遺跡
賢の住む街には数十年前から立入禁止区域があった。厳重に立ち入りが制限されており、何重にも鉄条網で囲まれていた。管理者は日本政府であり、周辺の住民には妖魔との戦闘で放射線強度が高まり立ち入りが危険となったという説明であるが、不自然な説明であり、必ずしも住民全てがそれを信じているわけではない。上空の飛行も厳しく制限されており、内部の様子は伺えない。子供達の間では、『秘密基地』と呼ばれていた。
「ねえねえ!『秘密基地』の噂を聞いたんだ」
「ん?どんな?」
「この前、また妖魔がやってきたでしょ。妖精のおねえちゃんたちがやっつけてくれたけど。その騒ぎで囲いに小さな穴が開いたんだって。まだ大人は気がついてないみたいだよ!私たちなら入れるかも?どう、一緒に行かない??」
「ダメだ!」
「え!?なんで!?」
「危ないからだ」
「そんなこと言ってたら何にもできないじゃない!いいよ、賢ちゃんには頼まない!一人で行くから!!」
梨々香は『秘密基地』へと走り出してしまった。賢は慌てて梨々香のあとを追う。
『秘密基地』の有刺鉄線に他取り憑いた二人。
「ついてこないでよ!賢ちゃんの意気地なし!」
「梨々香がどうしても行くっていうなら、俺が先に行く。その、破れた箇所ってどこだ?」
「…賢ちゃん」
「なんだ?」
「足が震えてるよ」
「震えてなんかない!」
「もう。人のためにいつも無理して。でもお、賢ちゃんのそんなとこ、大好き」
梨々香はママが言っていたことを思い出した。本当に勇気のある人は誰かのために怖さを乗り越えられるんだって。でも、
「何か言ったか?」
肝心なところを聞き逃すのはなぜなの?
「何も言ってません!!プンプン!!」
「ど、どうして怒ってるんだ??」
梨々香はこの如何ともし難い賢を放っておいて、有刺鉄線の破れた箇所を探す。
「穴はこのあたりのはずなんだけど…」
有刺鉄線は背の高い雑草に覆われて破れた箇所など探せそうもない。はずだったが…
「あった!ここよ、ここ!!」
「ここって、何にも。って、え??」
梨々香は雑草をかき分けて、有刺鉄線網が破れた箇所を探し当てた。子供なら余裕で入れるほどの穴だ。
「一体どうやって見つけたんだ??」
「いいから、いいから。さ、行くわよ!」
梨々香はするりと穴を抜ける。賢も急いで続く。
中は雑草ばかりと思いきや、なぜか、有刺鉄線の穴から、雑草の生えていない、獣道らしき道が一直線に伸びていた。こっちに来い、と言わんばかりに。
「賢ちゃん、はやく、はやく!」
梨々香がまるで予め知っていたかのように先に進む。
さらにしばらく進むと、何やら建造物があり、その入り口をくぐる。建物内部は、暗いものの、壁から淡い光が発せられ、歩くには支障はなかった。壁には壁画のようなものが描かれ、古い遺跡のようでもあるが、それほど風化しているようでもない。新しいのか古いのか判断に苦しむ、と言ったところだ。
進んだ先に、何から祭壇のような、光を発する奇妙な場所に辿り着く。
「やっぱり!夢で見た通りだ!」
梨々香は思わず叫ぶ。
「梨々香。一体どう言うことだ?夢ってなんだ?」
「夢でね、ここの場所に来いって言ってたんだ」
「来いって、誰が言ってたんだ?」
「それは、賢ちゃんが」
「お、俺が!?」
直後、何かが、唐突に言葉を発した。
<そう、俺だ>
それは、祭壇らしき発光体に照らされてできた、賢の影だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
発光体に照らされ映し出された賢の影は、賢から分離し、祭壇の後ろの壁に移動する。
「お、お前は誰だ!!?」
<言っただろう?俺はお前だ>
「俺は俺だ!なんでお前が!」
<正確には、俺はお前の可能性の一つだ。『王』になる可能性のお前のな>
「王だって?」
