第100話 言葉を話す魔物
ほとんど場の流れでパーティに参加することとなった、全日本冒険者協会の職員として働いている花宮 麻衣ちゃん。
彼女はここ最近になって頻出するようになった“特殊個体”の調査を命じられているそうです。業務多忙となっている原因ですね。
あれから、調査に進展はあったのでしょうか?
ダンジョン攻略も比較的安定していますし、良い機会だから聞いてみましょう。
ゆあちーが放った大槌の一撃で、壁面に衝突してミンチとなったゴブリンを回収している間にも、麻衣ちゃんは真剣な表情をしてダンジョン内を調べて回っていました。
彼女は私達の中で最もレベルが高いはずですが、基本的には必要最低限のサポートのみしか行っていないですね。
高いレベルを持つ実力者ほど、あんまり表に出たがらない印象があります。麻衣ちゃんも恐らくその類でしょう。
力を持っちゃうと、必然的に責任もついて回ってきますもんね。大人って大変。
「麻衣ちゃん、どう?何か“特殊個体”に関する情報って手に入った?」
「ん?あー……えっと……」
「あっ、言えなかったら大丈夫だよ」
「ううん。あんまり“言うな”って上から言われてるけど……琴ちゃんも由愛ちゃんも、当事者だしいっかなぁ……」
そう前置きしてから、麻衣ちゃんは「こほん」と小さく咳払いしました。それから、ぐるりとダンジョン内を見渡した後に、右手に持った魔法杖の石突を地面へと向けました。
「ちょっと長話になるから、邪魔が入らないように時間止めるね」
「あっ、うん」
麻衣ちゃんは軽く魔法杖の石突で地面を叩きます。トン、という音と共に、私達3人を中心として、周辺の時間が停止します。
光の波長を失った空間内において、物体は外界からの光を吸収・反射することは出来なくなります。
光の反射作用を奪われることによって、時間停止の効果を受けた物体はモノクロに変色しました。どの物体に時間停止の作用が掛かっているのか分かりやすいのは、非常にありがたいです。
時間停止魔法って、割とぶっ壊れレベルの魔法という気がするんですが。そんな魔法をひょいと扱うことのできる麻衣ちゃんって、本当に怖い冒険者ですね。
脳とか心臓目掛けて時間魔法を使えば一発じゃないんですかね。……この発想が出ない内は健全です。私の考え方がやばいだけでしょうか?
辺り一帯の時間を停止させた麻衣ちゃんは、私とゆあちーに現状の調査で得られた報告について語り始めました。
「過去の“冒険の書”を全部掘り返して、似たような特殊個体の事例が無いか、探してるんだけどね。今のところ……過去には似たような報告は見つかってないかな」
「ってことは、ここ最近起きた変化ってこと?」
「多分。でも原因も何も分かってないから、今のところは“特殊個体が増えた”以上のことは言えないけどねぇ……」
ちなみに“冒険の書”というのは、冒険者がダンジョン攻略を終えた際にまとめ上げる報告書のことです。ゲームからもじりました。
おきのどくですが、ぼうけんのしょはきえてしまいました。
……なんて報告でも受けようものなら、ものすっっっっごく怒られます(経験者)。昔はこんな報告書も作らなくて良かったんですが、法律で記録を義務付けられてしまったので。そんな裏事情もあって、延々とダンジョンに籠り続けることが難しくなりました。最初の頃はダンジョンにパソコンを持ち込んで記録してたんですけどね。
昔、“アイテムボックス”の中で業務用のパソコンを紛失したので、記録の時には戻れと言われるようになりました。その節は済みませんでした。
田中 琴男は定期的に大目玉を喰らっています。
全部“実力がある”というただ1点で許されてたんですけどねー。んー……。
にしても、麻衣ちゃんの方でも今のところ大きな進展はないようですね。
一応ギルドには「特殊個体が発生したという情報が入ってきました。ダンジョン攻略の際には気を付けましょう」というお知らせメールが回ってきました。それと同時に、特殊個体の特徴についてもある程度書き記されていました。
そこには私の調査報告の文面も引用されています。琴ちゃんは書面上では有名人ですよ。どや?
