瑠璃の女王
「キキョウ。やはりこの小童が?」
「間違いございません、カエデ様」
『瑠璃の女王』を名乗る小柄な少女の傍、長身の、これまた瑠璃色の和服を着た髪の長い女性、キキョウが、女王の問いに答えた。
「禿ども。貴様らでは相手にならん。下がっておれ」
『禿』と呼ばれた赤い直垂の少女達は一斉に一礼すると、飛び去っていった。
「お前は一体何者だ!!」
「先ほど名乗ったはず。我は『瑠璃の女王』カエデ。ヒルダ様の命により、其方らの首、貰い受ける。小童とて王となれば容赦はせぬ」
「女王とか名乗ってんのに誰かの命令を聞いてんのかよ!」
「あなた、カエデ様に向かってなんてことを!」
「よい。確かに、我は女王とは名乗っておるが、その実、ヒルダ様とリヒャルト様の下僕に過ぎぬ。女王の力を貸与されているだけ」
「賢ちゃんは、私が守るわ!」
梨々香が槍を突き出し、カエデを牽制する。
「王を守護する女王までもがこのように幼き者とは」
「あ、あんただって、子供じゃないの!」
「我は、これでも百年以上生きておる。女王となった当時の姿のままよ。其方も童女のまま悠久の時を過ごすことになるかもな」
「ええ!!?そんな!!成長したら、ぼんっきゅぼんで賢ちゃんを虜にするつもりなのにぃ」
「それは残念だったな。だがそんな心配をする必要はない」
「??」
「なぜなら、其方はここで我に殺されるのだからな!」
カエデが、両目を見開く。梨々香は4枚の羽を出して咄嗟に賢を抱いて後ろに飛ぶ。近くにあった街路樹が、突然火球となり爆発する。
「うわああ!!!」
「きゃああ!!!」
悲鳴を上げながらも梨々香は賢を守り、バリアを張る。
「咄嗟に今の技を避けるとは、童女であっても女王か」
「今のはなんだ!?」
「我は、自然界の4つの力のうち、ヒルダ様、リヒャルト様から『弱い力』、『強い力』の二つまでも賜っておる。この二つの力をもってすば、この世の元素をいくらでも作り変えられる。なんであっても元素レベルで分解できる。ま、エネルギーのバランスをとらぬと核爆発でこの辺一体焦土と化すがな」
「ずいぶん余裕なのね。自分の力の秘密なんて話ちゃって」
「死にゆく者へのせめてもの手向よ。王の首を刎ねるとなれば尚のこと。どんな技で死ぬのか知りたいであろう?」
「そんなの知りたくないわよ!」
梨々香は、一気に間合いを詰め、槍で女王を名乗るカエデを突く。槍先は虚空に消え、女王カエデの後方から槍先だけが出現し、彼女を襲う。
「むっ」
小さく喉を鳴らし、くるっと身を回し槍先を避けるカエデ。梨々香は再度槍を突き出し、今度は、槍先が4方から出現し、突き刺そうとする。
カエデの周囲が揺らぎ、強い光と共に、周囲が爆発する。
「あ!」
梨々香は、転移をして賢の前に立ち、賢をバリアで守った。直後致死量の放射線が辺りを襲う。カエデは小規模な核爆発を起こしたようだ。バリアで守っていなかったら賢は即死していたハズだ。
「其方の動き、童女にできるとも思えん。集合無意識から達人の技でも得たか?」
「夢の中で猛特訓したんだから!なんかすごい槍の達人のお爺さんが指導してくれたんだから!」
梨々香の手に光の筋が走り新たな槍が作り出された。
「柄が木材でできた槍を作り出したな。我ら女王は超常の力を持てど、其方のように複雑な構造を持つ得物は自前では造れぬ。我らがいわばミクロの力とすれば、やはり其方らはマクロの力と言うわけか。『博士』には聞いていたがな」
「何を言っているのかわからないわ。この神槍グングニルならいくらでも造れるんだけど!」
「くくく。其方がその『グングニル』なる得物を使うなら、我は薙刀を持とう」
彼女の目の前に、薙刀が地からニョッキっと生える。
「我はその辺にある物質からどんな元素でも作り出せる。もちろん、鉄もだ。この鉄でできた薙刀でお相手仕る」
