ツーフェイス
真中は今日も一人で先に帰ってしまった。奈南は増井といっしょに帰ってしまった。恩田もすでに帰っている。
最近は一人で帰ることが増えている。ポストに入る手紙、誰かにつけられてる気配、それらが起こるようになってから、タクシーで帰るか、遠回りしてでも広い片側二車線の道路に出て帰るようにしている。
今日も愛美一人だけが残業になり帰りが遅くなったが、安月給の身で毎日タクシーで帰るわけにはいかない。
駅から遠回りして片側二車線の広い道路に出た。この時間はコンビニやレストランの明かりもあり、車の通行量も多い。コンビニやレストランに入るお客さんもいて賑やかで安心して帰れる。しかし、一本裏の道に入るといきなり人気はなくなる。
愛美が賑やかな道を歩いていると、車の走る音に混じってバッグからスマホの呼び出し音が漏れてくるのに気づいた。
最近はスマホの呼び出し音を聞くとビクリとする。歩きながらバッグからスマホを取り出してスマホの画面を覗き見ると、見知らぬ電話番号が表示されていた。出るべきか悩んだが、時田の番号は着信拒否にしたので、時田が電話番号を変えてかけてきている可能性もある。悩んでいるうちに呼び出し音は途絶えた。そのまま無視してスマホをバッグに放り込んだ。嫌な予感がする。
片側二車線の賑やかな道から左側の人通りの少ない暗い道に入っていく。この道は自宅マンションの前を通る道なので、帰るにはどうしてもこの道を通らなければならない。後ろを振り向き、まず誰もいないことを確認する。大丈夫そうなので、暗い道に入り早足で歩いていく。一分ほどの時間だがすごく長く感じる。自宅マンションに近づきエントランスの明かりが見えてきて少しホッとする。
エントランスの明かりに向かって早足で歩く。そこでエントランスの明かりをバックにして立つ大きな黒い人影を見つけた。誰かがマンションの前に立っている。それも大きな体だ。愛美の体は硬直し足が止まった。黒い大きな人影が愛美の方に体を向けた。そこからゆっくりと愛美の方へ向かってくる。大きな黒い人影はユサユサと揺れながら近づいてくる。エントランスの明かりが逆光になって黒い人影の顔を確認できないが、時田の体型に似ている。
人影が近づいてきて、わずかな街灯の光で顔が確認できた。人影は細い目を見開いて口を大きくあけてニタニタと笑っている。
やはり時田だ。愛美は一歩二歩と後ずさりした。時田はゆっくりと近づいてくる。愛美は踵を返して来た道を走って逃げようとしたが、体が震えて足がガクガクした。
「ぐあー」
地響きのような声が鼓膜に響いた。
逃げ出そうとした瞬間に肩がドンと重くなった。肩に時田の指が食い込んでくる感触が伝わった。振り払おうと肩を揺らしたがビクともしない。悲鳴を上げよう思っても、喉がつかえて声が発せられない。持っていたバッグを振り上げた。ドンと鈍い音がして、「ウッ」という声が聞こえた。振り上げたバッグが時田の頭をとらえたようだ。しかし、その程度では時田に致命傷を与えることなど出来ない。
「クッソー、なめやがって」
時田は怒鳴って、左腕を愛美の首に回し締めつけ、右手で愛美の手からバッグを引きちぎるように奪い取って地面に投げつけた。
「絶対に許さない。騒いだら殺すぞ」
時田の低いドスのきいた声が耳元で響いた。時田の右手が愛美の胸元に伸びてきた。恐怖のせいで体が動かない。時田は汗ばんだ大きな体を愛美の体に密着させてきた。時田の生暖かい体温が伝わってくる。
時田の「フゥーフゥー」という荒い鼻息が耳元で聞こえる。激しく首を横に振るが、時田のグローブのような大きな手で顎を押さえつけられた。時田の唇が顔に近づいてきた。必死で俯いて避けようとしたが時田の力は強い。時田の顔のねっとりとした汗が愛美の頬に貼り付く。愛美の意識は遠くなってきた。苦しい、もうダメだ。
足に力が入らなくなり、その場で崩れ落ちそうになった。
『バシン』
後ろから鈍い音がした。
「うぉー」
時田の悲鳴がした。同時に時田が愛美の首に回していた腕が緩んで、密着していた体もするりと離れていった。その隙に時田を突き放した。
「うぉー」
また時田の悲鳴が聞こえた。
振り返ると、時田が誰かに頬を殴られていた。たまたま通りかかった男性が助けてくれたようだ。
「くそー、邪魔しやがって」
