表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

相談相手

「せっかく紹介してもらいましたが、今回はお断りさせていただきます。申し訳ありません」

 愛美は椅子に腰かけたまま頭を下げた。

「わかりました。残念ですが、仕方ありません。篠原さんは当会の男性会員から人気がありますので、すぐにまた条件に合った男性を紹介できると思います。篠原さんの方でも会員の中で気になる男性がいましたらご連絡下さい」

 愛美は結婚相談所の担当者に時田との交際をお断りすることを伝えた。

 愛美は最近起こるストーカー行為が時田の仕業ではないかと思っている。時田でなかったら彼には申し訳ないが、どちらにしてもこんな気持ちのまま時田との交際は出来ない。

「はい、ただ、もうこれで退会させていただこうかと思ってまして」

 愛美は恐縮して伏し目がちに言った。

「どうかされましたか。何か、私どもに不手際でもございましたでしょうか」

 担当者が慌てた様子で訊いてきた。担当者の顔を見ると眉をハの字にしていた。

「いえ、そうではないんですが、少し仕事が忙しくなったもので、結婚はもう少し落ちついてからゆっくり考えた方がいいかと思っています」

 仕事が忙しくなったのは事実だが、本当の理由は他にある。

「さようでございますか。それでしたら、仕事が落ち着くまで、退会ではなく活動を休止ということもできます。それですと休止している間は月会費は発生しませんし、はじめたい時にご連絡いただければ、すぐに再開できます。新たに入会金も発生しませんので、それでどうでしょうか」

「そうですか、では、一旦活動休止していただけますか」

 結婚相談所の担当者は、なかなか感じのいい人で、退会するのはもったいないし申し訳ない気持ちがあったので、一旦休止してもらうことにした。

 ポストに不気味な手紙が入っていたり、帰り道にあとをつけているのが時田のような気がして、その件を相談しようと思ったが証拠もないし、違っていたら時田に迷惑がかかるので相談するのはやめた。

 とりあえず、時田とは性格が合わないと言う理由で断り、しばらく活動を休止することにした。


 真中は恩田との打ち合わせで帰りが遅くなるというので、今日は奈南と二人で先に帰ることにした。

 つり革に掴まりながら、めずらしく愚痴をもらさない奈南の横顔を見た。彼女はニコニコと笑みを浮かべて車窓を眺めている。増井とうまくいっているからご機嫌なのだろうか。増井との関係を訊いてみたいという気持ちはあるが、さすがに聞き出す勇気はない。

「先輩、たまには真中先輩抜きで二人で一杯やりませんか」

 奈南がつり革にぶら下がるようにして体を捻り愛美に笑みを向けてきた。小動物のような愛くるしいその笑顔は同性の愛美から見ても魅力的だ。男性がイチコロになるのはわかる気がする。増井もイチコロだったのかもしれない。

「そ、そうね、いきましょうか」

 奈南からの急な誘いに嬉しい気持ちだが、少し動揺してしまった。

「あたしの家の近くでもいいですかー」

 奈南は訴えるような瞳を愛美に向けてきた。

「いいわよ。どこかいい店あるの」

「入ったことないんですけどね、美味しいって評判の焼鳥屋があるんです。でも、なかなか一人だと入りにくくてー」

 増井を誘って行けばいいだろうと嫌なことを思った。

「彼氏を誘っていけばいいじゃないの」

 愛美は意識して口角をきゅっと上げた。

「そんなー、あたし彼氏なんていませんよー」

 奈南は右手を何度も横に振った。

 嘘をつくな。公園のベンチで増井と抱き合ってる姿を見たんだぞと愛美は心の中で呟いた。

「そう。じゃあ、奈南おすすめのその焼鳥屋に行きましょうか。一人だと入りにくい店ってあるわよね」

「やったー。先輩ありがとうございまーす」

 満面の笑みを浮かべるその顔は本当に可愛らしい。

 駅を降りて大通りから一本路地に入ったところにその焼鳥屋はあった。目立たない場所にある隠れ家的な名店といった感じだ。

 間口が狭くて、女一人でなくても一見ではなかなか入りにくい雰囲気の店だが、味は期待できそうな店構えだ。

 引き戸を開け店内に入ると左側にカウンター席が十席ほどあって、その奥から煙が上がっている。焼鳥の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。口の中に唾液が溢れてくる。