カエデは純鉄でできた薙刀を大地から抜き取り、構えをとる。
「くく。薙刀を構えたのは女王になる前以来だが、体が覚えておる。其方の付け焼き刃の槍術とは訳が違うぞ」
「よく喋る子ね!達人のお爺ちゃんから免許皆伝してもらったんだから」
両者構える。背格好は若干カエデの方が高いようだが、それほど大差はない。側から見たら、小さな少女達の戯れ合いに見えたかもしれない。得物がなければだが。
先にカエデが動いた。
カエデが薙刀を振ると、梨々香は羽を出して飛び上がる。ほぼ同時にカエデも羽を出して飛ぶ。闘いは空中戦へと移行した。
両者は空中で切り結ぶ。それを賢は呆然と眺めていた。昨日までただただおもちゃの槍を振り回して遊んでいた女の子が、まるで達人のように、いや全くの達人として、女王を名乗る少女と対峙している。
賢は何もできない。できるはずもなかった。超常の力を振るう二人に近づくことさえできない。それどころか、梨々香が作ってくれた謎の壁に守られその外に出れない始末。必死に闘う梨々香を守りたいのに、本当に自分が情けなかった。
「小さな王様。お初にお目に掛かります」
「な、なんだお前は!?」
「わたくし、キキョウと申します。大変失礼ながら、王様のお命、頂戴しに参りました」
キキョウは、立ち止まったまま、歩かず、転移しつつ少しづつ近づいてきた。
「この程度の防壁、このキキョウでも破れますので」
キキョウが扇子を振ると、賢を包む半円形のバリアは霧散した。
「さあ、お覚悟を。小さな王様」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あ!!賢ちゃん!」
梨々香は賢の危機を察知、賢の元へ向かおうとしたが、
「どこへ行く?」
カエデに行手を遮られた。
「どいてよ!賢ちゃんを助けに行くんだから!」
「其方は我の相手をしておるのだ。他に行くなど許さぬ。それに…」
カエデは賢とキキョウを見やる。その視線の先で、今まさに賢の首が刎ねられようとしていた。
「お覚悟!!」
キキョウは扇子を振ろうとした。が、
「やめろーーーー!!!」
賢は防御姿勢をとり必死に叫ぶ。
「え??」
その叫びが、
キキョウを硬直させた。
「な?な!?」
さらに、自分の意思とは関係なしに、彼女はゆっくりと片膝をつき、頭を低くした。賢に臣下の礼をとったのだ。
「体が動かない!?このキキョウが、こんな小僧に最敬礼ですって!?」
狼狽えるキキョウに上空からカエデが声をかけた。
「リヒャルト様やヒルダ様の眷属ならいざ知らず、我が分身では、禿どころか最強のキキョウであっても、女王を目覚めさせた王には手出しできぬようだな。リヒャルト様の女王たる我が直々に手を下さねばらぬか。キキョウ、お前も下がっておれ。そも、女王同士の一騎打ちに、分身如きがしゃしゃり出てくるでないわ。愚か者め」
「も、申し訳ありません、カエデ様!」
梨々香は、再度半球形の透明なバリアを賢の周囲に張り巡らした。同時にキキョウの拘束が解け、賢から急いで離れる。
「さて、再開しようではないか。殺し合いをな」
「絶対に負けないわ。賢ちゃんは私が守るもの。私がいれば絶対に賢ちゃんは王様になるんだから!!」
槍対薙刀。ただしその間合いは、武器の長さより遥かに長大だ。槍先が消え異空間を通って後方からカエデを襲う。カエデは振りむき槍を弾いた後、薙刀を付く、薙刀の刃先がワープして梨々香に、それを異空間ジャンプで避ける。
「あーーー!私の技を盗んだ!夢でおじいちゃんと猛特訓で編み出した技なのに!」
「其方の技など真似するのは容易い。超常の存在、女王を舐めるな」
「私だって、そのじょーおーってやつなんですけど!」
なおも、異空間を利用した人知を超越した斬り合いが続いた。梨々香の息が徐々に上がる。
「息が上がっておるぞ。女王なれど幼若の身ではこれが限界か?」
