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第101話 エリク500

 4階層攻略も順調だと思っていたのも、束の間のことです。


「……ピィッ」「ピッ」


 私達はレッドスライムの群れと邂逅していました。数にして8体。

 体内に核を含有し、それを保護するかのようにジェル状の体が覆っています。

 本来であれば“探知遮断”と“魔素放出”を使用し、淡々とその核を貫いていくところです。

 

 ですが、何となく嫌な予感を感じ取りました。

 

「あのスライム、嫌な予感がする。ちょっと私に任せてくれないかな」

 

 先ほど、麻衣ちゃんから聞いたレッドスライムの特殊個体の話が脳裏をよぎりました。一応、2人に確認を取った上で魔法を発動します。


 声掛け、大事。

 琴ちゃんは怒られたくないのです。うう、パパが怖い。

 


「第4弾、“琴ちゃんトランポリン”っ!」

「ついに略しだしたねことちー」


 ゆあちーがボソッとツッコミを入れました。だって「琴ちゃん魔法シリーズ」って言葉を一々言うのも長ったらしいですし。

 

 私は専用武器である琴ちゃんウェポン(仮名称)を触媒として、”アイテムボックス”を発動させます。この瞬間に、私の足元に大きな”アイテムボックス”が顕現。


「よっと」


 その”アイテムボックス”の中に、何の躊躇もなく飛び込みます。

 

 ずぷりと沈み込むと同時に、生きている存在である私を拒絶する”アイテムボックス”。その反射する勢いに任せて、私は高く跳躍しました。

 ふわりと大きく、纏うワンピースの裾が揺れます。フリルがひらひらと舞うのを視界の端で捉えつつも、私は周囲に群がっていたスライムを見下ろしました。


「ピィ」「ピィッ」


 などと、甲高く可愛らしい鳴き声を発しながら地面を張っているのが見えます。ですが、普段からダンジョンでよく見るスライムと動きは異なります。

 スライムはお互いの魔素を探知する関係で、付かず離れずの距離感を保っています。お互いの身体から放出する魔素を探知することによって、外界からの情報を確認しているんですね。イルカの超音波みたいなものです。レーダーとも言う。


 今回現れたレッドスライムの群れは8体。群れて行動すること自体は、そう珍しいことではありません。


 ですが、うまく説明できないのですが……他の個体よりも、密度が違うんです。

 いつも見かけるスライムよりも、より繋がりが密接になっている気がします。

 

 特殊個体ではないと言うのなら、それはそれで構いません。ですが、念には念を、ですよね。

 

 空中からスライムの群れを確認した私は、魔法杖の先をスライムの群れへと向けました。


 周辺に恵那斗含めた男性陣のグループがいないことを確認してから、脳内で“炎弾”の構築を始めます。

 狙う先は、大理石で出来た地面をはいずり回るスライムの群れです。特殊個体のスペックが分かりませんので、とりあえずぶっ放してしまいましょう。


 無詠唱魔法を会得している以上、ノータイムで“炎弾”を構築できます。後は私の匙加減なんですよね。

 とりあえず、30回分くらい一緒くたにしちゃえばいいでしょうか?


「第1弾っ、“琴ちゃんキャノン”っ!!」


 空中にいる以上、適切な姿勢など取ることは出来ません。なので空気抵抗に身を委ねることにしました。

 特殊個体と推定されるレッドスライムの群れへと、何の躊躇もなく“琴ちゃんキャノン”をぶっ放しました。想像を絶するほどの巨大火球が、大気を巻き込んでいきます。砂煙さえも巻き込む火球は、轟音を鳴らしながら——。


 直後、音が聞こえなくなりました。

 ゆっくりと、しかし確実に落下していく視界が写ります。それと同時に映るのは、高く、天井付近まで唸る灼熱の爆風です。

 

 ダンジョン内というのは不思議なもので、天井が高く設定されています。だいたい10mはあるんじゃないですかね。まるで私達が小さくなったんじゃないかと思うほど、ダンジョン内というのは広大です。

 そんな4階層の天井付近まで、私が放った“琴ちゃんキャノン”の爆風は届いていました。

 赤と橙のコントラストで刻まれた光景ですが、突如としてその炎爆風はぴたりと停滞しました。


「むきゃっ」

「……か、っ……!!」


 自らが放った“琴ちゃんキャノン”の反動によって大きく吹き飛ばされたのでしょう。空中で姿勢を崩した私は、頭から落下するところでした。

 それを受け止めたのは麻衣ちゃんです。どうやら、咄嗟の判断で“時間魔法”を使って、私の落下速度を調整したようです。とんだ芸当ですね。


 彼女は目を見開いて、険しい顔をしています。

 明らかに怒っていますね、これは。


 ですが、“琴ちゃんキャノン”で鼓膜がやられてしまったので、何を言っているのか分かりません。

 

