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第二十六章 君がいない空の下で

 夜の風が窓を揺らした。


 冬が足音を立てて近づいていることを知らせるように、空気は少しずつ冷たくなっていく。


 新の部屋の机の上には開きっぱなしのノートと、一通の手紙があった。


 宛名は「真司」。


 何度も書いては破り、また書き直してきたその文字の歪みが、彼の心の揺れそのものを映しているようだった。


 ――遠く離れた場所で、君は今、何を思っているのだろう。


 俺のことなんて、もう忘れてしまったのかな。


 そんな弱音を吐くたびに、新は自分を責めた。


 「信じる」って約束したのに。


 「離れても、大丈夫」って笑い合ったのに。


 それでも、電話の向こうで聞こえる真司の声が少しだけ他人行儀になったように感じる夜があって、

 LINEの既読がいつもより遅いだけで胸が締めつけられて――


 心のどこかで、不安という名の影が静かに広がっていった。


 そんなある日。


 放課後の帰り道で、新はふと立ち止まった。


 空は群青色で、風に舞う落ち葉がやけに寂しげに見えた。


 ポケットの中にあるスマホを握りしめる。


 指先が震える。


 けれど、どうしても聞きたかった。


 ――「ねえ、真司。今、幸せ?」


 送信ボタンを押す勇気が出ないまま、画面を見つめていると、ふいに通知が点いた。


 〈真司:ごめん、今日は疲れてる。少し寝るね〉


 その短いメッセージに、新の胸がずしんと沈む。

 たったそれだけの言葉なのに、世界の色が変わってしまったようだった。


 ――俺も疲れてるよ、真司。


 ――君がいないこの毎日に、少しずつ慣れていく自分が怖い。


 亮は返信できずに、スマホを握ったまま目を閉じた。


 涙が静かに、頬を伝った。




 一方その頃、真司もまたベッドの上で同じようにスマホを見つめていた。


 亮のメッセージ欄には、未送信の文字が光っている。


 〈亮、ごめんね。〉


 そのあとに続けた言葉は、何度消しても書き直しても、うまく言葉にならなかった。


 ――「寂しい」なんて、言えなかった。


 自分がそんなに弱い人間だと、知られたくなかった。


 でも本当は、新の声を聞きたくて、笑い声を思い出すたびに涙が出そうになっていた。


 机の引き出しから、小さな銀色のペンダントを取り出す。


 中には二人で撮った写真。


 笑い合うあの日の自分たちは、まるで未来を信じ切っている顔をしている。


 ――あの時の僕らに、今の僕を見せたら、どう思うだろう。


 息を殺すように涙を堪えて、真司はそっとペンダントを胸に押し当てた。


 「亮……会いたい」


 声にならない声が、暗い部屋に吸い込まれていく。




 時間だけが、残酷に流れていった。


 お互いに「大丈夫」と言い合いながら、ほんの少しずつ距離が生まれていく。


 まるで冬の空気のように、透明で冷たい隔たりが、二人の間に広がっていくのだった。


 ――それでも、どんなに離れても、君を想うこの気持ちだけは消えなかった。


 手紙の最後に、亮は震える文字で書いた。


 「君がいない空の下で、僕はまだ君を想っている」


 その一文を書き終えたとき、涙でインクが滲んで、文字がぼやけた。


 でもその滲みがまるで“想いの形”のように思えて、亮はそっと微笑んだ。



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