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行き当たりばったり

 20


 ついに、ついにこの日がやってきた。真琴さんとのデートの日だ。

 何日か前の薬が完成したという突然の朗報には頭が混乱したが、相変わらず花凛さんと連絡が取れない現状では答え合わせをすることは出来ない。

 ので、僕はそのことに関して気にするのは止めた。大方、あの日に死にさえしなければあなたは間に合っていたんだとでも言われるのだろうと、勝手に解釈して放置した。今はそれよりもこの勝負の方が重要だし。


 今日は日曜日。昼下がり。天気も気温も良好。デートをするにはまさしく絶好の日である。

 街も人で溢れており、雑踏が世界を支配していた。そんな中で、日光が反射し綺麗にきらめく噴水を背中に、僕は彼女を待っていた。

 待つ間、僕は色々と確認作業に入る。今日のデートプランだったり自分の服装だったり。


「……うん、大丈夫。ダサくないはず」

 下から上まで矯めつ眇めつ見直す。黒のスラックスに白シャツ、そしてアッシュグレーのカーディガンを羽織ったファッション。後は申し訳程度の小さめなバッグ。どこにでもいる無難な服装を選んだつもりだ。というか、丸々ネットの受け売りだ。

 以前に花凛さんと行ったデートがはっきり言って参考になるものとは思えなかった僕は、こうして最終的にインターネットの力を頼ることにしたのだ。ゆえに、デートプランも『女性が選ぶ! 楽しかったデートランキング!』で一位を飾っていた映画館デートである。いわゆる、安牌ってやつだろうか。

 だが、それでいいはずだ。最初なんだ。変に奇を衒うより、相手に「楽しかった」と言ってもらえるようなデートをするべきなんだ。きっと。多分。いや、でももしかしたら……。

 緊張が高まりに高まり一人で悶々としていれば。


「おーい古木くーん!」

 こちらに駆け寄ってくる愛らしい女性の姿があった。ベージュのロングスカートにもこもことした白いオーバーサイズのニット。全体的にゆるっとしている。髪型も普段のボブとは異なり右側に編み込みが施されており、ガーリー? って雰囲気が出ていた。

 当然、僕の心はとてつもないくらいにときめく。めっちゃ可愛い。


「ひ、日暮さん! こんにちは!」

 情けなく裏返った声を出してしまう僕。あぁまずいなこれ、ドキドキがヤバい。

「うん、こんにちは! ごめんね、ちょっと待ったでしょ?」

「ま、まぁ、二、三分くらいだから。気にしてないよ」

「そっか。ありがと。にしても、古木君のその恰好似合ってるね。いつも病院服のイメージしかなかったから、別人かと思っちゃった」

「あはは、そう言ってくれると嬉しいよ。僕もあれこれ必死になって探した甲斐がある。……えっと、それじゃあ、行こっか?」

「……うん」

 小さくこくりと頷く真琴さんに、やっぱり僕はギクシャクとする。そうして跳ねる心臓を抑えながら、僕らのデートは始まるのだった。


 僕の今日のスケジュールはこうだ。まず映画館に行き本日から上映の超話題作を見る。見終わった後は予定していた美味しいと評判の人気店で映画の感想を語らいながら食事。そこで本来の名目である華幽ちゃんに突きつける証拠写真も撮る。

 そしてそのあとはゲームセンターでUFOキャッチャーでもしながら楽しんで、暗くなった空を合図に解散。

 うん、完璧だ。完璧に鉄板なデートだ。ならばあとはその通り僕が実行すればいいだけ。頑張れ、僕。

 ――なんて、意気込んだところでトラブルは否応なしに起こってしまうもので。


「ま、満席……?」

 チケットを購入しようと自動券売機を使ってみれば、席が一つも空いていなかった。

「あらら。皆考えることはおんなじだね」

しまった。迂闊だった。というか高をくくっていた。日曜って言っても満席にはならないだろうと思っていた。なのに、なのに。

「どうする? 他のにする? 他のだったら流石に満席ってことはないと思うし。ほら! あれとかどう?ほんわかして面白そう。『ブラッドッグ~世界はチワワに掌握された~』……あんまりほんわかしてないかも」

