フラグ83 復帰
今日も雨かー、洗濯もん乾かねえな。扇風機ぶん回すか。
野球やってた頃は梅雨は比較的好きだった。なぜなら雨で練習は室内になり、試合は中止になるからだ。野球を引退したいまはただただ洗濯物が乾かないし、バイトに行くにも電車賃がかかるし買い出しにも出かけづらいからそれなりに嫌いだ。家にいる時の雨の音はすきだが。
内定をもらってから数日色々考えたが、やりたいことが見つからなかった。おそらく、バイト行って大学行って一人暮らしの生活が好きなのだろう。バイト先の人にも恵まれ、わりとこれ以上要らないのかもしれない。
それでも高校野球を引退した時のような虚無感がどこかにあった。
バイトへ向かう電車の中、なにか良いことないかと考えていた。そんなことそうそうに起こらないと改札を抜けた時に誰かに声をかけられた。
「おはようございまっす!」
「びっくりした〜。歌乃か、はよー。同じ電車に乗ってたん?」
(今日は良いことあるかも)
「ですね!私は気づいてましたけど笑」
「いや声かけてよ!笑」
「いや、なんか考え事してそーだったので」
「そんな顔してた?」
「こわーい顔してましたよー」
「それは元からだわ」
「そんなことないですよー、目つきだけで」
「おい、フォローすんならちゃんとせえ」
「ごめんなさい!」
この通り、歌乃は最近とても機嫌が良く、最初の頃が嘘のように冗談も言うし、さらに明るく、素直な子になった。
「おはようございます!」「はよーっす」
「あれ、今日はふたりで出勤ですか?」
歩がニタニタしながら言ってきた。
「まあ電車だったしたまたま、そんなことよりそろそろ扶養やばいだろ」
「そんなことじゃないですよー。ま、それはいっか、そうなんですよー、でももう大丈夫です。超絶助っ人、というか復活した人がいるので」
「どうせ竜生とかだろ、あいつも扶養だし復活もなにも、、、え!なんでいんの!?」
「よっ、たかと久しぶりー」
そう言って楽屋から現れた人物は井ノ上健人だった。
「まってまって、なんで?」
「中途で入った会社やめてここの正社員になるんよ。まだバイトだけどね」
「やば!やばすぎ!」
「またよろしくなー。で、そっちはたかとの彼女?」
「ちがうわ!(まだ)」
「あ、えっと、中川歌乃です。たかとさんとは大学の野球部でおなじで」
「あー、なんか聞いたことあるわ。健人です。よろしく」
「はい!よろしくお願いします!」
「たぶん前に話したことあると思うけど、めちゃでき超人の健人」
「あー、そうですねー、覚えてますよー。゛先輩゛の話ですもんねー。私着替えてきますねー」
(なんで機嫌わるくなんの?ま、俺も着替えるか)
俺が着替えている間に今日のシフトに入っている人たちが来て、健人に挨拶をしているのが聞こえた。速攻で着替えを済ませて楽屋を出た。
「そういや、今日復帰戦なら店長いねえの?」
「ほんとは店長来る予定だったんですけど体調崩したみたいで」
「なにしとんねん。ま、でも健人なら大丈夫か」
「んなことねえよ、さすがに忘れてるわ」
「またまたぁ」
「にしても珍しく今日レディースデイですね」
「たしかに、歌乃、萌香、実菜、栞か」
「誰とキッチン組みたいですか?」
「なんだそのギャルゲーみたいな選択肢」
「いや知らないですけど」
「おれもしらん。ま、萌香でいいら。歌乃にホールやらせた方がまわるし」
「まあー、そうですね」
「まだ朝礼ってやってんの?」
「やってますよ、代行日はほぼないですけど。この前、たかとさんの内定おめでとうで朝礼やったぐらいで」
「なんだそれ。たかと内定でたんだ」
「最近ね、やっとだよ。それは置いといて、今日から健人復帰だし朝礼やるか」
「そうですね、軽く挨拶ぐらい」
