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赤髪の悪だくみ

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 さて。古木君は何とも気持ちの良い顔で眠ってしまったわけだし、首謀者としてこちらも動き始めるとしますかね。

「上手くいくといいけど」

 ……いや、私が上手くいかせるのか。

 彼の声が夢へと落ち空洞となったこの部屋で、自分の放った言葉の適当さに私は鼻を鳴らす。


 それから外に出て、未だ馴染まないこの時代の空気を吸ってみる。私がいる未来よりかは、いくらか自然の味がした。

 心もすっきりしたところで改めてこの病院を眺めてみれば、うん。やっぱりここは今も未来も変わらず随分と大層な病院だった。


 古木君が住み、そして私のお母さんも暮らしているこの街は、ずば抜けて都会というわけではない。建造物は沢山あるし、コンクリートジャングルを彷彿とさせる街並みではあるけれど、それほど活気に満ちているような印象は持てないのだ。


 そんな中で、一つだけ浮いていると言っても何ら差し支えのない建造物があった。明らかにこの街一番のアピールポイントですよと宣言している建物があった。それが、言わずもがな病院だ。


 最高峰の治療が受けたいのならこの街へ。なんて謳い文句が日本各地から聞こえてくるほど、この病院は最大の規模と最先端の医療と最良の医師たちによって構成されている。それは私が生きている二十五年後の未来でも変わりはない。

 つまり何が言いたいのかと言えば、彼はそこまでしてもなお余命宣告を免れなかったということだ。この当時に出来る最大限を、古木暁人は既に享受している。


「まぁだからこそ、なんだけどねー」

 目的地もとい私の拠点へと歩きながら、私は誰にともなく皮肉る。あまりに皮肉めいていたからついつい笑いが込み上げてきそうだった。


 私の拠点とは、病院から五分くらい歩いたところにあるマンションの一室のことを指す。端的に換言すれば私の家だ。

 先立って語った病院ほどではないにしろ、ここも割と大きい方に部類される建物だとは思う。そりゃあもう、私のような一高校生が簡単に住むことなど出来ないくらいには。

 だから私は、一人で現代に来てはいない。


 雑多な音に沈む街並みを歩いてマンションへと辿り着き、私は四十二号室と記された扉に持っていたカードキーを向ける。

 中に入れば全く無機質な空間が待っていた。何も調理器具がないキッチン。カーペットの敷かれていない寒々しい床。起動する気配のないただの黒いモニター。どれもこれも味気ないと言ったらない。……まぁ単に最近住んだばかりで何も設備を整えていないだけなんだけど。


 そして、そんな部屋にぽつねんと佇んでいる彼に、私は視線を向けて。

「ただいまですよー、ひいらーぎさーん」

「あーうん、おかえり」

 白衣を纏い長い黒髪をハーフアップみたいにしている彼。うん、相変わらず愛想が悪い。こんな美少女が愛嬌を出しているのだから、照れの一つでも見せて欲しいものだった。

 つって、十歳も離れている相手にそれも親戚に、恥じらいの感情を向けろと言う方が酷な話か。

 時代が変われど何も態度は変わらないこの人に軽くため息を吐いて、私は近くの机にあった何枚ものプリントを見つける。


「あーれ柊さん、せっかく過去にまでやってきたっていうのにまた研究してたの? 他にやることないの?」

 プリントには何やら様々なアルファベットが並んだ化学式的なものがあったりと、それらを見ているだけで頭が痛くなってきそうだった。ので、悪態をつく。

「失礼だね君は。悪いが、私は別に旅行気分でここにやってきているわけじゃない。これも仕事の一環なんだよ」

 持っていたプリントを手でパシパシと叩きながら、柊さんは講釈を垂れる。


「ふーん。大変だね研究職ってやつは」

 特段興味もないので適当に返事をしておく。それに私は知っている。先ほどなんだかんだと言い訳を捲し立てていたけれど、本当は私を一人で行かせないために、一緒にやって来てくれたのだということを。私の計画の、一番の協力者であるということを。