「そうよ!!賢ちゃんは本当の王様になれるんだって。夢の賢ちゃんが言ってたんだよ!」
<この影はお前。ここの…お前たちなら『装置』とでも呼ぶべきものが、お前の記憶から拾い上げて創り上げた幻影>
「な、なんで俺を?俺の頭の中を見やがったのか!?」
<そう。お前に伝えるための日本語という言語もここになかったからな。この言葉も概念もお前の記憶から作り上げたもの。だが全てを理解させることはできない。お前たちにはない概念が多すぎる。『おとな』ではないお前ではさらに使える言葉が少ない>
「な、何を言っているかわからないぞ!」
<わからなくていい。ただお前はここに来さえすればよかった。それこそが『王』への道のり。どんな時空であってもお前は『王』に必ず行き着く。必ずな>
「私夢で聞いたの。賢ちゃんは王様になって、世界を救うんだって!私は王様を守る本当の戦士になるの」
「梨々香!!奴の言うことを信じるな!お前、どう言うつもりだ?梨々香に適当なことを吹き込んで」
<自分のことより人のことか?だが、お前のその態度こそが『王』たるにふさわしい。そこの梨々香にはこの者が真の王になるまで、お前を守護してもらう。お前がいれば必ずこの者は王になる。どんな歴史を辿ろうともな>
「うん!私、賢ちゃんをまもるわ!正義の戦士だもの」
「俺たちをどうするつもりだ?」
<どうもしない。言っただろう?お前はここに来さえすればよかったと。この空間は閉じられる。さあ、帰るがいい>
「どういう意味だ?」
<理解する必要もない。この次元は閉じる。お前が真の王になる時また見えよう>
突然、轟音とともに2人の足元が崩れる。
「うわあああ!」
「きゃあああ!」
2人は落下する。
「梨々香あああ!!」
賢は梨々香を守ろうと手を伸ばすが届かず、2人は奈落の、本当になんの底もない奈落の底へおちていく。また、俺は守れないのか?あれ以来絶対に守ると誓ったのに———
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「うわああああああ!!」
はっと目を覚ました賢。そこは、自宅のベットだった。
「梨々香は!?梨々香!!」
辺りを見回しても梨々香はいない。ここは自宅だ。手元には子供用携帯。すぐさま賢は安否を確認する電話を梨々香にかけた。
「あ、賢ちゃん!どうしたの?」
「お前大丈夫なのか?」
「大丈夫って、何が??えっとそんなことよりお話ししたいことがあるの!いつもの公園で会える??」
「わ、わかった!すぐ行く」
賢は着の身着のまま、慌てて自宅を出るといつもの公園に走った。
「梨々香!!」
「あ、賢ちゃん!」
「大丈夫か、梨々香、何ともないのか!」
「け、賢ちゃん!?一体どうしたの?別に私、何ともないけど?」
「よかった…。梨々香!」
安堵した賢は、梨々香を抱きしめる。
「え、ええ??、け、け、賢ちゃん!!?」
いきなり抱きしめられてびっくりする梨々香。
「俺、梨々香が、落ちて死んでしまったのかと…。また、守れなかったのかと!!」
「私大丈夫だよ、賢ちゃん!私生きてるから!だから安心してね。賢ちゃん」
梨々香は賢をそっと抱きしめ返し、彼を安心させるために優しい口調で返す。
「よかった、本当によかった…」
「一体どうしたの?怖い夢でも見たの?」
「夢…。夢だったのか、あれは?床が抜けて、俺も梨々香も、落ちたんだ。それで梨々香を助けられなくて…」
「自分も落ちてるのに、人のこと助けることばかり考えてるのね。もう。いつもそうなんだから」
「その、『夢』で俺はお前に連れて行かれたんだ」
「連れて行かれったって、どこに?」
「『秘密基地』だよ。梨々香が連れて行ったんじゃないか」
「あたし知らないけど…で、一体何があったの?」
