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忽瀬華幽の異常性

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 予定調和ほどつまらないものはないと、刺激を求める愚か者たちは口にするけれど、やっぱりそんなものは詭弁に過ぎない。

 何事も計画通りに進行していく方が、心地良いに決まっている。最終的な目的地が同じであるとすれど、その道が片や安全に整備された道、片や歩くだけで血を噴き出してしまいそうな道となれば、どちらを選ぶかは明白だ。波乱な選択肢など、本来なら必要のないものなのだ。決められた物語こそが、最善である。

 少なくとも、今この病的な彼女を前にしている私はそう思う。


 彼とのデートが終わってからだ。空が燃え始めた夕暮れに、帰路を辿る私の前に彼女は――忽瀬華幽はさながら幽鬼のようにゆらゆらと立ちはだかった。

「嘘を吐いたの」

 開口一番、重く低い声が私を糾弾する。ただ、私は黙る。

「私さ、結構鼻が利くんだよね。それで最近あの人から、新しい女の匂いがしてさ。あなたと、同じ匂いがしてさ。だからここ一週間、あなたをつけさせてもらった」

 か細いようで、震えているようで、けれど有無は言わせない声が続く。なるほど、古木君の言った通り、標的は私だったわけか。

「そうしたら、ふふ。大当たりだったみたいだね。……ねぇ、もう一度訊くよ。嘘を吐いたの」

 怒気を孕んだ言葉だった。いや、これは――殺意か。

「……分かりきっていることは、わざわざ訊かないで欲しいかな」

 言葉を選ばずにそう言った。相手は未来で人を殺しかけた人物。触発しないように慎重を期すべきなのだろうが、正直なところ、ここで死んでしまっても良いと思っている自分がいた。お母さんに私がしたいことも思っていることも終着点を除いて伝えられたし、後は何もしなくたってお母さんが察して動いてくれるような気もしていたから。

 さて、忽瀬さんの反応は。


「へぇ、そっか。そっか。やっぱり、暁人君と関わってたんだね」

 そこまで、荒れているようではなかった。ただ、虚ろな瞳はぎょろぎょろと私を見据えている。まぁ、私と彼が付き合っていると勘違いしてくれてるのだとしたらまだましか。

「それであなたは、日暮真琴と暁人君を付き合わせようとしていると」

「…………」

 マジか。


「話を、聞いてたの」

「あの人が他の女と話しているところを聞くわけなんてないでしょ。殺したくなっちゃう」

 私の問いに、槍のような速度と声音で即否定してくる。あぁそうだ。彼女はこういう人だった。歪んだ愛を持つがゆえに、嫉妬もキモいくらいにする。

「じゃあ、どうして」

「あなたを一週間も監視していれば分かる。あなたの行動には逐一迷いがなかった。まるで生活の全てにスケジュールがあるみたいに。あの女と接触することもやたらと多かった。そして悲しいことだけど暁人君はあの女に想いを寄せている。これだけの情報があればね」

「これだけって……それだけで?」

「逆に分からない方が馬鹿でしょ」

「いや、普通は分かんないと思うけど……」

 飛びぬけた推理力だった。これも愛が為せる業か。キモすぎ。


「にしても、あなたの反応を見るに……間違いじゃないね。ふーん。そっか。そっか。そっか」

 不穏な空気は漂いつつも、まだ優し気な声音の彼女。このままの調子なら、何とか説得が出来るやも――。

 なんて、そんな夢見がちな思考は、結局泡沫に過ぎなくて。


「――そっかぁ!」

 直後、豹変する。空気の割れる怒号が木々をどよめかせた。

「私を差し置いて、あなたはそんなことをしていたのかぁ! 私に嘘を吐いて、挙句あのブスに手を貸すのかぁ! そっかそっかぁ。ならこれはあなたのせいか。暁人君は今は気の迷いで、最終的には私を好いてくれると思ってたのに、あなたのせいで! お前のせいで! 私は! 私は私は私は私は私は私は私は! こんな、苦しい思いを、しているんだ?」

 声が、引き裂くような耳障りな音に変換される。歪に震えて気味の悪く私の背中を這っている。彼女は自らの両頬を掻きむしるように覆っていった。私は少しだけ、身を引いた。

 彼女の金切り声は、次第に蛞蝓が這うような生々しくどろどろしたものへと変わっていく。


「それだけじゃない。お前が転校してきてから、あの人の体調が良くなっている。治り始めている。弱さを見せなくなってきている。私に、あの人の元気な姿ばかりが写っている。どんな手を使ったかは知らないけどさぁ、ねぇ、何してくれてるの。余計なこと、しないでよ」

 彼の病気のことも、もはや私の責任か。まぁ実際その通りなのだが、思い込みで決めつけられるのは何だか釈然としない。

 ともあれ、古木君の病気が治ること。それは本来なら喜ぶべきことであるはずなのに、この人は病的なこの人は何故かむしろ否定的な態度を取っている。

 きっと、その理由は。


「もう見られない! お前のせいで! お前のせいで!」

 再度、膿んだ瞳と煤けた声は張り裂けた。そして情緒も同じように崩壊する。

「私は……あの人の弱った姿がたまらなく好きだったのに、今にも死んでしまいそうな顔が私の慰めになったのに。いっそ殺してしまいたいくらい、愛おしかったのに。……お前が、お前が! 全てを奪った!」

「…………」

 そう。これが、これが彼女が持つ最大の異常性。忽瀬華幽が犯罪者たらしめた所以。要はヤバい彼女の一番ヤバいところ。彼女にとって、自分の愛する人間が衰退していく様を見るのは、何よりの喜びだったのだ。どこでそういう性癖になったのか私は知らないし知りたくもないが、とにかく完全に敵意がこちらに向いたのは覆しようのない事実だった。


「だとしたら、私をどうするの? 殺しでもしちゃう?」

 私はあくまで余裕を見せて返す。こういう相手にはペースを呑まれてはいけない。真っ向から応対しよう。大丈夫だ。未来でも、これくらいのやり取りはあったはず。多分。恐らく。

「うーん。それもいいかもしれないね」

 忽瀬さんは途端に冷静さを取り戻す。ほんと情緒どうなってんの。

「だけど初めて殺すなら、やっぱりあの人が良いな。だからあなたはまだ殺さない。でも、あの女と付き合うなんてことになっても困るから、そうだなぁ……うん。そうしよう」

 何か思い至ったように陰鬱な顔は、私にニヒルな笑みを浮かべて。


「あなたの邪魔をしよう。これから先、あなたに付き纏うことにしよう。学校生活も部活動も、一人の時間も何もかも。暁人君に関連することが起こりそうなら、真っ先に邪魔してやる。ははは! どう? 名案だと思わない?」

「…………」

 まぁ、そうなるよな。


「……ほんと、忽瀬さんは暗い部屋がよく似合うよ」

吐き捨てるように、私は言う。それが、私が最後にした抵抗だった。

 とまぁ、そういった経緯で。

 こんな最悪な有言実行も無いだろう。この出来事から約一ヶ月間、私はお母さんと古木君にコンタクトを取ることは叶わなかった。これについては、紛れもなくハプニングだった。

 そして、ハプニングが起こればイレギュラーも起こるというもので。


 一ヶ月後、私の家には、再度忽瀬華幽がいた。




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