あえかな未来
26
僕が今いるのは、未来だ。彼女――日暮花凛がいなければ実現し得なかった、そんなあえかな未来に僕はいる。
彼女と出会って、真琴さんと付き合ってから、どのくらいの時間が経っただろうか。あの非現実的で思惑めいた日々は、懐かしいような気もするが昨日のことのようにも思える。それほどまでに、あの赤髪の少女の存在は僕の人生に大きな影響を与えていた。
彼女には、感謝しかなかった。僕の諦めていた願いを叶えてくれた彼女。頭が上がらないという言葉は、きっとこういう時に使うだろう。
……今はもう、見上げなければこの想いも届かないだろうけれど。
「――古木くーん」
遠くから、僕の大切な人の声が聞こえてくる。この幸せな状況だって、あの未来人の賜物だ。
今は二十歳。大学生。青春のステージは、校舎を飛び越えて自由に華々しく舞い踊る。
陽気に手を振る彼女に軽く振り返して、僕も歩みを寄せる。
「古木君これからお昼?」
真琴さんは僕の隣にやって来て、こてんと小首を傾げる。耳には、僕がクリスマスプレゼントのお返しにと、前に渡したイヤリングが着けられていた。
「うん。学食に行こうと思って」
「そっか、それなら良かった。お弁当作ってきたの。一緒に食べない?」
言って、彼女は自信満々に提げていたバッグを僕に掲げる。当然、了承した。
近くのベンチに座って、真琴さんの弁当を頂く。色合いも栄養も均整のとれたとても絶品な弁当だ。前々から真琴さんの料理を頂くことはあったが、何だか日に日に上達しているような気がする。
「こうやってベンチに座ってると、あの日のことを思い出すね」
僕が彼女の家庭的なところを噛みしめていると、真琴さんはやや上を向いてそう言った。きっと、告白をした日のことだろう。
「あの日から比べると、僕たちは結構お互いのことを知れたよね」
「そうだね、古木君は思ったよりもずぼらだった」
「真琴さんだって、朝はびっくりするぐらい不機嫌だった」
互いに挑発的な視線を向け合って、そして笑い合う。あれから、色んなことを知った。知らない部分、知るべき部分、知らなくていい部分、知りたくない部分、沢山のことを知った。
それでも僕らは、今もなおこの関係が続いている。より、強固になって。
「……ねぇ、真琴さん」
「んー?」
だから試しに、訊ねてみることにした。
「君はまだ、自分が冷たい人間だって、何かが欠落しているって、思ってる?」
「うーん。そうだなぁ」
僕の問いに間延びした声で返事をして。彼女は弁当の箸を置き、口を拭う。
そして。
「これが答えかな」
僕の頬に、口づけをした。
「…………」
数秒固まって。
「なっ、なっ……」
上手く言葉を出せない僕。もう付き合って随分と経つというのに、初心すぎる僕だった。
そんな僕を見て、真琴さんはおかしそうに笑っている。からかう真琴さんも未だ健在だ。
「そういうところは、ほんと変わらないね。古木君」
彼女も僕に対して同じようなことを思っていたらしい。眇めるように僕は彼女に視線を送る。ともあれ、彼女が自分のことを少しは信頼出来ているのなら、好きになれているのなら、僕としては十分だ。
ただ、やられっぱなしというのも性に合わないので、僕は少し反撃をしてみることにした。
「真琴さん、もう付き合って二年以上は経っているんだ。そろそろ名前呼びに変えてくれてもいいんじゃない?」
僕のカウンターを想定していなかったのか、真琴さんはきょとんとする。
それから僅かに、彼女は逡巡し。
「……そうだね」
笑って。
「えっと、じゃあ改めて。これからもよろしくね」
確かに、僕の名前を呼んだ。
「――涼夜君」