「梨々香は、俺を『秘密基地』に、フェンスの穴を通って入って行ったんだ。その奥で、あの『影』に会った」
「影?」
「そう、『影』だ。そいつは、俺が王様になる運命だって行ったんだ」
「私も夢でその影を見た!賢ちゃんの影がニョキって剥がれて、びっくりした」
「お前も見たのか!」
「私は、別に『秘密基地』に行った覚えないけど、賢ちゃんの影が、夢の中だけど、突然話しかけてきたの。私がいる限り絶対に賢ちゃんは王様になるんだって。私に、王様になるまで賢ちゃんを守れって。」
「一体これは何なんだ?でも、梨々香で危ない真似はさせられない」
「だいじょぶだよ!私、賢ちゃんの『影』に力をもらったもん!王様を守る、じょーおーににんめいされたんだ。ねえねえ、見て見て!妖精のお姉ちゃん達みたいな羽を出せるんだよ。飛べるし!」
「な?お前、いつの間に『妖精』になったんだ?検査も受けてないのに」
「妖精じゃないよ。じょーおーだよ。それだけじゃないんだよ」
梨々香は唐突に、左手を挙げた。すると強い光の筋が走った。
「うわ!」
びっくりして防御姿勢を取る賢。光の筋はやがて収束し、一本の何かに変わった。
「な、なんだ、それは?」
「神様の槍、グングニルだよ!!いつでも出せるようにしてもらったんだ!」
梨々香は、槍をグルングルンと振り回す。こないだまでの子どもらしい動きとは違い、素人目からしても、まるで達人のような槍の取り回しのように見えた。
「槍!?何でそんな力を??」
「賢ちゃんを守るためって言ったじゃん!」
「守るって、何から、誰から??」
「王様の卵の賢ちゃんをつぶしにくる奴らよ。賢ちゃんが王様になるのが嫌だって奴らがいるんだって」
「梨々香。その槍を簡単には出すんじゃない。出していいのは、お前自身が危なくなった時だけだ。いいな!?」
「えーー。賢ちゃんは私が守るんだもん!」
「どうしてもだ。俺じゃなくて自分を守れ」
「もう。賢ちゃんは王様だから大事なの!でもそういうとこが王様なんだろうねえ」
いつだって人のことばかり気にする賢に呆れつつも、一人で納得する梨々香。と、そこに
「あ”—————!!!! また、お兄ちゃんを勝手に連れ出して!!お兄ちゃんは私のものなんだから!」
野生の祥子が現れた!!激怒して全力疾走してくる。
「面倒臭いのきた!!逃げるよ賢ちゃん!」
梨々香は槍を放ると、槍は空に消えた。
「じゃ、行くよ!!捕まって!」
「な、何だ、何をするんだ!?」
「とりゃあ!!じゃああーんぷ!」
賢と梨々香の姿が突然消えた。
「え?え?え??消え、た???」
戦闘体制で走ってきたのに、宿敵と兄が虚空に突然消えてしまい、戸惑い立ち尽くす祥子だった。
一方賢と梨々香は、『いつもの公園』から、数百メートル離れた道の上に突如として現れた。幸い誰も周りにおらず、不審に思われなかったようだ。
「な、な、なんだ、何なんだ?」
「『いくうかんじゃんぷ』っていうんだって。夢で影さんに教えてもらった。いくうかんってどういう意味かわかんないけど」
「ウプぷ。気持ちが悪い…」
賢は急に吐き気を覚えうずくまった。
「あ、慣れてない人を巻き込むなって言われてた。気持ち悪くなるからって。ごめんね、賢ちゃん」
「だ、大丈夫だ。ちょっと休めば…」
「ほんとごめん。こっちきて座って」
梨々香は路肩と歩道の段差に賢を座らせ、隣にピッタリとくっついて座った。
「でもお、この能力さえあれば、うるさい祥子からいつだって逃げれるね!」
「お前、ちょっと近すぎないか。というか何で祥子から逃げる必要が」
「いいの!!賢ちゃんは私といればいいの!」
どこまでの強引な梨々香。彼女といい、祥子といい、幼いのというのに肉食系女子の片鱗を見せいて、賢は、「うーーん」と唸るほかなかった。