「ていうかなんで紙? いつもならこういうデータ、空間にカッコよくディスプレイ表示させてたじゃん」

 私の疑問にあーと彼は調子を変えて。

「この時代にはそこまであの技術は普及していないし、基本的にはまだ紙が主体だからね。今アレを展開するにはこの空間そのものが適応されていない。完全にペーパーレスになって、両手が塞がれずに済むようになるのはあと十年以上も先の話だよ」

「ほぉー、んじゃあ私たちの時代って何も気にしてなかったけど相当便利だったんだねぇ」

 椅子に腰かけ、私はプリントをぺらぺらと弄ぶ。こういう紙媒体の資料を見て触るのももう馴染みのないものになっていたから、なんだか新鮮な気分だった。


「くくっ」

 すると柊さんはいきなりおかしそうに笑い出した。

 下瞼付近まである一房の前髪が提灯のように妖しく揺れている。

「なら、そんな素晴らしい未来に生まれてくることが出来て、君は良かったかい?」

 沈黙は、僅かに。彼の嫌味たっぷりな言葉に私は顔を顰める。


「……良いわけないでしょ。何のためにここに来たと思ってんのさ」

「そうだったね、これは失礼。私としたことが愚問も愚問だったようだ」

 飄々と言葉を返し、柊さんは散らかっていた研究資料をそそくさと集め始める。ったく。年端も行かないガキがこんなことを思うのは驕っているだろうが、私は彼をどうやったって手駒に出来る気がしない。


「であれば、君の方はさぞかし順調だったのだろうね?」

 資料を綺麗にまとめて机に置いてから、どこかで買ってきたらしいペットボトル片手に柊さんは訊ねる。

その質問の意図を理解出来ない私ではなかった。

「んーまぁね。今のところは首尾上々って感じだよ。計画の内容は伝えられたし、予定通り古木君も生きている。だからロープの準備は万端。後はいかに首を持っていくかってところかな」

「ふむ。そうか……。一歩は、もう踏み始めたか」

 ふと。柊さんはそこで悲しいような寂しいような、もしくは憐れむような表情で小さく笑った。その表情に、私は気づかないふりをする。


「今更過ぎる質問だけれど」

 彼はそう前置いて、先を紡ぐ。

「花凛。君は……本当にやるのかい? 本当に、全てを壊すつもりなのかい?」

「うん」

 考える暇はいらなかった。

「これからを、生きていくつもりはないのかい?」

「うん」

 考える必要はなかった。

「君には、情状酌量の余地が残っているというのに?」

「うん」

 考えるまでも、なかった。


 私にとっては、これは何の価値にもならない押し問答だった。

 もう、どうでもいいんだ。何もかもが、私には。

 私は、生きていたいなんて思えない。思いたくもない。希望とか夢とか将来とか可能性とか意味とか、そんな涙ぐましいものはとうにこの手には持っちゃいないから。持つ資格など、私にはないから。


 だから。


 だから私は彼女が、お母さんが幸せになってくれればそれでいいんだ。そしてこの計画は、それを叶える唯一と言っていい方法なんだ。引き返すなんて選択は絶対にあるわけがなかった。


「……分かってたさ」

 柊さんは呆れたように嘆息をした。

「君が意志を曲げないことくらいは。私だって、別に君の境遇に共感出来ないというわけでもないからね。親を憎む気持ちも、自分を投げやりたい気持ちも、積み重ねた分だけ揺るがなくなっていくものだ」


 私は、ただ頷く。私に共感出来るとした彼をつっぱねるつもりもなかった。あなたに私の何が分かるのなんて、言えるはずがなかった。だって、柊さんも同じだから。


 (ひいらぎ)(しゅう)。――自分の息子にこんな名前を付ける人間が、彼の両親なのだ。それだけでどんな扱いを受けていたのか想像は出来てしまう。


「しかしね」

 柊さんは転調して。

「こちらとしては少々不安なんだ。君はどうでもいいのだろうが、計画が全て終わって私が未来に帰った時、世界がまるきり廃墟になっていましたなんてこともあり得るのだよ?」

