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ジャーナリスト飯野真が追う事件に真実が……



 プロローグ

  

 暑い……。

 暑いがそれ以上に、気持ちが高ぶっていた。

 この道の先に純金が眠っているという話を聞いて、ガタイのいい男は仲間を引き連れて歩いていた。

「おい、まだかよ」

 一人の男がリュックサックを背負いながら言った。

「ちょっと待ってくれ」

 そう言って、ガタイのいい男は古びた紙を広げた。

 それは財宝が眠っているという、地図だった。

 ある所で、噂が噂を呼び、男は一万円もして買った紙切れだ。

 しかし、それだけの価値はあるものだと断定していた。

「この先に洞窟がある。それを入ってしばらくしたら行き止まりになるはずだ。そこでシャベルを使って掘り起こすとあるらしい」

「よしわかった。行くぞ」

 別の髭の生やした男は後の四人を鼓舞して言った。

「お父さん、本当にこの先にあるんだね」

 十歳ちょっとという声変りをした子供もいた。

「ああ、そうだ。リーダーが言うから間違いない。お宝の山があるんだぞ」

 そう言って、子供の父親は両手を大きく広げたジェスチャーをした。

「へえ、俺、トレジャーハンターになって、日本のいろんなお宝を手に入れるんだ」

「いいぞ、宝探しは面白いぞ。今から一生懸命体を鍛えるんだ」

 そう親子のやり取りを聞きながら、ガタイのいいリーダーは、ふと、この親子の楽しい気持ちを壊したくないと思っていた。

 宝がもうじき入る。

 今まで、何度も失敗してきた。しかし、今回は本当だ。

 そして、手に入れた金で、この六人で楽しい時間を共にするんだ。

 リーダーの男はそう決めていた。


  第一章 飯野真


「ふああああ」

 思わず青年は大きなあくびをした。

 しまった。仕事中だったと、慌てて周りの人たちを見る。

 彼らは仕事に集中しているわけではなく、パソコンでインターネットの書き込みをしている者、背もたれのある椅子に座って、腕を組んで目を閉じている者、鼻くそをほじくっている者もいた。

「何や、鼻くそほじくっとったら悪いんか」

 青年と目が合い、サングラスをかけ、こてこての関西弁で話す、部長の樋口は人差し指についていた鼻くそを、青年に投げ飛ばした。

「止めてくださいよ」

「ええのう、若い者は、俺なんかもう職がないというのに……」

 樋口が言う職がないとは、このままだと会社を閉めるかもしれないと、先程社長に朝礼で言われたのだ。

 その為、みんなやる気がない。

 とはいえ、青年――飯野真が入った時から、こんな状態だったが。

 真が就職した先は、とある出版社だった。そこはジャーナリストたちの集まりだった。

 無論、真もその一人である。事件の真実を追うことに憧れを抱く人間だった。

 例えば未解決事件、解決した事件でも、その後の人物を追ったりするジャーナリストもこの会社にいる。

 社長はあっと言わせたいというスローガンのもと、未解決を解決させたら警察からも懸賞金を貰えるし、その雑誌も売れるに違いないと思って、会社を設立した。

 しかし、思っている以上に部数は売れず、社長を入れて五人しかいない小さな会社なのだが、月刊で雑誌を販売していて、相当のネタを集めなくてはいけない。

 と、なると、最近のニュースを批評するという、どこにでも、誰にでもできる方法になってしまっていた。

 未解決事件を元に部数を増やそうという考え方は、興味を薄れて、ジャーナリストたちは、この暑い時期では、室内のエアコンにこびりついている。

 部長なんて、外に出るのは嫌だと、ずっと社内にいる。

 真は入社して一年目の二十三歳だった。この会社に命を懸けていた。いろんな未解決事件に首を突っ込んでは、情報を得ることが、楽しかった。

 なので、社内が仕事に集中していない環境が嫌いだった。

 真は立ち上がった。

「皆さん。この会社を守る為にも、いろんなことに首を突っ込みましょう」

「そうは言ってもなあ」

 そう言っていたのは、パソコンをいじっている、池田だった。

 彼も真と一緒で、入社直後は懸命に仕事に取り組んでいた。

 しかし、時代の風に煽られ、いつしかサボることを覚えてしまった。

池田はインターネットで、いろいろなネタを探しているのかと思いきや、通販の商品を購入しようとしていた。

「うーん、どうしよっかな」

 商品を見ているときだけ、目を輝かせている。

「池田さん。そんなことしてる場合じゃないでしょ。オカルトなものに首を突っ込んでいたじゃないですか」

「オカルトねえ……。お金には首を突っ込みたいね」

 池田はジャーナリストとして真の二年先輩だ。年齢は二十五歳。独身。実家暮らし。

「そんな……。前の出版社では、オカルトの探求していたんでしょう?」

「まあ……。言っても、答えっていうものはないんだ。オカルトっていうのは。最終的には神が存在するか、否かの問題になる。それがオカルトというものなんだ。何だ、オカルトが好きなのか?」

 池田はマウスを走らせるのを止めて、真の方に身体を向けた。

「いえ、僕は未解決事件を追いたいんです。探偵のようないろんなものに首を突っ込んでは解決する。それを文章に書き替えるのが、魅力的に見えちゃって……」

 真は照れて頭をかいた。

 それを見た池田は、

「まこっちゃんは、女の子みたいで可愛いな。顔も可愛いし……。女だったら俺、絶対に告白してたわ」

「何を言ってるんですか」

 真は顔を赤くしていった。昔からの赤面症だった。

「本当に可愛い。まあ、オカルトではないが、未解決事件と言えば、俺も追っていた事件があったな」

「どんな、事件なんですか」

 真は目を輝かせて池田にいった。

「鳥取の馬渡村というところなんだが、この村は山奥にあってな、今から十三年前に放火事件があったんだ。人が殺されて、その後に放火を起こされたという事件なんだが、いろんな謎がある」

「どんな謎なんですか? 教えてください」

「それが、台風の中で行われたことなんだ。突発的にとった行動なのか? それとも前々からこの日と決行して行ったのかは分からない」

「突発的に人を殺してしまったんじゃないですか? 未解決事件なんですよね?」

「いああ、この放火事件は亡くなったのは四人の男性だ。みんな年齢が近く大体四十前後とされる。無論、犯人は捕まっていない。この事件は連日ニュースにはなったが、次第に情報は亡くなり、やがて警察が動かなくなり、未解決というわけだ」

「それを、池田さんは調べてたんですか」

「ああ、もちろん」そう言って、池田はUSBメモリを見せた。「ここに俺の調べたルポがある。犯人は放火の前に四人を殺害している」

「殺害……。それって……」真はたじろいだ。

「ああ、犯人は内部にいたということだ。つまり事件が起きたその日は五人いたということだ。その後に何かを隠すように放火をし、火事になった時に発見者が、警察と消防に連絡をしている」

「火を消した後は……」

「もちろん、四人の死体が判明したさ。真っ黒になって身元特定するまでに随分と時間がかかったらしいけどな」

「殺害した凶器はわかってるんですか?」

「撲殺というのは分かってる。しかし、これといった凶器が見つかっていない。逃げた男の行方を警察は探っているんだが、これがなかなか手掛かりがないらしい。その上、貧相で山奥の村だ。警察も痺れを切らしてしまったら、動こうとはしないだろう」

「それで、闇に葬られたということですか……」

 未解決事件は多発している。それを一つ一つ解き明かすことに真はワクワクしていた。だが、それと同様に未解決事件だからこそ、実は暴力団が裏でからんでいたり、殺し屋を雇っていたりするものだ。

「まあ、そういうことだ。もし行くとなると、お前にこの村を調べたUSBメモリを上げよう」

「いいんですか。でも、鳥取って遠いですよね?」

「バーカ、お前の仕事はジャーナリストなんだろう。海外でも活躍している人なんていっぱいいるんだぞ。これはお前の将来がかかってるんだ」

「行くか、行かないかで?」

「ああ、そうだ」

 真は考えた。先程まで仕事熱心ではない池田が、これほどまでそこに行きたいのには訳があるのだろうか。それを、どうして自分も行かなくてはいけないのだろう。

「大丈夫だ。この未解決事件は俺が全て解く。鳥取から帰るとこの雑誌は売れる」

 そう言って池田は真の肩を叩いた。

「はあ」

 真は池田が年齢も経歴も上だし。断り切れないのが半分と、自分も次の雑誌に掲載するネタもなかった。

「そうとなったら、決まりだ。俺は今から車出すから。任しとけ」

「はあ」

 真は仕事だと思いつつもあまり乗り気ではなかった。まだ、気持ちが首を縦に振るか横に振るかで悩んでいた。

「よーし、じゃあ、早速行こうか」

 池田は席から立ち上がり、真も何だか行かないといけないような気がすると、重い腰を上げる。

「何や、えらい気合入ってんのう。取材か?」部長の満田は相変わらず頬杖を突きながら、二人に向かって言っている。

「ええ、まこっちゃんが頑張るんで、俺もそれについていきます」と、池田。

「いえいえ、池田さんが全面解決してくれるんですよね」

 そう真は池田を見る。

「何日に帰ってくるんや」

「分かりません。いい情報が入り次第。帰ってきます」

 そう言って池田は部屋を出て、真も満田に頭を下げて出ていった。


 真は鳥取まで着くまでに、色々と、池田のことを考えていた。

 池田もこの出版社に入社してから一年しか経っていないので、池田の性格からすると、仕事には興味がない、お金に無頓着、人を見下し、こき使う。その上、自分のことは棚に上げる。といった、いかにもマイナスな性格でしかなかった。

 なので、気弱な真にしては、池田は少々鬱陶しい存在でもあった。

 そんな池田が、鳥取の未解決事件に関しては凄く調べている。どういった意図で調べたのかは分からないが、きっとこれがジャーナリストになるきっかけだったのだろうと真は推測する。

 実際に、その旨を伝えると、

「ああ、そうだな。俺がこの仕事をしようと思い立ったきっかけだったな。俺は何かを探すのが好きなんだ。目的がないとダメな人間さ」

 と、一見熱く語っていたが。

「まあ、俺のことはあんまり調べないでくれ。プライベートに踏み込まない時代だろう」

 と、拒絶された。

 真はそれ以上に、池田のことは聞かなかったが、仕事上興味があった。いずれかはこの人の過去も調べたいと強く思っていた。

「しかし、暑いな」

 東京から鳥取まで車で行くと、もう夕方になっていた。

「どうします? 一日目は市内で宿泊しましょうか?」

 真は恐る恐る聞いてみる。が。

「いや、取り合えず村まで行ってみよう」

 池田は目が本気だった。

「暗くなったら調査できないですよ」

「分かってる。でも、その時はその時だ」

 池田の性格はすべて把握していない真だが、彼は一旦決めると、はっきりしないと納得いかない性格だ。

 真もその気持ちはわかるが……。そう思って、池田が持ってきたノートパソコンを起動し、USBメモリを差し込んだ。

 そこにはいろんなデータが入っていた。

 今から十三年前の八月十八日、暑い夏に猛威を振るう台風が南西から鳥取を直撃、朝は晴れていたのだが、昼の三時から次第に曇ってきて、夕方から続く雷とともに、大雨に見舞われる。