「やるかー」
「みんな今日ちょっと朝礼やるから早めにでてきてー!」
そう歩が言うとみんなでてきた。
「じゃあ改めて、健人さんでーす!」
「いや、フルネームで言えや」
「井ノ上健人さんでーす!」
「井ノ上健人です。2年?振りに復帰しました。よろしくお願いします」
「はい拍手〜ということで、さっき挨拶したかもですけど、たかとさんと同じ野球部だった歌乃とキッチンの巫女の萌香にたかとさんと同じ出身で同じ趣味の実菜と愛衣と同じ歳の栞です」
「なんか変な情報があって絶妙に入ってこねえよ」
「てかちょくちょく俺入れんのやめろ。こんな顔が卑猥なやつなんかほっといてみんな営業開始すんぞー」
「はーい」
営業開始直後3組連続で来店が続いた。さすが土曜日だ。
とはいえ、もうそれくらいどうってことないキッチンは話す余裕もある。
「最近さ、実菜も入ってきたけどみんな仲良くやってんの?」
そしてたまになんでもズバズバ聞いてしまう佐々木貴翔22歳。
「仲良いですよー」
「逆に怪しい」
「いやほんとですって」
「裏番長の萌香が言うならほんとか」
「裏番長じゃないですよー」
「男も含めたらその学年何人だ?」
「たぶん7人とかいますね」
「めっちゃいるやん!あとふたりで野球できる」
「ですねー。健人さんってたかとさんと同じ歳でしたっけ?」
「そそ」
「なんかめっちゃできる雰囲気します」
「雰囲気だけじゃねえぞ。めっちゃ仕事できる、気遣いもできる。なんでもできる」
「たかとさんがそこまでいうなんて」
「それにホールとキッチン教わったの健人だし」
「キッチンも!じゃあキッチンもたかとさんよりできるってことですか?」
「んー、どうだろ。いまなら同じくらいかな」
「すごすぎる」
「だから歩の5段階ぐらい上の上位互換みたいなかんじ」
「わかりやすいです笑」
「よびましたー?」
「呼んでねぇよ」
「なんか不名誉そうな話してませんでした?」
「事実を話してただけだもんなー」
「萌香ほんと?」
「ほんとです」
「キッチンどっちか休憩いきます?」
「私さき行ってもいいですか?」
「いいよーいってら」
「ありがとうございます」
「たかとさんひとりでいけます?」
「さすがにこの時間は無理だわ」
「じゃあ栞投入します」
「おけ、さんきゅー」
栞には少し前からキッチンを教えている。ちょくちょく見るようにしているが特に言うことがなくなってきて今日も特に指摘することは見つからなかった。
萌香が休憩から戻ってきて入れ替わりで健人が休憩に入り、入る直前にこう言われた。
「久しぶりにたかとの賄い食べたいなー」
「しゃーねえ、復帰祝いでつくってやろう!」
ということで、オーダーの合間を縫って作っていく。
(それなりにオーダー来てるし早く作れるもんは、、無難に野菜炒めか)
「もえかー、牛バラに塩コショウ振ってどっかに置いといてくんね?」
「わかりましたー」
(さくっと先に賄い作っちゃうか)
フライパンにごま油を敷き、牛バラとピーマン、玉ねぎ、キャベツを入れ炒めて、醤油を入れて完成。
ご飯にそれを乗せ、温玉に刻みネギを乗せたら野菜炒め丼の完成。
「あゆむーこれ健人のとこ届けてきて」
「うわ!めっちゃはらへる!わかりました!」
「たかとさーん、健人さんありがとう、いただきますだそうです」
「はいよー」
それから休憩から戻ってきた健人にありがとうめっちゃ美味かったと言われた後に次の休憩は俺だと伝えられた。
「萌香ひとりでいけそう?」
「たぶん大丈夫です」
「なんかあったら俺でも歌乃でもいいから呼んで、わんちゃん健人さんでも可」
「わかりました」
「俺入れんな」
「大丈夫です。レシピそんな変わってないですし、体が覚えてますよ」
「一瞬ぐらいならいけるか」
