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最初にくれた言葉

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 それから、数週間が経って。十一月二十五日。残り一ヶ月である。

 現在――というより古木君の失敗デートの後にだが、こっちの時代の忽瀬さんとの取引により、私たちはひっつき虫を取り払うことに成功していた。

 その旨をすぐさま彼らに連絡すると、「僕らの工作が無駄になっちゃった」と言っていたが、元から大してあてにはしていなかった。


 計画の方はと言えば、順調は順調だった。やる気に満ちた彼の邁進によって、この数週間でデートが二、三回は行われている。最初のうちこそ私が仲介役としてデートを取り計らったりしていたが、最近ではそれもなくなってきた。

 このままいけばお母さんが彼に恋心を抱くのも、付き合う決心がつくのも時間の問題だろうか。そこは彼女自身の問題なので、私がどうこう出来るものでもない。後はただ、彼らの行く末を見守るのみだった。運命が決まる、その時まで。


「まーこさん」

「あぁ花凛さん。やっほー」

 と言っても、コミュニケーションをしないというわけでは、もちろんなく。部室で彼女と話すのが日常になりつつあった。

 お母さんの隣に座って、きょろきょろと辺りを見回す。

「他の人たちは、どうしたんです?」

 部室には、私とお母さんしかいなかった。

「先輩方は面接練習だって。もうすぐ推薦入試だからねー」

「あー、あの人たちなんだかんだ言っても成績上位者でしたっけ」

 こちらとの時代のギャップを感じながら、私は答える。そういえばまだ推薦とかがあるのかこの時代。こっちでは指定校反対派の声が大きくなりすぎたせいで、一律筆記試験だというのに。


「んで我が部のエースは、またエースしてる」

 ふふっと笑う真琴さん。また授賞式か。まぁあの人は別にいてもいなくてもどっちでもいい。

「ということは、ひとまずは二人だけってことですか」

「そうなるね」

 ふむ。五人のうち二人だけというのも騒がしさに欠けるが、それはそれとして、計画の話をするにはいいタイミングにも思えた。


「じゃあちょうどいいですし、秘めた話でもしましょうか」

「いいよ。残り時間も限られてるからね」

 お母さんは軽く了承する。こんな遠回しな言い方でも伝わるぐらいには、私たちの関係は深まっていた。

「デートは、どうですか。上手くいっていますか。彼の方を見る限りだと、そこまで悪い風には見えないですけど」

 早速切り出す。私的には、結構手ごたえがあると見ている。あの人、デート後に労いに見に行けばいつもニコニコとしていたからな。

 がしかし。

「うん。楽しいよ。この前だって、遊園地に行ってジェットコースターに乗ったりしたし。上手くいっていると言えば、いっていると思うよ」

 だけど、と続ける。

「私的には、デートって感じはしないんだよね。っていうより友達と遊びに行っているみたいな感覚」

「…………」

 恋愛感情はない、か。これは、思っていたより根が深いな。

 うーんとお母さんは唸る。


「なんでかなぁ。一緒にいて楽しいし、顔だって悪くない。好きになってもおかしくないと思うんだけど。やっぱり私は、友情以上の感情を持てない人間なのかもなぁ」

 頬杖をついて、まるで愚痴っているかのようだった。

「そんなことはないと思いますよ。少なくとも、私の知っている真琴さんは家族のために骨身を削る人でしたから」

 そんな人を、私は自殺させてしまったのだけれど。

 私の言葉を聞いても、お母さんは未だ判然とはしていない。

「私もあなたの薬でそれは見たけどさ、どうにも実感湧かないんだよねぇ」

 物憂げにそう呟く。確かに、お母さんの言い分も分かった。私からしてみれば、日暮真琴という存在はずっと延長線上にいるけれど、お母さんからは違う。未来の自分なんて、ほとんど他人と一緒なのだ。

 しかし納得してしまったがゆえに良いアンサーが見つからず、何かないかと私は探しあぐねてしまう。


「……ま! とは言え、だよね!」

 すると。お母さんのひときわ明るくした声が上がった。

「あなたを殺してあげるって意気込んだんだ」

 姿勢を戻して、調子まで戻して、彼女は呆気にとられた私に微笑みかける。

 そして。

「好きにならなきゃね。彼のこと」

 と、言った。

「…………」

 好きにならなきゃ、か。

 気持ちは嬉しかった。彼女がこの計画をそんな風に重要視してくれているのは、ありがたかった。だけど、だけど。

 ――違う。その言葉は、違うよお母さん。


 私の中に、言いようのない感情があぶれてくる。私は使命感を持ってまで、お母さんに恋をしてもらいたいとは思っていない。あくまで、純に抱く心を持ってもらいたいんだ。

 だから、そこまでの気持ちを抱くくらいなら。

「……妥協案でも、良いですよ」

「え?」

「現状で恋愛感情を持つのが難しいなら、その気持ちのままで彼の想いに応じてもらっても構いません。あるいは、私がいなくなった後にでも」

 私は淀みなく、彼女に告げた。私の最優先事項は、お母さんを幸せにすること。今までを見てきて、彼という人間は十分にお母さんを幸せに出来ると私は判断している。

 それに、私がいるからって急ぐ必要はない。制限時間を過ぎた後にゆっくりと糸を結んでいったって、未来は変えられるのだ。そういう選択でも、悪くはない。もちろん付き合ったという結果を知られないのは惜しいが、私の感情なんて二の次でいい。……ひいては、お母さんにも教えていない計画の終着点は、どっちみちやることになるんだし。

 提案としては、悪くないものだと思っている。お母さんにとっては、そのはずだ。

 ――なのに、お母さんは。


「ダメ。それはダメ」

 初めて聞くような力強い声で、否定した。

「ど、どうして?」

「あなたの本意じゃないでしょ? それ」

 私の……?