 という文章から、殺害された人物、その後に洋館を放火させたこと、も書かれていた。

 動機は金銭のもつれ? 四人は資産家だった。犯人も資産家? 四人は金を所有していた。この村でなく、別の村で当時一年以上前に金が出るという噂があった。しかし、どこに存在するのかは知らなかった。この四人は金をたくさん所有していたので、金は掘り起こしたものなのだろうか。そして、犯人とそのことで揉めていたのだろうか……。

 動画も残されていた。観てみると、放火した後の洋館の焼け跡が映し出されていた。警察や村がゴミと化した廃墟を撤去したのだろう、台風の影響なのか、周りの木々にも焼けて燃やされた跡がある

「何せ山奥の村だったから、警察やマスコミらがやってきたときは、村人たちは驚いたらしいぜ」池田は前を見ながら言った。

「そうでしょうね」

「マスコミに殴りかかろうとした奴もいる」

 車は赤信号で止まった、池田は窓を少し開けて、煙草に火をつける。

 辺りは少しずつ暗くなっていき、田舎道に入っていた。田舎にも信号があるのかと真は思った。

「田舎に信号があるんだと思ったんだろう。まこっちゃんは都会生まれ都会育ちだもんな」

 まるで真の気持ちを読み取ったかのように、池田は笑った。

「池田さんの生まれはどちらなんですか?」

「俺は九州の田舎で育ったんだ。だから、こんな田舎の暗い夜道なんて平気だ」

 信号が青になり、車は発進した。

 その直後、山道になった。真は車がガタガタ揺れることに、徐々に酔いを覚えていった。

 青ざめていく真、しかし、池田はそれに気が付かず、真っすぐ見つめる。

 不意に、池田は真の声が聞こえないことに気づいた。

「まこっちゃん、元気ないじゃないか」

池田は進行方向を見つめている。

「すみません。気分が悪いです。村はまだですか?」

「後三十分くらい掛かる。大分調査したから、この辺の道はある意味詳しいんだ」

「そうなんですね。うわっぷ」真は手で口を押えた。

「大丈夫かよ。車酔いなんて聞いてないぜ。パソコンばっかり見てるからだよ。遠いところを見とけよ」

「見てるんですけど……」

 目の前は木々しかない。

「あと、ノートパソコンとUSBメモリも返せよ。俺が必死で書き上げたものだからな」

「はい、分かりました」

 そう言って、真は後ろに置いていた池田の黒いリュックサックを取り出し、中に入れる。

「いったん休憩してやりたいとこなんだけど。ここで止めちゃあ、後ろから車が来るかもしれないだろう」

「そうですね。我慢します」

 それから、三十分弱、真は手で口を押えながら遠くを見ていた。


「この辺だと思うんだけどな」

 池田はスマートフォンを取り出して、調べようとするが、

「しまった、この辺は、圏外だった」

「圏外って……」

 真は相変わらず手で口を押えているが、次第に気分が収まっていく感じを覚えた。

 車は大きな草原があるところに停車していた。当たりは暗く、道には何十年前に建てたかわからない街頭がほのかに夜道を照らしていた。

「しまったな……」池田は運転席の背もたれのクッションを巻き込みながら、頭を組んでいた。

「もう、帰って明日にしましょうよ」

 真はこの暗闇に落ち着けなくて、言った。

 すると、池田は真を睨んだ。「もう、まこっちゃんはすぐに諦めるんだから。取り合えず、この辺で、泊まれる宿を探してみよう」

 そう言って、また車は発進して、山道を進む。

 五分くらいしたときに、一軒の家に明かりがついていた。

「見事な家だな。いや、宿泊かな」

 と、池田は口を開けて驚いた。

「そうですね」

 真は相槌を打ちつつも、宿泊だったら、助かると思っていた。

 車はさらに進み、宿泊らしきもの――洋館についた、

 明かりはついている。窓を開けると、洋館から少し話声も聞こえてくる。何人か住んでいるのだろうか。

 真は車内で一日過ごさなくてはいけないと思っていたので、内心安堵の気持ちだった。

「何人かいるようだな。車が二台止まってる」

 池田は二台ある車の横に止めた。

 他の車は軽自動車、外車と、来客がいるようだ。

 池田はエンジンを切った。

「ちょっと、泊めてもらえるか聞いてみよう」

 池田は車のドアを開ける。真も慌てて助手席から外へ出た。

 池田は洋館のドアの前まで来て、ライオン型のノッカーを二回鳴らした。

 真はドアとは真逆の方向を見ている。本当に何もない、森林に包まれている。確かに細い道路でここまで来たが、必ずしも一本線ではなかった。このまま帰れば迷子になるのではないのか。

 そんな不安を払拭するように、ドアが開いた。

 白髪交じりのひょろりとした老人が現れた。

「どちら様ですかな?」

 池田は頭をかいて笑った。「いやあ、俺たち迷子になりまして、どっかこの辺に泊まるところないか探していまして……」

「それは、それは……。この辺では民宿もないし……」

顎に手を置いて考え事している老人に、後ろから五十代くらいの女性が言った。

「登坂さん。ここだったら、一泊ぐらいいんじゃない? 別に迷い込んだお客さんもいるし……」

「あ、そうじゃったな。ここじゃったら、泊まっていきなされ」老人は笑いながら言った。

「ああ、助かります」池田は頭を下げた。そして、後ろで周りの風景を眺めていた真に怒ったように言った。

「何してるんだ。泊めてくれるんだから、お前も頭を下げろ」

 真は池田の声を聞いて、慌てて頭を下げた。

「すみません。お世話になります」

「ほほう。二人じゃな。君は男の子かね。背が低いから女の子かなと思ったわい」

「すみません。若い女ではなくて」

 と、池田は真の頭を押すように、ペコペコ頭を下げさせた。

「ハハ、ハハハハハ」

 真は苦笑いをしながら、池田に気づかれないように睨みつけた。


  第二章 暗黙の洋館


「うわー、広い」

 真はリビングに案内されて、感動した。

「ここは、わしの家での。今日はみんなでパーティーしようと駆け付けてくれたんじゃ」

 と、老人、登坂敬三は杖を突いて右足を引きずっていた。

「え、お爺さん一人で住んでんのかよ」

 池田は目を丸くする。

「そうじゃ、わし一人だけじゃ」

「まあ、登坂さんはお金持ちだからね。遺産が余って仕方がないのさ」

 そう言っていたのは、メガネをかけた五十くらいの男性、椎名太郎が文庫本を片手にニヤッと口角を上げた。

「へえ、お爺さん金持ちなのかよ」

 池田は登坂に向かって言った。

「いやいや、別にわしも残り僅かじゃ。最後にたくさん使いたいと思っての。それで、家を購入したんじゃ。十年以上前じゃがの」

 と、登坂は大笑いした。

「お二人さんは、どちらから来られたのかのう?」

「東京からです」

 真は登坂を見て答えた。

「しかし、わざわざ遠いところまで、この村に来るなんて……」

 そう言ったのは、白髪交じりの登坂の後ろにいた田中美紀子である。彼女はお盆の上に湯飲み二個を乗せて、また正座をして、大広間の大きな机に湯飲みを二つ置いた。

「まあ、座ってくだされ」

 登坂が二人に行って、真と池田は隣同士に座った。

 登坂は杖を突きながら、自分がいつも座っているリクライニングの椅子に座った。

「何故、この辺鄙な村までわざわざ?」

 田中は真の向かいに座って言う。

「いやあ、十三年前の事件を追ってましてね」

 池田は頭をかきながら言うと、みんな一瞬で表情が凍り付いた。

「あれ、どうかしました?」

 池田はきょとんとしながら、湯呑を手に取る。

「い、いや、十三年前の事件ね。もしかして、あれ? あの放火の事件?」

 田中は恐る恐る聞く。

「ええ、そうです。やっぱり、十三年前の事件って未解決じゃないですか。僕らそういうものを追っている仕事をしてましてね」

 といって、池田は田中に名刺を渡す。真もその光景を見て、名刺を取り出した。

 後ろから、「小僧、わしにも名刺をくれ」と、登坂が言って、真は名刺を渡した。

 池田はメガネをかけている細身の椎名、がっしりとした肉体で四十半ばの男性の野口、そして、興味なさそうにテレビを見ていた、二十代前半の女性、村瀬にも名刺を渡した。

「十三年前の事件を追ってるなんて、まだ、そんなことをしている人がいるんだね。こりゃあ、参ったよ」

 椎名はほくそ笑んだ。

「十三年前の事件は、この村で放火があったんですよね」

 池田は言った。

「もちろんじゃ」

 後ろにいた登坂が言った。池田もその声に後ろを振り向く。

「今から十三年前に、この村には放火殺人事件があっての。放火された洋館には亡くなった四人が死体となって発見されたんじゃ。警察は捜査が難航し、この事件は未解決事件となってしまったんじゃ。まあ、あんまり話すと田中君に悪いがの」