「あー、バタフライ何たらってやつ?」

 なるほど。柊さんが危惧していたのは、そういうことだったらしい。確かに自分の裁量一つがもしかしたら世界の命運を握っているとなると、体は動かせなくなるってなものだろう。

 とは言え、彼が言うように私にとっては気に留めるまでもないものだった。


「まぁ、どうにかなるっしょ」

「どうにかって……はぁ。自殺に関してはもう止めはしないから、せめてその後先を考えない刹那的な生き方だけは、どうにかしてもらいたいものだね」

「違うよ柊さん。自殺をするから、こういう生き方なんだ」

 私の返答に、心底嫌そうに顔を歪ませてこめかみに手をやる苦労人さん。さっきの仕返しは、無事上手くいったらしい。


 そこから、適度に雑談をしたのち。

「――さて、お喋りもここら辺にして、そろそろ本題に入ってもいいかな?」

「ああ」

 二人揃って、思考のチャンネルを自殺の計画へとシフトさせた。

「オッケー。んじゃ早速だけど、柊さん。例の物は? 出来てる? ある? まさか研究にお熱で忘れてたってことないよね」

「私がそんなヘマをするわけがないだろう。ちゃんと出来ているし、あるよ」

 そう言うが早いか、彼は洗面所へと足を運ばせて、戻ってきた時には「ほら」とあるものを私に差し出す。


 それを目にした瞬間。

「うっわ! 可愛い!」

 私の瞳はきっと、輝いていた。


 柊さんが持ってきてくれたのは、一着の制服だった。紺色の落ち着いたブレザーと青のネクタイにグレーでチェックのスカート。加えてベージュのベストと白ワイシャツ。そう。古木君とお母さんが通っている学校の制服である。


「あと、これね」

 続けて柊さんが渡したのは「柊 花凛」と書かれた学生証。流石柊さん。全て注文通りだ。


 柊さんには、私が古木君と接触を図っている間にとある事柄を進めてもらうように頼んでいた。それが、これだ。つまり、学校への侵入。


 私が転校生になることで、自然な流れで彼と彼女に接触し結ばせられると考えたのだ。年もちょうど同い年だし、あと久しぶりに学校行ってみたいし。


 というわけで、私は未来人の身ながら学校に入学することにしたのだった。この学生証の通り、諸々動きやすく出来るよう苗字を柊さん名義に変えて。


「んもう柊さん完璧すぎ。スキスキスーだよ」

「古いね。君が知っているのが不思議なぐらい古いね。……と、そういえばこれも渡し忘れていた」

 すると柊さんはポケットに手を収めたことで思い出したのか、そう言って私にもう一つ綺麗な箱包みを投げ渡す。思わず受け取ってしまったが、なんだろうこれ。必要なものはさっきので全て揃っていたはずだが。


「これって……チョーカー?」

 開けてみれば、それは未来ではもう廃れてしまった懐かしきファッションアイテムだった。

 黒色でシンプルながらも小さく刻まれたブランド名が洒落ていて、金属面がほとんどないので首輪っぽくも見えない。これを着ければ、まぁこの当時の若者っぽくは見えるだろう。しかし、何故これが。


「私からのプレゼントだ。激励品と言い換えてもいい。一応断わっておくけれど、それを選んだことに邪な意味はないから。あるのは……まぁ、その、ね」

「あー、そういうこと」

 尻すぼみになった彼の言葉に合点がいって、私は首に手を当てる。

 隠すため、か。


 私とて、何も最初から古木君に語った自殺の方法を思いついたわけではなかった。もっと原始的に、この時代の人間でも容易に出来るような自殺をしようとした時もあった。

 というか、した。してしまった。お母さんへの罪悪感に駆られ、私は、衝動的に楽になろうとした。


 もしその時柊さんが助けに入っていなければ、私は一人寂しく死んでいたのだと思う。誰も幸せにさせないままに。誰もを、不幸にして。そんなことは、あっていいわけがないというのに。