「さっき出した花凛さんの妥協案は、未来が確定する『かもしれない』、私が幸せになれる『かもしれない』ってだけでしょ? その程度じゃ、あなたは心の底から安心出来ていないはずだ」

「それは、そうですけど……私の事なんて、別に気にしなくていいですよ」

 お母さんはどうやら私のことを気遣ってくれたようだが、私はそんなことをされるべき人間ではない。私は最低な人間で死ぬべき人間だ。誰かに心を砕かれるような器を持ってなどいないのだ。私は、想いを向けられる対象じゃない。

 そう、思っているのに。

 お母さんは。


「それ」

 ビシッと、人差し指を突き付けられる。

「私の事なんてって言葉、やめて」

 突き刺さるような声音で言われて、頬に汗が垂れる。

「ど、どうして、です?」

「嫌なの。そうやって、まるで自分の価値が一つもないみたいに話されるのが」

「みたいって、事実じゃないですか。私は、あの男と同じ、最悪な人間だ」

「違うよ」

 真っ向から、否定される。

「あなたは、あの人と同じ人間なんかじゃない。最悪なんかじゃない」

 まっすぐ私を見る双眸が、確固たる想いを告げていた。私の顔が強張っているのが、自分でも分かる。何故だ。何故、よりにもよってあなたが、そんなことを口にするんだ。


「私の記憶を見たはずでしょう?」

 訴える。あり得ないことだと、訴える。

 だのに。

「見たよ。見たうえで、見たからこそ、そう思うんだ」

「……っ」

 彼女の想いが、変わらない。渇いた心に、何かが注がれているような感覚になる。気持ち悪かった。

「私はね花凛さん」

 彼女はなおも、私に言葉を注ぐ。

「この計画を受け入れたのは、自分の命の危機を回避するためだけじゃないんだよ」

「え……?」

「あなたの計画を知って、あなたの記憶を見て、一週間考え抜いて。私はあなたを、救いたいって思ったんだ」

「救い……たい?」

 ドクンと、心臓が響く。気持ち悪さがさらに増していく。ダメだ。これは何か、ダメだ。

 この感情は、私が持っちゃいけないものだ。


「そりゃあ他にも受け入れた理由はあるよ? 元々恋はしてみたかったし、あの二人の想いにも気づいていた。だからこれはちょうどいい機会だ! ってね。……だけど、やっぱり一番は、あなただった」

 けれど私の心を満たす言葉から、逃げられない。

「可哀想だって思った。実感は湧かないけどさ、私未来の私に結構怒ってるからね? 幼い子になんてもの見せたんだって。悪いのは、どう考えたって未来の私たちだよ。ああなったのは、大人の責任だ。――あなたがあんな行動に出たのも、間違いじゃないと思う」

 やめてよ、お母さん。私を肯定しないでよ。あなたが、あなたが私を認めないでよ。

 抗えない。立ち昇る感情が、私を埋め尽くしていく。


「実際こうして二ヶ月間ぐらい話してても思うもん。あなたは良い子だ。……まぁ、だからさ」

 嫌だ。嫌だ。その先を、聞きたくなんてない。私に向けられるべき、言葉じゃない。


「私はあなたを、許すよ」


 何かが、何かが湧き上がってくる。膨れ上がってくる。ダメだ。ダメだ。ダメだダメだダメだダメだ。私は、許されちゃいけない存在なんだ。ただあなたに、幸せになってもらいたいだけなんだ。私が報われる必要なんて、どこにもないんだ。

 私は人殺しで、自殺を唆した大罪人なんだから。だから、だから私はこんな言葉たちを望んで、あなたに計画を伝えたわけじゃないのに。

 ないのに。

「本当は、自殺だってして欲しくないよ。だけど、それがあなたの悲願だというなら諦めるし、救いに繋がるというなら従う」

 その代わりにさ、と彼女の声が明るくなって。

「いつか私に子どもが生まれた時、『花凛』って名前を付けようかな、なんてね」

 流石にそれは冗談だけど、と恥ずかしそうにお母さんは笑う。

 花凛。――あぁ、そうだ。そうだった。後悔ばかりが先行して、罪悪感ばかりが先行して、すっかり忘れていた。この名前は、私の名前は、あなたに付けてもらったものだった。

 あなたが、最初にくれた言葉だった。


「…………ああ」

 瞬間、私の心は決壊した。想いが、言葉が、溢れ出した。

 涙が、零れる。止めどなく、止めどなく。

「ごめんなさい……。ごめんなさい……。こんな悪い子で、ごめんなさい……」

 私は、お母さんに抱き寄せられる。お母さんの胸は、暖かった。涙も、想いも、言葉も、まだまだずっと止まらなかった。


 自責の念があった。死にたい気持ちがあった。だけどそれ以上に、私は謝りたかったのかもしれない。

 心が、洗われていくような気がした。

 罪は消えないし、やることは変わらない。タイムリミットももう迫ってきている。

 それでも、今は。もう少しだけ、このままでいたかった。

「……ちゃんと彼との結末は描ききるよ。あなたがいるうちに。それでいい?」

 耳元で、安らぐ声が聞こえる。

 はい、と。グジュグジュの声で、私は返した。



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