 田中は正座をしながらうつむき加減で言った。「いえ、大丈夫です」

「あの、その事件と何か関係が?」

 池田は恐る恐る聞いた。

「私の主人が、その四人の内の一人でした」

「そうだったんですね」

 真はそれ以上聞かない方がいいかなと思っていたのだが、池田は言った。

「そのご主人は、事件の時どなたと会っていたのですか?」

「いえ、それが、わからないんです。主人は独身だったころにいろいろと遊んでいたりしていたので、そこで知り合った方たちかなとは思っていたんですけど」

「うーん、わからないか……」

 池田はぼそぼそと独り言を言いながら、メモをしていく。

 真は話を変えようと、後ろを振り返って登坂を見た。

「そういえば、皆さん、全員この馬渡村の人たちなんですか?」

「わしはそうじゃ。わしは子供の頃からここで育ったんじゃ。田中さんは鳥取市出身で、椎名君は馬渡村出身、野口君も一緒じゃ。それから彼女は……」

 登坂は村瀬を見た。

「あたしは村瀬、冒険家なの。ほらリュックも持ってるでしょ」

 村瀬はぶっきらぼうに、真に小さなリュックを見せた。相変わらず愛想のない女だと真は思った。

「まあ、村瀬さんも、実はここに迷い込んだ方なんじゃ。色々と旅をしている方なんじゃよ」

「へえ、どちらに行かれたりしたんですか?」真は嫌だったが、一応聞いた。

「日本各地。特に村とか町とかなんて、今や誰も見に行こうなんて思わないでしょ。あたしはそういうのが好きなんだ。ほら見て」

 村瀬は目を輝かせて、リュックサックからフォトブックを真に見せた。

 真は、「見ていいですか?」と聞くと、村瀬は「いいよ」と言った。

 真はフォトブックの中を見た。そこにはいろいろな日本の風景が写真で写っていた。

「これはね。山口の村で、これが島根の村、そしてこれが……」

 いつしか、村瀬は池田の隣に来て、真に話をしていた。それを聞いていた池田はうっとうしそうに言った。

「おい、お前ら、二人で話をするんだったら、隣通しに行ってくれないか」と、池田は立ち上がって、村瀬と席を交代した。

「ちなみに、お前は知らないのか? 十三年前の未解決事件のこと?」

 と、池田は村瀬に言う。

「さっきから聞いてるけど、何それ、全然知らないんですけど」

 村瀬は態度が悪い池田を睨んでいた。

「何だよ。本当に態度悪い奴だな」

 池田は舌打ちをする。

「まあ、お二人さん」登坂は言った。「ご飯はすませたのかのう?」

「いえ、まだです」

 真はそう言うとともに、グーとお腹が鳴った。

 村瀬はその音に聞こえて高笑いした。

「登坂さん。彼、おなかが空いてるみたいだよ」


「こんなにも、料理いただけるんですか」

 真はテーブルにどんどん皿の上に乗ってある料理を見て驚く。

「そうよ。じゃんじゃん食べて」

 田中はニコッと笑った。

「へえ、これ全部田中さんが作ったんですか?」

 と、池田は片膝を立てながら言った。

「いえ、私と、野口君が作ったのよ。彼も料理が上手いから」

 そう田中は野口に目配せすると、野口はペコリと頭を下げた。

「椎名さんは、料理はしないんですか?」

 と、真。

「俺は、畑仕事だけでいっぱいなんだ。料理は女がやる仕事だ」

 と、言い放って、また文庫本を開いた。

「こらこら、意地を張るもんではない。野口君は優しい子なんじゃ。わしは彼が生まれてからお世話になってるんじゃよ」

「でも、こんなにも、食べられるかな……」

 真は目の前にある料理――。サラダ、スープ、鶏肉の照り焼き、ポテトや唐揚げもあった。

 すると、田中は笑った。

「いいのよ。別に、本当はもっと来るはずだったもの」

「今日のパーティーは、たくさん来られるはずだったんですか?」

「そうよ。でも、登坂さんが言うには、みんな、いろいろと用事があるみたいで……」

「まあ、年々人が集まらなくなって来たわい」

 登坂は後ろで小さく悲しそうに口を開いた。

「それだったら、俺たちが来たのは良かったんじゃないですか」

 池田は屈託のない笑顔で言った。

「ちょっと、池田さん」

 真は池田に注意したのだが、登坂は手を横に振った。

「いや、いいんじゃよ。確かにあんたの言う通り、村瀬さんも来てくれなかったら、たくさんの料理だけが残ってしまってたわけじゃ」

 場の空気が白けてしまって、誰も喋る人がいなくなってしまっていた。

 真は鶏肉の照り焼きにくらいついた。

「……美味しい」

「美味しいでしょ」田中は言った。「それは野口さんが焼いてくれたのよ」

「ありがとう」

 と、野口は頭をかいた。

「本当だ、スーパーで売ってる照り焼きとは違う」

 池田は美味しそうにガツガツ食べる。

 登坂は不意に立ち上がった。

「すまんが、ちょっとトイレに行ってくる」

 といって、足を引きずって、一階にあるトイレまで歩いていった。

「あの爺さん、あんなに足悪いのに、この家一人なんだよな」

 池田は真に小声で言った。

「まあ、そうですね」

「ここの二階はどうなってるんだ。あの爺さん一人じゃあ、階段上がるのも大変だよな」

「今日、みんなで泊まるんですよ」

 田中は言った。

「あ、そうなんですね。まあ、こんな夜だったら、帰るのも一苦労ですものね」

「私も、椎名さんも野口さんも車一台で三十分くらいかけて、毎年ここに来て泊まるんです」

「へえ、それはどうしてですか」

 池田は落ち着きがなく、ご飯を口いっぱいにかき込む。

「まあ、簡単に言うと、登坂さんが心配で……。それに登坂さんも私たちと会って嬉しいし。それで、毎年のお盆があけたこの時期に集まろうってことになって……」

「それはいいことですよね。村人もどんどん市内へ行っていなくなるでしょう?」

「そうですね。今や、登坂さんがこの村を守るリーダーみたいな役割になって……」

「村長さんはいないんですか?」真が聞く。

「村長さんは元々、ここの村で育った方だったんですけど、五年前に他界してしまって……。それで、代わりに村長になったのが、その息子さんなんですけど、昔上京したらしいのに、仕事を起業したのが失敗したらしく、それで、こっちに戻ってきた方なんです。でも、村長の仕事もそれほどしてなくて、いつも家で引きこもっているらしいです」

「結構なダメ男だな」

 そう言って、スープを飲み干す池田に、――お前もここに来るまでは、同じようなことしてただろうと真は突っ込みそうになった。

「皆さんお泊りということだったら、俺らの部屋もあるんですかね」

 池田は笑って言った。

「ま、まあ、登坂さんに聞いてみた方が」

「用意するわい」

 と、登坂はトイレを終えて、杖を突いてこちらに戻ってきた。


「ここが、お前さんの部屋で、隣はあんたの部屋じゃ」

 登坂は二階の廊下で、池田と真に言った。

 池田は部屋を開けた。中はありがたいことにベッドも用意されてある。

「まるで、宿泊用に片付いてあるな」

「まあ、本来なら、もっと村人を呼ぶつもりじゃったからな」

 真も登坂に指示された部屋を開けた。こちらも宿泊用の部屋になっていて、奇麗に整理整頓してある。

「まこっちゃんの隣は誰の部屋だ?」

 池田は登坂に聞く。

「順番からして、奥がわしの部屋、田中さん、椎名さん、野口君、そして、お前さん二人じゃ」

「なるほど、すると、この向かいの部屋たちは、全く使うつもりがないということか……」

「そこは、わしの物置じゃよ」

「ちょっと、中に何が入っているのか、見せてもらえませんかね?」

 登坂は一瞬険悪な顔を見せたが、「いいぞ。どうぞお好きに」

 池田は真の向かいのドアを開けた。そこには棚の中に書物がぎっしりと入ってあった。

「これは、登坂さんの?」

 池田は登坂に聞く。

「ああ、そうじゃ」

 池田はぎっしり詰まっている書物を一つ手に取った。科学的な本であり、ぱらぱらとめくると小さい活字で難しい言葉が書かれてある。

「こういうのを読まれてるんですか?」

「まあな」

 真は棚の上を見た。奇麗に掃除が行き届いている。

「奇麗に掃除されてますね」

「まあ、わしは奇麗好きじゃからのう」

「それよりも、登坂さん。あの放火殺人事件のことを知っているのなら、俺ら二人に話をしてくれないですか?」

「放火殺人事件……。先程全て話したぞい?」

「その燃やされた洋館はどちらにあったんですか?」

「ああ、被害にあった建物は、ここの近くじゃった。まあ詳しい場所はこの洋館よりも、更に山奥の方にあるんだがの。今も、焼け跡があって、痛々しく残ってるわい」

「何故、放火にあったのか、その動機は知ってますか?」

「いや、わしは知らん……」

「その四人は金を持っていたという話はご存じですか?」

 それを聞くと、登坂は顔つきが変わった。

「確かに、金を所有していたらしいが、それがどうしたんじゃ?」明らかに冷静さをよそっている。

「その金に関係して、殺人を犯したという考え方になりませんか?」

 登坂は遠くを見ながら言った。

「……お前さんはジャーナリストじゃったな。悪いことは言わん。あんまり首を突っ込むことはしない方がいいぞい」

「何故です。ジャーナリスト関係なく、俺は登坂さんに聞いてるんです」

「……まあ、わしは犯人ではないから、その考え方にはわかりはせんがな……」

 そう言って、登坂は部屋を離れる。池田は言った。

「登坂さん、この部屋の出入りは勝手にしていいんですか?」

「ああ、構わん。好きにするがよい」

 そう遠くの方から声が聞こえ、登坂は階段を降りていった。

 池田は登坂が遠のいた後に真に言った。

「何か、あの爺さん、可笑しくねえか?」

「可笑しいとは?」

「何か隠してあるような。未解決事件なんてこのすぐ近くで、事件が起きたんだ。十三年間は長いけど、そのことについて考えたりしたこともある。いや、寧ろ、犯人が捕まっていない事件なのに、関心がないなんて、変な感じがするぜ」

「確かに、それが遠い場所ではなく、近いところですからね。それにしても、随分と奇麗に片付いてますね」

「さっき、言っただろう。あの爺さんはきれい好きなんだ」

 そう池田は本を手に取る。

「何か村のことが、分かればいいんだが……」

 真も本を手に取る。しかし、一番高いところは脚立がないと取れない。

 周りを見渡したのだが、椅子も何もない。

「他の部屋も見ません?」

「いや、俺はここでもう少しいるよ」

 池田は本に熱中していた。

 真は一人で探索するのが怖かったが、渋々、一人で他の部屋に行った。

 その隣の部屋は物置になっていた。さっきの部屋とは打って変わって、いろんなものが散々してあり、部屋が汚かった。

(わしはきれい好きじゃからのう)

 どこがだと思わず突っ込みたくなる。

 脚立もあった。真はこれを使えば一番上の本が取れると思った。後はガラクタだらけで、よくわからなかった。

 隣の部屋からは客室になっていた。本来なら何人も泊まりに来ると言っていたなと真は思い出した。

 もう一度、本がたくさんある部屋に入り、脚立を使って、真は一番高い棚の本を物色した。

 専門的な本が多数あり、どれも難しそうだったが、“金の財宝場所”という本に真は目を突いて取り出した。

 本を開けると、中に一枚折られた紙が入っていた。

 何だろう、真は紙を広げると、そこには、

『鈴成村』

 と、表され、手書きの地図らしい絵が書かれていた。

「それは、まさに金が眠っていた場所なんじゃないのか?」

 真はその声に驚いて、危うく脚立を倒しそうになった。

「池田さんビックリするじゃないですか?」

「いや、すまん。これは金の匂いがするぜ」

 真は脚立から降りて、池田に本と紙を手渡した。

「鈴成村……。聞いたことねえな」池田は顎に手を置いた。

「それが、きっと十三年前の何か手掛かりになるんじゃないでしょうか?」

「可能性はある。そして、この地図だと、この先に金が眠っていた可能性もある」

「そうですね……」

 すると、誰かが階段を上っていく音がする。真はまた驚いて、心臓の鼓動が高鳴った。

 現れたのは登坂だった。

「お主ら、田中さんがケーキを切ってるから、デザートも食べんか?」

「あ、分かりました。池田さんも食べましょう」

 と、真は登坂と池田を見る。

「ああ、分かった。と、その前に、爺さん」

「何じゃ」

「この本はあんたのものかい?」

 そう言って見せたのは、“金の財宝場所”という本だった。

「何じゃこれは……」登坂は池田に渡されて両手で受け取った。

「これは、わしのものではない……」

「へえ、一番高いところに置いてあるのに、あんたのものじゃない? そりゃ変だな」

 池田はほくそ笑んだ。

「知らん、本当じゃ」

「じゃあ、この紙切れも」

 池田は本の中に入っていた紙を登坂に渡した。彼はおもむろに紙を広げる。

「鈴成村? わしは、知らん」

「へえ、まあ、いいや。ちょっと、この本借りるぜ」

「好きにするがいい」

 そう言って、登坂は後ろを振り返った。


 真は脚立を戻して、一階に降りると、そこには大きなイチゴのショートケーキが一切れ、いや、二切れずつ置かれてあった。

「うわー、デザートもいただけるんですか」

 真は目を輝かせて言った。甘いものには目がないのだ。

「そうよ。これは今日買ってきたの」

 そう言って、田中はショートケーキを頬張る。

「お二人さんも、ケーキとコーヒー召し上がってくだされ」

登坂はそう言って、相変わらずリクライニングソファでコーヒーを啜った。

「爺さん、あんたはケーキいいのかよ」

「わしは甘いものが苦手での」

「そうか……。俺もそんなにお腹がいいけどな」

「それなら、野口君に上げて下され、彼も甘いものが好きなんじゃ」

「すみません」

 体格の大きい野口は二、三回頭を下げて、頬ををかく。

「まあ、ちょっとだけなら、食べるぜ」

 池田はそう言って、どっちなんだよと真は内心思った。

「それよりも、みんな、これ知ってるか?」

 池田はさっき登坂が知らないと言っていた、“金の財宝場所”という本を机の上に置いた。

「知らないよね。野口君は」田中は言う。

「俺もこんな本は見たことない」

「俺もその本は知らないな……」

 椎名はメガネのフレームの位置を直すように中指で押し上げた。

「椎名さん。あんたでさえも、知らないか……。実はこの本の中に、紙切れが入ってあって……」

 池田は紙を広げて机の上に置く。

「鈴成村? 聞いたことないな……」

「冒険家さん、あんたも知らないか?」

 村瀬は興味なさそうに手を横に振った。

「知らない、知らない。あたしも行ってみたいわ、その金が眠っている村」

「へえ、あんたも知らないなんて、もしかしたら、作り物の村かもしれないな。これ、多分金の隠し場所だと思うんだ」

 と、池田は手書きの地図を指差す。

「“金の財宝場所”という本に紙切れが入ってあったら、普通そう考えるよな」

 椎名は、フォークで刺したショートケーキを口に入れる。

「放火殺人事件は、未解決事件のままだ。確かに犯人もバカじゃないし、この村には潜んでいないとは思うが、身近にこんなことが起こってあんたたちはどう思うんだ」

 池田はそう言うと、コーヒーを口に運ぶ。

「俺は、その事件は知ってるし、警察にもアリバイを聞かれたことがあるが、犯人は誰かもわからない。それに、田中さんの旦那さんは内部の人間と考えたとしても、それ以外の被害者は外部の人間だ。この村に用があったのかもわからない」椎名は言った。

