翔太との距離
昼休憩になり、前半クラスは教室に戻ってきた。そして弁当を広げる。
「おい翔太!」
急に声をかけられ振り返ると、慧悟達男子が机をくっつけていた。
「こっち来いよ! 食べようぜ!」
翔太は少しオッドアイを見開いたが、すぐに机を移動させた。
「――そういえば安藤、いつやったっけ、撮影で沖縄行くの」
しばらく弁当を食べていると、拓真が訊いた。
「一週間後だけど……どうして?」
「オレのいとこが沖縄にいてな。安藤のファンやから教えたろ思て」
「……そういえば、安藤君モデルだったね」
おにぎりを食べながら翔太が頷いた。
「なあ、翼が芸能界に入った理由ってなんだ?」
慧悟が身を乗り出してきた。
「ある人に憧れたからなんだ。高山レオンって知ってる? 大河とか連ドラによく出てた人」
水筒に伸ばしていた翔太の手が一瞬止まった。しかし、それに気づいたのは相賀だけだった。
「あー、そういえばいたな。確か日本とイギリスのハーフで、茶髪に青い目してたよな」
竜一が思い出したように言う。
「でも確か、去年の終わりくらいに急にいなくなったんだよな?」
光弥が箸を持って尋ねた。
「そう。家庭の事情とか言ってたけどね」
「結婚してたのか?」
「らしいよ。一般人らしくて、誰かは知らないけど」
翼と慧悟が話しているのを聞き流しながら、翔太はうつむいていた。
「……」
弁当を食べ終わっていた実鈴は横目で翔太を見ていた。
「やっぱりここにいたか」
昼休み終了五分前。教室から消えた翔太を探していた相賀は屋上の扉を開けた。翔太がフェンスに寄りかかるようにして座り込んでいる。その手には銀色のロケットがあり、開かれたロケットからはオルゴールの『アンタレス』が流れていた。
「……お前の父さんなんだろ? 高山レオンって」
相賀が遠慮がちに訊くと、顔を上げた翔太は頷いた。
「外国の血が入らないとそんな目にはならないと思ってたけど、そういうことだったのか」
「……そう。僕はクォーター。イギリス人とのハーフと日本人の間に産まれたんだよ」
「……弟も目に色着いてたのか?」
「いや。僕だけだよ。風斗は黒髪に黒目で母さん似だったよ」
ロケットを見つめながら言った翔太はロケットの蓋を閉じて立ち上がった。
「――戻ろうか。ごめんね、パニックになって逃げてきたから」
相賀は校舎に入っていく翔太の後ろ姿を見つめた。
ああやって気丈に振る舞ってはいるが、翔太は家族を亡くしてまだ一年半ほどだ。心の傷が癒えている訳がない。
(……どうしたら、あいつとの溝を埋められるんだ……)
まだ距離を感じる。でも、クラスメート達と同じように距離を詰められることはないのかもしれない。
(だったらせめて俺が、近づけたら)
境遇が似ている自分なら。少しは近づけるのではないか。
心の中で決めた相賀は翔太を追って校舎に入った。