「いけます!」
「とりあえず頼むでー」
(おれも野菜炒め食いたくなってきたな。野菜炒め丼にしちゃお)
俺は速攻で野菜炒め丼を作り休憩に入った。
少しすると栞が賄いを作り終えて楽屋に入ってきた。俺は少し間を置いて栞に話しかけた。
「栞はもうバイト半年とか?」
「そうですね、だいぶ経ちました」
「キッチンはどのくらい経ったっけ?」
「2ヶ月とかですね」
「じゃあもうだいぶできるら?」
「いやいや、今日もヒヤヒヤでした」
「それなりにできてたと思うけどなぁ」
「ほんとですか!たかとさんに言われるなら大丈夫ですかねー」
「大丈夫大丈夫」
と、軽く一言だけ話して休憩時間が終わってしまったので楽屋を出て入れ替わる形で歌乃と実菜が休憩に入った。
「大丈夫だったー?」
「オーダーもそんな来なかったし大丈夫でした」
「よかったよかった」
「たかとさんってひとりでキッチンまわす時どうやってるんですか?」
「どうやって?んー、なんだろう。感覚的なことはあるけど、とりあえず肉、米は早めにだすかな。とりあえずそれ出しとけばどうにかるっしょ。スープ系来たらとりあえず沸かすってのもあるかも」
「なるほど」
「上手くできてないの?」
「それすらも分からないんですけど、なんかどれから手つければいいか分かんなくて」
「あーなるほど。とりあえずスープ沸かすは最優先の方がいいかな、沸くまで時間それなりにかかるし、そんでその時間分でできることやっちゃう的な感じかな」
「そうですよね。わかりました!ありがとうございます!」
「いえいえ。ま、でもひとりで長時間やるなんてほとんどないから安心しな」
「なら大丈夫か」
「1回4時間ぐらいまわしたけど」
「え!なんでですか?」
「人がいなさすぎて」
「やばすぎる」
「短縮営業だったからよかったけど」
「そうですけど大変じゃないですか?」
「血吐くぐらいきつかった。クローズの時はさすがに手伝ってもらってた」
「それはそうなりますよ」
そんな話をしているとキッチンに歌乃と実菜が入ってきた。肉選びで萌香と歌乃と実菜でキャッキャしてる。
なんか実菜のタメ口聞くの新鮮かも
(萌香もいるしこんなとこいにくすぎる)
「ちょっとホールでとくからなんかあったら呼んでー」
「わかりましたー。オーダーはたぶん歌乃がやるんで大丈夫です」
「まかせてください!」
「まあ気持ちでやっといて笑」
「はい!気持ちで!」
「どしたー?」
「キッチンいるの気まづすぎて出てきた」
健人にそう言うとキッチンを振り返ってそりゃそうだと言った。
「だいぶ思い出してきた?」
「いや初日だからさすがにそんな早く思い出せねえよ」
「間違いない」
「聞いていたとはいえ、たかとがこんなにみんなと仲良くやってるとはなあ」
「うっせー。色々あったんだよこれでも」
「いいことだろ」
「どことなく顔つきもかっこよくなってるし服装も」
「健人にそう言われると照れるなー」
「きも」
「おい」
「ま、俺らも22だししっかりしないとだもんなー」
「社会人から言われると重みが」
「いまは社会人もどきだけどな」
「やっぱ前の職場はきつかった?」
「それなりになー」
「うわーあと1年もすればそうなんのかー。嫌すぎる」
「ま、頑張りや」
「そんじゃちょっとだけホールのクローズでもやったりますか〜」
「あざす!」
こうして俺は歌乃と実菜が賄いを作り終わるまでホールを手伝い、キッチンへもどった。
「オーダーきてたー?」
「いや、ほぼきてないです」
「なんかコンロとか綺麗になってるんだけど」
「歌乃と実菜が汚してたので綺麗にしとかないとたかとさん怒るよって言ったらめっちゃ綺麗にしてくれました」
「別にまだ拭いてなかったからよかったのに」
