自殺
14
あなたに話したのは、確か私のお母さんとあの男が付き合って結婚して、そしてその男と私のせいでお母さんが自殺したってとこまでだよね。……オーケー。んじゃそこの詳細について、話そうか。
前にも言った通り、お母さんは三年生の時に男の告白を受け入れて付き合うことになる。付き合って、大学に行って結婚する。素晴らしいでしょ? 二人はこの時代には珍しい長続きする恋愛をしていたんだ。
仲良く笑い合って、デートも当たり前にして、触れ合いも多くなって、その先もすることになって、ついには同棲までして。本当、順風満帆って感じだよ。お母さんは、幸せそのものだった。
あはは。古木君酷い顔してる。悔しさってより、嫉妬? うん。まぁそれほどの感情を滲ませることが出来るくらいに想いが強いってことは、良いことだ。その調子でね。――だけど、この先はそれっぽっちの感情だけで済むものではないよ。これから先が、問題なんだ。
結婚して私を産んでからだ。あの男は、段々と様子がおかしくなっていった。……いや、元々おかしかったのかもしれない。今まで、表層意識に出てこなかったってだけで。
男は、何もしなくなったんだ。
よく分からないって感じだね。別に難しい話じゃない。簡単なことだよ。ほら、よく言うでしょ? 夫婦は助け合うものだって。それが、なかったんだ。あの男には。
家族が出来て沢山の教育費や食費、その他諸々の維持費が必要だっていうのに、男はくだらない理想論ばっかり並べてろくに働きもせず、ゲームとか漫画とかギャンブルとかの娯楽にお金を注ぎ込んだの。
要は、ニートってやつだよ。今でも馴染みのある言葉だ。結局、時代が変わったって進んだって、より世界に人間にとっての素晴らしいものが増えていけば、比例するように永遠にその蜜を吸っていたいと思う奴も増えていく。最低だよね。本当に、本当に。どんな真面目な人間だって、愉悦に浸れば下衆と化す。それを思い知ったよ。
そして、その下衆のしわ寄せは当然パートナーの方にやってくる。お母さんは必死になって働いていた。朝も夜も、寝る間も惜しんで。まだ若かったはずなのに、最低限の身なりだけで自分を終わらせて。それが何年も続いていた。私が物心ついてからも、続いていた。
……今でも鮮明に思い出すよ。あの時の、お母さんの姿を。
お母さんは、疲弊しきっていた。絶望しきっていた。体が細くなっていた。肌が枯れていた。髪が抜け始めていた。枝毛が見えていた。髪に艶やかさはなくなっていた。爪が割れていた。声がしわがれていた。肩が骨ばっていた。鼻筋が変に尖っていた。頬がこけていた。唇が萎んでいた。膝が震えていた。隈が出来ていた。もう何も見たくないって言っているみたいに瞳は真っ暗になっていた。立っているのもやっとのようだった。今にも、死んでしまいそうだった。
――なのに、さ。幼い私は、そんなお母さんが大して好きじゃなかったんだ。
家は貧乏でも暮らしていけないほどではなかったし、いつも家にいたのはその男の方だったから。酷い話でしょ? それに言い訳をするようだけど、時代的にもさ、男の方はリモートワークみたいなので働いていると思ってたんだ。時代ゆえの勘違いってとこかな。本当に……馬鹿だった。
だから、だろうね。私は、最悪で取り返しのつかないことをしてしまった。
中学生の頃だよ。二人が喧嘩してさ。家が壊れてしまいそうなほどの怒号が飛び交っていた。内容はほとんど覚えていないけど、「いい加減現実見て」とか「いつか返せるって言っているだろ」とかそういう話をしていたと思う。
とても、怖かった。私のことをまるで視野にも入れないように言い争いをする二人が。早く止めたかった。早く終わらせたかった。だから、だから。私は、やってしまった。
私は、あろうことかその男の方に賛同してしまったんだ。お母さんに向かって「お母さんが悪いよ。謝って」なんて言ってしまった。
それが、きっかけになったんだと思う。次の日、言い過ぎたと思って謝りにお母さんの部屋に入れば、そこには――死体があった。まるで涙を零しているかのように血塗れになった、私を産んで真摯に育ててくれた明るく優しかった女性の死体が。
そのあとあいつもやってきた。私たちはただ茫然と立ち尽くしてた。あまりの状況に頭が追いついていなかったから。それでも何とか理解が追いついた時、追いついてしまった時、私はどこまでも泣いたよ。自分のしてしまったことに、この罪に。
――でも、あいつは違った。お母さんの死体を見て、最初に放った言葉は。
こっちが、悪いみたいじゃないか。
もう、こいつとは一緒にいたくないって思ったよ。 だから私は家から抜け出して、自殺する勇気もまだその時にはなかったから、一人で生きていくことを決めた。
ん? それで捕まったのかって? あはは、珍しく察しが良いね。……うん、その通りだ。一人で生きていくにも私は幼すぎたからさ、だから窃盗や万引きをして飢えを凌いでいた。
あぁ一応親戚の人の家に匿ってもらったりはしてたんだよ? ただそれも限界でさ、最終的にはバレちゃった。その親戚の人も罰金を食らっちゃったのは、流石に申し訳なかったなぁ。
はい。とまぁとりあえずはこんな感じかな。これで分かったでしょ? 私とあの男が、どれだけ最低で最悪な人間かってことが。思ったより長い話になってごめんね。
あーあ、せっかくのパフェも、溶けちゃった。




