第二十八章 春を待つ約束
再会の夜から、数日が経った。
雪はやみ、街の空気は少しずつ柔らかさを取り戻していた。
亮は窓辺に座りながら、マグカップからゆらゆらと立ちのぼる湯気を見つめていた。
ココアの甘い香りが、胸の奥の冷たさをほんの少し溶かしてくれる。
あの日の夜、真司の腕の中で泣き疲れて、気がつけば駅近くのカフェで二人並んで座っていた。
あの時、何を話したのか、あまり覚えていない。
ただ、真司の声が優しくて、「ここにいていいんだ」と思えたことだけが、確かに心に残っていた。
次の週末、二人はまた会う約束をした。
約束というより――「もう離れたくない」という気持ちが、自然とそうさせた。
待ち合わせは、冬の公園。
葉を落とした桜の枝が、淡い夕陽を受けて金色に染まっている。
「久しぶりに、ちゃんと会うの、少し緊張するな……」
亮はポケットの中で手をぎゅっと握った。
遠くのベンチに座る真司の姿が見える。
見慣れたシルエットなのに、今は少しだけ大人びて見えた。
「真司」
声をかけると、彼はゆっくり立ち上がった。
雪の日とは違う――春の光が、彼の頬を照らしていた。
「来てくれたんだ」
「当たり前だろ」
自然と笑い合う。
少しぎこちなくても、その笑顔にまた温度が戻っていく。
「なあ、真司」
「うん?」
「俺さ、また一緒にいたい。……もう一度、やり直したいんだ」
真司は少し驚いたように瞬きをして、それから静かに頷いた。
「俺も。ずっとそう思ってた。怖くて言えなかったけど……」
亮はその言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが解けていくのを感じた。
ずっと、寂しさや後悔で固まっていた心が、ようやく春の陽に溶けていくようだった。
そのあと、二人はゆっくり歩き出した。
冬の名残が残る公園の道を、肩が触れそうな距離で。
「この前まで、雪だったのにね」
「うん。でも、もうすぐ春が来る」
「春……か」
真司は歩きながら、ふと亮の手を取った。
その手は少し冷たかったけれど、しっかりと握り返す温もりがそこにあった。
「春になったら、一緒に桜を見よう」
「……約束?」
「うん。ちゃんと約束」
亮は微笑んだ。
その笑顔を見て、真司も静かに笑う。
――離れていても、途切れなかった想い。
それを確かめ合うように、二人の影が並んで伸びていった。
---
夕陽が沈む頃、冷たい風が頬をかすめた。
亮は小さく息を吐き、真司の肩にもたれかかる。
「……ねえ、真司」
「ん?」
「俺さ、あの時、怖かったんだ。君のことが大切すぎて。
失うのが怖くて、ちゃんと信じる勇気が出なかった」
真司はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと答えた。
「俺も。だから、もう二度と離れないようにしよう。
不安も、寂しさも、ちゃんと話そう」
亮は顔を上げて、真司を見つめた。
目の奥に、あの日と同じ優しさがあった。
「約束するよ」
「俺も」
その瞬間、風が止んだように感じた。
枝の先に残った蕾が、春の訪れを静かに待っている。
そして二人もまた――新しい季節の中で、“もう一度出会った恋”を育てていくのだった。
夜空に、星がひとつ瞬いた。
それはまるで、あの冬の日に見失いかけた光が、もう一度二人の胸に戻ってきたようだった。
春を待つ約束。
それは、悲しみの終わりであり、始まりの合図でもあった。