 煙の向こうに、この店の主人らしい男性の姿が見えた。短く刈った白髪頭で鶏ガラのような細い顔をした眼光の鋭い頑固そうな男性だ。

 男性は、一瞬愛美たちの方を見て「いらっしゃい」としゃがれた声を出した。

 カウンターは、ほぼ満席だった。壁際に四つ並んだボックス席は一番奥が埋まってるだけだったので、愛美たちは一番手前の席に座った。すぐに若い女性店員が注文をとりにきた。

 女性店員に注文を済ませた後、二人顔を合わせ笑みを浮かべた後、少しの間沈黙があった。

 愛美は奈南と二人きりで飲みにくるのははじめてだったので、何を話せばいいのか考えた。差し障りのない仕事のことや係長のことを適当に話した。

 少し和んだところで奈南にどうしても訊いておきたいことを口にした。

「佐々木さんは彼氏とかいるの」

 増井との公園で抱き合っていたシーンが頭から離れない。

「さっきも言ったじゃないですか。彼氏なんていませんよ。あたしはフリーでーす」

 奈南はあっけらかんと言った後、焼鳥をパクりと口にくわえた。

「へえー、そうなんだ、意外ね。佐々木さんは可愛いから男が放っておかないのに」

 あの夜の増井とは何だったのか。彼氏じゃないのに、公園で抱き合っていたのか。それとも、あの時は付き合っていたが、すでに別れたのか。いや、今でも付き合っているが、愛美には隠しているのだ。

「そんなことないですよ。男の人には全く相手にされてないです。子供っぽくてバカだから女として見てもらえてないんです」

 奈南は鶏の身が無くなった串を口に咥えたまま口を尖らせた。

「好きな人とかいないの」

 奈南の顔を覗きこんで訊いた。

「うーん、秘密です。それより先輩こそどうなんですか。もしかして、こっそりすっごいイケメンと付き合ってて、急に結婚を発表するつもりなんじゃないんですか」

 奈南が身を乗り出して訊いてきた。奈南は愛美のことなど興味ないはずなのに、目をキラキラと輝かせ口角を上げていた。

「わたしの方こそ全く無いわよ」

「えーっ、先輩は美人だし、彼氏がいないのは信じられないです」

「美人なわけないでしょ」

「謙遜しないで下さいよー。先輩なら絶対選び放題ですよー」

 選び放題なら結婚相談所に登録なんてしないわよと心の中で呟いた。

 その後、恋愛話からいつもの仕事の愚痴に話は変わっていった。あまり遅くなりたくなかったので、一時間ほど会話し途絶えたところで帰ることにした。

 二人ともこの店のファンになった。特にジューシーなつくねと口の中でとろけるようなレアに焼かれたレバーは臭みもなく絶品だった。今度は真中も誘って来ることを二人で約束したが、本音はまた奈南と二人だけでここに来たい。

 焼鳥屋の前で奈南と別れた。帰っていく奈南の後ろ姿をじっと見つめた。奈南の姿が見えなくなってから、駅に向かおうとしたところで愛美の体は凍りついた。

 駅の横にあるコンビニの前に大きな体で四角い顔をした男の姿が見える。

「なぜ、ここにいるの」

 愛美は呆然と呟いた。

 一瞬、男と目が合ったが、男の方からすぐに目をそらし、そのまま大きな体を小さくして駅の中へとそそくさと消えて行った。見間違いではない。時田だ。偶然なのか、それとも愛美をつけてきていたのか。

 このまま駅のホームに入るのが怖くなった。愛美は駅前のタクシー乗り場へ向かった。


 結婚相談所に時田との交際を断ってから、ポストに脅迫めいた手紙が入る頻度が増えた。

『結婚してほしい』

『あきらめない』

『うらぎられた』

『だまされた』

『わすれられない』

 それ以外にも、その日の愛美の姿を撮影した写真が入っていることもあった。間違いなく愛美の行動をどこかで監視している。

 ドアノブにペットボトルの紅茶とチーズケーキの入ったコンビニの袋がかかってることもあれから二度あった。

 愛美は身の危険を感じていた。帰りは出来るだけ遅くならないようにし、残業などで遅くなる時は一つか二つ手前の駅で降り、そこからタクシーでマンションの前まで帰るようにしていた。

 誰かに相談したかったが、相談できる相手が思い浮かばない。真中には相談できない。恩田も頼りにならない。後輩の奈南や増井にも相談できない。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