ですが“特殊個体がダンジョン内に出現するようになった”以上の情報が無い現段階では、推測でしか物事を語れないのでしょう。
全日本冒険者協会という大きな組織である以上、曖昧な情報を流すわけにはいきませんからね。シビアな仕事です。
麻衣ちゃんが曖昧な言葉でしか、返事ができないのも納得というものです。責任重大。
「特殊個体って、動きでしか区別付かない、で合ってる?」
特殊個体と言えば、出会ったことがあるのはゴブリン2体だけですね。雷ゴブリンと水ゴブリン。つくづく、ゴブリンには縁が深いようです。
私の質問に、麻衣ちゃんは「うん」と頷きました。
「ゴブリンは少なくともそうだね」
「ゴブリンは?」
「サイズが違うタイプの特殊個体も居るんだよ。スライムの特殊個体は群れで発生する上、融合したって報告も上がっているし。魔法使い研修で亡くなった冒険者のケースだとね、上位種のレッドスライム同士が融合して巨大化、そのまま押しつぶされたって……なんだか、他人事じゃないよね」
「……そっかぁ」
あー……そう言う話に繋がってくるんですね。
魔法使い研修でも、実際に特殊個体の発生という非常事態の中で、悲しいことにですが……2人亡くなっています。同じ場所で技術を磨いていた同士だけに、関わったことが無いと言えども複雑な心境です。
話を黙って聞いていたゆあちーは、静かに瞳から涙をこぼしていました。他人の痛みが分かる良い子です。
にしてもスライムが融合、ですかー……。元々、スライムって同胞同士で密集することがあるので、特殊個体との区別がつきにくいんですよね。実物を見た訳ではないので、どのような脅威なのか想像もつきませんが……顔面に密着して酸素供給を断って、命を奪ってくるような魔物なので、ステータスは正直アテにならないです。
そこら辺の魔物よりタチ悪いです。ゲームとは違いますからねぇ……うーん。
それに、私だって水ゴブリンとの戦闘で、お腹ぶん殴られて死にかけたので、正直他人事じゃないんですよね。早急なレベル上げを行わないと、2つの戸籍を同時に失うことになっちゃいます。田中 琴と田中 琴男。
「……っ」
あの、身近に死の問題が近づいているの、怖すぎません?
考えただけで鳥肌立ちました。
そんな妄想が先走って怯えているのが分かったのでしょうか。麻衣ちゃんは困ったように笑って左手を口元に持っていきました。
「琴ちゃん、想像力高いもんね?怖がらせちゃってごめんね。よしよし」
「……子供みたいに」
かつての後輩にあやされるのは納得がいきません。不本意です。
なので意図的に頬を膨らませ、ずいと顔を近づけました。
ですが、「かわいっ」と、顔をぱあっと明るくして、そう言われてしまいました。……麻衣ちゃん?
ひとしきり楽しそうに笑った後、麻衣ちゃんは「はー」と大きく息を吐きました。それから、背筋を軽く反らして伸びをします。
「んん……まあ、そう特殊個体なんて出会うものじゃないよねぇ……あっ、そうだ。記録でちょっと気になることあるんだけどさ」
「ん?どうしたの改まって?」
何かを思い出したように、麻衣ちゃんはきょとんとした顔で首をかしげました。
可愛らしい仕草ですが、これが[ピ――]歳の冒険者とは「琴ちゃん?」……なんでもありません。
麻衣ちゃんは可愛らしい、私とほぼ同年代の冒険者です。嘘はついていません。
場の空気を取り直すように、麻衣ちゃんは「こほん」と小さく咳払いしました。
「一時期、ずっとダンジョンに潜ってた経験のある琴ちゃんに聞きたいんだけどさ、“言葉を話す魔物”って見たことある?」
「言葉?ギィ、ギィ、っていうのも言葉だよ?」
「ゴブリン相手じゃなくて、私達と会話して欲しいな」
ゴブリン間のコミュニケーションで発する「ギィ、ギィ」だって言葉ですもん!私間違ったこと言ってないもん!
