鮮血の過去
13
この軽薄な赤髪は、何を考えているのだろうか。僕と真琴さんが結ばれる。それがこの計画の最終地点で、僕にとっても彼女にとっても、悲願の達成目標であるはずだ。そのために僕は、真琴さんに振り向いてもらえるよう勇往邁進し始めている真っ最中なのだ。
だと言うのに、にも関わらず。
「おわー! 何あの喫茶店、古! レトロってやつ? おもろ!」
何故か、僕らはデートまがいなことをしている。
「ちょっとちょっと、何その不満そうな顔は。久しぶりのお外なんだったら、もっと楽しそうな顔をしてよ」
「……悪いけど、久しぶりの外を楽しむには、相方が不釣り合いだよ」
花凛さんが病室で放った冗談みたいな言葉は、生憎なことに冗談ではなかった。
僕が取り付く島もないままに、病院からさながら脱獄するときみたいに見事な手際で彼女に連れ出され、思いもよらない形で久方ぶりの外界を享受することになった。突然に突飛な行動なのでもちろん服装は病衣のまま。見かねた花凛さんが適当に見繕ってきたパーカーを着せられ、今に至る。
「そもそも僕、病院の外に出るの禁止されてるんだけど」
というよりは、体の負担が大きい行動は基本的にそうだ。病気に不明瞭な部分が多い以上、何がトリガーとなって悪化するか分からないゆえである。
「いいんだよ、あなた治りつつあるんだし。それにルールは破るためにあるんだ」
「どこかで聞いたような台詞だね」
「法律も例外なく」
「ただの犯罪者じゃないか」
「その通り」
ん。
ん?
「……なんだって?」
「だからその通りだって。あぁ言ってなかったっけ? 私犯罪者」
「は、はぁ?」
また疲れるやり取りをやらされたかと思えば、もっと疲れることを言ってきた赤髪。何を言っているんだ、この人は。
「一回捕まっちゃったんだよね。万引きとかがバレて」
「バレてって……本当に?」
「信じかは、あなしだ」
「略すな」
僕にとっては衝撃の新情報だというのに、やっぱり平然と適当な花凛さん。でも、もしそれが本当だとしたら、何か事情でもあったのか? やむにやまれぬ、何かが。それとも単に衝動的に?
うーん。分からん。花凛さんの過去には、一体何があったんだ?
「まぁそこは一旦置いといて、再度愛の育み合いといこう!」
「待って」
僕は勇む花凛さんを止める。花凛さんの過去も気になりはするが、今はこっちだ。「愛の育み合い」とか言われると反射的に否定したくなる。
「何当たり前に言っちゃってくれてんのさ。僕、君と付き合った覚えはないんだけど」
「私もないね」
「なら、これは何? なんで君とこんなことしなくちゃいけないわけ?」
いい加減説明責任というのを果たしてもらいたい。しかし花凛さんは、様式美のごとく深めのため息を吐くのみであった。
「あなたもとことんまで愚鈍だねぇ」
非常に口が悪い。
はぁと、また吐かれて。
「予行練習だよ予行練習。お母さんとのデートに備えた」
「予行、練習」
「そう。本番を実行出来るまでの道のりは私が作ってあげるから、あなたはその本番に失敗しないような振舞いを、ここで身に着けてよ」
「な、なるほど。そういうことか」
目的を見失っていなかったことに内心ほっとする僕。僕と真琴さんを結ばれるように仕向けるというのは、そういう意味だったらしい。
しかし、道のりを作ってくれるとは言っているが、そんな簡単にいくものなのだろうか。この前のお見舞いの時とはわけが違う。完全なるお出かけだ。真琴さんが僕に対する恋愛感情がない以上、優しさだけでそこまで付き合ってくれるとは思えない。それこそ、真琴さんにも計画を協力してもらわない限り。
思考を巡らす僕をよそに、流血するように彼女の髪が僕の視界にはらりと舞う。
「はい、じゃあ納得したならさっさと行くよ。あなたを理想の男性に、仕立ててあげる」
「……お手柔らかにお願いするよ」
余裕たっぷりに笑う彼女に顔を引き攣らせつつ苦笑して、そうしてこの疑似デートは始まりを告げるのだった。
それから僕は、花凛さんの指示にひたすら従った。
一つ。私を楽しませられるようなデートスポットを選んで。
一つ。目的地でも待ち時間でも向かう間でも、とにかく私に面白い話をして。