「だ、大丈夫だもん!つ、疲れてないもん!」
「強情な童女よな。さっさと降参すれば良いものを」
「賢ちゃんを絶対に守るって言ってるでしょ!」
間合いをとっていた梨々香は一気にカエデ目掛けて突っ込んで行った。
「本体で来るか!」
異空間を通した斬り合いでは埒が開かないと見た梨々香は間合いを詰めようとした。
「逃さぬ!!」
『瑠璃の女王』カエデ。強い力は、原子核を構成する陽子と中性子を結びつける力。弱い力は中性子を陽子に、陽子を中性子にベータ崩壊によって変える。この二つの力を司どるカエデは、どんな原子核でも、どんな元素でも生成できる。
元素変換による激しい放射線がカエデから放射状に発射しようとしていた。
梨々香はその直前に危険を本能的に察知し、異空間に逃げようと、
「逃さぬと言った!!!」
彼女は瑠璃の女王。『純白の女王』ヒルダに次ぐ実力を持つ彼女なら異空間転移を無理やりキャンセルさせることも可能だ。
強烈な放射線が梨々香を貫い———
「ぐあ!!」
カエデは、真下から槍の攻撃を肩に受けた。
「くっ」
カエデは、転移して梨々香から距離をとった。
「ひどいじゃない!!」と梨々香。彼女はまともに放射線を浴びていた。常人なら即死。ひどいで済むわけがない。女王の持つ圧倒的な回復力でそれを凌ぎ、カエデに一撃を喰らわしたのだ。
「続けるよ!」
「小癪な!」
先ほどとは違い、武具本来の間合いで斬り結ぶ。
瑠璃の女王が、押されていた。
「ぐっ」
「どう?おじいちゃんと編み出した技は?」
「小娘が……」
カエデがわなわなと震え、
「調子に…乗るなあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
怒りで頭に血が上ったカエデは、凄まじい光を放つ。先ほどの放射線とは規模が違った。もはや核爆発だ。
その中心にいた梨々香は今度も超回復で凌いだが、蒸発を免れただけだった。強力なバリアは賢に使ってしまっていたため、自分に使うことはできなかったのだ。直撃で瀕死となった彼女は、力尽きて、墜落する。
最後の力で、賢の元に向かった。
カエデも地上に降りて羽をしまう。そこに分身キキョウが駆けつける。
「カエデ様!」
「わかっておる。少々やりすぎた。ヒルダ様にできるだけ隠密に行動するよう言い付けられておったのだが…」
「異空間障壁を張って防ぎました。これなら『博士』に察知される可能性は低いかと」
「女王というのは、難儀な存在よな。力を大幅に抑えてもこれだ。地球の生物など幾度でも全滅させられる我ら女王が、本気など出せるはずもない。所詮女王なぞ使えぬ兵器よ」
今の強力な放射線がそのまま地上に届けば、おそらく数千、いや数万人単位の死者が出た。それでは『博士』の察知するところとなる。そして王の卵を暗殺しようとしたことも。
カエデとキキョウは梨々香と彼女が守護する賢の元に向かう。
「梨々香!梨々香!!しっかりしろ!!」
「う、うう。だ、だい、大丈夫だ、よ、賢、ちゃ…ん」
「どこが大丈夫なんだ!!くそ、くそ!!何もできない!!!」
半球の透明な障壁に覆われた賢と梨々香。賢は横たわる梨々香を抱きしめて守ろうとしていた。そこに二人の妖魔が近づく。
「その通りだ。孵化すらしていない卵には何もできぬ」
「おまえ、なんで俺たちを!!」
「理由など知らぬし、知る必要もない。我が主人、ヒルダ様のたってのご希望だ。我はその命に従うのみ」
「お前の狙いは俺だろ!俺だけなんだろ!?だったら!!梨々香を助けろよ!!」
「…。自分の命乞いではなく、守護者たる女王を助けろと?少童よ、其方の名は?」
「賢。袴田賢だ!」
「ハカマダケン、か。覚えておこう。小さくとも王よな。くく、我が君リヒャルト様よりよほど王者らしい。よかろう。其方の命と引き換えにその小娘の命は見逃してやろう。王がいなければ女王は力を失うからな」
