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デート

 時田良治とのデートの待ち合わせ場所は、愛美の自宅から歩いて十分のところにあるファミリーレストランだ。

 最初、時田は愛美の自宅まで車で迎えに行くと言ってきたが、いきなり自宅まで来てもらうことに抵抗があった愛美はそれを断り、自宅から歩いて行けるファミリーレストランを待ち合わせ場所にしてもらった。

 愛美の自宅まで迎えに来たがっていた時田の声は少し不服そうだったが、愛美が拒み続けたので最後には折れた。

 デート当日、愛美が待ち合わせのファミリーレストランに到着したのは約束の時間の五分前だった。店に入り中を見渡すと時田はすでに窓際の席に座ってコーヒーカップを口にしていた。時田はすぐに愛美に気付いたようで、コーヒーカップを口から離し目を大きく見開いて席から立ち上がった。

 愛美が時田に向かって軽く会釈すると、時田は愛美に向かって屈託のない笑みを浮かべ右手を上げた。

 短く刈り揃えた髪、細い目、四角い顎。いかにも柔道をやっていますという雰囲気を醸し出している。男らしくて頼もしく優しそうな男性だなとあらためて思った。

 愛美は時田の座る席まで早足で向かった。

「すいません、お待たせしました」

 愛美は時田の前に立ちペコリと頭を下げた。

「いえいえ、まだ、約束の時間まで五分あります」

 時田はそう言って自分の腕時計を愛美の方に向けた。

「でも、時田さん、早く来てくれてたんですよね」

「まあ、いつもの習性ってやつですかね。学校の集合時間でも大体二十分前には来ます。教師たちの中でもいつも私が一番早いです。遅刻すると生徒に示しがつきませんからね。それに、今日は私にとって大切な日ですから、もし渋滞に巻き込まれて遅れでもしたら、あなたに迷惑をかけてしまいます。ただでさえ、こんな見てくれで魅力ない男とデートしてくれるというのに、時間に遅れて待たせるようなことしたら、すぐにフラれてしまいますからね。ハハハ」

 時田は豪快に笑った。

「そんな気を遣わせて申し訳ないです。自宅の近くまで来ていただいただけでもありがたいです」

 愛美は肩を竦めた。

「ほんと気にしないでください。私が勝手に早く来てるだけですから。それに、ここのコーヒーそこそこいけますから、早く来てよかったです。もうこれで三杯目ですよ」

 時田は細い目を一段と細くしてコーヒーカップを持ち上げた。時田が持つとコーヒーカップが小さく見える。

 三杯目のコーヒーということは、時田は一体何時にここに来ていたのだろうか。

 

 今日のスケジュールは任せてくれと時田から言われていたので、愛美は何も考えずにデートの日をむかえた。

 愛美はオレンジジュースを飲みながら、これからのスケジュールについて説明するという時田の言葉を待った。

 時田はまず自分のカバンの中から一枚のハガキサイズの紙を取り出して、愛美の前に滑らせた。

「そこに今日のスケジュールが書いてあります。どうぞご覧ください」

「ありがとうございます」

 愛美は紙に視線を落とした。ハガキサイズの紙にぎっしりと文字が書き込まれている。

 学校の遠足や修学旅行の時にもらった旅のしおりを思い出した。

「では、今日これからのスケジュールについて、簡単に説明します」

 時田はそう言ってから愛美に顔を向けて口を大きく横に開いて笑みを浮かべた。

「はい、よろしくお願いします」

 愛美はペコリと頭を下げた。

「まずですね、十二時半にここを出発します。そしてこの後の行先はテレビでも紹介された山奥にあるレストランです。そこへの到着時間は十三時二十分を予定しています。そこで少し遅い昼食をとります。レストランの出発時間は十四時二十分です。そこから徒歩で展望台に向かいます。展望台に到着予定は十五時です。展望台で絶景を眺めて心が豊かになったら、すぐ近くにある牧場で搾りたての牛乳を飲んだり、ソフトクリームを食べて一時間のんびり過ごします。そこの牧場は私の勤める学校の行事で行ったところです。気分がリフレッシュできる場所ですのでおすすめです。ここで私たちの将来についてお話ができればいいかなと思っています」

 そこで、時田が愛美に顔を向けてニッと笑った。

 愛美は「はい」とだけ言った。

「牧場は十六時に出ます。そこから駐車場まで戻って十六時四十分に車に乗りこみ帰路につきます。十八時にここに戻ってくる予定にしています。渋滞等も考慮して、少し余裕をもってスケジュールをたてましたが、時間通りいかない場合もありますが、そこはご了承いただきたいです」