突然、サイレンが鳴り響いた。妖魔の出現を知らせるものだ。妖魔は人間を見ると襲いかかってくるが、ある周波数の赤外線は苦手らしく、街の隅々に赤外線パルスを照射する塔が建ってた。その周りに逃げ込めば、比較的安全だった。それは子供でも知っている街の常識だった。
「立てる?賢ちゃん?」
「大丈夫だ。急いであそこの塔の下に行こう」
賢は梨々香の手を引っ張って、行こうとしたが、結局梨々香に引っ張られて、視界に入った最も近い塔に向かった。塔の下は広場になっていて既に多数がそこに避難していた。
不安そうに事態を見守る人々。大泣きする赤ん坊と、それを必死にあやす母親。座り込む老婦人。
しばらく時間がたった後だった。
「皆さーん!!」
っと、空から誰かが降りてきた。それは少女。妖精隊員だった。ここは基地の側に建設された街で、比較的妖精隊に守られやすい土地なのだ。
「皆さん。街の南側に避難してください。南側に降り立った妖魔はあらかた始末したので、比較的安全です。ここから北方に妖魔が集結していますので!南部赤外線塔への避難をお願いします!」
妖精隊員をよく見ると、なんと賢の実姉、袴田陽子だった。彼女は第一妖精隊第一中隊長として、任務についていたのだ。
「賢!?よかった無事で。梨々香も側にいてくれたのね」
「ねーちゃん。俺は大丈夫だ。急いで梨々香を連れて逃げるよ」
「そうして。あなたたちを南に連れて行きたいけど、私、中隊長だし、これからみんなを指揮して妖魔を倒さなきゃなんないから。梨々香、賢を頼んだわよ」
「わかった、陽子お姉ちゃん!妖魔がきたらやっつけてやるんだから」
「あんたも祥子も血の気多すぎなのは知ってんだから。変な気を起こさず絶対に逃げなさい。いいわね??」
「うーーんわかったよ…」
「じゃあ、急いで二人も逃げなさい。大人についていくのよ」
陽子は、勢いよく飛び上がり、一気に北へと飛んでいった。賢と梨々香の二人は、大人たちと共に、南に移動する。しばらく行けば、パトロールする自治体の車に乗せてもらえるはずだった。
…ハズだった。だが、突然、何者かが逃げる人々を囲んだ。
一瞬の出来事だった。悲鳴をあげる暇もなく、老若男女関係なく、皆首がなくなっていた。賢と梨々香を除いて。
「あああああ!!!」
「きゃあああああ!!!」
悲鳴をあげる二人。
周囲には数人のおかっぱの少女が取り巻いていた。血に染まった大きな鎌を持った少女達が。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
おかっぱの少女たちは、皆赤い直垂を着用し、その体には不釣り合いな大きな鎌を持っていた。その鎌は血で真っ赤に染まっていた。人々の首を無慈悲に刈り取ったことは明白だった。
「なんなの!?あんた達!?」
梨々香が叫けぶが、少女らはなんの反応もせず大鎌をで二人の首も刈り取ろうとした。
「えいい!!」
梨々香は槍を振り回し、大鎌を薙ぎ払った。
「夢の中で、いっぱい、いっぱい槍の練習したんだから!ま、負けないわ!」
梨々香はさらに槍を振り回す。衝撃波が少女達を襲う。彼女らは宙に飛び上がり、各々建物の屋根に着地する。
そして大鎌で一斉に梨々香に襲いかかった。
彼女達は、同時に飛びかかったが、ほんのわずかな時間差を梨々香は利用し、一人づつ槍を突き刺した。
少女達はどれもダメージを受け地にふせた。
「あんた達の攻撃なんて、止まってるみたいだよ。簡単に避けれるし簡単にやっつけられる!」
「見事よな。年端のゆかぬ童女の動きとも思えぬ」
攻撃してきた赤い少女達の声ではなかった。
少女達は咄嗟に起き上がり、鎌を持ちながら片膝を立てて頭を下げていた。どうやら彼女達の主人のようだ。
思わず賢が叫けぶ。
「お、お前は誰だ!!」
「我が名は、カエデ。『瑠璃の女王』カエデ」
その声の主は、瑠璃色の着物を着た、髪の長い、小柄な少女であった。