 ちなみに、ゆあちーは瓦礫裏に避難していたようです。その上で、どうやら地面を砕いて即席の盾を生み出したようですね。大槌で大理石を穿った痕跡がありました。めくれ上がった地面が、即席のバリケードを作り出していました。

 彼女もどうやら“琴ちゃん魔法”に対する対応に慣れてきたところのようです。さすが女子高生、適応が早い。“神童”の二つ名は伊達じゃありません。


 そんな大ダメージを受けた鼓膜も、時間経過と共に回復。周囲の環境音が分かるようになってきました。

 パラパラと天井まで舞い上がった石礫が地面にたたきつけられる音が聞こえます。時間差でひび割れる大理石の音が響きます。

 “琴ちゃんキャノン”を受けて、さすがに特殊個体と言えども生存はありえないでしょう。


 ……ありえないですよね?

 えっ、これ。フラグですか?


 鼓膜が回復した頃には、既に麻衣ちゃんは怒っていませんでした。心配そうに私の身体を支えながら、“琴ちゃんキャノン”の爆心地を見据えています。呼吸は荒く、静かに身を屈めていますね。

 思いっきり巻き起こした炎爆風は、麻衣ちゃんが放った“時間魔法”によって、瞬く間に勢いを弱めました。外気に触れることによって、急速に冷却されていきます。

 冷え切った爆風は、やがて瓦礫へと姿を変えていきました。

 そのまま落ちていく瓦礫。


 爆炎の中から現れたのは、フラグ回収でした。


「……ピィッ」

「……なんで?」


 えっ、私が引き立て役ですか?私ですか?琴ちゃんなんですけど?

 

 紛れもなく“琴ちゃんキャノン”は直撃したはずです。ものすごく激しい爆風が、瞬時にレッドスライムの群れを飲み込んだはずです。

 ですが、レッドスライムは“琴ちゃんキャノン”の中で普通に生存していました。


 さすがにその核を纏う肉体こそ損傷したのでしょう。焼け焦げたゲル状の組織が、レッドスライムの辺りに零れ落ちています。

 

 ですが、それでもでかい。

 どうやら私の“琴ちゃんキャノン”を受ける直前に合体したようですね。


 なるほど。これが特殊個体のレッドスライムですか。

 魔法使い研修の中で、冒険者の命を奪ったものと恐らく似通った個体でしょう。


「ピィッ……!」

「っ!」


 その巨体をゆらりと揺らしたかと思うと、巨大レッドスライムは一直線に私へと襲い掛かってきました。どうやら、“琴ちゃんキャノン”をぶっ放してきた私を脅威と取ったようですね。

 ふふんっ、掛かってきなさいっ。琴ちゃんがお相手いたしましょうっ。


 ……と、啖呵を切ってみましたが。


「あれ……っ?」


 足に力が入りません。というか、体全体が重くなったような気分です。

 いきなり足首に重りを乗せられたような、そんな感覚でした。


 なんとなく、原因は分かります。

 そして、私に起きた異変を感じ取ったのでしょう。麻衣ちゃんは素早く私の前に躍り出ました。


「琴ちゃん!瓦礫後ろに下がって!」

「う、うんっ」


 そう私を横目に見ながら、麻衣ちゃんは素早く“時間魔法”を発現。瞬時に巨大レッドスライムの動きを止めてしまいます。

 ですが、どういう訳か麻衣ちゃんが放った“時間魔法”の効き目が薄いようです。

 “時間魔法”に抗うように、レッドスライムはぐぐっと身体を寄せてきます。


「っ、なんでぇ……!?」

 

 まさか“時間魔法”を攻略しようとしてくる魔物がいるとは思わなかったのでしょう。麻衣ちゃんは驚いた様子で目を見開きました。


 ですが、さすが全日本冒険者協会の職員ですね。優先順位を間違えず、私に向けて叫びました。

 ローブの隙間に腕を差し込み、あるものを取り出します。

 

「ステータス確認して、MP無かったらこれ飲んで!!まずいのは諦めて!!」

「っ、わ、分かったっ」


 その言葉と同時に放り投げられたのは、「エリク500」という名前が記された医薬品でした。やっぱり可読性重視の、傍から見たら大容量の栄養ドリンクにしか見えません。相も変わらず茶色のガラス瓶。遮光仕様ですね。

 ちなみにエリク500には白地に赤枠、赤字で「劇」と書かれていました。劇薬らしいです。取扱注意。

 

 私はそれを受取った後、急いでその場を離脱しました。

 

 私はゆあちーの作り出したバリケードの中へと避難。彼女と合流します。

 すると、ゆあちーは呆れた表情をして私を迎え入れてくれました。

 