「その洋館の家の持ち主は誰だったんだ?」

「わからない。元々住んでいない廃屋だったからな。前はお婆さんが一人住んでいたんだが、それは、もうかれこれ四十年前だ」

「と、なると、勝手に家を使っていたということか……」

「まあ、そうだろう」

 椎名は立ち上がって、トイレの方に行った。

「野口さんはどう思いますか?」

「俺も、事情聴取を聞かれたけど、分からない。ただ、その事件があるのは知ってたけど、親が病院で入院してたし、それどころじゃなかったんだ」

「田中さんはさっきも言った通り、その洋館のことは知らなかった。その上、旦那さんの素行は知らなかったと行ってましたが、結構知らない方と会っていたんですか?」

「まあ、確かに夫は外交的な人だったので、市内の方に遊びに行ったりしてましたんで、誰かと過ごすということもありましたね」

 田中はそう言って、立ち上がり、食べ終えたケーキとコーヒーを片付ける。

「登坂さんは……」と、後ろを振り返ると、彼はもう目を閉じてこっくりと眠りについている。

「こりゃ参ったな。お寝んねか……」

 真は部屋に掛けてある時計を見た。

「もう、十一時ですね」

「あたしももう眠たくなってきた」

 テレビばっかり見ていた村瀬は大きなあくびをして、立ち上がった。

「部屋って、確か二階でしたよね」

 と、野口に行った。

「ああ、そうだ。一緒に行こう」

「よろしくお願いします」

 そう言って、二人は階段を上がっていった。

「あれ、みんなはどこに行ったんじゃ?」

 後ろから登坂の声がして、真が振り返ると、目を擦っていた。

「野口さんと村瀬さんは二階へ、田中さんは食器を洗って、椎名さんは……」

 トイレから戻ってきた椎名があくびをした。

「もう、寝よう。俺、いつも九時に寝るんだ」

「私も、眠くなってきちゃった」

 と、田中も皿を片付けると、リビングに戻ってきた。

「そうじゃな。お開きにするか……」

 そう言って、登坂は重い腰を上げるために、杖を使った。

「僕らも寝ましょう、池田さん」

「そうだな」

 池田もあくびを噛み殺していた。


「お前さんたちは明日の朝食も取ってから、帰ればいい」

 登坂は二階の廊下で、真に言った。

「いいんですか?」

「ああ、みんなが帰ったら、わし一人じゃ。ロクなものはないがのう」

「ありがとうございます」

 それだけ言って、真は自分の部屋のドアを開けて、そして閉めた。

 中に入ると、ほのかに埃立った匂いがした。

 しかし、眠い……。いつもは深夜回っても起きてるのに……。

 疲れているのだろうか。朝から池田と二人でここまで来たのだ。無理はない。

 真はTシャツの服のまま、ベッドに倒れるように眠った。


  第三章 揺らぐ胸の内


 ピピピピ……。ピピピピ……。

 その音に真は目が覚めた。

 その音のする方に、薄目開けて視線を向ける。

 この部屋の目覚まし時計が鳴っていた。

 真は徐に目覚まし時計を止めた。

 時計の針は三時を指していた。

 何だよ。せっかく熟睡していたのに、と思っていたのだが、丁度トイレに行きたかったので、ドアを開けようしたら、ドアに紙切れが挟んであった。

 真が手に取ってみると、

 『未解決事件の真相がわかった。俺の部屋で話したいことがある。午前二時半に来い。池田』

 と、書かれていた。

 真は一気に青ざめた。確認のためにポケットから自分のスマートフォンを取り出す。

 やっぱり、三時だった。

 しまったと思って、すぐさま隣の部屋に行った。

 小さくノックをして、真は「池田さん」と、声をかけた。

 しかし、返事はない。

 真はドアのノブに手を掛けた。ゆっくり回すと開いた。

 しかし、部屋の中が暗くてよく分からない。

「池田さん。ちょっと電気付けますね」

 と、ドア付近に、電気のスイッチをONにした。

 部屋の明かりが付いて、真は信じられない光景を目の当たりにした。

 そこには天井から首を吊っている池田がいた。

「うわあああ!」

 真は驚いて腰を抜かしてしまった。

「何じゃ」

 と、登坂は寝間着姿で、杖を突きながら、自分の部屋を開けた。

「何だよ、こんな遅くに」

 椎名もメガネを掛け、目を擦りながら、部屋のドアを開けた。

 廊下に真が驚いている姿を見ると、二人は真に近づき、その先を見た。

「何ということじゃ」

 登坂は池田の部屋の中に入る。

「登坂さん」

 椎名も登坂に続く。

「何なの、きゃああああ」

 田中も首を吊っている池田の姿を目撃し、真と同じように腰を抜かした。

 野口も村瀬も騒ぎを聞きつけ、廊下に出たのだが、

「野口君、見ない方がいいわ」

 と、田中は青ざめた顔で言った。

 野口はそれに従ったが、村瀬はひょいと部屋の中がどうなのか顔をのぞかせた。

「いやあああああ」

 と、一番大きな悲鳴を上げた。

「みんな、そこを動くんじゃないぞ」

 登坂は池田の首を吊っているロープをほどこうとしたのだが、食い込んでいて、片手ではできそうにもない。

「登坂さん、ここは僕が……」

 椎名はポケットから果物ナイフを取り出し、首に食い込んでいたロープを切った。

 池田の身体を床に倒し、椎名が首の脈を取ると、首を横に振った。

「そんな……」

 田中は今にも泣き叫びそうな声で言った。

「ダメじゃ、死んでる……。しかし、なぜ彼は首を吊ったのじゃろう?」

 登坂は足が悪いので、椎名のようにしゃがみこめなかった。

「自殺でしょうか……」

 椎名はニヤニヤしている。君の悪い趣味だと真は思った。

「いや、池田さんは自殺じゃありません」

 真は立ち上がりそう強く言った。

「どうしてそう思うんじゃ?」

「だって、池田さんは昨晩まで未解決事件の真相を解きたかった。そんな方が、しかも良く知らない村の、誰かが住んでいる家で自殺なんかするでしょうか?」

「私もそう思うわ。自殺だったら、まるで登坂さんに恨みがあるのかと思っちゃう」と、田中。

「取り合えず、このことを警察に電話するのが筋なんじゃない?」

 村瀬は先程の悲鳴とは裏腹に急に冷静になっていた。

「ああ、そうじゃな」


「あれ、繋がらない」

 野口は一階にある固定電話から110番に掛けたのだが、プーと音が鳴っているままだ。

 真は電話線をたどってみた。途中でナイフのようなもので切れている。

「これは、誰かが……」

 真は青ざめた。

「誰がやったのじゃ」

「車で市街地まで出れば交番まで間に合う」

 椎名は相変わらずニヤニヤしている。真はその表情に何か楽しんでいるように見えた。

 登坂を置いての五人は外に出て、車の方に走った。

「良かった。車は……。タイヤが……」

 椎名は唖然とした。

「くそっ」

 野口は唇をかみしめていた。

「ちょっと、あたしの軽も、パンクしてんじゃん。高かったのにー、あり得な」

 村瀬は軽自動車を触っていた。

 もちろん、池田の車もパンクをしていた。

「ここから下山するには、さすがに難しい」

 野口はまだ、真っ暗な夜空を見ながら言った。

「ダメよ。野口君。あなたは私と一緒にいて……」

 そう言って田中は野口の腕に顔を近づけた。

 その光景を見て、真はこの二人はデキてると分かった。

 しかし、今はそんなことを考えても答えにはならない。

「仕方ない。取り合えず、戻りましょう」

 真が言って、みんな渋々車を後にした。


「まず、自殺か他殺かを整理しよう」

 そう言ったのは椎名だ。

 五人は、一階の机に囲んだ形になった。登坂は彼の特等席で、チェアに座っている。

「それは、もちろん他殺ですよ。先程も言ったように、池田さんは人の家で自殺をする意図が良くわからない」

 言ったのは真だった。

「池田さん。あれほど熱心に未解決事件のことを調べてたのに、何か手掛かりは掴めたのでしょうか?」

 と、田中。

「あれだけ、熱心に本をあさって、見つけたのがどこか違う村の宝の地図だったんだよね。あたしもお金は好きだけど、池田さんも好きだったのかな」

 村瀬はお茶を飲んだ後、もう一つ付け加えた。

「そういえば、昨日の夜、ケーキ食べた後、急に眠くなったんだけど……」

「ああ、確かに、俺もトイレ行った後に眠くなった。俺の場合はいつもこのくらいに寝てるから、丁度良かったんだがな」

 と、椎名。

「もしかしたら、誰かが睡眠薬を入れたんじゃない?」

「その可能性はあるな。みんなが一気に寝室に行った後に、犯人は眠っている池田さんの首をロープで絞殺した。その後に、自ら首を吊ったようにみせた。ベッドから離れているから自殺にしてはちょっと難しい位置にあるな」

「わざと、犯人は他殺を見せたんですかね」

 と、言ったのは真だった。

「ああ、そうかもしれない」

 椎名は饒舌になっていた。

「車のタイヤもその後に、抜かれている可能性は高いよね」

 と、村瀬。

「そうですね。絞殺した後に、タイヤの空気を抜いた。道具は恐らく大きな釘とハンマー、それだけあれば、タイヤはパンクできます」

 と、真。

「しかしなぜだろう?」

 椎名は首を傾げた。

「池田さんの発見を警察に報告させたくなかった。報告させないことで、時間を有効に……?」

 真はそこで話を終わってしまった。警察に通報させない意味が分からないからである。

「まあ、自殺だった線は無くなるな」

「いや、それはないよ」村瀬は腕組みをして言った。「池田さんがわざとタイヤをパンクさせて。首を吊ったかもしれない」

「しかし、それだったら。さっき言ったようにベッドから飛び降りないと、首が閉まらない」

「足を蹴ればいいんじゃないの? 足を蹴ったら、ベッドの方には引き返せない、そうなると、自殺ができる」

「そういうふうにしましょう。池田さんは自殺したんだって」田中は言った。

 