一つ。お会計は必ず全部あなた持ちで、なおかつスマホ決済で。
一つ。髪型とか服装とか必ず可愛いって言って。もちろんすっぴんとの比較なしで。
一つ。要は私に貢いで。
……正直、めちゃくちゃしんどい。
「間違っている」
デートが続いて、先ほど花凛さんが興奮していた雰囲気の良さげな喫茶店に入ってから。美味しそうにパフェを貪る彼女に僕は文句を告げた。
「何が?」
この赤髪は一切悪びれる様子もない。
「何もかもだよ。いや、僕だってこういうのは初めてだから定石とかは分からないけどさ、でも、デートってこんな感じだっけ? こんな、明らかに男性側の負担の方が大きいものなの?」
問えば、途端に食べる手を止めてじっとこちらを見据えてくる花凛さん。
「……古木君」
「は、はい」
そしてゆっくりと口は開かれる。
「こんな感じなの」
んなわけあるか。
「んなわけあるかって顔だね」
「だから平気で心を読まないでってば」
「いやね古木君。そうは言うけどさ、実際この時代の流れ的には間違ってないと思うの。ほら、この時ってまだ蛙化現象っていう魔法が社会にかかっている時でしょ?」
「あぁ、まぁそうらしいね」
蛙化現象。確かちょっとした仕草や言動とかで気持ちが冷めて「しまう」とかいう意味だっけ。それも本来の意味とは違うらしいが、ともかく。恋愛の価値観がほとんど小学校で止まっている僕には、いまいち理解が出来ないものだった。
「それに真琴さんもかかっているって言うの?」
「ちょい違う。全員にその可能性があるってこと。これって要は落胆するとか失望するっていうものだしね。だからこれからの社会では、私が指示したような立ち居振る舞いをしていった方が、つまりは相手の価値観に依拠していった方が、争いは生まれないで済むんじゃないかって話」
「うーん。なんかそれっぽいことを言っているような気もしないでもないような……。ちなみに、君の恋愛経験は?」
「ないですけど」
「…………」
「あ、一応私のために言っとくけど別に私がそうしたいってわけじゃないからね。あくまで、この時代の理想はこんな感じなのかなって」
「…………」
信頼出来るか? これ。
「……しょうがないじゃん」
また僕の感情が表情に出てしまったのか、あるいは自分でも信憑性がないことを自覚していたのか、花凛さんはむっとしてそう言った。
「私だって捕まってて、青春な高校生やれてなかったんだし」
――あぁ。また、その話か。捕まる。犯罪者。それは真琴さんの自殺と関連性はあるのだろうか。
花凛さんはいじけたようにパフェをちまちまと掬って食べている。その様には、いつもみたいな飄々とした雰囲気は感じられなかった。むしろあどけないとすら思う。何かの重い過去を背負い込むには頼りないと思うほどに。
花凛さんの過去に一体何があったのか。危ない欲求はふつふつと湧き上がってしまっていた。
「ねぇ、花凛さん」
その欲求に、抗うつもりもなかった。
「君は僕のことをとてもよく知っているようだけれど、僕は君のことについて漠然としたことしか知らない。だけど、君が真琴さんとのデートを上手く画策してくれるというのなら、これからの僕らはもっとお互いをもっと理解する必要がある。今さっきみたいに振り回されたくもないしね」
だからさと、僕は続ける。
「花凛さん。君の過去の詳細を、何が起こってしまったのかを、教えてはくれないかな」
「……」
花凛さんは、何も答えなかった。
ただ、針のように鋭く冷酷な瞳で僕を貫いていた。
カチリカチリと、秒針を噛む音だけが聞こえ、それ以外は無音と化す。静けさが、さんざめく。
やがて。カランと、僕の氷が入ったコップが音を鳴らした。
「……いいよ。話さないままっていうのも不誠実だし、教えてあげる」
その音が皮切りとなって、彼女はふっと軽く吐息を漏らしそう告げた。僕はこくりと頷く。
「んじゃあ話しちゃうけど、一応気を付けておいてね。これから話すことは、私としてもひどく反吐が出るものだからさ」
言われて、姿勢を正す。だらしない体勢で聞いていいものではないと、本能が告げていた。
そんな僕を彼女は一瞥し、大きく深呼吸をしてから。
ぽつぽつと、まるで雨が滴るように話し始めたのだった。