「わかりました。ありがとうございます」

 行くところはどこも楽しそうで魅力的だが、出発時間や滞在時間、到着時間まで決めてしまうとなぜか息苦しさを感じる。

「今日これから行く牧場は以前学校の行事で行ったことがあるんです。景色がきれいで、気分がリフレッシュできますよ。そこで私たちの将来について語り合いましょう」

 時田が満面の笑みを浮かべた。


「私は篠原さんさえ良ければ、すぐにでも結婚を前提にお付き合いしたいと思っています」

 時田がベンチに腰かけて、のどかな風景を眺めながら堅い口調で言った。

 今日はお互い顔合わせくらいの気持ちでいた愛美は、いきなりの時田の告白に戸惑いを隠せなかった。

「そう言って頂けるのは、大変ありがたいのですが、わたしは、まだ決めかねています。もう少し待ってください。すいません」

 愛美は目の前に広がる緑豊かな景色を楽しむ余裕などなく頭を下げた。

「何を言ってるんですか。私たちには、この景色のような穏やかで明るい未来が待っているんですよ」

 時田は眼前に広がる牧場の景色に目を細めた。

「そうかもしれませんが、もう少しゆっくり考える時間がほしいです」

「ダメですか」

 時田が愛美の膝の上にグローブのような手を置いて、愛美の顔を覗きこんだ。

「ダメとかではなくて、決断するにはまだ早すぎると思います」

「決断するには早すぎますか。私はもう決断しましたよ。あなたを見た瞬間に決断していました」

「すいません。わたしはまだ決断できていません」

「そりゃ、そうですよね。こんな見てくれの男と結婚なんて嫌ですよね」

 時田が口元を歪めた。

「いえ、そういうことではなくて、わたしは……」

「でもね、芸能界なんかでも美女と野獣の恋人や夫婦ってわりといるじゃないですか。私はそれを目指しています」

 時田が愛美の話を遮った。

「美女と野獣だなんて、そんなことありません。わたしは美女ではないですし、時田さんは野獣じゃないです」

 愛美がそう言うと時田は右の口角だけを上げて、俯く愛美の顔を覗きこんだ。

「じゃあ、まだ私にも可能性があるわけだ」

「ええ、まあ」

「それでしたら、篠原さんからいい返事がくることを待つことにします。待ち続けてもいいわけですよね」

 時田がニッと笑った。

「え、ええ、わたしは構いませんが、時田さんは、早く結婚を決めたいんじゃないんですか。結婚相談所には、わたしなんかより素敵な女性がたくさんいましたから、わたしなんか待たなくても時田さんならきっといいお相手と出会えると思いますけど」

「それは遠回しに私に待ってもらっては困ると言ってるのでしょうか。付きまとわないでくれと」

「い、いえ、決してそんなつもりはありません」

 愛美の声は裏返ってしまった。

「そう、それなら良かった。私は、もうあなたに決めてしまいましたから、あなた以外は考えられません。それでよろしいですね」

 時田はベンチから立ち上がり愛美の前に立って愛美を見下ろした。時田の細い目がカッと開いていた。

「あっ、はい」

 愛美は時田の迫力に圧倒されてしまった。


 帰りの車中で、時田は愛美を自宅まで送ると何度も言ってきたが、愛美はやんわりと断り続けた。

 断った時の時田の表情は、ムスッと機嫌が悪い表情になったり、急ににこやかな表情になったりと目まぐるしかった。その表情を見ているだけで愛美は疲れてしまった。

 結局、待ち合わせしたファミリーレストランの道路を挟んだ向かいにあるコンビニの駐車場で降ろしてもらうことにした。

「今日は楽しかったです。私みたいな男とデートしてくれて本当にありがとうございました」

 別れ際の時田は満面の笑みで締めくくった。

「いえ、こちらこそ楽しかったです。ありがとうございました。失礼します」

 ドアの取っ手に手をかけながら時田の方を見ずに言った。愛美はこの場から早く立ち去りたい気分になっていた。

「それからですね」

 時田の声が車から降りようとしていた愛美の背中に向かって飛んできた。

 愛美の体がピクリと反応した。ゆっくりと振り向いて、「は、はい」と言って時田の顔を見た。

「これからもよろしく」

 時田がそう言ってゆっくりと頭を下げた。

「あ、は、はい、こちらこそお願いします」

 愛美はそう言ってペコリと頭を下げた。

 顔をあげて時田を見ると、時田は口を大きく横に開いて、細い目を一段と細くしていた。



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