 真は会社や池田の親族に連絡をしたかった。彼は亡くなったと。しかし、それが自殺なのか他殺なのか、何とも言えなかった。

 とはいえ、池田の死体を見るのは勇気がいる。真は検証したいという気持ちと、触れたくないという気持ちを葛藤しつつ、池田の部屋を開けた。

 池田は仰向けに倒れていた。椎名と登坂が行ったのが最後だったので、それからは誰も触れてはいない。

 真は自分のポケットから紙切れ取った。

 この紙切れは、いったい誰が書いたのだろうと疑問に思った。

 池田ではない。池田はこれほどまで丁寧に字を書く人間ではない。しかし、さっきの大広間で集まった時に、このことを言うことは何故か怖くなって拒んでしまっていたのだ。

 真はポケットに戻そうとすると、後ろから人影が、ぬっと顔を出した。

 慌てて振り返ると、

「うわあああ」

 と、真はまた尻餅をついた。

「何だい。あたしが来たらまずいの?」

 そこにいたのは村瀬だった。

「どうして村瀬さんが?」

「あたしも変だなと思って、ここに来たの」

 村瀬は怖くないのか、死体の近くまで来てしゃがみこんだ。「やっぱり、死んじゃってるね」

「村瀬さん、怖くないんですか。さっき、あれ程まで悲鳴上げてたじゃないですか?」

 すると、村瀬はこらえきれずに笑った。「……あれね。演技だったの」

「演技?」

「あたしは、冒険家でもない」村瀬はポケットから名刺を渡した。

「し……、私立探偵」

「しー」

 村瀬は自分の口元に人差し指を当てた。「本名は笹井あかね。そこに書いてあるでしょ」

「何故、村瀬さんて名前に」

「あたしも、実はこの未解決事件に足を運びたかったんだ。興味本位でね。それで、調べようとしたら、そこの洋館は廃屋になっていたし、寝るところがなかったから、ここに泊まったわけ」

「でも、それが村瀬さんとどういう?」

「本当のことを話したら、池田さんみたいに殺されると思ったからね。だから、昔バイトで嫌だった上司の名前で通してやった」

「え?」

 真は目を丸くして、村瀬に近づいた。

 すると、村瀬は「しっ」って、真の口元を抑えた。

「誰か来る……」

 村瀬は階段から上がってくる足音を感じ取っていた。

「ああ、お前さんたち、何をしとるんじゃ?」

 現れたのは登坂だった。

「す、すみません。実は真君が最後にどうしても、お世話になった池田さんを見たいって言うもんだから、一人じゃ怖いからってあたしも行ったんです。そしたら、真君もあまりにも刺激的だったら、戻しそうになって、あたしが口を押えてるところなんです」

 と、村瀬は作り笑いで言った。

「まあ、あまり、動かさない方がいいぞよ。下でみんなどこ行ったんだろうって心配しとったからのう」

「ええ、すぐに行きます」

 そう村瀬が言うと、登坂は去っていった。

 村瀬は真の口を解放して、小声で言った。

「あの、爺さんが、降りていったか見てってくれない」

「え?」

「早く」

 真は顔だけ廊下に飛び出して、階段を下りた音を聞いた。

「大丈夫」

 真は村瀬に言った。

「よし、合格」

「合格? どういう意味ですか?」

「助手として合格ってことよ」

「僕が助手ですか」真は自分に指を差した。

「そうよ。あんた、結構面白いキャラしてんじゃない。あたし、助手が欲しいと思ってたんだよね。だから、今日からあんたはあたしの助手」

「え? 何も言ってないですけど……」

「もう、じれったいわね。助手って言ったら助手なの。あんた、彼女いるのかい?」

「え? いないですけど……」

「だから、頼りないんだよ。全く……」

 と、村瀬は両手で真の両頬をつまんだ。真はつままれたまま、

「痛い。何するんですか?」

 そう言うと、村瀬は笑った。

「本当にあんたって、可愛いね」

 そう言われて、真はどう返事したらいいか困った。

「それよりも、あの爺さん、ちょっと変じゃない?」村瀬は急に顔つきを変えた。

「まあ、確かに良く観察しに来ますもんね」

「それもあるんだけども、あの人、ここで暮らしてるんでしょ」

「そうですけど」

「いつにこの洋館を建てたのかは知らないけど、足が悪いのに寝室が二階って変じゃない。あたしだったら、客室を二階にして、一階で最低限の物が一人で揃えられるようにするけどね」

「確かに……」

 真はそう言いながらうなずいた。

「取り合えず、一階に行こう。あの爺さん観察眼鋭いから」

 村瀬は先に部屋を出た。真は池田の顔をチラッと見て、身震いしながら後に続いた。


「取り合えず、明日、下山して、一番近い家の電話を借りるわ」

 と、田中。

「この場所で一番近いといえば、うーん、上田さんの家かな……」

 椎名が言う。

「上田さんの家だと三十分以上はかかるかのう」登坂は顎をさすった。

「そういえば、飯野さん、お風呂まだでしたよね?」田中は言った。

 真は自分の服をクンクン匂って、「まあ、そうですね。でも、大丈夫です」

「実はあたしもお風呂入ってないんだ」

 村瀬は誇らしげに言う。

「そうね。村瀬さんはいいって言ってたもんね。今から入る?」

 村瀬は首を横に振った。「いいや、いいです。色々旅してきたから、お風呂入らないの慣れちゃって」

「そう……。でも、食欲もないわね。やっぱり、状況が状況だし……」

「眠いのは眠いけどね。ほら、睡眠薬入れられてたでしょ?」

 椎名はメガネの位置を直しながら言った。「そういえば、自殺の場合、なぜ池田さんは我々に睡眠薬を入れたんだろう」

「そりゃあ、やっぱり、人知れず死にたかったのかもしれないわね」

「でもそれだったら、外に出て、例えば車内で死ぬとかするだろう。だって、ここは登坂さんの家だぜ」

「まあ、確かにそうね」

「そもそも、睡眠薬はどこに入れられたのかが、知りたいですね」

 真はお腹が空いていたが、何となく言えなかった。

「一番可能性があるのはコーヒーだな。もう田中さんが片付けてしまったから、分からないけど、コーヒーに入れられたと仮定して、池田さんが入れた時間はあったかな?」

 真は昨夜のケーキの時間を振り返った。確かあの時は本に夢中だった時だった。そんな時に、池田がわざわざ食卓に、しかも、人知れずに入れられるはずがない。

「昨日だったら、池田さんは二階にいたはずよ」

 真が言おうとしたら、田中が言った。

「それだったら誰が入れたんだ!」

 椎名は思い出したように、声を高ぶらせた。

「わからない……。わからないわ」

 田中は気が動転している。池田の死の後、彼女は完全に取り乱している。

「ちょっと待ってくれ、俺はしていないし、田中さんもやっていない」

 慌てて言ったのが、野口だった。

「わしはどうじゃったの。何してたか思い出せんわい」

 そう登坂も疲れたように、背もたれにどっぷり体を預けている。

「ちょっと待ってくれ。俺はその時まで、村瀬さんとテレビを観てたんだ。そうだったよな」

 椎名が慌てて言うと、村瀬は「そうでしたね」と、答えた。

「じゃあ、誰が……」

 野口の顔が青ざめていく。

「お前らがやったんじゃないのか」

 椎名は田中と野口を交互に指を差し、顔面蒼白になりながら言った。

「ひどいわよ、椎名さん。貴方だって、可笑しなところはあったんじゃない」

 田中は食って掛かる。

「ふん、俺のどこが可笑しなところがあるんだ。お前ら知ってるんだぞ。二人が恋人だってね」

「それがどうだっていうの? 別にお互い独身なんだから、関係ないでしょ」

「未解決事件の旦那が殺されたという話、あれは、本当はお前が殺したんじゃないのか。それが、池田さんに問われるのが怖くて、睡眠薬を入れて、眠ってる間に殺したんじゃないのか」

「何でそんなこと言うのよ……」

 田中は涙を流しながら、頭を抱えた。

「まあ、よさんか……」

 登坂が言った。

「田中さんが池田さんを殺した証拠なんてないじゃろ。それ以上のことは警察に任したらいい。それよりもお前さんたちはゆっくり休んだらいいんじゃ」

「登坂さん……」

 田中は安心したのか、涙を流しながら登坂を見る。

 後ろから野口が抱きしめていた。

「ふん、ここで、ゆっくり休んでたら、いつ殺されるかわからない。俺は二階で休ませてもらう」

 椎名は階段を上っていった。

「ふん、勝手にせい」

 登坂は椎名を見ずに、捨て台詞を呟いた。

「あたしも好きにさせてもらうわ」

 村瀬は真に一瞥して、”あんたも行くのよ“という合図を見せて、二階に行った。

「僕も、眠くなったんで、失礼します」

 と、登坂を見たが、登坂は正面だけを見ていた。


「何を思ってるんだろうね。あの爺さん」

 村瀬は真に言った。

「わからない……。でも、凄く怖い顔つきだった」

「ふーん、まあ、いいや」

 ここは村瀬の部屋である。彼女はズボラなのか、ベッドのシーツがしわくちゃになっていた。それを直そうともしないままだった。

「しかし、ないんだよな……」彼女は独り言のように呟いた。

「何かですか?」

「池田さんが持っていた本だよ。あの本棚に戻してる可能性もあるんだけど、あの性格の池田さんが戻してるはずないでしょ。それで、さっき池田さんの部屋に来た時、あの本あるかなと思ったんだけど無いんだ」

「ということは……」

「犯人が持ってるということ。それで、あれを処分したかったんじゃないかな」

「処分?」

「つまり、本棚の一番上に隠したつもりが、バレてしまった。いや、隠すつもりが、忘れてたとかね」

「それって、犯人は」

「ああ、あの爺さんだよね。どう見ても……。後の三人はこの洋館のこと知らないし……」

「でも、なぜ登坂さんが?」

「だってあの人、可笑しいもん。本棚って脚立を使わないと、取れないところまでずっしり詰まってたんでしょ。それなのに本も本棚も奇麗にしてるってことは、足の悪いあの爺さんじゃ無理ってことさ」

