
しかも、今度は逆に抱き着き返されてしまいました。うう、ステータスで勝てないので引き剥がせません。シャンプーの良い匂いがします。体温が私に伝搬していきます。ふぁああ……。
それから、ゆあちーはにこりと私に微笑みかけました。
「ね、ことちー」
「ん?」
「ことちーってさ、誰かを頼るのヘタクソじゃん?」
「……まあ、うん?」
「じゃあさ、こう考えてみたらどうかな?“頼る”んじゃなくて、皆を“使う”の」
「……!!」
そのゆあちーが発した言葉は天啓でした。
皆を使う。
ゆあちーから受け取った言葉をきっかけとして、色々な発想が駆け巡ります。
頼らなくても良いですね。皆のスペックを活かした立ち回りなら、いくらでも思いつきますよ!!
ロマンが駆け巡ります!!“琴ちゃん”魔法はまだまだ拡大の余地がありますよっ!!
「ゆあちー……」
「どうしたの、ことちー。真剣な顔して……何か、嫌なこと言った?」
私がずいと顔を近づけたものですから、ゆあちーはびくっと怯えた顔を浮かべました。
ですがそんな彼女のリアクションを無視して、私は言葉を続けます。
「……天才?」
「神童ではあるけどね」
「おおーっ!!琴ちゃん魔法はまだまだ成長しますよーっ!!かかってこいゴーレム!!特殊個体だろうが何だろうが、琴ちゃん魔法でねじ伏せてやるっ!!」
「特殊個体はやめて欲しいなあ」
ゆあちーが冷静にツッコミを入れていきますが、私としてはそれどころじゃありません。
まだまだ琴ちゃん魔法は開拓の余地があります。
琴ちゃんウェポン(仮名称)を用いた必殺技だって閃いていますし。
これは楽しみになってきましたねっ!!
視界の端では、金山さんが穏やかな笑みを浮かべていました。
「仲睦まじいのは良いことじゃのぅ。羨ましいわい」
そうぽつりと呟いているのが聴こえました。
なんだかんだで、金山のおじいちゃんもあんまり人の輪に入ることが出来なかった冒険者なんですよね。黎明期でも冒険者を志す人というのは、10~20代の青年期の男性が多かったですし。なので、金山さんと年の近い冒険者というのは全くと言って良いほどいません。
だからこそ、おじいちゃんという枠で馴染んでいたのですが。
今なら、金山さんの寂しい気持ち。少しだけわかりますよ。
「……金山さん」
「どうしたのじゃ?琴ちゃんよ」
「……あははっ」
「なんで笑っておるのかのぅ……?」
これは誘いがいがあるかもしれません。
彼ほどの実力者、定年で引退させるのは惜しいんですよ、私としても。
こっちにおいで。こわくないよ。




