告白
24
クリスマスイブになった。僕らの終わりが近かった。明日には、花凛さんはこの時代からいなくなってしまう。その前に、その前に。
ここまでデートは十分すぎるほどに行われている。確信はないけれど、真琴さんを楽しませる振舞いもプランも出来ているつもりだ。僕に対する接し方も、以前とは少しずつ変わっていっているような気がするし。好意的には、見てくれているのだろう。
だから。
僕は、この最後のデートで彼女と決着をつける。彼女に、日暮真琴に――告白をする。
そう覚悟を決めて、僕は新調した靴の紐を結び直し彼女との待ち合わせ場所に向かった。
「やぁ、日暮さん」
「古木君」
僕らが合流したのは、この街最大のショッピングモールだった。クリスマスというだけあって、モール内は沢山の人でごった返していた。
「お互い、集合の三時より早めについちゃったね」
真琴さんはくすくすと笑う。
「まぁ、遅れるよりましだから」
応じて、僕は真琴さんの服装を眺めた。ローファーと黒のハイウエストパンツに、白いタートルネック。 上着には暖かそうなベージュのトレンチコートを着ている。伸びてきた彼女の髪も相まって、愛らしさとともに大人らしさも感じられるようになっていた。まさに、最強って感じだ。
「服、似合ってるよ。すっげー可愛い」
「あ、ありがとう」
ばつの悪そうに、耳に髪をかける真琴さん。少しは効いているのだろうか。
「古木君も似合ってるよ」
お返しとばかりに。僕の恰好はいつも通りと言えばいつも通りだ。スニーカーとグレーのスキニーパンツ、白シャツの上から濃いブラウンのニット。後は黒のジャケットだ。女子と一緒に歩くのだし、僕に出来るカッコいい自分を最大限に引き出した服装である。
「ありがとう」
軽く感謝を述べて、僕らは同時に歩き出した。
今回のデートの大一番はイルミネーションだ。今日の夜中にショッピングモールから少し離れた場所で、街路樹だったりツリーだったりの様々な装飾品が色鮮やかに彩られるイベントが行われる。デートの最後を飾るにはこれ以上ない機会だろう。
とは言え、そのイベントのためだけに集まるというのも何だか味気なくて勿体ないので、こうしてショッピングモールで買い物デートと洒落込んでいるわけだ。
「僕、こういうとこ来るの割と久しぶりかも」
目も眩む店たちが立ち並ぶ通りを歩きながらに、僕は言葉を零す。艶やかすぎる場所というのは、色々と疲れるので。
「そうなの? じゃあせっかくだし沢山見て回ろっか」
僕を覗きこむようにして、にししと真琴さんは笑う。
不思議なもので、彼女となら、僕はどこへだっていけそうな気になる。どんなに気が進まない場所でも、楽しめそうな気がしてくる。本当に、恋とは恐ろしい。
そうして一つ目に訪れたのは、眼鏡店だった。……僕たち二人とも眼鏡していないのに。
「え。しょっぱなここなの?」
「うん。いいじゃん、物珍しさには物珍しさを重ねてこ?」
「まぁ、君がそう言うなら」
無邪気な言葉に返答して、早速物色を始めてみる。しかし、眼鏡なんて今まで一度もしたことがないし、どんなものが良いのかなんて分からないから楽しめないだろう。
と、思っていたのだが。なかなかどうして興味深い。最近では、度がそこまで高くないファッション的側面の強い眼鏡もあったりしているらしく、「テレビで話題のあの人も身に着けています!」みたいな売り文句が書いてある。確かに韓国系男子ってやつは、薄めの丸眼鏡とか結構してたりするもんな……。
他にも、ブルーライトカット眼鏡なんてものも。僕たちスマホやパソコンに毒された若者には、何ともありがたい商品だ。デザインもそこまでダサいものでもない。あれ、なんかいいぞ。欲しくなってきたな。
「見て見て古木君! これ可愛くない?」
僕が眼鏡物色に夢中になりつつあると、真琴さんがワントーン高まった声で呼ぶ。
振り返ってみれば、そこには普通の眼鏡よりもサイズの大きなクラシックデザインと呼ばれる眼鏡を付けた真琴さんがいた。ふふんとしたり顔で。
肩まで伸びていた髪も相まって、お淑やかな雰囲気が醸し出されている。うん。眼鏡も良いな。
「可愛いよ。ほんとに」
「でしょー? これ買っちゃおうかな」
「そっちもだけど、今は日暮さんに言った」
「……あ、そ、そっか」