「ハウスクリーニングに頼んでるんじゃないですか?」

「わざわざ、この村までにかい? 相当奇麗好きな爺さんだな」

「奇麗好きと自分では行ってましたけど」

「確かに掃除は行き届いてるけど、普段は一人なんだったら、本を読むには上の棚に本を詰めないようにするとか、部屋に椅子を用意するとか、あたしだったらやるけどなあ」

 村瀬は登坂を池田殺しの犯人だと決めつけているようだ。真はそう思った。

「それだったら、池田さんの首をロープを閉めた時に、もちろん反射的に池田さんは目が覚める。よっぽど力がないと絞殺は難しいんじゃないですか?」

「うーん」

 村瀬は腕組みをして、胡坐をかいた。半パンで喋り口調がボーイッシュな感じが、真は何だか居心地が良かった。しかし、目のやり場に困る。

「本当はジムに通ってるとか?」

 そう言われて、真は思わず笑った。

「あの登坂さんがそんなことしてたら、足も治りますよ」

「ジョーダンよ、ジョーダン。しかし、取り合えず、本が詰まってる部屋に入ってみよう」

「登坂さんに見つかりませんかね」

「そんなこと言ってたら、先に進まないじゃない」


「色々と専門的な本が多いね」

 初めて入った村瀬は、その本の数に驚きを隠せない。

「そうなんですよ。これなんて凄いでしょ」

 真は村瀬に分厚い本を渡した。

「何、日本の天体がわかる本……難しそう」

 村瀬は本をめくると、小さな文字でつづっている文章に思わず本を閉じた。

「この本の中から何かつかめますかね?」

「難しいんじゃない。爺さんはいろんなものを隠してそうだからね」

「そういえば、この家って一階と二階しかないんでしょうか?」

「確かに、広いからね。地下でもあるんじゃない」

「地下……」

 真は独り言のように呟いた。

「隠し扉なんて、あっても可笑しくないんじゃない。だって爺さん資産家なんでしょ」

「そう言ってましたね……」

「君たちこんなところにいたのか?」

 そう言って、姿を見せたのは野口だった。

「あ、野口さん。田中さんは大丈夫ですか?」

 真は聞いた。

「何とかね。色々疲れたんだろう。眠ってる」

「そうだったんですね。野口さんは昨晩眠たかったですか?」

「もちろん。物凄く眠いというほどではないけど、ベッドに入ると一気に眠くなってしまってね」

「それって睡眠薬の影響ですか?」

「まあ、そうなんじゃないかな」

 野口は眠そうに、目をパチクリした。

「あの、野口さん」村瀬は恐る恐る聞いた。

「何だい?」

「あの登坂さんに可愛がられてますよね。何故ですか?」

「そう見えたかい?」

「ええ、見えました」村瀬はいつになく真剣なまなざしで野口を見る。

 野口は笑って頭をかいた。

「まあ、この村では昔から人口が少なくなってきてるんだ。そうなると、若者も少ないんだ。登坂さんは俺を昔から知ってたから、凄く可愛がってもらったんだ。村で将来有望な人間になるって面と向かって言われたくらいだからね。そうなると、こっちも村から離れられなくなって……」

「野口さんも、この村から出ようと思ってたんですか?」

 と、真。

「そうだよ。広島とかで仕事がしたかったな。学生時代はバスケットボール部だったんだ。この村には小学校しかなくてね。今はもう廃校なんだけど、中学から市内に転向してね。そこでバスケットボール部に入って、ハマってしまったんだ」

「それから、大会も出られたんですか?」

 野口は、自分のガタイが大きいから聞いたのだろうと思って、大笑いをした。

「そうだよ。元々食べる方だったから、体格も大きかったし身長も高かっから、ずっとスタメンだったね。おまけに身体能力もいいからって、コーチと監督には太鼓判だったね」

 と、嬉しかったのか野口は相変わらず頭をポリポリかいて照れ笑いをした。

「へえ、バスケ一筋だったんだ。それで、広島とどう関係が?」と、村瀬。

「高校と大学は広島のバスケが強い学校に入って、みっちり練習したんだけどね。肩をやられてしまったんだ。右肩をね」

「と、言うことは右肩が上がらないとか?」

「そうだよ。でも、肩を使わなくても重いものは持てるけどね」

 そう言って、野口は両腕を軽く上げて、荷物が持てるジェスチャーをした。

「それで、登坂さんとは長い付き合いなんだ」

「長いね。でも、登坂さんはずっとここに住んでるから、俺が市内に行ったりとか、広島に行ったときは、電話を年に数回くらいしかやり取りしなかったけど……」

「登坂さんって、足悪いの?」

「ああ、元々は元気だったんだ。畑仕事が好きでね。でも、ある日を境にギックリ腰をやってしまってね。それからも、何回かギックリ腰を、やった結果、腰も曲がってしまったけど、腰とつながってる右足も思うように行かなくなってね。以来、あの状態が十五年になるんじゃないかな」

「病院とか行かなかったの?」

「本人が病院嫌いでね。断固として融通が利かないんだ」

「そうなんだ……。ところで登坂さんって、勉強熱心なんだね。こんな本とか全然あたしわかんない……」

「そうだよね。俺も初め見た時にビックリしたよ。登坂さんがこんなに本が好きだなんて……」

「好きじゃなかったんですか?」

「ああ、っていうのも変だけど。昔は身体を動かすのが好きだったんだ。本なんて活字が嫌いでね。学生時代は勉強も嫌いだったらしいよ。誰かが難しい話をしてたら、嫌だったし。ほら、椎名さんは本が好きじゃない」

「そうですね」

 真は言った。

「あの人のことを毛嫌いしてたんだよ、昔は。ひょろっとしてて気持ちが悪いってね。でも、畑仕事をしなくなってからかな。ガラッと変わってしまったんだ。こんな人だったかなって」

「それって、顔とかですか?」

「何て言うかな。顔は変わってない。寧ろ元気になったんだけど、雰囲気が違うというか、どういう風に説明したらいいのかわからないけど……」

 野口は顎に手を当てていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「野口さんいるの?」

 田中の声がした。

「ああ、いるよ」

 というと、田中はドアを開けた。

「もう、いなくなったからビックリしちゃった」

「いやいや、ごめん。田中さんが眠ってたから、二階に行って自分の部屋を片付けようとしたら、二人と会ったからさ」

 そう言って、真と村瀬を一瞥した。

「何だ、それならいいのよ。登坂さんが心配してたわよ。野口君はどこに行ったんだって」

「ごめんごめん。下に降りるよ。それじゃあ、また」

 そう言って、野口と田中は二人に手を振って後にした。

 静まり返った部屋に、村瀬はそっとドアを開けて、誰もいないことを確認した。

「ああ、ここにいたら緊張しすぎて死にそう」

 そうドアに背を向けて彼女は言った。

「それよりも、さっき野口さんが言ってた話、本当なんですかね?」

「本当も何も、それが真実じゃない。多分登坂という人はどこかにいて、あの爺さんは知らない人って考えるのが普通じゃない」

「でも、知らない人が、こんなに本を集めれますかね?」

「何言ってんの。野口さんの話聞いてた? 登坂さんは十数年前から入れ替わってる。変だと思わない?」

「確かに変ですよ。本当の登坂さんはどこに行ったのか……」

「それもあるけど、池田さんが持っていた本は金の隠し場所。十三年前の事件はみんな資産家。そして、登坂さんも資産家……。今いる爺さんは十数年前に登坂さんに成りすましたとしたら……」

「あっ!」真はひらめいた後に、身震いをした。

「そう、少なくとも未解決事件の真相はあの爺さんが握ってる。そして、あたしの勘だとこの家のどこかに、あるはずなのよ」

「何をですか?」

 真は生唾を飲み込んだ。

「登坂さんの死体がね」


「警察が今日来るときに、このことを伝えた方がいいんじゃないですか?」

 真は村瀬の顔を見ながら言う。

「伝えたところで、無駄よ。十三年前の事件は、きっとそれほど難しい事件ではなかったと思う。それを未解決事件としてされたのは犯人が凄く頭の切れる人で、警察の考えを錯乱させたか。それか、警察が何らかの形で捜査を早めに打ち切りにしたか……」

「そんな……」

「例えば、この事件も池田さんの自殺で終わってしまうかもしれない。そんなことで終わらせることはないかもしれないけど、大勢の警察がこの辺鄙な村に足を運ぶ方が難しいのに……」

「となると、しばらくしたら、警察は捜査を打ち切りにさせるということですかね?」

「何もそうなるかどうかは分からないけど、十三年前の事件をたどると、そんなことはあり得るんじゃない? 指紋とかが付着していない、物的証拠がない限り……」

 村瀬は廊下に出て、登坂の部屋のドアを一階にいる人たちが上がってこないか気にしながら、ノブを回して引っ張ろうとしたが、開かなかった。

「鍵がかかってるのか……」

「僕らは鍵を貰ってないのに」

 村瀬はスタスタと、別のドアを開けた。

 そこには椎名がベッドの上で寝息を立てている。

「椎名さんも、鍵を貰ってなさそうだね」

 村瀬はそう言って、ゆっくりドアを閉めた。

 田中と野口のドアも開けたが、カギはかかっていない。

「あの爺さんだけだね。鍵持ってるのは」

 村瀬は両手顔の近くまで上げて、お手上げのポーズを上げた。

「どうしましょうか? これからもう七時近いし」

「あんまり、探索したら爺さんに不審な顔を見せられるから、ここは強行に及ぶしかないね」

 村瀬は腰に手を当ててニヤッと笑った。


  第四章 村瀬の行動


 朝食になり、椎名も田中に起こされて一階に降りてきた。

「変な時間に寝たから、頭がクラクラする」

 そう言って、彼は昨日座っていた場所に座った。

 真と村瀬も、昨日と同じ場所に座った。

 登坂は相変わらずチェアに座っている。

「さあ、食べましょう……」と、田中は朝食のサラダも机の上に置いた。

「全く、死人が二階にいるというのに、食欲がわくのかよ」登坂はふてくされながら、お茶を飲む。

「まあ、とにかく、朝食を取った後に下山して、110番をしてもらおう」

 と言ったのは登坂だった。睡眠薬を仕掛けた人物からだろうか、不思議と登坂だけピンピンしているように真はそう見えた。

 村瀬は立ち上がって、トイレの方に行った。

 テレビはついている、朝のニュースだ。いろんな事件、天気予報が報道されているが、この家に一人殺されたことを報道に入れてほしいと不意に真は思った。

 食事は黙々と食べた。いや、みんなどこなしか表情が暗い。まあ、無理もない。真はそう思いながら、村瀬が帰ってくるのを待っていた。

「皆さん、ホットミルク持ってきましたよ」

 そう言ったのは村瀬だった。彼女はお盆を両手で慎重に運んでいた。

「おお、気が利くのう。有難いぞい」登坂はパンをかじっていた。

「やっぱり、パンには牛乳でしょ」

 と、村瀬は正座をしながら、机の上にお盆を置いて、コップを六個取り出した。

「おじさまのコップはこれでしたよね?」村瀬はそう言って、登坂へ持っていった。

「おお、すまんすまん。お嬢ちゃんは車が故障してしまったし、しばらくは冒険を続けるのを休むのかのう?」

「まあ、そうね」村瀬は顎に人差し指を当てて言った。「取り合えず。東京に帰ってバイトでもしようかな」

「まあ、車の修理があるからのう」と、登坂は躊躇なく牛乳を飲んだ。

「何しろ、お金が掛かるもんね。いくら保険入ってても。あーあ、まさかこんな状況になるとは思わなかった。まこっちゃん車買って」そう言って、村瀬は真の隣に座る。

「え、何で僕が」

「こんな、か弱い少女が困ってるんだ。助けてよ」

 と、村瀬は左手で自分の目を覆い隠し、泣いている姿を見せた。

 すると、田中はクスクスと笑った。「村瀬さんは元気があるわね。何か私も元気が出てきたわ」

「そうですか? ありがとうございます」村瀬は嬉しそうに言って、「でも、本当にまこっちゃんには頼んでるんですよ。新車がいいな。いや、外車も捨てがたいな」

「そんなに話を広げないでくださいよ。それに、購入なんてしたくないし……」

 村瀬は「えー、男のくせに」と、真の服を引っ張ったその先に、登坂を見ていた。彼は眠たそうに目を擦っている。

 村瀬はニヤッと笑った。その表情に登坂も気づいて、

「お主……。やりおったのう」

と、村瀬と真に聞こえるくらいの声量で、睨みながら呟いた。

「ごちそうさま!」村瀬は手を合わせ、姿勢を正して大きな声で言った。

「え、もういいの? 村瀬さんが持ってきたミルクも半分くらい残ってるけど」田中は目を丸くした。

「ああ、いいのいいの。あたし、自分でおもてなしするのが好きだから、真、二階に行くよ。ほら、立って」

「え、うん」と、真は口に含んだパンを、無理やりホットミルクで喉に流して立ち上がった。


二階に上がって、みんなの視界から消えた後に、村瀬は「やったね」と、真にハイタッチをした。

「しかし、どうやって、睡眠薬を手に入れたんですか?」

「あれは、あたしの常備品なんだ」

「そうなんですか?」

 村瀬も眠れないくらいデリケートな人物なのかと、真は首をかしげると。

「正確にはあたしの妹の常備品なんだけどね。あの子は繊細だからこんなきつい睡眠薬持ってるんだ。あたしがこの前取り上げたんだ、こんなもの飲むんじゃないってね。それがバックに入ったままだった。ハハハ」

