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第102話 低レベルの冒険者2人

「……琴ちゃん、頑張ってポーション飲んでくれてるねぇ……」


 麻衣ちゃんは、ちらりと瓦礫で作り上げたバリケードの後ろで、ちびちびとポーションを飲んでいることちーへと視線を送った。それから、面白そうにくすりと微笑む。

 状況的には、まあ正直笑えないところではあるけどね。


「……っと!なんで、麻衣ちゃんの魔法、効き目薄いんだろ?」

「ほんとに、ねぇっ!不便だよぅ」


 麻衣ちゃんは何度も“時間魔法”を放ち、合体レッドスライム……で良いのかな?頑張って、そいつの動きを止めようとしてくれてる。だけど、いつものようにピタリと時間を止めることが出来ないんだよね。

 効いてはいるんだけど、気持ち遅くなったかなー?程度。それでもないよりはマシかな。


 赤色のジェル状の身体内には、核がふよふよと動いてるのが分かる。


 私——土屋 由愛は大槌を振り回し、その核目掛けて勢いよくぶん殴った。


「とぉりゃーーーーっ!!吹っ飛べぇ!!」


 インパクトの瞬間だけ、ダンジョンアイテムである大槌の重量を最大にする。その瞬間だけズシリと重い感覚に腕をもっていかれそうになるから、ステータスに身を任せて何とか持ちこたえる。


「ピィ……ッ!!」


 合体レッドスライムの、可愛らしい悲鳴が響き渡る。


 全力で放った一打は、合体レッドスライムの身体を大きく震わせた。


 やがてインパクトに耐えられなくなった合体レッドスライムは、だいたい1mくらい吹き飛んだ。ゴロゴロと砂埃を付着させながら、地面を転がっていく。

 だけど、「ピイッ」と身体を震わせたかと思うと、なんてことのないように起き上がった。それから、全身に引っ付いた砂埃を、ジェル状の身体と共に落とす。


「……あんまり効いてなさそう、かな」


 思わず、額に冷や汗が滲む。


 まさか、唐突にこんな厄介な魔物と出会うなんてね。

 

「ことちーの魔法も効かない、私の打撃も効かない……困ったな」


 全くもってジリ貧だよね。


「んきゅ……うぇ……ううう……」

 

 バリケードの中で、ことちーは頑張ってポーション飲んでるし。

 戦線復帰までまだまだ時間かかりそう。

 魔法使い研修の時も泣きながらポーション飲んでたもんね。ちょっとだけ色っぽかったし、私は見てて楽しかったけど。


 

 そう言えば、ことちーには、「怪力ゴリラ」ってことを否定したけど……。

 私のステータスってね。


 【土屋 由愛】

Lv:45

HP:315/315

MP:121/121

物理攻撃:273

物理防御:201

魔法攻撃:125

魔法防御:184

身体加速:78


 ……って、こんな感じなんだよね。完全に物理特化。

 “魔法攻撃”に関しては、低レベルのことちーにも負けてるんじゃないかな。まあ、あの子はステータスに見えない実力を持っているから、例外中の例外なんだけどね。

 

 47歳男性の技術だけ持った女の子って感じ。ことちー自身を、正直47歳男性には見られないよ。

 事実としては受け入れたけど、それはそれ。ことちーは生活能力が壊滅的な、ただの可愛い女の子だよ。


 

 ……あー、よそ見してる暇ないや。


「っと!あー、もう!ほんとにめんどくさいなぁー……っ!」

「ピィッ!」


 ことちーが言うには、スライムは私達冒険者からあふれ出す“魔素”を探知して動いているらしい。私達が呼吸と共に、魔素を取り込む以上、それは避けて通れない話だと思う。

 ……だけど、この特殊個体と思われる合体レッドスライム。多分、普通に視えてる。


 私は素早くバックステップして、合体レッドスライムから距離を取る。隙を縫って殴りつけてるけど、全然ダメージが通らない。

 

「っ、“探知遮断”使ってるのに!」


 麻衣ちゃんが珍しく、焦りの滲んだ表情を浮かべていた。


 合体レッドスライムの身体から分離する形で射出されるのは、ジェル状の弾丸。だけど、そんな弾丸だって大気を穿つ速度で放たれるなら話は別。


「……っ!」


 麻衣ちゃんはそれを紙一重のところで身を屈めて回避した。彼女のみを掠めたジェル状の弾丸は、瓦礫へと着弾。土煙を舞い上げる。


 それから麻衣ちゃんは、隙を縫ってドラゴンの骨格から作り出したらしい高級魔法杖を正面に突き出す。

 両足を広く取り、逆ハの字を作る。素早く安定姿勢を取った麻衣ちゃんは、透き通る声で叫んだ。


「……“氷弾”っ!!」


 すると、麻衣ちゃんの持つ魔法杖の先端に取り付けられた魔玉を中心として、魔法陣が構築。そこから氷霧(ひょうむ)が生み出される。

 やがて魔玉を中心として巻き起こった氷霧は、巨大な氷柱を作り出した。氷柱の向く先は、合体レッドスライムの核。


「はな……てっ!!」


 麻衣ちゃんは、そう覚悟を決めて叫んだ。普段ののんびりとした声音とは全然違うなぁ。

 にしても、さすが全日本冒険者協会の職員。色んな魔法を会得しているんだね。



 米山のおじいちゃんから聞いたんだけど、魔法陣ってね。要は即席の反動抑制装置みたいなものなんだって。マズルブレーキ、とか訳の分からない単語を加えて説明されたけど……。