もじもじとしながら、眼鏡を外して弄ぶ真琴さん。告白すると決めているからだろうか、今日の僕には恥じらいというものがなかった。今ならどんどん彼女を褒め散らかせそうだ。
僕の攻撃の甲斐あってか、真琴さんはその眼鏡を購入したようだった。ちなみに、僕もブルーライトカット眼鏡を一つ。大分高かったけど。
次に訪れたのは、書店。小説や漫画、雑誌に参考書など幅広い本が並んでいる書店にやって来た。ペーパーレス化や読書離れが進行している昨今、多くの書店が衰退の一途を辿っているらしいのに、ここは随分と活気に溢れていた。このモール内でも、かなり目立つぐらいの規模である。
ここに行こうと言い出したのは、先ほどと同様真琴さん。彼女には、いまいち本を読むという習慣があるようには思えなかったのだが、店に入るが早いか瞳をキラキラと輝かせていた。まぁ、気持ち的には分からなくもない。ずらーっと本が並んでるとテンション上がるんだよな。
ふと思い立って、僕は小難しそうな本が陳列されている棚へと向かった。時間遡行に関する本がないかと気になったのだ。
「……と、あった」
探せば結構あるもので、何十冊ぐらいある中から比較的簡単そうな本を何冊か手に取り開いてみる。
簡単そうとは言っても、流石は科学の専門分野。容易に咀嚼出来るものではなかったが、どの本にも共通して書かれていた結論は、過去改変は不可能だというものだった。
「はは。すごいな」
僕はつい苦笑してしまう。これを花凛さんに見せたらどんな反応をするだろうか。全力で馬鹿にしそうだな。
「なーに読んでるの?」
するとひょっこりと。僕の右肩から顔が飛び出してきた。
「おわっ! 日暮さん、びっくりした」
驚く僕を全く気にしないかのように視線は本へと向かっていた。というか顔が近い。なんかいい匂いするし……。
「なになに、タイムマシン論……。面白そうなの読んでるね」
「ほとんど理解は出来てないけどね」
「あはは! だよね。私も言ってみただけー」
小さく笑う彼女。こういう本を読んでおいて勝手だが、結局タイムスリップとかは、変に異論とかを思考に入れず感覚で楽しんだ方が良さそうである。
「日暮さんの方は、何か良い本でも――」
見つかった? と訊こうと隣を見て。想像以上に僕に近づいていた真琴さんに思わずのけぞった。ドキドキと、心臓がうるさく顔が熱い。だというのに、真琴さんの方は理解の及ばないような表情で小首を傾げていた。くそっ。なんでこういうのでは照れないんだよ。
攻めるのは強いが守りは弱い僕だった。いたたまれなくなった僕は急いで本たちを棚に戻して、書店を後にする。彼女も要領を得ないままだったが、とことこと僕についてくるだけで言及はしてこず、何とかそれで事なきは得た。ほんと、彼女の距離感は心臓に悪い……。
と、まぁそんな具合で。僕らのショッピングデートは続いていった。書店の次はアパレル、ブランド店、ペットショップにゲームセンターなどなど。どれもこれもで楽しいひと時を過ごした。これだけ回っても、まだまだ全店舗にはほど遠いと言うのだから、その規模は果てしない。途中、中央のエリアでヒーローショーなんてものもやっていて、つい見入ってしまった僕を見て真琴さんはおかしそうに笑っていた。
そうして、時間は過ぎていき。
外に出れば、空は星を着飾っていた。皆目的は同じだったのかイルミネーションが始まると、ショッピングモールから沢山の人がこぞって出ていく。人波に飲まれるように、僕らもその通りへと足を運ばせた。
光は、僕らを抱きしめていた。
「うわぁ。綺麗……」
木にはもちろん枝葉の全てにすら光が灯る様を見て、真琴さんは吐息を零す。ちょうど降っている雪も黄金色に瞬いており、闇に覆われた空には思えないほど眩しく輝かしかった。幻想的で、圧巻で、壮観で、何より美しかった。
そして、それに言葉を失っている彼女も。
「ね、ね。あっちも見に行こ!」
天真に僕の手は引かれる。もっと見たいと感情が行動に現れていた。逸る彼女を愛おしく思いながら、僕も手を握り返した。
人の流れに沿って、進んでいく。僕らを歓迎するように覆われた街路樹を歩いて、トンネルの閉塞的な美しさも楽しんで、中心に拵えられた最大の輝きを放つツリーに圧倒されて。
誰も彼もが、この光景に、この時間に、心を奪われていた。
「いやーすごいね。流石クリスマスって感じだ」
しばらく歩いて、僕たち二人は近くにあったベンチで休憩していた。自販機で買ったミルクココアを飲みながら、真琴さんは話す。