 声に出して笑う村瀬を、真は苦笑した。

「あ、でも、昨日の睡眠薬はあたしが入れたわけじゃないから。そこは勘違いしないでね」

「はい……」

「しかし、やっぱりすぐに効いてきたね。あんだけ早く効くということは、昨日は飲んでないんだきっと」

「普通は抵抗力が強くなってますもんね。ともすると……」

「飲んでいない可能性は高いかもね。取り合えず調べよう。あまり時間がない」

 村瀬は池田のドアを開けた。

「まずは、ここからなんだ……。自防推定時刻は十一時半から、真君が起きてきた三時。この三時間半の時間に誰もアリバイが無い」

「みんな、眠らされてたからですよね」

「もちろん、それによって全員アリバイを無くすというやり方を作り出した。問題は睡眠薬が入っていたコップを洗ってくれる人がいるかどうかなんだ」

「洗ってくれる人って、田中さんが……」

「あくまで、犯人候補の一人としてね。でも、あの爺さんは完全にクロだ。例えば、もともと持っていた眠剤を全員上手く四時間後に起きるように粉薬を使ったとしたら、真君はその時間帯に起きる可能性はあるかもしれないし、その悲鳴で、みんなが飛びつく可能性だってある」

「そんなに、上手くいきますかね……」

 真は口に手を当てた。

「上手くいくかどうかは分からないけど、あれ程の専門的な本があるんだ。眠剤の本も間違いなくあると思うし、熟知してたと思うよ」

「まあ、確かにあり得ますね……。あ」

「どーした?」

「そういえば、僕の部屋の前にこんなものが……」

 真は紙切れを村瀬に見せた。

「“午前二時半に来い”という文面は、きっとその時間帯に起きるんだと思ってたんだよ」

「でも、三時に部屋の目覚ましも鳴りましてね」真はまた言うのを忘れてたと、頭をかいた。

「三時……? 多分犯人はあらかじめ、真君の部屋にタイマーを仕掛けたんだ。そうすることで、真君が起きてくれると思ったからね」

「二時半だったらいけなかったんでしょうか?」

「二時半にセットしたら、あまりにもその文面と一致してしまう。とすると、犯人はセットした人物――すぐにこの家の家主だとバレてしまうじゃない。だから、敢えて三時にセットしたんだ。例えば、その日の昼に掃除していた時に謝ってセットしてしまったとか。誤魔化すんじゃない?」

「なるほど……」

 真はあっけにとられた。

「それよりも、この紙切れが、犯人にとっては相当な見落としになってしまったよね。だって、これ手書きでしょ。自分の文面だって可能性が極めて高い。つまりこれを警察に見せれば、筆跡鑑定をさせ犯人が分かってしまうという、情けない終わり方になっちゃうよ」

「まあ、そうですね……」

「これは、きっと犯人は後で消去させたかった一枚だよね。どこでそれを狙うか……。いや、狙いそびれた可能性もある。取り合えず、この紙はあたしが持っていることにするわ」

「あ、分かりました」

「そうか……。だからか……」村瀬は右肘を左手の上に乗せ、右手で口元部分に触れながら考えた。

「何かですか?」

「タイヤの空気を抜いたのは、時間を経たせるため。つまり、真君の持っていたこの紙を、どうにかして奪い取る時間が欲しかったんじゃないかな」

「確かに、その方法はありますね」

「いや、待てよ。真君を犯人にさせる事を構想していたのかもしれない。でも、いろんな状況の中で、それが難しくなった」

「それは、どうしてですか?」真は表情が徐々に青ざめていく。

「例えば、あたしが真君に興味を示したことが、邪魔になってしまい、中々事が進められなかったのと、真君がこの紙切れをみんなの前で言うことを忘れてたことかな……。それに、椎名さん達三人が、口論になったことで、真君に目を向けられなかったことも挙げられるし……」

「ということは、犯人は池田さんを僕が殺害したと計画してたということですか?」

「そうね。それが、辻褄があう。それで、真君は起きてからこの紙を発見して、すぐさま池田さんの部屋に行ったの?」

「まあ。そうですね。最初部屋が暗かったんで明かりを付けると、首にロープを掛けられた状態で死んでました」

「だとすると」村瀬は池田の身体をあちこち触って外傷がないか確かめた。それを見て真は強い女性だなと改めて痛感した。

「口の中の舌が切れてる……。これは多分寝ているときに首を絞められた可能性が高いと思う。この大きな体系だし、ビールも飲んでいたから、いびきをかいていたのかもしれないね」

「いびき?」

「いびきかくときって、口を大きく開けるから、その時に首を絞められたら、ビックリして歯を食いしばるじゃない。そこで、舌を切ったのかと」

「なるほど、でも、問題はこの首を絞める力ですよね。池田さんも眠っていとはいえ、命の危険な衝撃があったら、目が覚めますよね。その池田さんよりも力が強い人じゃないといけないんじゃないですか?」

「そうね。あの爺さんはさっきも言った通り別人だと仮定すると、やっぱりあの爺さんが池田さんの首を絞めたんじゃないかなと思うんだ」

「あの人が、いっても七十くらいのお爺さんですよ?」真は素っ頓狂な声を上げた。

「まあ、一見そうは見えるよね。しかし、あの人が本当は五十代とかだったら……。まだ、力もあるんじゃない?」

「五十、あの皺だらけのお爺さんに五十歳はないですって、足も悪いし……」真は苦笑した。

「足は悪くないって、あれは登坂さんの真似をしてるだけ。それに、あたし、十三年前の未解決事件、あいつがやったって思ってるんだよね」

「あの、下で眠ってる方がですか?」

「そう、だって、野口さんの証言通りから行くと、下の登坂さんは本当の登坂さんじゃないって言ったじゃない。それで、犯人は捕まっていない。もちろん他県に逃げた可能性は否定できないけど。ここに住むっていう理由って絶対あるんだと思う。それで、十三年前に新しく洋館を作り直した。それって、あたしの勘からすると、埋めた死体を隠すためなんだよ」

「埋めた死体って……それってつまり……」

「本当の登坂さんがそこにいるような気がして……」

「どういったいきさつで、登坂さんが登坂さんを殺害したんですか?」

 真は言った後、変なこと言ってしまったと、苦笑した。

「十三年前の未解決事件はこの家のすぐ近くだから、その燃やしていた火事を、本当の登坂さんが見ていたとしたら」

「口封じのための殺害をしたということですか?」

「まあね。野口さんの話だと、本当の登坂さんは村長くらいのリーダーシップがあった上に、優しい方だったらしいから、自首をしろと促したんじゃないかな。それで、犯人はカッとなって殺したという感じかな」

「そこまで読んでたんですね」

「まあね、伊達に探偵やってるわけじゃないからね」

「それで、十三年前の未解決事件なんだけど、池田さんはそのことを調べてたんだよね。その調べた資料とかないの?」

 真はパソコンのUSBのことを思い出した。

「そういえば、池田さんのバックの中に……」

 真は池田の黒いリュックサックの中から、パソコンを取り出した。しかし、USBメモリはどこを探しても見つからなかった。

「あれ、何でないんだろう……」自分のポケットにも手をやったのだが、そこには空っぽだった。

「もしかしたら、犯人に取られたのかもしれないね。まあ、いいや。あたしが調べた資料があるか見てみる?」

「……あるんですか?」

「あるよ。あたしの部屋に……」

 あるんかい! と真は思わず突っ込みそうになった。


 村瀬は自分の黄色いリュックサックからクリアファイルを取り出した。

 開くとそこにはずっしりと手書きで書かれていた。

「パソコンで打ち込んでないんですか?」真は声を上げる。

「あたしは、アナログ人間だから、パソコンのパも知らないんだ。でも、めちゃくちゃ書いたから……。読むね」

「はい」

「十三年前の未解決事件について、十三年前鳥取県の馬渡村で放火殺人事件が起こった。八月十六日。天気は雨。台風十三号が日本列島に近づき、この日の夕方まで突風や大雨に見舞われていた。

 集まった五人はかつての鳥取の同級生だった。彼らは金が鈴成村の洞窟にあるということを噂で仕入れていた。そして、七月にその決行に至った。

 噂は本当だった。後で調べると純金製だったので、これをお金に換えると、数十億という金額になる。

 問題は五等分するという話だった。一人が何かと自分の手柄にしようと揉めていた。それを話すために、質素な村で会議をしようと決めていた。

 一人、冒険家の立川紀夫が、安全面から馬渡村で話をしようと思い立った。そこの村出身だった田中隆もそれに賛成して、二十年前に空き地になっている古びた洋館があるから、そこで話をしようということで決まった。

