在りし日
「賢ちゃん!早く、早く!」
「待ってくれ、梨々香」
「早く行かないと祥子に見つかっちゃう」
「いや、祥子に見つかってまずいことは…」
「私は賢ちゃんと二人がいいの!」
本阿弥梨々香は、袴田賢の手を取り強引に引っ張っていった。
本阿弥梨々香、7歳。袴田賢の住む家のすぐ近所に住む少女だ。袴田賢は彼女より3歳年上だったが、いつだってイニシアティブは梨々香の方がとっていた。
梨々香が賢を引っ張っていったのは、近くの公園。『王様と戦士ゴッコ』をするためだ。王様役は賢で、戦士役は梨々香と決まっていた。
「梨々香が王女様、俺が騎士というのが普通じゃないのかい?」
「そういうの、『すてれおたいぷ』だって、ママが言ってたもん。とにかくう、あたしが賢ちゃんを守るの!」
梨々香に押し切られてしまう、いつもの日常だ。
「さあ、王冠とマントをつけて、つけて!はやく、はやく!」
おもちゃの王冠とマントを賢は無理矢理装備させられる。その前に梨々香は跪き、
「王様。ごめいれいを」
「めいれい?えっと」
「ねえ、早くしてよ」
「あ、うん、リリィよ。お前を正義の戦士ににんめいする。わるい奴らを討伐せよ。だっけ?」
「はい、王様。あなた様のために、悪い奴らを退治して参ります!」
梨々香は、用意してあったおもちゃの槍を手にすると、公園を駆け回る。
「やああああ!せいぎのやり、ぐんぐるるを喰らいなさい!!」
「り、梨々香!危ないよ!」
賢は槍を振り回して走り回る梨々香を注意したが、いつもの如く聞いてくれない。
「王様をいじめる奴はどこ?正義の戦士リリィが退治してやるんだから!」
『正義の戦士リリィ』こと本阿弥梨々香はひとしきり公園を走り回った後、
「王様。悪い奴らはみーんなやっつけました!」
「はあ、はあ、はあ。えっと、うんと、よくやった、リリィよ。そなたの働きにより世界のへいわは保たれた、だっけ?」
走り回る梨々香を追いかけて、息も絶え絶えな賢。
「わーーい!」
なおも走り回る梨々香。二人がこんな遊びを始めたのは、賢が梨々香にヒーローもののテレビシリーズの話をしたのがキッカケだった。民を導こうとする王様と、王様を守護する戦士の物語。これまでそんなヒーローものの番組など見たこともなく、大人しい少女だった梨々香だが、賢に教えてもらった番組を視聴して衝撃を受け、以来、正義の戦士として公園を走り回るようになり、今に至る。
「そろそろ、終わりにしよう、梨々香」
「えーー。まだ遊びたいんだけど…」
梨々香は賢の顔を覗き込む。優しく笑っている賢の顔に疲労の色を感じ取ると、
「そうね。今日は終わりにしましょ。王様のおことばだもんね」
「はははは」
二人は、小道具を片付けて帰り支度を始めた。そこに、
「あ”ーーーーーーー!また私のお兄ちゃんを勝手に連れ出して!!」
公園に賢と梨々香を発見し、猛烈な勢いで走ってくる賢の妹、幼い荒川祥子が現れた!!
「私のって!!なんで賢ちゃんがあんたのものなのよ!」
「だってお兄ちゃんは妹のものって決まってるじゃない!」
「そんなのいつ決まったのよ!何時何分何秒に!?」
「生まれる前からに決まってるじゃない!」
「本当の兄妹じゃないくせに!」
「あ”—!!今言っちゃいけないこと言った!!このお!!」
「何すんのよ!!」
二人の喧嘩はヒートアップ。賢はオロオロして、
「二人とも!喧嘩はやめてくれ。仲良くしてくれよ」
「お兄ちゃんは黙ってて!!」
「賢ちゃんは黙ってて!!」
哀れな賢にはちっとも発言権などなかった。これも日常。いつものこと。祥子は不機嫌ながらも小道具の片付けを手伝う。なんだかんだ実は仲の悪くない二人の少女。賢も梨々香も祥子も、この日常はずっと続くと、疑問にも思わなかった日々。
もしあんなことがなければ、もし、あそこに行かなければ、あれに見出されれなければ、きっと。