「っと、ちょうど落ち着いたことだし、これ渡しちゃうね」
すると、彼女はショッピングモールで買った物が入った袋から一つの綺麗な箱を取り出して僕に渡してくれた。
「これは……?」
「クリスマスプレゼントー。開けてみて!」
言われて、素直に指示に従えば中身は高級そうなペンだった。
「古木君絵上手でしょ? だからそれ使ってもっと上達してね!」
屈託のない笑顔を真琴さんは浮かべる。あぁヤバいめっちゃ嬉しい。好きな人からプレゼントをもらったということと、今の笑顔が抜群に可愛かったせいで、僕の顔は自分でも分かるくらいににやけてしまう。
心を鎮めるように息を吐いてから。
「ありがとう。本当に。でも、ずるいよ日暮さん。クリスマスプレゼントを買うって話なら、僕だって用意したのに」
「サプライズだからね。お返しは明日でも、来年でも。いつでもいいよ」
「分かった」
そう返答して、僕らは再度イルミネーションに目を向けた。「ほんと綺麗だねー」と零す彼女に相槌を返したりして、しばらくゆったりとした時間が流れる。
「…………」
「…………」
それから、二人揃って沈黙をする。ただただ、その幻想的な世界の一部になる。彼女のココアを飲む吐息が聞こえて、舞う雪が僕の視界を染め上げて。眠ってしまいそうなほど、心地良い空間がそこには出来ていた。
周囲を見渡せば、もう十分見尽くしたのか大勢いた群衆もまばらになり始めている。二人だけの空間がより強固になっていく。
うん。ムードは、今が最高だろう。
「――明日になったらさ」
と、僕が心の準備を整えていると、真琴さんがほんのり寂しそうな声を上げた。
「花凛さんはいなくなっちゃうね」
奏でた言葉に、思わず隣を見遣るけれど。彼女は微笑しているだけだった。
「……そうだね」
正面を見直して、僕は答える。今更、仰天するようなことでもなかった。分かっていたことだった。真琴さんが計画を知っていたことなんて。分かっていて、今まで気づかないふりをしていただけだ。
お互いに計画を受け入れた時点で、僕らが付き合うことは確定している。だから僕は、せめて彼女が不本意で僕の想いを受け取らないようにと、好きになってもらうようデートを繰り返したのだ。けれど、彼女の方から知っていたと打ち明かすということは。それが意味することは。
時間切れ、ということなのだろうか。
暗い思考に落ちる僕をよそに、ベンチが一人分軽くなる。僕の正面に、可憐な少女が現れる。
「古木君。これが花凛さんがいるうちに出来る最後のデートだよね。だから……伝えるよ」
真琴さんは、大きく深呼吸をして。そうして、言葉を紡いだ。
「あなたが好きです。私と付き合ってください」
「…………」
声が、出なかった。僕が言うべき言葉を、彼女が口にしていた。思考がまとまらない。夢かと思った。願ったり叶ったりなことが、目の前に起きていた。僕のしてきたことは、実を結んでいた。好きに、なってもらえた。やった。やった。たまらなく嬉しい。これで、これで……。
――なんて、そんな風に思えるほど、僕は夢想家じゃなくて。
「どうして、嘘をつくの?」
少しだけ、声が低くなった。
「え? い、いや本心だよ。私は、あなたが好き」
真琴さんの顔には、動揺が見えた。僕はため息が漏れてしまう。
「日暮さん、あのね、いくら僕でもそれくらいは分かるよ。いや、僕だからこそ分かるよ。人が人に告白する時、自分の想いを伝える時、そんな余裕たっぷりな笑顔を作れるわけはないんだ。断わられたらどうしようって、不安と緊張で滅茶苦茶になるんだから。君には、それがなかった」
「そ、それはあなたが私のことを好きなのは分かってたから……」
「だとしてもだよ。好きだからって、必ず了承をもらえるかは分からない。確信があっても、もしかしたらって考えるんだよ。告白っていうのは、それぐらいの大勝負なんだ」
「あ、あうぅ……」
言葉を返せず、呻き声のようなものを上げて目線を逸らす真琴さん。ここに関しては、ずっと彼女のことを想っていた僕の方が上手だった。
「日暮さん、教えてよ。どうして嘘なんてついたの?どうして、僕の告白を待たなかったの?」
僕は問う。互いの到達目標である付き合うということなら、わざわざ真琴さんが告白する必要はないだろうに。
「……約束、したんだ」