「そうは、行かない、わ」
梨々香は抱きしめる賢から必死に身を起こし手を翳して消え掛かったバリアを貼り直した。
「なんのつもりだ?力量の差を思い知ったはずであろう?まだ抵抗をするのか。其方の王がその命を持って其方を助けると言っておるのだ。命を粗末にするな」
「王様を、守る、のが、私たちのつとめ、で、しょ?」
「強情な小娘め。キキョウ」
「はい」
長身のキキョウが賢たちのそばにより扇子を振る。梨々香の張るバリアはブアン、という音とともにかき消えた。ここまで女王カエデが近くにいると、賢の王としての精神支配力ではもはやキキョウを止めることもできなかった。
「さあ、おどきなさい。我らはその子を手にかけなければならない。でもあなたまで死ぬことはりませんよ。命を粗末にしてはなりません。我が女王、カエデ様のお慈悲に縋りなさい」
「……」
梨々香は無言でバリアを貼り直した。
「無駄なことはおやめなさい!簡単に掻き消えるものを張ってどうするのです?」
キキョウはうんざりとした表情で再び扇子を振った。が、
「な!!?」
扇子が何か強力な力によって弾かれ、キキョウは思わず後ずさる。
「こ、これは一体!?、カエデ様!」
「小娘!!貴様何をしておる?」
梨々香の周囲が眩く光に包まれた。
「カエデ様!彼女の存在がゆらいでおります!」
「何!?おい、どういうことだ!!答えよ!!小娘!!」
「こむすめ、こむすめってうるさいのよ。ちゃんとりりかって名前、あるんだか、ら」
「貴様!!もしや自ら消滅するつもりか!?何のためにそんなことを!!」
「わたし、賢ちゃんを王様にするために、生まれてきたんですって。私がいる限り、絶対に賢ちゃんは王様になるの。たとえ何が起ころうとも、どんな歴史をたどっても。だったら私がいなければ、私が最初から生まれてなければ、賢ちゃんは王様になんてなんない。そうすれば、あんたたちに殺されなくて、済むでしょ?じょーおーなら、こんな無茶なことだって、できるんだから」
「な、何を言っておる?貴様、自分の言っている意味がわかっているのか!?単に消滅するのではないのだぞ!初めからいなかったことになるのだ。お前を消滅を悼む者も、悲しむ者もこの世にはいなくなるのだぞ。そこの、お前が守護する、その小童でさえ!!」
「そんなこと、そんなこと、わかってるよ。でも、本当に守りたいのなら!あなたにはいないの?ほんとうに、ほんとうに大事に人って。そのためなら、たとえ自分がいなくなっても構わないって思える人って、あなたにはいないの!?」
「な!?」
ヒルダに次ぐ実力者、『瑠璃の女王』カエデが、超越者が、絶句した。
彼女は思い出す。まだただの人間の少女だった頃を。
もう100年以上も過去のあの日を。
あの日、あの戦争で焼け野原になった城下に迫り来る新政府軍を。
彼女の姉が彼女を何とか逃がすために、その命を犠牲にしたことを。
人智を超越する女王になっても、再び姉に見えることはできなかった、その日々を。
「…。皆の者、帰還するぞ」
「は?カエデ様、しかしそれではヒルダ様の…」
「かまわぬ。あの者は王ではなくなるのだ。ヒルダ様の命も無意味となる。それどころか我らはそのことすら覚えていまい。もはやここにいる意味などない。禿どももついてこい!」
足早に去る主人の後を慌ててついていく分身キキョウと禿たち。一瞬カエデは振り返り賢達を見たが、すぐに向き直り立ち去ってしまった。分身達も主人を追い霧の中へと消えていった。
後には、二人だけが残された。梨々香はもう立ち上がる力すら失い横たわる。
「おい、今の話どういうことだ?あのカエデっていうやつの言ってたことは本当なのか!お前が消えるって、いなくなるって、本当なのか??」
呆然と成り行きを見守っていた賢は我に帰り、梨々香に問う。