時田が右手で口を拭いてから、反撃に出ようと男性の胸元と腕を掴んだ。時田は柔道をやっていると言っていた。助けてくれた男性が投げられてしまう。
見知らぬ人まで巻き込んでしまった。早く助けを呼ばないといけない。警察に電話しようと、時田に投げつけられ地面に転がるバッグを拾おうとした。
「うわー」
また悲鳴が上がった。
早く警察に電話しないと、助けてくれた男性が危ない。
『ドン』
地面に叩きつけられるような鈍い音がした。
「うぅ」
苦しそうな声が上がった。
助けてくれた男性がやられたと思って、倒れた男性を見ると、そこに倒れていたのは時田の方だった。
男性の方が時田を投げ飛ばしたみたいだ。男性はうつ伏せになった時田の上に馬乗りになっていた。男性は左手で時田の首を押さえ、右手で時田の右腕をひねりあげていた。
「大丈夫か」
助けてくれた男性が愛美に向かって声をかけた。
「はい、ありが……、えっ……?」
愛美は男性の顔を見て両手を口に当てた。
「おう、お疲れさま」
男性は時田に馬乗りになったまま笑っていた。
「か、係長」
「ああ」
恩田が時田をおさえつけたまま笑みを浮かべていた。
「えっ」
「愛美、お疲れ様」
今度は女性の声がした。
声のする方を見ると、そこには真中が立っていた。
「真中先輩……、えっ、ど、どうして」
「どうもこうもないわ。この男を捕まえてやろうと思ってたのよ」
真中はそう言いながら、腰を屈めて、恩田に押さえつけられている時田にきつい視線を向けた。
「この、バカ」
真中が時田に向かって言葉を吐き捨てた。
「す、すいません」
時田は声を震わせ涙声で言った。
「なんで係長と真中先輩がここにいるんですか」
助かったのはよかったけど、何がどうなっているのかがわからなかった。
「この男が愛美のポストに何かを放り込むのが見えたの。それで怪しいと思って見てたら、愛美に襲いかかったから係長が慌てて追いかけて行ったのよ」
「そうだったんですか」
真中の顔と時田の顔を交互に見た。
「時田さん、これまでもずっと、わたしの後をつけたり、変な手紙をポストに入れたりしてたんですか」
「は、はい。す、すいませんでした」
時田は地面に恩田に頭を押さえつけられたまま詫びた。
「やっぱり、あなただったの」
愛美は時田を睨んだ。
「すいません」
「もしかして、公衆電話からの電話もあなたなの」
愛美が訊いた。
「えっ、い、いえ、それは知りません」
時田は頭をおさえつけられたまま首を横に振った。
「うそ、あなた以外に誰がいるのよ」
つい、声を荒げてしまう。
「もういいじゃない」
真中が愛美の肩に手を置いてニコリと笑みを浮かべた。
「おい、二度と篠原さんに近づかないと約束しろ」
恩田が時田の耳元で怒鳴った。
「は、はい、約束します」
「もしそれを破って今回のようなことを起こしたら教育委員会に連絡するからな」
「はい、二度とこんな真似はしません。申し訳ありませんでした」
時田は泣きじゃくっていた。
「篠原さん、どうする。これで許してやるか」
恩田が愛美に顔を向けた。職場で見せる恩田とは違いすごい迫力だ。
「はい、係長、ありがとうございます。二度としないと約束してもらえたら、それで今回は許します」
「篠原さんから許しが出たから、今回はこれで見逃してやるけど、次はないからな」
恩田が時田の頭を一段と強くおさえながら言った。
「はい、すいませんでした」
時田が声を絞り出すようにして言った。
「告白して断られたら、男らしくきっぱり諦めろ。諦められないなら、こんなことせずに、もう一度正々堂々とアタックしろ。わかったか」
恩田が時田の耳に顔を近づけて怒鳴るように言った。恩田の迫力が本当にすごい。仕事でもこういう姿が見たいものだ。
「わたしの同僚の車のテールランプを壊したのもあなたなの」
「はい、すいませんでした」
「どういうことだ?」
恩田が訊いた。
「この人が増井くんの車に植木鉢を投げつけてテールランプを壊したんです」
「そんなことまでしたのか」
「す、すいません。反省してます」
「反省してますだと。当たり前だ。それより修理代弁償してもらわないとな」
「はい、そ、それは、もちろん弁償します」
「しゃあ、俺が増井から修理代の領収書を預かって、あんたのところに請求に行くわ。それでいいな」
「はい、それで、お願いします」
「増井から領収書受け取ったら、俺から連絡する」