 約束の日が八月十六日だった。誰もが中止を決意しようといっていたのだが、一人だけどうしてもこの日がいいといった人物がいた。

 その人物は――小野寺壮太。

 小野寺は学生時代から素行が悪く、他の生徒のいじめをしたり、グループのリーダーとなって盗み窃盗を繰り返してきた。

 また、小野寺は昔から柔道を習っていたので、力は相当強く、ケンカでは負けなかったという。

 そんな中で、この金を手に入れ、他グループのリーダーでもあった。

 八月十六日に古びた洋館で話し合いをすることになった。みんな小野寺から逆らえない人物だった。

 その後、何かしら彼は固いもので四人を撲殺、そして持ってきたガソリンに火を巻いて洋館を放火した。

 今も小野寺は逃亡している。もしかしたら、この村以外に逃げている可能性は高い。たくさんのお金は持っているので、海外に逃亡している可能性もなくはない。

 と、いう感じね」

「小野寺という人物が……」

「恐らく、今眠っているジジイがきっと小野寺だよ。多分金もどこかに眠ってる。整形を幾度となくして、まるで登坂さんが生きているかのようにしてるんだ」

「あくまで、推測ですよね?」

「そう、あくまで、推測だよ。それを本当か確かめるんだ」

 村瀬はドアを開けて、後ろを振り帰って、真に言った。

「行こう。その金のありかを」


 二人は階段を下りた。

 登坂――いや、小野寺はぐっすり眠っている

「登坂さん、眠ってしまってますね」真は田中に行った。

「そうよ。よっぽど疲れてしまってたのね。普段はあんまり眠らないって言ってたけど……」

「あれ、野口さんがいない」村瀬は目を丸くして言った。

「野口なら、早く警察に知らせようと、家を出たよ」

 椎名はまた文庫本を片手に言った。

「まずい……。ねえ、田中さん。この家に地下ってないの?」

「ああ、あるわよ。あるけど、勝手に行くと登坂さんに怒られちゃうよ。私も昔好奇心で行った時、こっぴどく怒られたから……」

「その地下室ってどこにあるの。案内して」

 村瀬は言って、田中は「登坂さんに知られたら、村瀬さん責任取ってね」と、呟きながら立ち上がった。


 三人は外に出て、家の裏に回った。

「ここよ」

 田中はそう言った。

「え、何もないですけど」と、真。

「暗証番号がいるのよ」

 田中はボタンを押した。そこには1から9までの数字が並んでいる。

「私はここに立って何かなと思ってたら、登坂さんに見つかって怒られたから、相当なものがあるのかもしれないわね。私は怒られたくないからこれで……」

 そう言って田中は去っていった。

「暗証番号……。何番だろう」

 真は村瀬に聞く。

 村瀬は首を横に振った。「……取り合えず押してみよう」

 まず、十三年前の事件の『0816』を押した、すると、“ピーピー”と違うという反応をした。

「ダメだね」

「小野寺の誕生日は?」

 村瀬は両手を上げて、お手上げのポーズを取った。「ダメね、わかんない」

「畜生!」真は声を上げた。

「これは警察に言ったら動いてくれる可能性があるよね。警察に任せるしかない」

「でも、池田さんが自殺と断定した場合、警察はそこまで調べますかね?」

「うーん、微妙」

 二人の仲に沈黙が訪れた。ミンミンゼミたちが朝から泣き続けている。今日も日が照って暑くなりそうだ。真は体の中からほのかに汗をかいていた。

「そう言えば、池田さんは何故殺されたんですか?」

 真が聞くと、村瀬も思わず手を叩いた。

「そうだ。すっかり忘れてた。池田さんは本を持ってたよね?」

「まあ、そうですけど」

「もし、あの本にこの暗証番号が掛かれていたとしたら……」

「でも、池田さんでもその番号が地下室の暗証番号何てピンときますかね。この家に地下室なんてあるかわからないし、暗証番号の件も知らないし……」

「わかんない。取り合えず、警察が来るまで探してみるから。いくよ、真君」

「はい」

 何か、完全に助手にされてしまってるなと、真は半分ため息だったが、それが嬉しくもあった。


「やっぱり鍵が閉まってるね」

 真が村瀬の後に続いて階段を上がると、彼女は小野寺の寝室のノブを回していた。

「そこが怪しいですか?」

「一か八か……。仕方ない。ちょっとどいて」

 真が村瀬のそばを離れると、村瀬は一気にドアに体当たりをした。

「何をそこまで……」

「あんたにはわかんないよ。この探偵というものが」そう言って、何度も体当たりをする。

 下からも響いてくる。田中は何事かと思って、階段を上がってくる。

 木造のドアは大分、外れかかっていた。下の蝶番だけが、何とかくっついているようだった。

「わかりました。僕も手伝います。これで同犯ですね」

 真は苦笑して二人はドアを突き破った。

 村瀬は息を切らしている。

「ちょっと、あなたたちさっきから何してるの!」

 そう言ったのは後ろから来た田中だった。

「何って……。これから、真相を暴くんですよ」村瀬はベッドの上に置かれていた本を取った。

「池田さんを殺したのは誰かをね」


 田中を含め三人はまた一階に降りて、家のドアを開けた。

「何だよ、さっきから物騒だな……」

 ずっと本を読んでいた椎名が舌打ちをした。

 小野寺はその音で目が覚めて、伸びをした。

 それに気づかず、三人はまた裏の地下に入るドアまで行った。

「暗証番号はきっと、ここにあるはず……」

 村瀬はパラパラと本をめくった。だが、活字が薄くて数字のようなものは見当たらない。

 あまりにも焦っていたので、最後までめくったら、厚紙の部分に大きく手書きで『5963』と、手書きで書かれていた。

「5963! ご苦労さんって押してみて!」村瀬は書物に書かれていた数字を指差して言った。

「え、ご苦労さん?」真は暗証番号のパネルを見ながら言った。

「5963! あんた耳遠いいの?」

「5963」と言いながら、真は押した。

 すると、ドアが解除になり、ガチャっと音がした。

 村瀬はドアのノブを回した。「これで、入れる」

「私は知らないわよ……」

 田中はその場で立ち止まっていた。

 真と村瀬はそのドアを開けて、入っていった。


「やけに暗いな……。電気ないの?」

 村瀬は真に言うと、真はドアの横にスイッチがあるのに気付いた。

 パチッと押すと、電気がパラパラと付いた。ただ、電球を変えていないのか、薄暗く、所々電球が付いていなかった。

「よし、これで、わかる。ありがと」

 そう村瀬に言われて、真は照れた。

 二人は階段を降りると、そこには金の塊が山のようにそびえていた。

「凄い。これって、お金に換えるといくらになるんだろう」

 村瀬は目がドルマークになるくらい、金に目がくらんだ。

「凄いですね。何だか金が更に部屋の明かりをともしてるようですね」

「きゃあああ」

 階段の上から、田中が悲鳴を上げた。何事かと二人は思った。

 小野寺が猟銃を持ちながら、階段を降りていく。その動きは老人にしてはピンピンしていた。

 もちろん、杖なんてついていない。

「貴様ら。痛い目に合いたいのか?」

 小野寺は登坂の顔には変わりなかったが、凄い剣幕で怒鳴り散らしていた。

「ヤバいですよ。どうしましょう」真は怯えながら、村瀬の後ろに隠れる。

「おい、男なんでしょ。後ろに隠れるな」

「どちらでもいいぞ。今からお前らを撃ち殺してやる」

 そう小野寺は階段を下りて、銃を構えた。

「フン、撃ってみたら」村瀬は緊張の中、顔が引きつっていた。

「何だと小娘、貴様、冒険家じゃないな」

「やっと気づきましたか。登坂さん。いや、小野寺壮太。あたしはあんたを探しにこの村に足を運んだんだよ」

 そう言って、胸に入っていた探偵手帳を見せた。

「ムッ、探偵か……」

「良くわかったわね。さすがに老人じゃ見えないもんな。あたしは私立探偵、笹井あかね。登坂さんの死因を追うために、あんたに会ったのよ」

「フン、どうせ、池田と同じ考えなんだろう」

「登坂恵という名前はご存じ?」

 その名前に、小野寺は少したじろいだ。

「その名前を何故知ってる……」

「本当のお爺ちゃんがどこにいるか探して欲しいという依頼を受けてるからね」

 そんなこと、何で黙ってたんだと、真は息をのんだ。

「登坂の居場所が知りたいと。ふざけるな。あんな爺さん、俺が放火殺人事件をやった後、その一部始終を見やがって、自首しろ、自首しろと、警察に電話しようとしたから、あいつらと一緒に、ガラスの置物で頭を叩いてやったわ。正義ぶるからムカついたんだよ」

「その登坂さんはどこに?」

「ハハハ、その金のそこに眠ってるぜ。ミイラと化してな。さあて、どうせ俺も、もう警察にお手上げだ、最後にお前らを殺るのもいいぜ。俺は根っからの殺し屋だからな」

 そう言って、小野寺は地下部屋に響き渡るように笑った。

「何も知らない池田さんを殺したのも、その血が騒いだというのかい?」村瀬は言った。

「池田が何も知らないと思ってたか? あいつはかつて十三年前に殺された、立川の息子

だよ」

「え?」村瀬と真は同時に言った。

「立川はよく子供を連れては探検だと、一緒に子供と金を探していたんだ。俺からしてみた

ら、金目当ての為に、子供と愉快な時間を共にする奴が、意味が分からなかった。奴の息子

は昨日、宝の本を見て、俺に言ったんだ。俺が小野寺だと知らずにな。

自慢しやがって、お前らが寝ようとした後、俺はあいつに呼び出された後に、俺はかつて宝探しした親父の血を受け継いでいる。とか、ほざきだしたから、寝ている間に持っていたロープで柔道の背負い投げのように首を絞めてやったぜ」

 池田さんが元々、この未解決事件と関係があったとは……。それで、この事件だけは熱心になっていたのか。真はようやく池田と事件との接点がつかめた。

「話は終わりかい? お前から殺してやろうか」

 そう言って、小野寺は猟銃を構えた時に、パトカーの音が聞こえてきた。

「金の山に隠れるよ」

 村瀬、いや――あかねは真の手を取り、後ろにあった金の山に隠れた。

 村瀬は小野寺が聞こえないように、真に耳打ちをしてアドバイスをする。

「フフフ。そんなところに隠れても無駄だ。右か左がどちらから出るかな?」

 そう楽しんでいる小野寺は金と金の間の隙間をのぞき込んで、あかねと真が小野寺を隙間からのぞき込んでいることに気づいた。

「そうやって、俺の動きを見てても無駄だぜ」と、余裕があるのか笑いながら金の山に近づいた。

「今だ!」

 あかねは声を掛けて、真も一緒に金に体当たりをした。

 千個くらいある金は、一気に前に崩れ落ちた。その重さは計り知れないほどで、小野寺に直撃した。

 小野寺は気を失った。

「やったー」

 と、あかねは真とハイタッチをして笑った。

 目が、への字になるくらい嬉しいあかねを、真はこの人は自由な女性だと思った。


 その後の調査で、小野寺は月に一回は市内に行き整形を重ねてきた。美容整形外科の担当の人物が、本来なら若返りの整形をするのに、わざと年寄りの整形をするのは不思議だったと、証言した。

 また、この館の底にはミイラと化した人物がいた。調べると数十年は経っていて中々人物が判明しなかったのだが、登坂敬三で間違いないと断定された。

 小野寺は幼い頃から、お金に対して執着があり、十三年前の事件を起こして、金を全て自分の物にした。しかし、その犯罪に怯えていたというのも事実であり、時効が来るのを待っていたようだ。

「しかし、こんな死刑でもなっても可笑しくない事件でも、時効ってあるもんかね?」あかねは言った

「どうなんでしょうね。死刑くらいの事件を犯したら、時効はないって聞きますけどね」

「結局、老人の顔を被り続けなくちゃならなかったわけだ」

 あれから、二人は仲良くなり、スマホのラインで通話のやり取りをするようになった。あかねは今回の探偵での依頼も、事件も解決したこともあり、警察から表彰状を貰ったという一石二鳥だった。

 とはいえ、真も執筆が進み、月刊の雑誌で未解決事件の真相を綴った内容がのちにヒットし、社長も部長も池田が亡くなった悲しみもあるが、部数が伸びたことにも喜んでいた。

「そういえば、登坂恵さんは、あの事件についてどう思っているんですか?」

「まあ、彼女は元々登坂さんの名前を借りた小野寺が、本物のお爺さんだと思ってなかったから、スッキリしたっとお礼を言ってたね」

「お爺さんは亡くなってしまってましたけど」

「それは、予想してた。だから、あたしのところに来たんだ」

「へえ」と、真は言ったが、もう一つあかねに聞きたかったことがあった。

「そういえば、元々恵さんから話を聞いてたのに、何で、小野寺が登坂さんの姿をしているとか。あかねさんが十三年前の事件は、小野寺が握ってるっていうことを黙ってたんですか?」

「それはね……」

 あかねは右頬を掻き、フフッと笑いながら言った。

「読者に楽しんでもらいたいから、あえて引っ張ってみたんだ」


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