ゴブリンが「ギィ、ギィ」って鳴いている度にですね。
動物番組みたいに「ゴーちゃんは、お友達と遊びたいみたい!でも、お友達はそんな気分じゃないみたいだね~」とか、絶対そんなこと思ってないだろ、みたいなナレーションを脳内で流してます。
魔物相手にやるの、結構楽しいですよ。シュールです。
正直、ゴブリン基準なら「いる」と答えたいんですけど―……、麻衣ちゃんの質問の意図的に「私達が理解できる言葉で会話してくる魔物」ってことですよね。そうですよね、そこまでぶっ飛んだ考えしてる私が悪いです。すみません。
「……私が、理解できる言葉で会話してくる魔物は、見たことないよ……くっ」
「なんでちょっと悔しそうなの」
「ゴブリンの言葉理解したいぃぃ……」
「琴ちゃんと会話してると本題に進まないなぁ……」
ゆあちーは「また始まったよ」みたいな、やれやれ感を出したまま遠巻きに見てました。癇癪起こした子供を見るような視線やめてもらって良いですか?
それから、私の代わりに話に割って入ってきました。
「もーっ、ことちーが変なことばっか言うから……麻衣ちゃん困惑してるじゃん。私が話進めるから」
「私悪くないよっ」
「く・う・き・よ・むっ!!」
「はいすみません」
仮にも私は47歳男性です。
16歳の現役女子高生に怒られるのって、ものすごい複雑な心境ですね。
コンビニで似たようなシチュエーションを見かけたことありますけど、まさか当事者になるとは思わなかったです。
ゆあちーに関しては私の正体を知った上で、お説教してきているので敵いません。将来優秀な社会人になりますよ。
という訳で、余計な邪念が入り込む私を差し置いて、話を進めてくれました。
「えっと、麻衣ちゃん?そんな話を切り出すってことは、言葉を話す魔物と出会ったって記録があるってこと?」
「そう。そうなのっ。だいたい記録が義務付けられるようになった頃ー……多くの冒険者がダンジョンの崩落に巻き込まれる大惨事が起きた頃だから、25年くらい前かな……その時にね、人型の、言葉を話す魔物?がいたって記録があってね」
「ん?それって普通に冒険者じゃないの?」
「そうだと思うんだけどねぇ。記録残した人も、死んじゃったみたいだし……真実の確かめようがなくて。他にも同じような時期に、似たような記録があったんだけど……昔の冒険者、記録へったくそだねぇ……あんまり参考に出来る情報が無いんだよねぇ。でも、なーんか放置するのも気持ち悪い情報だし」
「あー、ね。分かる、分かるよー。モヤっとするの、解決したいよね」
「そうなのっ。由愛ちゃん良く分かってるねっ」
私の時よりも嬉しそうに会話してますね、麻衣ちゃん……。ゆあちーのコミュニケーション能力の高さはさすがと言ったところです。
というか、しれっと昔の冒険者が書いた記録をディスるのやめてもらって良いですか!?
記録が義務付けられるまで、ほとんど体力仕事で完結していたんですから冒険者業って!
法律改正が悪いんですよ、冒険者にまで社会性が求められるようになったせいで、結構多くの冒険者が引退する羽目になったんですからね?監査で記録についてネチネチと突っ込まれるの嫌すぎますよ、ほんっとにもう……。
冒険者の歴史って、現実と妙な絡み方をしているところはありますね。社会とのすり合わせに苦労した歴史の方が多いです。
……にしても、麻衣ちゃん。シレっと言いましたね。
——多くの冒険者がダンジョンの崩落に巻き込まれる大惨事が起きた頃だから——。
「……覚えてるよ」
あえて、2人には聞こえないようにぽつりと呟きました。
覚えてます。恐らく、私が一番。
私が唯一……大崩落の中で、奇跡的にその場から逃げきることの出来た冒険者ですから。
ずっと、田中 琴男というひねくれた冒険者を育ててくれた先輩。彼が、最後に私を救ってくれたんですから。
あの日から、私はずっと。「死」というものについて、意識せざるを得なくなりました。
「死」とは、「変化」。
それまであったものが、大きく変化して、二度と戻らないこと。私は、死という言葉を……そう捉えています。
不可逆的なんです。
もう女性の生き方を覚えてしまった今では、きっと中年時代の生活には戻れないでしょう。
改めて、問いかけざるを得ませんね。
……田中 琴男は、生きているのでしょうか?
「1人で感情コロコロ変わりすぎだろ」って?知りませんね。琴ちゃんは情緒不安定なんです。多分。