「はい、わかりました」
「よし、こいつも反省してるようだし、もう解放していいか」
恩田が愛美に訊いた。
「はい」
「じゃあ、二度とするなよ」
恩田はそう言って、時田を解放した。時田は苦しそうな表情で立ち上がった。
「申し訳ありませんでした」
時田は愛美に向かって深々と頭を下げた。顔を上げてから右手で涙をぬぐっていた。その姿に嘘はなさそうだった。この人もどこかで歯車が狂ってしまっただけで、本当は普通の良い人なのだ。愛美が中途半端な態度をとってしまったことが悪かったのかもしれないと反省した。
「もう帰っていいぞ」
恩田は顎を突き出した。
「失礼します」
時田は慌てて駅の方へと走っていった。しばらく三人並んで時田の後ろ姿を見ていた。走っていく時田の大きな背中がだんだん小さくなって最後には見えなくなった。
「ハァー」
愛美は息を吐いたと同時に肩が落ちた。
「大変だったな」
恩田が愛美の落ちた肩に手を置いた。
「ありがとうございました」
愛美は恩田と真中に向かって頭を下げた。
「ハァー、終わったー」
真中が両手を目一杯横に伸ばし胸を張った。
「真中さん、なぜ、わたしがストーカーにあってるとわかったんですか?」
愛美は不思議に思って訊いた。
「それはあとあと。あとで話すわ。それより係長、ありがとうございました」
真中が恩田にペコリと頭を下げた。
「係長、本当にありがとうございました」
愛美もあわてて恩田に頭を下げた。
「まあ、役に立てたなら良かったよ」
恩田が後頭部を掻きながら言った。
「係長って、迫力あって強いんですね。会社の雰囲気とは違ってたのでびっくりしました」
「会社では、忘れっぽくて、たよりない上司だと思ってるんだろ」
恩田が笑いながら言った。
図星なだけに返す言葉に困ってしまった。肯定も否定もしないで、「さあ」とだけ返しておいた。
「じゃあ、俺はこれでお役御免ということで」
恩田は真中の方を見て右手を上げた。
「はい、ありがとうございました」
真中は恩田に頭を下げた。愛美も続けて頭を下げた。
「じゃあな」
恩田はマンションの横にとめてある車へと向かって行った。
恩田が車に乗り込みエンジンをかけた。
真中と並んで恩田の運転する車が見えなくなるまで見送った。車が見えなくなってから、真中と顔を合わせた。
「よかったね」
真中が口角を上げた。
「先輩、ありがとうございました」
愛美は頭を下げた。
「ファー、疲れたー」
真中は両手をあげ伸びをした。
「久しぶりに部屋に上がっていきますか」
愛美が言うと真中は首を横に振った。
「散歩がてらファミリーレストランまで行きましょう。そこでゆっくり愛美と話がしたいし」
目を細めて笑ってはいるが、瞳は揺れている。何かいつもの真中とは違うものを感じた。何かを決意したような瞳だった。
真中は踵を返し先に歩き出した。
「待ってください」
愛美は真中の背中を早足で追いかけた。真中は前を向いたまま振り向こうとせずに背筋を伸ばして歩いていった。小走りで追いかけ横に並んだところで、真中に声を掛けた。
「なぜ、わたしが時田にストーカーされてるとわかったんですか」
真中は顔を上げて空を見上げていた。愛美の問いへの答えはなかった。
「係長って、すごいですよね。職場とは全然違うのでビックリしました」
話を変えてみた。
「柔道三段で、高校、大学はレスリング部だったそうよ。確かに体は大きいものね。本人曰く、職場では能ある鷹は爪を隠してるんだって。普段は隠しすぎよね。笑っちゃうわ」
真中の歩くスピードが落ちて下を向いた。
「ゆっくり話がしたいって何ですか」
「コーヒーでも飲んで、気分転換してからね。まっ、愛美にお詫びとお説教かな」
「お詫びとお説教ですか」
真中の歩くスピードがまた上がったので、愛美は後を追いかけるように早足になった。
ドリンクバーでホットコーヒーを入れて席についた。コーヒーを飲みながら真中の様子を伺った。愛美に目を合わせようとせず、黙ってコーヒーを口にしている。そのまましばらく沈黙が続いた。真中と二人でいて、こんなに沈黙が続くことはこれまでになかった。少し居心地の悪さを感じた。昔とは違う今の二人の関係を考えるとやむを得ないのかもしれない。
「これで、愛美もひと安心ね」
真中がコーヒーカップを口から外して、やっと口を開いた。その顔には笑みがはりつけられていた。無理に作ったものだとすぐにわかる。