「ごめん。ごめんね、賢ちゃん。本当。本当なの。私、じょーおーの力をね、捨てちゃったの」
「それがどうしてお前がいなくなることになるんだ!」
「女王になったらもう人間には戻れないんだ。無理やり人間に戻ろうとすると、そんなじょーおーなんて最初からいなかったって、なっちゃうの。それは、私がいなかったってことになるんだ」
「何でそんなことを??何で、何で!!お前が消えなきゃなんないんだ?」
もう、賢の声は涙声だった。横たわる梨々香の手を、ぎゅっと握る賢。
「聞いてたでしょ?私は、賢ちゃんが王様になるためにいるの。夢の中で『鍵』って言われたわ。王道への扉を開く鍵だって。でも私が最初からいなかったら、賢ちゃんは、もう王様にならなくてよくて、殺されなくて済むの」
「そんな、そんなこと俺は望んでない。俺がお前を助けなきゃいけないんだ。俺が守るんだ、とずっと思ってたのに」
「ふふふ。いつだって賢ちゃんは人のことばっかり。でもだから、私、賢ちゃんが大好きなの」
「俺も、俺もお前が好きだ!だからいつも一緒に遊んでたんだ」
「きゃ!!!私告白されちゃった!嬉しい!祥子に聞かせたら、すっごい悔しがったでしょうに」
「嬉しいんだったら何度だって言ってやる。だから、だから!消えるな!お願いだ!!」
「ごめんね、賢ちゃん。私、力を使い果たしちゃったから、もう戻せないんだ」
「梨々香!!」
さらにぎゅっと手を握る賢。
「何か、何か、聞いてやる。何でも、聞いてやる。だから!」
「そ、そう。そうね。私、私ね。やっぱり、賢ちゃんに忘れられちゃうの悲しいの。悲しいよ」
横たわる梨々香の両眼から涙が溢れ出た。
「ああ、ああ!みんながお前が忘れたとしても、俺だけが、俺だけでも覚えておいてやる。忘れたって覚えておいてやるから!!」
「賢ちゃん。大好き。大好きだよ!!覚えていられるはずないけど、奇跡がおこったなら、いいえ、奇跡を超えた奇跡が起こったなら、私、賢ちゃんの心の中に復活できるかも」
「ああ!!奇跡を起こしてみせる。奇跡を超えてみせる!!だから!!」
「私、賢ちゃんを、王様を守る戦士リリィとして復活するの。でね、やっぱり祥子と賢ちゃんを取り合って、喧嘩して、でも笑い合うの」
「ああ。お前を復活させてやる。復活させてやるから」
「賢ちゃん、私…」
「梨々香!!」
梨々香は目を閉じた、直後、霧となって消えて、
「梨々香ーーーーーー!!」
そして…
世界から、世界線から、梨々香は、
消滅した。
もう賢は彼女の笑顔も、声も思い出すことは、できなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
霧の中。梨々香が消滅する少し前のこと。
「カエデ様。あの小女が消えてしまえば歴史が変わってしまいます。我らにも影響が」
「あんな小娘一人ごとき、おらんでもたいして変わらぬ。時空には復元力があるのだからな…」
口調はいつも通りだが、どことなくいつもと違う雰囲気のカエデに気がついたキキョウが、
「カエデ様?いかがなされました?」
と聞いた途端、カエデはキキョウに突然しがみついた。
「か、カエデ様!?」
カエデは、長身のキキョウに顔を埋めていた。
「もしや…。姉上様のことを思い出してしまわれたのですか?あの少女に、姉上様を重ねてしまわれた?カエデ様ならばあの少女を無理やりにでも止めることもできたでしょうに…」
「…。黙っておれ」
「ふふふ。はい、はい」
「キキョウ」
「何でございましょう?」
「しばらく、このままにしてくれい」
「はい、カエデ様」
キキョウはそっとカエデを抱きしめ返す。女王ではなく、ただの少女カエデとして、止まらぬ涙を見られたくなくて、キキョウに縋り付く。それをまるで姉のように優しく頭を撫でるキキョウ。
梨々香が消滅するまで、ずっと二人は抱き合っていたのであった。