「ことちー。もしかして、MP尽きた?」

「……そう、かも」

「とりあえず私は先に麻衣ちゃんと合流してくるよ」

「う、うんっ。お願い」


 簡単にやり取りをした後、ゆあちーは素早くバリケードの中から何のためらいもなく飛び出しました。それから、大槌を引きずりながら麻衣ちゃんの元へと合流します。


 ……むう。

 女の子2人に守られるなんて、示しがつかないですよね。


 その前に、まずは状況判断と行きましょう。

 私はポケットに忍ばせていた冒険者証を取り出し、いつもの合言葉を唱えます。


「ステータス・オープン」


 その言葉に呼応するように、例の如く“幻惑魔法”の応用によって作られたステータス画面が、私の眼前に表示されます。

 

 【田中 琴】

Lv:15

HP:132/132

MP:3/276

物理攻撃:51

物理防御:39

魔法攻撃:207

魔法防御:154

身体加速:55

 

 知らない内に、レベルが15になっていました。ダンジョン攻略を繰り返す中で、少しずつレベルが上がっているのは喜ばしい限りですね。MP総量がすごいことになっていますが。

 しかし、現状の私に残されたMPはたったの“3”です。”アイテムボックス”でさえ3回しか使えません。圧殺3回分。

 

 くどいようですが、一応説明しておきます。

 MPの残量は、直接“ステータス”に影響します。MPが0に近づけば近づくほど、“ステータス”の恩恵を失います。

 生身の肉体となった私達では、魔物に太刀打ちできないのです。


 なので、基本的には。

 “物理特化”の人は、MPを使用しないような立ち回りが求められます。

 “呪文特化”の人は、MPをふんだんに使って、ステータスを使用しなくても良いように立ち回ることを求められます。

 冒険者ごとのステータス傾向によっても、立ち回りは大きく分けられます。


 

 私の動きが鈍ったことから、麻衣ちゃんは私のMPが少なくなったことを理解したのでしょうね。だからこそ、この「エリク500」というポーションを渡してくれたのでしょう。さすが全日本冒険者協会、用意が周到です。

 多分、このポーションの由来って「エリクサー」から来ていますよね。


 医薬品の名前から効果は、だいたい推測できます。


 急がなければいけない状況なのは分かっていますが、こういう時ほど確認を怠ってはいけません。素早くエリク500の薬効を確認します。


 [薬効分類名:魔素補填用栄養補給液]


 と、大まかな分類が書かれていました。研修中に散々お世話になったポーションである「マリク500」と異なるのは、その効果発現の速度でしょうね。


 パッケージには「超速効型」という文面が見えます。インスリン注射みたいです。ん?例えが分からない?私みたいな糖尿病の生活指導を受けたことがある中年男性ともなれば、否が応でも知る話なので大丈夫ですよ。


 瓦礫奥から戦況を見れば、巨大スライムがその体躯で暴れようとするのを麻衣ちゃんが抑えてくれています。ゆあちーは、麻衣ちゃんが作り出してくれた隙を狙って、大槌で何度も打ち付けています。

 ですが、ジェル状の身体では衝撃が吸収されてしまいます。肝心の核までインパクトが届かず、困り果てているのが見えました。


 ……しかし、どうして合体スライムには“時間魔法”の効きが浅いのでしょうね?

 少し、考えてみる価値はあるかも知れません。


 その前に、大きな障害があります。


「うう……行かなきゃなのはわかるけど……」


 ポーションの蓋を開ければ、やはりというか薬剤独特のツンと鼻を突くような匂いが漂いました。思わず顔をしかめます。

 研修中、散々ポーションを飲まされた記憶が蘇ります。


「……なんで、こんなポーションって美味しくないんだろうね……うぇ……」


 すみません。一気に飲む度胸がありません。

 前線で戦ってくれている2人に悪いので、思いっきり飲み干そうとしました。ですが、喉が灼けるような感覚と、口の中に広がる想像を絶するレベルのまずさに手が止まってしまいます。

 口腔内の粘膜に、薬剤独特のピリピリとした苦さがへばりつきました。

 

 葛藤する理由がこれなの、すごく嫌です。

 ……頑張ります。


「っぷ……まっず……なんで、こんなまずいの……」


 やっぱり、ポーション……もっと美味しく飲めるように改良した方が良いと思います。

 「美味しくなって新登場!」とかやりましょう。なんでこんなにまずいんですか。


 あー……もう……。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 赤スラくん、見た目通り(?)の『火属性(ないしは火や熱に耐性)』な特殊個体ってことか…琴ちゃんと相性悪過ぎですな。おまけに合体もしてるみたいだし鬱陶しいですね。 >薬マズ過ぎィ…
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