「はい」
愛美はじっと真中の瞳を見つめた。愛美も笑みをはりつけたがぎこちなくなったのがわかる。
「で、何故、愛美がストーカー被害にあってることに、わたしが気づいたのか、それが知りたいのよね」
真中がコーヒーカップをテーブルに置いて、愛美の目をじっと見た。
「は、はい」
愛美は背筋を伸ばした。
「あのね」
真中は少し言いにくそうにしているようだった。それだけ言うとまたコーヒーカップを持ち上げ口につけた。
「はい」
真中が「フゥー」と息を吐いた。
「声を変えた公衆電話からの電話があったでしょ」
「あっ、はい、ありました」
少し沈黙があった。真中は宙に視線をやっていた。
「実は、あれ、わたしなの」
真中が愛美の顔をじっと見た。唇を噛みしめ苦しそうな表情をしていた。
「えっ」
愛美は言葉が出なかった。どういうことなんだと頭の中が混乱した。
「わたしがあなたに公衆電話から声を変えて電話してたの。本当にごめんなさい」
真中はそう言ったあと、テーブルに額をぶつけるくらい頭を下げた。
「あの電話、真中さんだったんですか」
頭を下げる真中に向かって言った。真中がゆっくりと顔を上げた。目が真っ赤だ。
「そう。わたしがやったの」
真中が唇を噛みしめて目を閉じた。それと同時に涙がこぼれ落ちた。
「そうですか、あの電話は真中さんでしたか」
愛美は何を言っていいのかわからなかった。
「なぜ、あんなバカなことするのかって、今腹が立ったでしょ」
真中は愛美の顔を覗きこんだ後、コーヒーカップに視線を落とした。
「はい、いえ、あの、ストーカーと同一人物と思っていたので、時田さんじゃないかと思っていたので、正直、ビックリしています」
「そうよね……」
真中は言ったあと宙に視線をやった。続けて何かを言い出そうとしていたが真中の口から次の言葉は出てこなかった。しばらく沈黙したが、愛美は待つことにした。
「飲み物入れてくるわ」
真中はそう言って席を立った。
愛美は黙って座っていた。口の中が渇いていたので、冷たい飲み物が欲しかったが、我慢することにした。
真中がウーロン茶を持って戻ってきた。真中は席に座ると同時にウーロン茶を一気に飲み干した。
ウーロン茶を飲み干した後、愛美に顔を向けた。そして口を開いた。
「わたしね、あなたと別れてからもずっとあなたのことが頭から離れなかったの。ずっとあなたのことが好きで恋愛感情を消すことができなかった」
真中はそこまで言って俯いた。また、しばらく沈黙があった。
愛美は黙っていた。
「だけど、あなたは他の人が好きになったのね」
真中が愛美の顔を覗きこんだ。
「はい」
正直に答えた。真中の顔を見ることができないのでコーヒーカップに視線を落としていた。
「愛美は、わたしがまだあなたのことが好きだって気持ちに気付いてたんでしょ」
「えっ、あっ、はい」
愛美は顔を上げられない。真中が愛美に対して今でも恋愛感情を持っていることには気づいていた。愛美はそれをごまかしながら会社の先輩、後輩として良い関係を続けていこうとしていた。
「あなたは、わたし以外の人を好きになった。でも、その相手とうまくいきそうにない。あなたはこれまでのことを全て吹っ切るために結婚相談所に行ったんでしょ」
真中は笑っている。
「はい」
蚊の鳴くような声で返事した。
「わたしも愛美のことを忘れなきゃいけないとずっと思ってた」
「先輩も悩んでたんですか」
「そう。だから、あなたが結婚相談所に行ったと聞いて、それでいいんだと思った。それで、わたしもあなたへの気持ちを吹っ切ることができると思った。でも、我慢しようと思えば思うほど我慢ができなくなってしまって、あんなことしてしまったわ。本当にごめんなさい」
真中の目から涙がボロボロとこぼれ落ちた。いつもの強くて頼りになる真中の涙をはじめてみた。
「もう、いいです。終わったことですし、気にしないでください」
「我慢できなくて、たまに、あなたのマンションの近くまで行って、マンションの周りをブラブラして、公衆電話から電話をしてしまったの。怖い思いをさせて本当にごめんなさい」
「いえ、怖かったのは事実ですけど、もう大丈夫です。もしかして、その時に時田のストーカー行為を見つけたんですか」