 魔法陣が無くても魔法自体は発動できるよね。でも、魔法陣を作っておくと、ドカーン!!……っておっきな魔法を放った時にこっちに衝撃が来るのを防ぐことができるらしい。

 でも、魔法発現に掛かるプロセスがひとつ増える訳だから、構築速度が落ちるというデメリットもあるらしいけどね。


 

 そんな魔法陣の先に生み出された氷柱を、麻衣ちゃんは勢いよく弾き飛ばした。


 まるで大砲でも放ったみたい。


 ソニックブームが生まれて、ビリビリと大気が振動する。魔法陣が震えたかと思うと、その衝撃波に耐え切れなくなったんだろうね。光の粒子に飲まれてあっという間に消えちゃった。

 唸りを上げて、瞬く間に氷柱は合体レッドスライムの核を貫く……はずだった。


 けど。


「ピィッ!!」


 合体レッドスライムは、器用に核を動かしてそれを回避。ジェル状の身体を撒き散らしながら、それでも核だけは死守してきた。

 麻衣ちゃんも、まさかそんな風に回避されると思ってなかったんだろうね。「なっ……」と目を丸くして、困惑してる。


 だけど、合体レッドスライムからすればそんな隙こそチャンスだったみたい。身体をバネのように後退させたかと思うと、勢いよく前方に飛び出してきた。

 巨大な弾丸となって、飛び込んでくる合体レッドスライム。その体当たりを受けようものなら、怪我どころじゃ済まないかも。


「……っ!“障壁——」


 麻衣ちゃんは、とっさに“障壁魔法”を展開しようとしてる。だけど、それじゃあ間に合わない。

 構築するよりも先に、麻衣ちゃんに合体レッドスライムの体当たりが直撃するのが先だろうね。麻衣ちゃんのステータスを知っている訳じゃないけど……多分、麻衣ちゃんもことちーと同じ魔法使いステータスだよね?

 きっと。物理攻撃を受けられるようなステータスをしてる訳じゃない。


 

 ——受ける役割は、“物理特化”の私じゃないとね。



「麻衣ちゃんっ!!!!」

「ゆ、由愛ちゃ……っ!?」


 あーあ、なにやってんだか。


 何の躊躇もなく飛び出しちゃった。そして、そのまま大槌の重さを最大にして、勢いよく地面に突き立てる。

 大理石を穿ち、めくれ上がらせる。

 即席のバリケードを構築して、少しでもダメージの軽減を試みた。


「ピィッ——!!」

「……っく……っ!!」


 だけど、焼け石に水。

 なんというか、全身に熱した鉄板を押し付けられたような感覚だった。


 意識が身体から離れかけたから、何とか空中で回収する……そんなイメージかな。


 気づいた時には空中を舞ってて、「由愛ちゃん!!」とか「ゆあちー!!」とか私を呼び掛けてくる声が聞こえる。

 なんだか、自分の話なのに他人事にしか思えない。


「っは……!」


 思いっきり、瓦礫で構築された壁に全身を打ち付けられた。

 激痛が、電気パルスとなって四肢に響き渡る。ビリビリと響く痛みが、手足を痺れさせた。


 ……どれだけの、ダメージを受けたんだろう?

 そのまま、ろくに受け身も取れず地面に倒れ込む。


 冒険者になってから、これほどのダメージを受けたことなんてなかったから。自分のことなのに、分からない。


「ゆあちー、大丈夫!?ねえっ、ねえ!!」

「ことちーは……出て来ちゃ、ダ……メ……」


 地面に倒れ伏した私の隣に、ことちーが慌てて駆け寄ってきた。

 ことちー、なんとかポーションを飲み切ったんだね。口元からポーション零れてるよ?


 でも、ことちー。ことちーはね、飛び出しちゃダメ。

 元々ことちーのステータスって結構低いもん。物理特化の私でさえ、一撃でこうなんだよ?ことちーが合体レッドスライムの攻撃を受けたら、一発で死んじゃう。



 ……うーん、“神童”って呼ばれて、自惚れてたのかもね。



 ——もう、レベルが上がった……!?嘘だろ……!?