「ふたりとも大慌てで綺麗にしてましたよ」
「わりい女だな」
「ふたりの反応がおもしろかったのでつい」
「普段ポンコツなのは萌香の方なのにな」
「やめてくださいよー、今日は作り間違えも皿落としたりもしてないです」
「おもしろみがないなー」
「もうそれどうすればいいんですかー」
「さあ?」
「たかとさんのほうが悪い男ですよ」
「しってる」
二人で笑いながらクローズ作業を進めて、なんだかんだでホールと同じ時間にクローズが終わって楽屋へ行った。
「おっつー」
「おつかれっす」
「これで歩とは当分お別れかー」
「人数足りないときだけ入ります」
「てか俺もホール入る回数増えそうだな。なんだかんだでホールやってねえや」
「それは健人さんがいるんで大丈夫なんじゃないですか?」
「それはある」
「てか春リーグは勝ったの?」
「優勝して全国です」
「連覇かすげえな」
「ま、僕が監督兼選手なんで」
「うざ」
「よし!これで業務も終わったー」
「はえーな」
「こんなもんすよ」
「うぜえ」
その後なんだかんだでタイミングが合った俺たちは全員で店を出た。
「俺はタクシーで帰るわ、最寄り駅から遠いし」
「金持ちだー。おっけーおつー」「お疲れ様です」
「私は歩いて帰れるので、お疲れ様です」
「はいよー気をつけてー」「おつかれー」
改札に行くまでに健人と栞と別れ、駅を通り過ぎる歩は改札前で別れた。
僕はお疲れの挨拶ないっすか!
ねえよそんなもん。需要ねえわ
という感じで俺、歌乃と萌香、実菜で路線が違うためそこでも別れた。
「おつかれさまです!」
「ういーおつかれー」「おつかれさま!またね!」
「そんじゃおれっちも帰るか」
「あ!方言!」
「あれ?あーまじ素だったわ。よくわかったね」
(よかったーなんか機嫌直ってる)
「今日実菜が言ってました!」
「それでかー。実菜もみんなと上手くやってんのな」
「わたしとは共通点があったので!」
「なんそれ」
「おしえません!秘密です!」
「いやまあいいけど」
(なんだろ、アニメは歌乃見ないって言ってたし)
「あ!そうだ!内定おめでとうございます!」
「急だな。ありがとう」
「歩さんと話してて初めて知りましたよー。ほんとはたかとさんから聞きたかったですけどねー」
「ごめんごめん。言ったつもりでいたわ」
(ほんとはそんなことRINEで言っても直接自分から言ってもキモがられると思って言わないようにしてただけだけど)
「それなりに気にしてたんですよー」
「ごめんごめんて」
「あーなんか今日暑いですよねー」
「アイスでよろしいでしょうか」
「許してあげましょう!」
こうして俺と歌乃は最寄り駅を降りてコンビニへ向かった。
「なんかコンビニ行くと合宿思い出すなぁ」
「たしかに!さゆりさんとふたばさんと陽さん、伊勢さんで行きましたね!」
「もう1年経とうとしてんのかーはえーな」
「早いですね」
そう言う歌乃の顔を見るとどこか寂しそうな顔をしていた。俺は話を逸らすようにどれがいいか聞き、再び楽しそうにアイスを選び始めた。
「わたしこれにします!」
「はいよー」
俺はそれを買って歌乃に渡してコンビニを出た。出た後にすぐアイスの袋を開けて食べ始めていた。
「たかとさんも半分どうぞ!」
半分にできるアイスを折って歌乃は俺に渡してきた。
「いや、食べなよ?」
「いいんですー。こんな夜中にそんな食べれないので」
「じゃあいただきます。って俺が買ったやつだけどな」
「あはは、バレました?」
「バレとるわ」
夜になって雨は止んでいたが、いや、止んでいたのもあったためじめじめとした空気が漂っていた。
これからあつい夏がやってくる。改めてそう思わせてくれるほどにその日のアイスは冷たく美味しかった。