 真琴さんの言葉が頭の中をぐるぐるとする。どうする。こういう時、僕はどうしたらいいんだ。真琴さんの言うように他の映画を見るか? いやでもなんかさっきの感じだとそこまで面白くなさそうだな。それに僕だってこの映画見たいし、何より真琴さんを楽しませるためにこれを選んだんだ。今更妥協はしたくない。

 となると、残された選択肢は……。


「日暮さん、一回出ようか。次の上映の時間になったらまた来よう」

「あ、うん」

 僅かに名残惜しそうな顔をする真琴さんを連れて、僕は映画館を一度出てランチタイムに移行することにした。

 プランを急遽変更して真琴さんを振り回しているようで申し訳ないが、逆にこっちの方が良かったのかもしれない。ちょうど今はお昼時。洒落た店でお腹を満たしてから映画を見るというのもなかなか乙なものだろう。

 まぁこれも、予定通りいけばの話だったのだが。


「誠に申し訳ございません。ただいま予約が全席埋まっておりまして……」

「また満席か……」

「あ、はは。ほんと考えることはおんなじだね」

 僕らは互いに苦笑する。しかしこればっかりはまた次の時間にとはいかない。映画館からこのお店まで割と歩いてきたのでお腹が空き始めていた。僕は病気のおかげで空腹には慣れてしまったため問題はないが、真琴さんをこのまま歩かせるのは忍びなかった。


 どこか代わりになるような店はないかと探してみるけれど、流石は日曜日の昼といったところなのかものの見事にどこもかしこも満員御礼であった。

「……あ、あった」

 それでも何とか探し、腹の虫の音量がもはやスピーカーを通したのかと思うほどになった頃、ようやく入れるお店を発見した。

 が、ラーメン屋である。

……いいのか? デートで、しかも初めてのデートでラーメンって。いや僕としては何年ぶりかも分からない料理だしワクワクはするだろうけど、女子的にはどうなんだ? 印象最悪じゃないのか?

 まだ他にも探せばあるだろうと、その店を後にしようとしたところで。

 くいくいっと袖を引っ張られた。

「何してるの? 早く入ろうよ。私もうお腹ペコペコ」

「え、でも、いいの? もっとこう喫茶店とかの方が」

「いいよ。私ラーメン好きだもん。ほら早く!」

 そう真琴さんに促されるままに、僕たちは結局入店することになった。

 一つ、僕は勘違いをしていたらしい。僕が今デートしている相手は不特定多数の女子なんかではなく、たった一人の日暮真琴という少女なのだ。彼女なら、僕の失敗だって笑って見過ごしてくれる。情けない話だが、今はその優しさに甘えることにした。


 座卓式になっているテーブルに座り、ラーメンを二人分注文する。僕は醤油で、この際だからとチャーシュー大盛。真琴さんは塩だった。

 お冷が通されて一口飲み終えると、お互い合図するでもなくふぅっと一息ついていた。結構歩き回っていたからだろう、疲労が蓄積していたらしい。こういう時に限っては、病気の存在が恋しくも思えた。

 それにしても、真琴さんがラーメン好きか。そんなこと、全く知りもしなかった。

 思えば、僕は今目の前にいるこの人のことをどのくらい知られているんだろう。好きな食べ物は? 好きな飲み物は? 好きなスポーツは? 趣味は? 僕の幸運を形作ってくれている彼女のことを、僕はまだ深く知らない。何が好きで、何が嫌いか。心の底では、どこかドライな一面があると自虐的なことを言った彼女。それだって僕にとっては愛おしいものだ。僕は、彼女の全てを愛おしく思いたかった。


 しばらく待っていると、ラーメンがやってきた。僕の方は黒々しいまでの醤油のスープに厚めのチャーシュー、そして歯ごたえのありそうな麺が煌々と照っていた。所々には、油らしきものも浮いている。真琴さんの方も塩ではあるが、色がなんというか全体的に濃い。……これ、多分だいぶこってりめのやつだ。