彼女は俯いて、ギュッと拳を固く結んでいた。
「花凛さんに言ったの。あなたとの結末は描ききるって。あなたを、好きになるって」
だけど、と真琴さんは続ける。
「やっぱりダメだった。こうして今になっても、私は古木君を深く想えない。熱が、平熱から変わらない。だから、花凛さんを悲しませないように上手く誤魔化そうと思って。私から告白したなら、花凛さんも安心出来るでしょ?」
そう言って、僕に笑顔が向けられる。イルミネーションの輝きにあっという間に飲み込まれてしまいそうなほどあえかな笑顔が、向けられる。
崩れた彼女の様子を、僕はただ黙って見つめる。
「古木君には言ったけどさ、結局私はそういう人間なんだよ。どれだけ陽気に振舞っても溌剌としていても、どこかで私は一歩身を引いてしまう。感情というものに、深くのめりこめない私がいる。多分私はさ、人間としての何かが欠落しているんだよ。そんな、奴なんだよ」
もう諦めてしまったかのような無機質なガラスの瞳は、地面へと注がれていた。枝垂れる花のように沈んでいく彼女。
……うん。ここが、僕の正念場だろう。
「自分だけで、自分を知った気になんてならないでよ」
僕はゆっくりと、口を開いた。
真琴さんは、驚いた表情でこちらを見た。
「君は自分の世界だけで生きすぎだよ。自分から見える自分と、他人から見える自分は違うよ。少なくとも、僕から見える君は何かが欠落しているなんて思わない」
思いのままに、僕は伝える。けれど、真琴さんは。
「……私だって、そう思いたいよ。だけど、どうしたってこの私は引き剥がせないんだ。片方で冷たい人間だって思ってても、もう片方ではそれに違和感を抱いていない。私は、嫌いな私を否定しきれない自分も嫌なんだ」
何も変わらない。伏し目がちな双眸は、何も変わらない。――あぁそうか。こんな言葉が真琴さんの心に強く響かないことぐらいは分かっていたけれど、それでもまだ目測を誤っていた。
彼女は別に、「君はそんな人間じゃないよ」なんて言葉を望んでいたわけじゃないのだ。僕からそうは見えなくとも、彼女の中には明確に他人と線引きをする日暮真琴がいるということなのだろう。そしてそれを彼女は、嫌がって、容認して、嫌がっている。
なら、僕が紡ぐべき言葉は。
ベンチから、立ち上がる。あえかな少女に、近づく。
「だったら僕が、全部を好きになるよ」
「……え?」
「君が嫌いだって言う君も、それを否定しきれない君も、僕は全部を好きになる」
「私の、全部を……?」
驚く真琴さんの顔から、僕は目を離さない。
「うん。だって、僕は君が――日暮真琴が好きだから。大好きだから」
ずっと覚悟していた言葉は、思っていたよりもすんなりと出た。
ポカンとしている彼女に、僕はさらに続ける。
「僕に優しくしてくれるところも、屈託なく笑うところも、ちょっとだけからかってくるところも、綺麗なものに素直に綺麗だって言うところも、意外に味が濃いものが好きなところも、何もかもが好きなんだ。君と初めて会ったあの日から、ずっと、ずっと」
「……その気持ちは嬉しいよ」
僕の心からの言葉が出ても、彼女はまだ陰のある表情のままだった。
「でもそれは、あなたに見せている私でしかない。……やっぱり全部をなんて無理だよ。あなたが好きな私は、私であって私じゃないんだから」
確かに、その通りなのかもしれない。確かに僕は、彼女の本質をこの目で見てはいない。
だけど。アンサーならいくらでもある。
「だから付き合おうとしているんじゃないか」
「……」
「知らなくて当たり前だ。皆がみんな最初から全部知っているわけじゃない。知らない部分、知るべき部分、知らなくていい部分、知りたくない部分、そういうのを丸々全部好きになれると思うから、愛おしいと思うから、付き合うんじゃないか」
真琴さんの顔が苦悶に歪んでいく。僕は畳みかける。
「それとも何? もしさっき僕が君の告白を受け入れていたら、君はずっと僕が知っている日暮真琴で居続けるつもりだったの? それこそ無理でしょ」
肩が導火線に火が付くかのように震え出していた。
「無理じゃない。私はそうやって、生きてきたんだもん」
そして、彼女の感情は、爆発する。
「あなたの方こそ無理だよ! 私自身ですら私を好きになれないんだから、あなたになんて出来っこないよ! こんな私なんて、好きになれないよ!」