 だからこれは、私の首に残るこの痕は、自分への戒めだった。


「どう、似合ってる?」

 早速制服とチョーカーを身に着けて、私は柊さんに愛らしいポーズを見せる。このチョーカーは私に合うように考え抜かれたものなのか首に付けても圧迫感はなく、痕も綺麗に隠れているようだった。


「あぁ、似合っているとも」

 優し気な顔で素直に感想を告げる彼に、私は少し驚きつつ。

「ありがと」

 と、こちらも茶化さずに答えた。


「いやーしっかし」

 少しだけ沈んだ空気を、私は声を張って取っ払う。

「これで全部が整っていよいよ本格的に始動ってわけだけど、長かったねーここまで」

「長かったのは、君に判決が下されるまでの時間だったけれどね」

「痛いとこつくなぁ……まぁいいじゃん細かいことは。とにかく、ここからが私のミッション本番って感じなんだよ。ってことで柊さん。残りのタイムリミットは?」

「約三ヶ月だよ。そこの冷蔵庫に付けてある」

 と言って、キッチンの方向に指をさす柊さん。

「ほんとだ」


 示された冷蔵庫へと近づいて、私は丸っこいタイマーのようなものを手に取る。私の手に収まるぐらいちっちゃなそれには、確かにデジタル数字で三ヶ月の期間を示す時間がゆっくりとカウントダウンをしていた。


 古木君には何も伝えてはいなかったが、実は私たちのタイムリープは制限時間付きだった。というのも今回ここに来ることが出来たのは、ある種試験運用的なものだったのだ。

 そのため、何年も長い間滞在出来るほどの機能は、このタイムマシンには施されていなかった。


 そう。タイムマシン。何を隠そうこのタイマーこそが、私たちが使ったタイムマシンである。

 しょぼくれた見た目とあまりにも簡素的な造りのせいで、本当に時間遡行が出来るのか全くもって疑わしいが、事実、これにある「スタート」というボタンを押したことで私たちはここに来ているので何も文句は言えない。

 そして隣にある「リセット」を押せば未来に戻り、カウントダウンを使い果たすと強制的に戻されるというカラクリになっているらしい。


「にしても、三ヶ月、ね」

 ぼそりと、小さく。なんでもないことだろう。単なる偶然の一致だろう。それでも何か彼との間にくだらない繋がりめいたものを感じて、私は落ちた言の葉を「はっ」と笑い飛ばした。

「まぁ一人の少年の恋路を実らせるには、少々心もとない制限時間だろうか。……いや、元々仲はそこそこ良いようだし、むしろ余裕があるくらいなのかな」

 そんな私には気が付かず柊さんは思考を巡らせる。あるいはふり、なのかもしれないけれど。


「私的には結構時間があると見てるよ。私のこのスーパーパーペキなプラン通りに行くなら、お母さんを二ヶ月ぐらいで落とせる自信あるもん」

「これまた古いね。パーペキって。この時代でも死語じゃないか。……しかし、二ヶ月とは。大きく出たものだ」

「つっても、あくまで推測ってだけだけどね。どうせ私の人生だ。ハプニングやイレギュラーが起こるかも分からない。だから早々に動き始めるつもりだよ」

「ほぉ。それじゃあ、今すぐにでも?」

 彼の問いに、私はにやりと笑って。


「いや寝ます」

「あぁ……うん」

 いたたまれなさそうに、机の研究資料に目を落とす柊さん。

 古木君じゃないけれど、私もこの時代に来て目まぐるしい未来とのギャップに結構疲れているんだ。これから実行していく計画のためにも、出来るだけ今はしっかりと英気を養っておきたかった。


 着ていた制服とチョーカーを今度は未来の技術お手製のパジャマへと着替えて、私は自分の寝室へと駆け込んだのだった。


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