 きらびやかなデートは一瞬で立ち込める煙へと姿を変える。なんかもう何もかも想定と異なって滅茶苦茶なことに、虚しく戦慄するしかない僕。すると、対面する彼女の方からパシャリと、音が聞こえた。

「うん、綺麗に撮れた。古木君見て見て!」

 無邪気な様子で真琴さんは僕にスマホを見せる。二人分のラーメンと僕のきょとん顔が載った写真だった。

「なんで写真を?」

「なんでって、古木君当初の目的忘れたの?」

 ジトーとした目を向けられる。

「あーいや、証拠写真を撮るならもっと他に適した場所があるかもって」

「それで探して最終的に辿り着いたのがここでしょ?」

「……はい」

 反論する面目は僕にはなかった。からかいが成功したのか真琴さんはくすくすと楽し気に笑っている。


「いいんだよ。ここでも『らしさ』は出る。私が君と一緒にどこかに出掛けたっていう痕跡さえあれば証拠としては成立するよ。……まぁとは言っても、これであの人が引き下がるかどうかは怪しいけどね」

「だね……」

 僕は苦笑するしかなかった。華幽ちゃんの僕に対する執念がどれほどのものなのか、つい最近まで想いすら知らなかった僕には想像することが出来ないのだ。

 ともあれ、ひとまずそこで会話は一区切りとし伸びないうちにラーメンを頂くことにした。最初こそ怯みはしたが、口をつけてみれば絶品も絶品。病院食に慣れた僕の舌には、この濃い味がとんでもないくらいの刺激を与えてくれた。あぁ本当に何年ぶりになるだろう。なんか美味しすぎて涙出てきた。


 綺麗に完食してお会計へと移る。前回の花凛さんデートが全部僕持ちだったために手持ちが少ないので、ここは真琴さんと割り勘で支払った。

「はー、美味しかったね!」

 外へ出て、今度こそチケットを買うぞと映画館へ出発を始めてから、真琴さんは満足したような感想を零した。僕も頷いた。

 それから適度に雑談を交わす。「古木君食べながら泣いてたよね」とか「日暮さんって思ったより猫舌なんだね」とか。くだらなくも抱きしめていたい時間が過ぎていく。プランはグダグダでも、存外僕たちは楽しめているのだろうか。

 そうして。


「……日暮さん」

 僕は少しだけ、攻めてみることにした。

「君は今こうやって僕と付き合うふりをしてくれているけどさ、その、本当に誰かと付き合ってみたいとかは、思ったりしないの?」

「そりゃもちろん思うよ、女の子だもん。だし、付き合わなきゃいけないとも思ってる」

 含んだ言い方をする真琴さん。けれど僕が言及するよりも先に彼女は言葉を続けた。

「まぁって言ってもさぁ、ちょっと不安なんだけどね」

 寂しげな声だった。

「私は、誰かを好きになれるのかな? 私はなんだか、他人に対する熱が変わらないような気がするんだ。もし私が本当にそんな人間だったらって思うと、怖くて誰かと手なんて繋がれない。……最初は出来るかもなんて、思ってたのになぁ」