 ——これほどの成長速度を持つ冒険者なんて、今までいた?いないよね。やっぱり、“神童”だよ、土屋さん。

 ——ぜひ、うちのギルドに来てほしい。君みたいな人が、冒険者には求められているんだ。進路については保証しよう。



 ……なんて言われちゃったらさ、自惚れちゃうよ。

 だからこそ、現実が見えてなかった。


「っぷ……こ、とちー……に、げ……」

「——っ!!“琴ちゃんバリケード”っ!!」


 ことちーは魔法杖を合体レッドスライムに向けてかざしたかと思うと、巨大な“アイテムボックス”を生み出した。

 それは私達を守る、大きな盾となる。


 用途が違うだけで“琴ちゃんトランポリン”と同じなんだけどな。

 こんな時でもツッコミどころを絶やさないのはさすがことちー。略してさす琴。


 ことちーの呼び方に合わせて“琴ちゃんバリケード”って呼ぶけど……。作り出したバリケードの中で、ことちーは物思いに耽るように顎に手を当ててた。


「麻衣ちゃんの“時間魔法”の効き目が浅い……私と、ゆあちーの攻撃も、なかなか効かない……」

「……こと、ちー……?」

「……なるほど、ただこれは実験が必要そうですね……ふふ」

 

 ことちー……こんな時でも笑顔を絶やさないんだ。

 本当に、知的好奇心だけで動いているんだろうね。


 そんな“琴ちゃんバリケード”の中に、麻衣ちゃんも入ってきた。


「琴ちゃん。なにか分かりそう?」

「うん。多分……」


 ことちーはそこで「だけど」と首を横に振った。長い銀髪が、その動きに伴ってふわりと揺れる。


「やっぱり、私達だけだと厳しい」

「それは、レベル的に?」

「ううん。相性的に……恵那斗が来てくれたら良いんだけど……」


 “恵那斗”と、元妻の名前を出すことちーの表情は、どこか期待に滲んだ顔にも見えた。本当に恵那斗さんのことを想っているんだなーって分かる、可愛らしい顔だね。


 そして、そんな恋人のピンチに訪れるのは、やっぱりヒーローって感じだよね。



「琴!!」

「恵那斗っ!!」


 どこからともなく聞こえた声に、ことちーはぱあっと顔を明るくした。

 それと同時に、ダンジョンの天井に蛇腹剣の切っ先が突き刺さったのが見えた。伸びるワイヤーが、光沢にきらりと煌めく。

 ピンと張ったワイヤーから、1つの人影が動くのが見えた。立体的な軌跡を描いたそれは、私達の元への舞い降りる。


 その人影は、静かに私達の元で着地した。


「琴。大丈夫?」

「私は大丈夫。ただゆあちーが大ダメージ受けちゃった……」

「……そう」

 

 ワイヤーアクションを駆使して、颯爽と現れたのはことちーの元妻——そして、現彼氏の田中 恵那斗。ややこしい扱いだよね。


 天井から伸びたワイヤーを、スマートに蛇腹剣に収納させる。それから、ことちーの隣で倒れている私へと視線を送ってきた。


 恵那斗さんは、申し訳なさそうに眉をひそめる。


「土屋さん、ごめんなさい。無理をさせたのね」

「……恵那斗、さんも、気を付けた方が、いい、よ……あいつ……や、ばい……」

「わかったわ。土屋さんは休んでいなさい、“治癒魔法”」


 私の身体へと、恵那斗さんは静かに左手をかざす。詠唱と共にほんのりと照らされた薄緑色の光が、私を包み込む。

 それと同時に、全身を駆け巡っていた痛みが治まっていくのが分かった。


「もうすぐ“治癒魔法”の熟練度が高い米山さんも到着するわ。それまで、休んでいなさい」

「……わかった。任せるよ」


 私の返事を聞いた恵那斗さんは、こくりと頷く。それから、真剣な表情を作ってことちーに向き直った。


「琴。状況を」

「うん、特殊個体のレッドスライムが現れた。8体のスライムが融合してる」

「琴はどう捉えてるかしら?」

「見た目上は1つの核なんだけど、8つの核がマトリョーシカみたいに重なってるんだと思う。だから、その分致命傷を与えないと」

「分かったわ。とりあえず核を狙えばいいのね」

「うん。だけど、私の“琴ちゃんキャノン”は通じなかった。だから、恵那斗」

「何が言いたいのか分かるわよ。任せなさい」

「お願い」


 ことちーは、すらすらと恵那斗さんに状況の報告と、自分の考察を重ねて伝えた。

 簡単なやり取りなのに、2人の間には入り込む余地すら与えないほどに、強固な絆が存在するのが伝わる。


 それから、ことちーは麻衣ちゃんに「ゆあちーをお願い」と話しかけた。レベルの上では、明らかにことちーの方が下なはずなのに……なんでだろうね。ことちーの方が、頼もしく見えるの。


 麻衣ちゃんでさえも、低レベルのことちーに何も言い返さない。「分かった」と素直に頷いた後、私の隣で身を屈めた。

 

 恵那斗さんは蛇腹剣を静かに正面に構える。その立ち姿はまるで騎士のよう。

 ことちーは、専用武器の魔法杖を両手で構える。だけど、隙あらば自分も斬りかかってやる、みたいな獣じみた雰囲気を感じる。


 低レベルの冒険者2人なのに。

 どうして、これほどまでに安心できるんだろう。


「……任せるね。ことちー、恵那斗さん」

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