「なるよ。なってみせる」
僕は譲らない。
「どんな君だって、僕は君を好きになる。もしなれなかったら、ぶん殴りでも殺しでもなんでもすればいい。それくらい、僕には自信がある」
「どうして……」
今にも泣き出してしまいそうな顔で、彼女は訴える。そんなの、ずっと前から決まっている。
「さっきから言ってるでしょ。君が好きだからだ。好きで好きで、たまらないからだ」
「……っ」
ピクリと指先が震える彼女。僕はその小さな手を握る。
「僕は君の全てを知りたい。知って、抱きしめていたい。そして君にも、僕のことを知ってもらいたい。後悔なんてさせないから。君を絶対に幸せにするから」
グッと、潤んで鈍く光るその瞳に顔を近づける。
「僕は絶対に君のそばに居続けるよ。君が冷たい人間だって言うなら僕がずっと熱を送るし、欠落しているって言うなら何度でも補って拾い続ける。線引きをするなら、一歩身を引くなら、僕がその分近づく。境界線がなくなるくらいに、逃げられなくなるくらいに、僕がずっと、君のそばにいる」
「……えっ」
僕の言葉に、真琴さんは一瞬固まった。けれど構わない。僕は僕の伝えるべきことを伝えるだけだ。彼女の望みに、なるだけだ。
――すると。とくんと、彼女の脈が途端に早まったような気がした。目が大きく見開かれて、口がわなわなと震え出す。僕は気にせず、さらに顔を近づけた。唇と唇がうっかり触れてしまいそうになるくらい。
「ちょ、ちょっと待って」
僕の手から抜け出そうとする。遠ざかる分だけ、僕は近づく。彼女の声も、聞こえなかった。
「真琴さん、もう怖がらなくていいよ。君が嫌いなものは、全部僕が好きになる。君が好きなものももちろん好きになる。どんな君だって、僕は受け止めるよ。だからさ――」
「ちょっと待ってってば!」
言いかけたタイミングで、僕は真琴さんに軽く突き飛ばされた。必然的に二人の距離は遠くなって、そして。
「…………」
僕は正気に戻る。
……あれ、ひょっとして僕、さっきまでとんでもなく恥ずかしいこと言ってなかったか? いくら伝えるべきだと思ったからとは言え、あまりにも甘い言葉が過ぎたんじゃないのか? しかもかなり顔近かったし。こ、これは、もしかしなくても、めっちゃキモかったんじゃ……。
やってしまったと悶えつつ、恐る恐る彼女に視線を戻すと。
「あなたの言いたいことは分かったよ。分かったから、その……ちょっと待って」
真琴さんは、手で隠した顔を逸らして耳まで真っ赤にしていた。
「なんか、おかしい。さっきの君の言葉聞いてから、なんか、なんか、変だ」
落ち着かせるように、何度も深呼吸をする真琴さん。
ゾクリと、感情が沸騰した。
これは、もしかして……いける、のか?
「真琴――日暮さん」
横を向いた顔に僕も目線を合わせてみるけれど。
すぐに逸らされる。何度繰り返しても、同じだった。
「日暮さん、こっち向いて」
「……嫌だ」
駄々をこねる子どもみたいなことを言う真琴さん。仕方が無いのでそのままに僕は話し始めることにした。
「その、さっきは悪かったと思ってるよ。舞い上がっちゃったっていうか、僕も恥ずかしいこと言った自覚はある。……だけど、嘘じゃない。本気で、そう思っている」
真琴さんがまたピクリと体を震わせる。この反応は、彼女の欲しい言葉を言えているということで、いいのだろうか。
「だからさ、日暮さん」
「っ!」
最後の言葉を紡ごうと一歩真琴さんに近づいた時、彼女は咄嗟に僕から逃げ出そうとした。
「真琴さん!」
その手を、僕は掴む。
「…………!」
振り返った彼女の顔は、抱きしめたくなるくらいあどけなく赤く染まって、少女みたいに潤んでいた。手のひらから伝わる脈の速さも体温も、僕と同じくらいになっていた。……はは、なんだよ真琴さん。君は全然、冷たい人なんかじゃないじゃないか。
「真琴さん、ちゃんと話を聞いてくれ」
彼女の瞳を、まっすぐに見つめて。大きく、深呼吸をして。僕は、奏でる。
その言葉を。
「――あなたが好きです。僕と付き合ってください」
やっと、やっと言えた。ここまで来るのに、随分と時間がかかった。苦労もした。他人の手も借りた。だけど、もう悔いはない。
「…………」
真琴さんは、見悶えるような表情になってから。
それから。
「……はい」
相も変わらず赤い顔を背けて、小さな手を僕の指に絡めて、そう言った。




