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奈南にもストーカー?

 真中と恩田は出先から直帰すると連絡があった。最近、恩田と真中がオフィスにいないことが増えている。真中はチーフになってから、研修会や会議に出たり取引先に出向くことなど外出することが増えている。最近は真中といっしょに帰っていない。奈南といっしょに帰ろうと誘っても、人に会う約束があるからと言って断られる。

 なので、最近は一人で帰ることがほとんどだ。遅い時間に帰るのが怖い。出来るだけ早く終わらせて帰りたい。愛美は休憩も取らずキーボードを叩く手を早めた。


「だから、知らないって」

 愛美がパソコンに向かいキーボードを叩いていると、増井の声が聞こえてきた。いつもとは違い、少し苛立っている様子だ。

「うそ、直哉くんでしょ」

 今度は奈南の高い声が聞こえた。

 時間がないのであまり関わりたくないが、あまりにも大きな声なので無視するわけにはいかない。

 増井と奈南の席の方に顔を向けると、奈南と増井が向かい合って立っていた。奈南は腕を組んで増井を見上げ口を尖らせている。増井の方は両手をズボンのポケットに突っ込んで奈南を見下ろしている。少し険悪な様子だ。

「当たり前だろ。俺がそんなことするわけねえだろ」

 増井の口調はきつく、前に立つ奈南を睨みつけていた。

「そりゃあそうだけど、直哉くんじゃなかったら、一体誰よ」

 奈南が増井の勢いに気圧され俯き加減になっていた。

「そんなこと、俺が知るかよ」

 何か仕事のトラブルでもあったのかと不安になった。仕方なく椅子から立ち上がり二人のもとへと向かった。

「なにか、トラブルなの」

 少しふてくされ気味の増井に訊いた。

「俺もよくわかんないっす。こいつに訊いて下さい」

 増井が顎で俯く奈南を指した。

「佐々木さんどうしたの。なにかトラブルがあったの」

 愛美は奈南の顔を覗きこんだ。

「あっ、大したことじゃないです。すいません」

 奈南は愛美に向かって頭を下げた。

「ほんとに? 佐々木さん見てると大したことないようには見えないけど、大丈夫なの。トラブルならすぐに対処しないとダメよ」

 奈南の様子を見て愛美は不安になった。

「先輩、すいません。仕事のことじゃないんすよ。こいつのプライベートなことっす」

「そう」

 愛美はそう言ってから奈南の様子を伺った。奈南は俯いたまま唇を噛みしめていた。

「佐々木さん、本当に大丈夫なの。元気ないみたいだけど」

 奈南の様子は明らかにおかしい。増井がプライベートなことと言ってるから、増井と奈南だけの問題かもしれないが気になる。二人の仲がこじれればいいのにと嫌なことを考えた。

「先輩、すいません。あたし大丈夫です」

 奈南は俯いたまま、トボトボと自分の席へと戻って行った。いつもの奈南らしくない。

「仕事のことじゃないけど、いっそのこと篠原先輩に相談してもいいんじゃねえか」

 増井が自分のデスクに戻ろうとする奈南の背中を追いかけ、奈南の肩に手を置いた。

「でも、プライベートなことだし」

 奈南は首を横に振った。

「けど、プライベートとか言ってる場合じゃねえよ。これは犯罪だぞ。仕事にも影響してるじゃねえか。相談した方がいいって。残業も減らしてもらった方がいいかもしんないしさ」

 二人の会話の意味はわからなかったが、増井と奈南の様子を見ると重大なことのようだ。

「どうしたの、困ったことがあるなら、役に立てるかはわからないけど話してみてくれる」

「はい、それがですね」

 増井が頭を搔きながら愛美の方に近づいた。

「増井くんが話してくれるの?」

 愛美が増井に体を向けた。

「俺から話すぞ」

 増井が奈南に確認した。

「うん」

 奈南が弱々しく頷いた。

「じゃあ、さっきの紙出せよ」

 増井が奈南に向かって右手を差し出した。

 奈南が増井に白いハガキサイズの紙を手渡した。愛美はその紙を見て血の気が引いた。

「先輩、これっす」

 増井は何枚かのハガキサイズの白い紙を愛美に差し出した。奈南は増井の後に隠れるように立っていた。

 今の愛美の顔は真っ青になっているだろう。ハガキサイズの白い紙を受け取る手が震える。震える手を堪え、増井からその紙を受け取った。紙に書いている内容は見なくてもわかった。

「最近、これが奈南のマンションのポストに投げ込まれてるみたいっす」

「そ、そう」

 手に持った白い紙に視線を落としたまま、体が硬直した。

「その紙をひっくり返して裏を見てください」

 増井がそう言ったが、裏を見る勇気はなかった。

「裏を見るの」

 声が震える。

 増井の顔を見てから、奈南の顔を見た。増井は愛美をじっと見つめていたが奈南は俯いていた。

「こ、これがポストに入っていたの」

 愛美は増井と奈南の顔を交互に見た。

「はい。篠原先輩、早く裏見てください。裏見たらわかるっす、酷いっすから。篠原先輩も裏を見たら怖くなるっすよ」

 愛美は増井の顔を見て頷いてから、生唾を飲み込みゆっくりと一番上の紙をめくってみた。

『あなたがすき』

 一枚目にはミミズのはったような赤い文字でそう書いてあった。見た瞬間、胸が苦しくなった。震える手で二枚目、三枚目と順にめくっていった。

『いっしょにいたい』

『もうがまんできない』

 三枚全てめくって、自分の顔がひきつるのがわかった。

「こいつは、俺がこれをポストに入れたんじゃないかって言うんす。俺、絶対こんなことしないっすよ」

 増井が、俯く奈南の方に視線をやった。

「そ、そう」

 愛美は二人の顔を見ることが出来ず視線を落としたまま返事した。

「これ見てすごく怖くなったから、これが直哉くんの仕業だったら、あたし、まだ救われるかなと思ったんですけど、直哉くんじゃなかったら、一体誰なんだろう。怖すぎて家に帰れないです」

 奈南の目が真っ赤になっていた。

「これって、間違いなくストーカーっすよね」

「そ、そうね」

 愛美の声は裏返った。

「これを警察に持って行って、それで犯人捕まえてもらおうぜ」

 増井が奈南に向かって言った。

「警察に持って行っても、きっと相手にされないよ」

 奈南が首を振る。

「篠原先輩、心配かけてすいませんでした。これから、こいつの仕事が遅くならないように配慮だけお願いします。とりあえず、しばらく落ち着くまで、俺がこいつを送って帰ります」

「そ、そうね、そうしてあげて」

 奈南には、こんな時に相談できる相手がいるんだと思うと羨ましかった。これで二人の仲は深まる。

 愛美は暗鬱な思いで二人の様子を眺めた。




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