メリーバッドエンドをあなたに。
28
「名前呼びで思い出したけどさ、結局あの先輩方涼夜君のこと最後まで小さい木だと思ってたんだよね」
弁当も食べ終えて、囁く風と木漏れ日が心地良い時間帯。真琴さんの言の葉が風に乗る。
「まぁむしろそれで良かったと思うけどね僕は。同じ漢字でただ読みが『ふるき』と『こぎ』で違うっていうのもややこしいよ」
「うーん分からなくもないけどさぁ、だからって小さい木呼びを訂正しないのも変でしょー」
「そこはなんか、もうめんどくさかった」
「出た、涼夜君のめんどくさがり」
うわーっと引いたような顔を作る真琴さん。そこまでされると、反論もしたくなる。
「いいじゃないか、最終的にはほとんど皆名前呼びだったんだから」
「まぁ、それもそっか」
真琴さんは簡単に引き下がった。元から大して気にしてることでもなかったらしい。しかし僕としては、今でこそ下で呼んでくれるが前までは真琴さんだけが僕を「古木君」と苗字呼びだったのだ。それはそれで、存外特別感があって嬉しかったりしていた。 こんなこと、彼女には絶対言わないけれど。
「あ! そうだそうだ。先輩ついでにもう一つ思い出した」
真琴さんは好奇心に満ちた目でこちらを見て。
「花凛さんに殴られたって本当?」
「うぐ」
思わず恐ろしい記憶が蘇ってきた。
僕の反応を見て面白そうに真琴さんが笑う。
「本当っぽいね。えなになに? なんで殴られたの?」
ワクワクした瞳で答えを待っている。あまり言いたくもなかったが、この瞳には敵わなかった。
「……花凛さんの生きた世界だとさ、僕が暁人に道を譲ってるんだよ。恋敵に、なってないんだよ。だから、その……それで、意気地なしってことで」
「殴られた?」
「……はい」
答えれば、心底面白そうに笑われる。想い人本人を目の前に語って笑われるのは、なんというかとてつもないくらい恥ずかしかった。
ちなみに後日談で言うと、それから先輩方が帰って花凛さんと二人になった時に、僕は薬を飲まされた。真琴さんも飲まされたという、あの薬を。おかげで僕は計画を知って、その後、彼にそれがバレないようにしつつ宣戦布告をしたというわけだ。
「あれ、やっば! 次私講義だった! ごめん涼夜君そういうわけだから、またね!」
一頻り笑ったのち、真琴さんは慌ててこのベンチから去っていく。花凛さんの記憶の中にいた真琴さんとは、年齢が違うからかもしれないが、大違いだった。けれど、僕にはそんな彼女が幸せそうに見えた。
走る真琴さんが見えなくなるまで、手を振る。これからもずっと、今の彼女でいられるように、僕は頑張らなければと心に、花凛さんに誓った。
――あぁそうだ。一つだけ間違っていた。僕が飲まされた薬は、真琴さんとは少し違う。真琴さんは知らないのだ。花凛さんの終着点を、そこに至るまでの感情も。だから彼女は、ただ選んだだけに過ぎない。僕と彼のどちらかを。選ばれなかった彼が、未来で罪を犯す彼がどうなったか、彼女は知らない。
僕には、伝えられていた。つまるところこれは、悪魔の契約だった。古木暁人の殺人を容認する代わりに、恋する人間と付き合うことが出来るという、そんな契約。そして、花凛さんからはこうも伝えられていた。
お母さんには、この結末を何が何でも隠し通せと。古木暁人が死んだという事実を、絶対にバレないようにしろと。
現段階で、彼女にはバレていない。彼女は幸せそのものだ。僕だけが、幸せとともに罪悪感を募らせている。
だから。
だからこれはそう。
花凛さんらしく言うのならこの物語は、見方によって人によって抱く想いが変わる。
あぁくそ、花凛さんめ。僕が計画に同意した時に告げた言葉は、そういう意味だったのか。
確かにそうだ。これはまさしく。
メリーバッドエンドだ。