 小石を蹴って、彼女は物憂げに呟いていた。

「…………」

 僕は理解する。きっとこれが、あの屋上で僕の告白を断った本当の理由なのだろうと。これが、彼女の弱さなのだと。ただ僕は、返事を返せないでいた。

 何か、何か言葉はないだろうか。真琴さんの心に寄り添えるような言葉は、その気持ちを跳ね返せるほどに力強い、ウルトラCのような言葉は。


 屋上の時とは違っていた。病気も快復して、付き合うことの重要性も増している。使命にもなりつつある。僕が成し遂げなければと、本気でそう思っている。

 けれど、それでも。

 僕には、彼女を振り向かせる言葉が思いつかなかった。

「あ、ほ、ほら映画館が見えてきたよ」

だから僕は逃げるように、話をすげかえた。

「今度は見られるといいね。何しろ超話題作だ。僕も気になってたんだよ」

「私もだよー。友達がめっちゃ面白かったって言ってたし期待出来るよね」

 真琴さんも明るい声に戻っている。沈んだ空気のまま映画を見ずに済みそうなのは、幸いだった。

 とは言っても、二度あることは三度あるものらしく。


 満席。どこをどう見てもそう書かれてあった。前回の上映は終わっている。時刻もこれからので間違いはないし、さして出遅れたつもりもなかった。だというのに。

「今日は、見れない日なのかな?」

 今まで仕方なしの姿勢を取っていた真琴さんも、流石にしょんぼりとした声を出した。おかしい。こんな不運は絶対におかしい。僕こないだまで余命三ヶ月だったのに。不幸の絶頂だったのに。

 ここまできたら、もう引くに引けない。なんとしてでもこの映画を見てやる。現在時刻は十四時。上映時間が大体二時間ぐらいだとして、次の上映が十六時。時間的にも、次がラストチャンスだ。

 真琴さんにもその旨を伝えて、再度予定を繰り越し僕らはゲームセンターに向かうことにしたのだった。


 ――後になってから思えば、僕はここで妥協するべきだったのかもしれない。諦めるべきだったのかもしれない。この選択をしてしまったことで、ただでさえ見る者が見たら鼻で笑われるようなデートだったものが、いよいよもって収拾のつかないものとなったのだから。

 ゲームセンターに足を運ばせる、その道中。


「……ん?」

 近くの書店で、何やら長蛇の列が出来ていた。

「あれ、何かな?」

「あー、なんかサイン会やってるらしいよ。人気漫画家さんの」

「へぇ」

 ふと興味が湧き張り出されていた紙を見る。

「ぇ、この人って……」

 するとそこには、僕の憧れていた人の名前があった。何も出来なかった僕が、毎日毎日穴が空くまで読んだ漫画の作者さん。僕に生きる勇気を、夢を与えてくれた漫画家さん。

 薬が手に入ってから、ずっとずっと心の片隅で思っていたことがあった。いつか、いつか出会えたなら、あなたのおかげで僕は生きる希望が持てましたと、感謝を伝えたかった。そして、必ずあなたと同じ世界で働いてみせますと、宣言をしたかった。

 その相手が、今手の届く場所にいる。サイン会の内容を見る限り、整理券のようなものは必要なさそうだ。映画とは違い今からあの列に並んでも十分に間に合うだろう。熱く期待のような感情がメラメラと込み上げてくる。

 けれど。


「どうかしたの? もしかして、知ってる人だった?」

「い、いや、気のせいだったみたい」

 嘘を吐いて、僕はその夢から目を背けた。今はダメだ。真琴さんにはよく絵を見せてはいるが、漫画に興味がある風ではない。僕が楽しむためだけに彼女を連れ回すのは、それこそあの彼のように横暴極まりないことだ。

 それに、仮に真琴さんが許してくれたとしても列はかなりの長さだ。書店から歩いて大分離れた今でさえ、まだ列が続いている。そんなところに並びでもしたら、本懐である映画を見ることが叶わなくなってしまう。どころか、日が暮れる可能性だってある。

 だから、この誘惑に負けてはいけない。僕の悲願だったとしても、花凛さんと業務提携を結んでいる以上、そちらが最優先事項だ。僕のエゴで、運命をまた最悪な方向に向かわせてしまうのは絶対にあってはならないことだ。救われた命は、必ず正しい方向に使うべきだ。

 だから、だから……。


 何とか耐えて、ようやく蛇の尻尾が見えた時、尻尾を過ぎ去ろうとした時、

「最後尾はこちらでーす。残り先着二名様となっておりまーす。サイン会にご参加の方は、お早めにどうぞー」

 ドクン、と心臓が叫んでいた。残り、二名。僕と、真琴さん。

「ね、ねぇ日暮さん」

 ダメだ、ダメだ。やっちゃいけない、そんなことは。言っちゃいけない。

 分かっていた。分かっていたのに。

 僕は。

「やっぱりこれに並ぼうよ――」


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