「そうね。時田が公園のベンチからずっとあなたの部屋を見つめていたり、駅からあなたの後をつけていたり、ポストに手紙を放り込んだりしてたのを見たわ」
「係長は、なぜ知ったんですか」
「わたしが係長に相談したの。係長はあなたが最近元気がないことに気づいてた。すごく心配して、わたしに心当たりがないかって訊いてきたから、もしかしたらストーカー被害にあってるかもしれないって言うと、何とかしないといけないと言い出して、あなたのマンションで時田を待ち伏せしたわけ」
「もしかして、最近二人して早く帰ってたのは、まさかそのためですか」
「そう、空振りも多くてね、とりあえずあなたが帰宅するまで、あなたのマンションの近くで見張ってたの」
「そうでしたか。わたしのためにありがとうございました」
「わたしにお礼はいいわ。係長の提案だから。わたしもあなたにストーカー行為してたんだから、時田と変わらないし」
「わかりました。先輩、この話はこれで終わりにしましょう」
「許してくれるの」
真中が首を傾げた。
「はい、もちろんです」
愛美は顔を上げ真中に向けて口角を上げた。
「ありがとう。じゃあ、次にもうひとつ大事な話」
真中が人差し指を一本立てた。
「何でしょうか」
「今度は愛美にお説教よ」
「お説教ですか」
愛美は首を傾げた。もしかしてあのことだろうか。自分の後をつけていた真中なら見ていたかもしれない。
「なんのことかわかる?」
真中が愛美をじっと見つめてきた。
「えっ、いえ。もしかしてですけどわかります」
愛美は真中と目を合わせるのが苦しくなり俯いてしまった。
「あなた、時田にポストに変な手紙を入れられて怖かったんでしょ」
真中が身を乗り出してきた。やはりあのことだ。
「はい、毎日マンションに帰るのが怖くて、帰ってからもなかなか眠れなくなりました」
「じゃあ、なぜ時田と同じようなことをするの」
真中の瞳が鋭く光った。
「はい」
やはりあのことだ。愛美は胸が苦しくなった。
「奈南は増井くんと交際してるの。それはわかってるんでしょ」
「は、はい」
「なぜ、二人の邪魔をするの」
「す、すいません。自分でもわけがわからなくなってました」
愛美はいつの間にか奈南のことが好きになり、真中と別れることにした。そして奈南と交際したいと思った。しかし、奈南は増井と交際をしていることに気づいて嫉妬した。
奈南を振り向かせたいと思った。そして時田が愛美にしたことと同じようなことを奈南にやってしまった。愛美は奈南の住むマンションに行ってポストに手紙を入れてしまっていたのだ。
「あなたが奈南のことが好きになったのは仕方ないけど、奈南と増井くんの交際の邪魔をしちゃダメ」
「そ、そうですね」
胸が苦しくなった。
「わたしが偉そうに言うなって感じだけどね」
「いえ、すいませんでした。ダメだと思いながら、やってしまいました。もう二度とやりません」
愛美は真中と同じように額がテーブルにぶつかるくらい頭を下げた。テーブルにポタポタと自分の涙が落ちた。
「そう、良かった。じゃあ、今日は二人そろって懺悔の日にしましょうか。そして明日から二人そろってやり直しましょうよ」
真中がはつらつとした声で言った。
「はい」
愛美は背筋を伸ばし胸をはった。
「愛美はこれからどうするの。男性それとも女性?」
真中はおだやかな表情で訊いてきた。
「男性を探してみます。時田さんの件でちょっと怖い気もしますが、わたしには真中さんと係長がついてますから。また結婚相談所でいい男性を探してみます」
「そう、それが良いと思う。愛美ならきっといい男性が見つかるわ」
「先輩はどうするんですか」
「わたしも今回のことで、ある男性のことが好きになっちゃったみたい。あの人が、あんなにたくましくて正義感のある人だと思わなかったわ」
真中が少し顔を赤らめて言った。
「えっ、それってもしかして……」
愛美が言いかけたら、真中が自分の口に人差し指をあてた。
「言っちゃダメ。これは、しばらく、わたしと彼の秘密にしておきたいから。だから、愛美も知らなかったことにしてね」
「わかりました。でも、いつかみんなに発表してくださいね。楽しみにしてますから」
「そうね、その時にはあなたにもいい人ができてたら最高ね。それは男性でも女性でもいいと思うわ」
「はい、頑張ります」
愛美は明日、結婚相談所の担当者に電話することに決めた。